出会い
ギルドから出て北の門へと向かって進む二人。
雲ひとつない晴天。
その空の下では客を呼び込む声や屋台から届くなんとも食欲を刺激する香りが漂う。
そんな道並ぶ屋台の香りという誘惑のある中ソウマはチラチラと立ち並ぶ屋台の方を見ている。
その芳しい香りに空腹を刺激されたのだろう。その目は屋台で売られている料理に釘付けだった。
しかし彼は自らの邪念を振り払うがのごとく頭をブンブンと振るって決してそちらに行こうとはしない。
彼の中では今は初依頼の真っ最中であり寄り道は良くない、と考えている。
(別に屋台くらいなら寄ってもいいんだがなぁ)
表情がすぐ顔に出るソウマ、実の子ではないが赤子の時から育てているレイにその考えが読まれないはずもない。
もうすぐ昼時になる。
今日一日ずっと食べ歩きをして依頼は次の機会、というのであればそれは止めるが軽食がてら幾つか買おうと思っても止めるような事はしない。
(まあ、ソウマ君がそうしたいなら別にいいか)
「ん?」
「どうした?」
ソウマが不意に足を止め左前方の方へ顔を向ける。
レイは当然ながらそんなソウマを訝しがる。
「いや、あの子……なんか変?」
先程までの君の奇行も側から見ててかなり変だったぞ、と思いながらも口に出さずソウマと同じ方へ顔を向け、納得した。
「ーーああ、確かに変だな」
そちらの方に顔を向けると顔を気持ち悪いくらいにニヤニヤさせながら古ぼけたローブを着ている中年男がいる。
一瞬風によってはだけたそのローブの中からは肌色が覗いていた。
もはや通報レベルである。
周りもそんな男は気持ち悪いのかその男を中心に空白地帯が出来上がっていた。
不愉快、消し炭にしてやろうかと思っているとソウマから否定の言葉が届く。
「ああ、違う違う。あっちも変だけど、変態だけど、そっちじゃなくてこっち」
レイは改めてソウマの指差す方を辿る。
「ーーああ、そっちか」
そこにはソウマと同じくらいの身長をした子供、先程の薄汚いローブではなく何処か気品の漂うローブを羽織りながらうろちょろと挙動不審な行動をしていた。
フードからチラリと覗く髪の長さからして女の子だろう。おどおどした挙動で背を丸め子供らしい小さい体がさらに小さく見える。
「で、それがどうしたのだ? 通報でもするのか?」
「ん〜、別にそれはしなくてもいいけど、うーん、僕って思ったら友達とかいないよね?」
「ッッッ!!」
ソウマの何気なく放った一言、それがレイの胸にグサッと深く突き刺さった。
レイ達は《蠱毒の島》という特殊な環境に住んでいる。レイは昔から此処を拠点にしているため気にならないがそれを子供であるソウマ君はどう思っているのだろうか、と常々レイは考えていた。
もしかしたら友達が欲しいんじゃないか、修行なんていうものじゃなくてもっと年相応に遊びたいんじゃないか、とふとそう思った時に罪悪感にかられることがある。
もちろんソウマはそう思っていった言葉ではない。
たまたま見た不思議な行動をしていたのが自分と同じ年頃の子供でふとなんとなくそう思って言っただけだ。
彼は今の日々が充実しているし特に不満にも思っていない。修行も厳しくて辛かったりはするが前世には存在しなかった魔法を学べるという事に比べればいくらでも我慢が出来た。
しかし、レイの思考はどこまでも悪い方向へと突き進み背後からどんよりとしたオーラを発すまでに落ち込んでいる。
そこでレイは閃いた。
「誘ってきたらどうだ?」
「え?」
唐突にそんなことを言われ戸惑いの声を上げるソウマ。
「あっちに予定があったらダメだろうがせっかくの機会だ。この街にこれから来るにも友達の一人くらいはいた方が楽しみも増えるだろう?」
暗にレイはソウマにあの子と友達になりなさいと言う。もし今後もこの街に来るようであれば同世代の友達が何人かいた方が楽しみも増える。あわよくばソウマと技の競い合える良きライバルにでもなってくれればと思った。
そしてそれを作ろうとしても、初めのきっかけがなければ出来るものも出来ない。
「うん、じゃあ話しかけてくるね」
しかしそれを彼女なりの優しさと捉えたソウマはトテトテとその子に向かって走り寄る。
レイはその場から少し離れてそこらへんの柱の陰に隠れながら耳を澄まして子供たちの会話を聞くことにする。
特に理由はない。なんとなく雰囲気でレイがそうしたかっただけだ。
気分は初めてのおつかいを見守る母親の気分である。
ソウマは一旦深呼吸してから意を決して話しかけた。
「ねえ、どうしたの君? 暇なら僕と一緒に行かない?」
(いや、どこのナンパ野郎だ)
レイは心の中でツッコミを入れる。
必死の覚悟で声をかけたのだろうがそれはあんまりである。
レイはこんな話しかけ方ではついてこないだろう、と思いながらも子供ならいけるか? と若干失礼なことを思っていた。
「は、はいぃ〜〜っ!! わ、私、このガレスの街が領主の三女、ティニア・シルヴェスタと申しますっ!」
(いや、この場でそんなことをぶっちゃけるな)
相手も大概だった。
テンパりすぎて明らかに貴族相手の挨拶になってしまっている。
こんな一般市民ばかりのところでそんなこと言われても萎縮するか若しくは衛兵に連絡して屋敷に連れ帰ってもらうかである。
相手も自分の失態に気づいたらしく「しまった!」と言いそうな顔をしていた。
「しまりましたです!」
というか言った。ていうか何が閉まりましたか?
しかし、ソウマはあまり貴族というものを理解してないのか小首を傾げて「そうなの?」というだけである。
この反応は相手も予想外だったのか目をパチクリとさせている。
(そういえば貴族というものをしっかりと教えてなかったな。帰ったらそのことをみっちりと教えなければ)
ソウマが将来自立したときもし貴族とやらと接触した時に今のような反応は正直まずい。
相手も庶民を差別しないような性格であるから今のような反応だけで済んでいるが、貴族という権威を傘に来たような奴ならば今の反応だけで不敬と取られかねない。
「へぇ〜貴族なんだ。珍しいね」
(その反応はいかんだろう!? ソウマ君!!)
案の定貴族というものをよくわかってないらしいソウマ、それを見たレイが隠れていたその柱にガンガンと頭を打ち付ける。
ローブで全身をすっぽりと覆ったその格好は冒険者の多いこの街においてはさほど珍しくないがその奇行に相まって非常に怪しく見える。
何人かの通行人がレイの周りをサッと避けて通っていく。
レイは先ほどの変態と同じような対応を周囲にされていることに気づかない。
「そ、そうですか?」
「うん、だってこういう所にそういう偉い人とか来なさそうだもん」
(そうなんだけども、せめて敬語を……)
レイはもはや諦めの境地で先ほど頭を打ち付けるのを止め柱の陰へと戻りその場を見守っている。
もし何かの間違いでこの場に彼女の護衛などがこないことを願いたい。若しくは来てもソウマのことを一言注意だけで済ませてくれるようなヒトだとありがたい。
来た途端に「不敬!」と言って切りかかられてくるとレイが出張らざるをえなくなる。
この街は善政を敷いていることが見て伺える。領主はきっと立派な人なのだろう。この娘もその性格を受け継いでかとても温厚だ。
だがその臣下までそうとは限らない。
今のところその護衛らしき者が来る気配はないが万が一がある。
(まあ、あそこからだと声は聞こえないだろうから除外、だな)
そう思いながらレイはチラッと後ろの何も無いであろう物陰へと視線を向けたがレイはすぐに視線を元に戻した。
☆★☆
レイが視線を向けた先の物陰、そこには二人の男がいた。
彼らは陰から見守る領主一族の護衛。彼らの存在は領主一族の中でも成人した者、その他臣下の中でも上層部しか彼らの存在は知られていない。
もちろん今現在護衛しているティニアに彼らの存在は知られていない。
魔法と技術、両方の面で気配を消している彼らに死角はなく、その存在を気取られることはほとんどない。
そのことを彼ら自身も理解しておりその腕に誇りを持っている。
今日の彼等の任務はシルヴェスタ家のお嬢様の事を秘密裏に見守る、そして危険が近づくようであれば、ばれないように介入する。
ティニアが護衛から離れた時は少し慌てたが、シルヴェスタ家の三女が普段の貴族然とした振る舞いからは想像できないお茶目な行動を時々することは領主一族に仕えてるものならば大体の者が知っている。
その為特に問題を起こすことなく任務を続行することができた。
そして今日も誰にもばれないうちに終わる、はずだった。
(おい、ばれたんじゃないのか?)
(うむ、おそらくはな)
普段口を開かず手による簡易的なやりとりだけで済ましていた二人、そんな二人が口を開いたのはティニアに接触した二人組。子供とそれを連れた保護者、その保護者の方がこちらの方に顔を向けたことだった。
その目はただこちらにたまたま向けたものではなく確固たる意志を持って向けられた目だった。
(どうする、一度接触して口止めをするか?)
(いや、別にいいだろう。あちらもこちらがどういう存在か気づいているようだからな)
こちらを訝しがることなく視線をすぐに戻したのがその証拠である。自分達を察知できるということはかなりの使い手。それが何の反応もなく視線を戻したのだからこちらのことは黙認するととってよいだろう。
(じゃあ、このまま続行か?)
(無論)
彼らは現状維持ということでその場を見守り続けることにする。
彼らは先ほど以上に気配を薄くしながらその場から移動していった。
☆★☆
「む、移動したか……まあ、いい。それよりこちらだが、なんとかうまく誘えたようだな。はぁ、もっと他者とのコミュニケーションをとらせなかったことが悔やまれる」
レイはすでに柱の陰から身を出し、こちらに歩いてくる二人を待ち構えている。
「ふむ、どうにか誘えたようだな」
「ええと、レイ。こちらが本日ご同行していただくティニア様です」
「ど、どうもです! 不束者ですがよろしくお願いします!」
「うん、何がどうしてそういう感じになったんだ」
最初はチャラい感じの口調で行ったと思ったら何故か戻ってくるときには丁寧な感じになっており、ティニアは彼氏の実家に行った時に彼の親と出会ってしまった時のような対応になっている。
「なかなか面白いことになってるようだな。では弟子から聞いてるようだが改めて、私の名前はレイ、この子の師匠だ。私が行かせた手前で言うのもなんだが良いのか? 護衛なんてのもいるんだろう」
本当は彼女の陰には頼れる護衛がいるのだがそのことを彼女は知らない。彼らのような裏の存在が一部の貴族にはあるということをレイは知っている。
案の定彼女は彼らのことを知らない様子で「大丈夫ですよ」とにこやかにそう言う。
「すぐに戻ればいいですし、それに先に逸れたのは彼らですもの。私は悪くありません」
「だそうです」
「何故そこで君が相槌を打つ……。まあこれから私達は街の外に出るが本当にいいのか?」
レイは念を押すように言う。
こんな言い方は悪いかもしれないが一般人であるならばソウマと一緒に外に出たとしてもあまり問題はない。もし危険があったとしてもレイが問題なく対処できるためだ。
ただ貴族はそうはいかない。貴族は庶民よりも遥かに多くのしがらみが存在する。
「はい、いいですよ。なんの危険もないんでしょう?」
「むう、それはそうだが」
何故か過剰な信頼を寄せてくるティニア。
こうなった以上レイはいつも以上に気を張るつもりである。
「なら大丈夫です。それにばれたとしても怒られるのは私とはぐれてしまったあちらの方です」
ティニアはそう言って頬をぷくぅと膨らませる。
レイはお転婆な一面を見せるティニアに苦笑する。先程までの挙動不審っぷりが嘘のようだ。
「じゃあ行こう!」
「はい!」
そうソウマが仕切って歩き出す。
ティニアはソウマの横を並んで歩き出す。レイもそんな二人の後ろをついて行った。
彼女は口には出さなかったが彼女も友達というものがいなかったのかもしれないな、とレイは考える。
だからこそ初対面のソウマに話しかけられて緊張し、そして誘われたところに喜んでついて行ったのだろう。
レイはソウマと同じ子供ということを加味しても少々迂闊なんじゃないかと彼女のことが心配になった。
レイから誘いに行けと言った手前、口が裂けてもそのような事は言えないが。
レイ達は現在北の門を出るための列に並んでいる。
「ティニア嬢、ちなみにだが何時までに戻らなければいけないとかいうのはあるのか?」
ソウマが敬語を使わないからといってレイも使わなくていいということにはならない。最初は敬語で話そうとしたレイだったが他ならないティニア自身に止められてしまった。
ソウマに敬語を使わない許可を出しているのにその師匠に出さないわけにはいかない、ということらしい。
ソウマと出会ってすぐに、二人そろって打ち解けられたようで何よりである。
「うーん、そうですね。とりあえず日が傾く前には戻っておきたいです」
「大丈夫だよー。薬草を採取するだけだから。大丈夫だよね?」
街の近くで採取すると聞いていた為危険はないものだとソウマは思っているが、いまいち確信が持てなかったので念のためレイに確認する。
「うむ、遠くても街が見える範囲でしか行動しないつもりだからな。いくら遅くなっても日が傾く前にはしっかりと戻ってこれるぞ」
ティニアはそう言われてホッとしたような顔をする。
付いて来たはいいもののせっかくの外出中にできた知り合いと中途半端なところでお別れというのは彼女としても嫌だった。
「はわわ! そういえば護衛を一人もつけずに外に出るのは初めてです!」
「そうなんだ? 実は僕もなんだ! いつもは辺鄙なところにこもって修行してるし」
「ほえ?そうなんですか? なんか物語みたいですね〜」
並んでる間二人は和気藹々としゃべり合っている。
出会って数十分しか経ってないがこの二人はこれからもやっていけそうだな、とレイはホッと安心する。
(なんとか友達がいないぼっちとやらにはさせなくて済んだな)
二人の会話を聞いているうちに列はどんどん進んでいく。二人は今魔法について話しているようだ。
そしてソウマの魔法適性の話になったレイは浮かべていた笑顔を引っ込めて「しまった!」と心の中で叫ぶ。
「え、特殊属性を持ってるんですか?!」
そうティニアが叫ぶその瞬間レイは瞬時に彼らの周りに音の通さない空間を作り上げた。
レイがちらりと周りを見渡す。そこには音は聞こえないがいつも通りであろう日常が広がっていた。
(なんとか間に合ったか……)
「あ、ああ……どうしましょう! 叫んでしまいました!!」
ティニアは罪悪感たっぷりな表情であたふたする。
「いや、大丈夫だ。なんとか周りに聞かれずに済んだ」
「どうしたの二人とも? そんな慌てて」
なんで二人がそんなに慌てているのか分からないソウマは首を傾げる。
レイは冷や汗をかきながらソウマに忠告した。
「いいかい? ソウマ君。 今の時点では他人に自分が特殊属性持ちだということを決して明かすな」
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