“ジン”
今日は二話連続投稿です。
修行初日でありながらかなりハードなメニューをソウマへと課したその日の夜。ソウマが夕食を食べ終え、歯磨きをして早々にベッドにその体を放り込み熟睡した頃、レイは自分の寝室に戻る、ことはなく屋敷の外へと出ていた。
レイはいつにも増して表情を消し、足元の草を踏む音だけが周りに響いた。
門がキィッと小さな音を立てながらひとりでにゆっくりと開く。
レイは足を止めず前へと歩く。
門を出て屋敷の周りに広がる森に足を踏み入れた瞬間森の木々がまるで自ら道を開けるようにレイの眼前に一本の道が出来上がる。
レイは夜の闇で先の見えないその道をゆっくりと歩いていく。
その体から普段は決して見せない物騒な気配を漂わせながら。
レイは今日のソウマの指導をする中で確かな体の疼きを覚えていた。ソウマのまだ拙いながら一所懸命に同じ方を繰り返す姿。それに過去の己を幻視し柄にもなく懐かしい思いになった。
しかし自分も体を動かすにつれ、久しく感じていなかったある欲求がムクムクと胸の内で膨れ上がっていった。
その欲の名は“戦闘欲”。
この世界から見て異世界である“地球”もこの世界も、ヒトの三大欲求とも言えるものは変わらず存在している。
乃ち食欲、睡眠欲、性欲である。
しかし、レイはその全てが欠落しておりかろうじて、美味しいものを食べたい、暇だから寝たい、というような理由で食と睡眠をとってはいるが性欲に関しては一切ない。
しかしそれに成り代わる欲もしっかりとレイには存在している。
地球でも古代中国に置いて文官を務めていた宦官は去勢したために性欲がない代わりに権力を求める欲、つまり性欲に成り代わるような欲が存在していたという。
レイはその欲が戦闘欲、暴力による発散というわけだ。
「さてさて、“あいつ”は何処にいるかな? どうせまた寝てるんだろうが」
レイが屋敷から出て初めて口を開く。
泣く子も黙る、誰もが探索を諦めたこの《蠱毒の島》。レイが態々夜に結界から外へと出た理由、それはここ暫くレイ自身の鍛錬を疎かにしていたことだった。
ソウマが鍛錬している様子を見て自らの鍛錬をここ数年余りしていなかったことに気付いたレイはこれから暫く“本気”で鍛錬しようと思った。
そしてその他に最近、暴れて発散する機会がなかったということもある。大陸などのヒトの多いところでは縛りごとやその他諸々の事情で思いっきり力を発揮することができない。その点を踏まえればこの島はまさにうってつけとも言える。
レイの中に存在する戦闘欲、もとい戦闘狂の血。
今宵それが再び疼き上がってしまった。
レイの“目”に結界が見えてくる。
その結界の向こうは人外魔鏡、ヒトが探索するのを諦めた唯一の世界。
そしてレイの足が一歩結界から外に出る、その瞬間、レイの体が淡い“光”に包まれた。
それは《魔力》、濃密になりすぎた魔力は可視化し、発光するようになる。
そして可視化するまでに濃密になった魔力はある効果を周りに及ぼすようになる。
ーーーレイの足元からぴょこんと木の芽が生えてきた。
その余りにその目を疑うようなその現象はそれだけに留まらず、ただでさえ周りを生い茂っているその森の密度をさらに高くしていく。
このように濃密になりすぎた魔力は周りを威圧し、周りの《環境》に影響を与えるようになる。
ヒトを、生物の域を超えた証。此の世の生きとし生ける全ての生物の頂点へと至った証。
その力は世界にすら影響を与える。
ゆったりとした足取りからは考えられないほどの圧が周りへとかかる。その魔力を浴びた木々がある木は枯れ、ある木はまるで別種になったかのような異常成長を遂げる。
その圧の前には蠱毒の島の精強な魔物達ですら既にほとんど失いかけている『恐怖』という本能がその身に襲いかかる。
レイが歩くたび草を踏む音、小枝が折れる音が響く。普段はそれだけで我先にと襲いかかってくる魔物達。しかし、今はじっと息を潜め、闇に光る目に怯えを交えながらその“怪物”が通り過ぎるのをジッと身じろぎ一つせず待つだけだった。
レイはそんな周囲には目もくれず、そのゆっくりとした足取りのまま、真っ直ぐに、目的地へと向かっていった。
木々を揺らしていた風が止む。それと同時に周りから感じていた生き物の気配がさっぱりと消える。
そして、それと同時に新たな風が吹き始めた。
木がまばらになっていき森の出口が見え始める。
それと同時に月明かりや星明かりが差し込み周囲が少しずつ明るくなっていく。
森林から抜け視界が広がる。レイの目の前には見渡す限りの草原が広がっていた。
その草原に出た瞬間、レイは足を止めその瞳をどこか嬉しそうに細める。
木々に隠れて見えなくなっていた二つの月がその足元を煌々と照らしている。
その見渡す限りの広大な草原、しかしその中心に小山ほどの大きな影があった。
寝そべっていたのかその影がむくりと立ち上がり、閉じていた瞼から金色の瞳が覗く。その二つの瞳はじっとレイのことを見つめている。
そして、新たに吹き始めた風、その発生源はその獣から発せられていた。
その獣の体からレイと同じように魔力が光となって体から溢れ出す。そしてその輪郭が少しずつ露わになっていく。
それは白銀の毛を持つ巨大な狼、レイと同じように魔力を、しかしその色は濃い緑色をした魔力を全身から迸らせている。
月に照らされ浮かび上がるその威風堂々とした姿は見るものを畏怖させるような神々しさすら感じられた。
「……久しぶりだな、“ジン”」
「ーーーグウゥ……」
レイの呼びかけに少し不機嫌そうな声音で返事、唸り声を返す。
両者の声はそれほど大きな声ではない。しかし不思議と周りに響き渡るような声で、それなりに離れた距離であっても両者の耳には相手の声がしっかりと届いていた。
そしてその一人と一匹の間には言葉の通じない者どうしでありながら友のような気安さがあった。
レイは変わらず魔力を発したまま世間話をするような感じでジンに話しかけ続ける。
「すまんな、数年もここに来ないようなまねをして」
「グルル」
「まあ、来ようと思えば来れたが、お前もどうせずっと寝て過ごしてたんだろう?」
「グルゥ」
言葉が通じないながらもしっかりと意思疎通ができているように感じられるのはこの一人と一匹は長年、レイにとってはシャルよりも長い間共に過ごしてきていた友である。
互いの言葉の細かい意味は分からない、しかし相手がどのような言葉を言っているのか。レイとジンはそれがしっかりと分かっていた。
気安い感じで言葉を交わし合いながらもその間に張り詰める緊迫感は一切収まることはない。むしろ時間が経つにつれて互いから発せられる魔力は高まっていく。
会話が止まり静寂が広がる。
「ーーふむ」
その一言と同時に互いに意識が戦闘体制へと入る。
ジンが体を逆立てながら唸り声をあげ先ほどまでとは一線を画す雰囲気へと豹変する。その目は獲物を狩る狩人の目へと変わっていた。
レイは魔力の密度をさらに濃密にさせその輝きが増す。そして彼女の長い髪がふわりと持ち上がった。
見つめ合う両者の間に火花が飛び散る。互いに殺気を浴びせ合う。もはやその殺気は心の惰弱な生物が受け止めれる領域を越し、生半可な覚悟でそこに立てば死に至ってしまうであろう空間が広がっていた。
しかし、そんな殺気を受けてもレイは冷や汗一つかかない。その両目を爛々とさせ見た者の心を根こそぎ奪うような美しい恍惚の表情を浮かべている。
「ああ、いいなぁ、いい」
レイはここまで来た時と同じようなゆったりとした足取りで、その美しく長い蒼銀の髪をたなびかせながらジンに向かって歩き始める。
一歩、一歩、踏みしめるたびに強くなる魔力。
レイのそれと同調するように目の前の巨狼から発せられる魔力も強くなる。
レイの周囲では誕生と死が繰り返される。
ジンの周りでは地面が捲れ上がるほどの強烈な風が吹き荒れる。
互いに目がいっている一人と一匹は気づかない。彼らを中心に魔物が円状に逃げ惑っていることを。
そこら一帯はすでに彼らだけの舞台へと化していた。
「さてさて、唐突ですまないが、おそらくずっと寝て果たしていた君にもちょうどいい運動だろう」
両者から発せられる魔力が接する、その瞬間レイが地面が砕けるほどの強い踏み込みをし、ジンに飛びかかる。
その顔は先ほどと変わらぬ笑顔、しかしそこには見るものを魅了するような笑みではなく、まるで狂気に侵されたかのような、見るものをゾッとさせるような笑みを浮かべていた。
「さあ、死合おうか」
「ーーーッ!」
レイが極大の戦術級を複数展開させ、ジンは咆哮を轟かせレイに飛びかかる。
世界で最も危険な島、その島においての頂点に位置する一人と一匹、この両者がぶつかり合った瞬間島が、否、世界が震えた。
☆★☆
その日、世界の実力者、および国の中枢にいる者たちは恐怖に震えた。
ある者はその身に遥か遠くから感じる魔力の残滓を感じ取り、またある者は海沿いの観測者達からその報告を聞き、その身を恐怖で震わせる。
ヒトというのはどこの世界でも愚かだ。少し時間が空けばまた同じ過ちを繰り返す。
それはたとえ世界が違ったとしても例外というのはない。
蠱毒の島に訪れた者として公式の記録の中で残っているのはおよそ三百年前。どの国にも手がつけられないほどの実力を持つ犯罪者の流刑地としてその島が選ばれたときである。
しかしそれでも“蠱毒の島”が未だに恐怖の代名詞として恐れられるのは何故か。
「何故だ、今に限って……」
ミスティリア王国王都、王城にて、国王と宰相、および主たる大臣は会議室にて感知省から上がった報告を聞いていた。
ミスティリア王国は西の大陸においても上位に位置する大国だ。昨今、隣国との関係がきな臭くなってきて今夜も会議をしていたところだ。
ミスティリア王国は実力主義の王国。この場にいる者達も先ほどの魔力の波動を感じ取っていた。
僅かな波動から感じられる恐ろしき力の権化、その気配。この波動を感じ取った者たちは例外問わずその身を硬直させた。
そこで入る一つの報告。
息を切らせノックもせず入ってきたその者に普段であれば全員で睨んでいたであろうがその報告を聞いて全員が顔を青くして頭を抱えた。
“蠱毒の島”、何故この島が時代問わず恐れられているか、その恐怖を忘れられないのか。
それはそこに訪れた者が戻ってくることはなく全員が死んでしまうからではない。
蠱毒の島が怖れられる理由、それは時折始まる“超越個体”同士の争い。
その被害は島だけに留まらず外界にもその余波が及ぶことがよくある。
現在から約百数十年前の記録には島の海岸付近での超越個体同士の戦いがあった時攻撃の流れ弾が、この国ではないが、港町に直撃した際に全壊しごっそりとそこがスプーンでえぐり取られたかのような地形に変わったという。そのような記録はそれだけではなく過去にも幾度か起こっている。
“超越個体”同士の戦いが始まる度ヒトはこう思う。
『ここにも攻撃が飛んでこないか』
『何かの間違いで戦いの場がこちらの方に移ってこないか』
蠱毒の島の魔物達、彼等はその島の外に出ることはない。
彼等は本能で知っている。外の世界の生き物は弱いと。自分達を満足させることができないと。彼等はよくも悪くも闘争を好む。そんな彼等にとって外の世界は余りにも“つまらない”のだ。
しかしそれは絶対ではない。ヒトが彼らを刺激すれば外に出てこないという保証はない。故にヒトは手を出さない、出せない。ほんの少しの好奇心が個人どころか国にまで自分の愛する者たちにまでその破滅が及ぶかもしれないからだ。
ヒトは願うしかない。こちらに興味を持たないでくれと。こちらには決して来ないでくれと。
「ハァ、儘ならないものだな」
結局その日の会議は身に入ることはなく何処か張り詰めた雰囲気のままその日は解散となった。
今回の体から魔力が溢れるというのは某漫画のスーパー○イヤ人のようなものと考えていただければ。
次話の投稿は未定です。
これからはだいぶ隙間が空きます。ただでさえ序盤というところなのにすいません。




