第8話 ただいま
あたしは村の診療所のベッドで目を覚ました。
みんなにぎゅうぎゅうされてぎゃあぎゃあ言われたときの安心感で、あたしの緊張の糸はバッサリと切れてしまったらしく、その場で気を失ってしまったそうだ。診療所の先生が言うには、あたしは丸三日間、眠り続けていたらしい。
あたしが昏睡している間、いろんな人がお見舞いに来てくれたことを先生は教えてくれた。子どもたち、修理屋のお兄さん、いつも道端で子どもの世話をしているおっちゃん、宿屋のおかみさん、たくさんの人たち。そして……アルト。
あたしの家族が、家族のあたしを、お見舞いに来てくれたんだ。
あたしの家族。家族のあたし。
お礼を言いに行かなきゃ、と思ったんだけど、その必要はなかった。
診療所のドアが開くと、ドカドカドカドカっと村のみんながなだれこんできた。
先生が「病人の前でなにをやっとる!」と叱り飛ばすのもきかないで、みんながあたしのことをまたぎゅうぎゅうしてくれた。
いっぱい手をにぎってくれて、頭をたくさんなでてくれて、しっかり抱きしめてくれて。目がさめてよかった、心配したんだぞ、しばらくゆっくりしとけよ、っていっぱいいっぱい声をかけてくれて。
――なんか、ぽかぽかした気持ちになってきた。
すごくうれしくて、しあわせだった。ふわふわなかんじだった。
で、すぐそのあと、とんちんかんなことを言った。
「みんな、ありがとう。あたし、それなりに役に立っていたんだね」って。
そしたら工場のおじちゃんと宿屋のおかみさんからゲンコツをもらった。
家族に、役に立つも立たないもないだろ、ってぷんすかされた。
――そっか、そうなんだね。
役に立つから、家族なんじゃない。家族だから、役に立ちたかったんだ。
あたし、大切な人たちのために、がんばってたんだ。がんばれていたんだ。
あたしを、みんなみてくれていたんだ。あたしが、みんなをみていなかっただけなんだ。
あたし、独りじゃなかったんだ。
ようやく、気づくことができた。思わず笑った。みんなもにこにこしている。にこにこが嬉しくて、安心して、少しねむくなってきたから、またねようとした。
そのとき、大好きな声がした。
「ステラさんっ! よかった、目が覚めたんですね!」
アルトだった。息がはぁはぁしてる。いっしょうけんめい走ってきてくれたんだ。
アルトの目に、あたししか映っていないのが、なぜかわかった。
あたしの目にも、アルトしか映っていなかった。
「……アルト」
あたしは、はだしででよろよろとベッドからおりて、アルトのところにとびこんでいった。
「アルト、アルト、アルト! ……アルト、アルトっ!」
なみだがたくさんあふれてきてとまらなかった。ずっとずっとアルトのなまえをくりかえして、あたしはアルトにぎゅって、ちからいっぱいくっついた。
そんなあたしを、アルトはやさしく抱きしめてくれた。
「アルト、好き、好き、好き! 大好きっ! アルト、アルト!」
「ボクも、好きです。大好きです。あなたが……いいえ、ステラが」
「アルト、ありがとう、大好き。みんな、ありがとう、大好き。……ああっ、あああ、うわあ、うわああああああ!」
アルトに抱っこしてもらいながら、あたしはぜんぶぜんぶ吐き出すように、大声で泣きつづけた。
***
それから一週間後、あたしは退院の日を迎えた。
はいそうです、みんなの目の前で、べちょべちょに泣きまくりながら、なみだと鼻水だらけのめっちゃブサイク極まる顔でアルトに告白しちゃって、それをアルトに受け入れてもらえて、晴れて両想いの恋人どうしになってから一週間、あたしは入院していたわけですよ、ええ!
一週間の間に、変わらずいろんな人がお見舞いに来てくれた。……んだけど、子どもたちはニヤニヤしながら「けっこんしきはいつ?」とか聞いてくるし、おかみさんはニヤニヤしながら「何人欲しい?」とか聞いてくるし、家具屋のおじちゃんはニヤニヤしながら「ダブルにするか?」とか聞いてくるし。
アルトが、毎日来てくれて抱きしめてくれたりなでなでしてくれたりするし。それで、こっそり恋人同士がするようなことも……したし。
まったくもう――最高に幸せな一週間だった!
けど、いつまでもねんねしているわけにはいかない。あたしが入院していたのはあくまで心の問題であって、体にはケガも病気もないわけだから。
退院の日、あたしはいつものオーバーオールとジャケットに着替えて、先生にふかぶかと頭を下げてお礼をした。先生はあたしの肩をぽんぽんと叩いて「あんたはがんばっているよ、自信を持ちなさい」と言ってくれた。
前のあたしなら、なんかのイヤミかいやがらせじゃないかと疑っていたと思う。
でも今のあたしは、その言葉を信じられる。だから「はい!」と元気に答えた。
「ありがとうございました!」先生にもう一度お礼をして、あたしは診療所を出て、自分の家に向かった。道すがら、村のみんなが声をかけてくれて、あたしは笑って手を振りながらそれに答えた。だってもう、背中を丸めてこそこそする必要はないって、信じられるようになったから。
――入院中に、『スフィア再起動計画』がじわじわ進んでいるのを、あたしはみんなから聞いていた。
みんなは最初『スフィア』の外側を見てびっくりして、中身をみてもっとびっくりして、アルトの正体を聞いてもっともっとびっくりしたらしい。そりゃそうだ。あたしもそうだったし。
でも、びっくりがやがやしていたのは最初の数日だけで、その後はみんな、自分の生活や仕事に戻っていった。
みんなが、『スフィア』への興味や期待をなくしてしまったわけじゃない。実際、村のほとんどの人が『スフィア』への興味を示してくれた。すごさを理解してくれる人もいたし、計画への協力を申し出てくれる人もいた。
だけど、生きていくためには『スフィア』だけに構っているわけにはいかない。みんな食べて、飲んで、着替えて、眠って。そういう、毎日欠かさずしなきゃいけないことがたくさんある。子どもたちの勉強やお年寄りのお世話、機械のメンテナンスとかもそうだ。
だから『スフィア再起動計画』は、村長さんからの指示で、アルトとあたしに一任されることになった。
そういうとなんだか大役を仰せつかったようなかんじだけど、そもそも『スフィア再起動計画』は、星のカケラをたくさん集めて、ノアちゃんと『スフィア』を目覚めさせるだけの単純明快な計画だ。コインを投げて、表が出るか裏が出るか、ってぐらい単純な話だ。
あたしが集める。アルトが考える。みんなに協力してもらう。最後は実行して、ノアちゃんを助ける。要はそういうことだ。結局は、のるかそるか、ってやつ。
――あたしは自分の家に帰ってきた。外見は特に変わっていない。廃材、鉄骨、トタン板。
でも中は大きく変わっている。
ドアを開ける。前までだったら、そのまま無言でドアを後ろ手に閉めるだけだった。
でも今は違う。――だってもう、あたしはひとりじゃないから。
「ただいま!」を言った。
「おかえりなさい!」が返ってくる。
声の主は、あたしの大好きな、アルトだった。
そう、あたしたちは一緒に暮らすことにしたんだ。
「――アルトっ!」あたしはバッグを放り出して一目散にアルトに駆け寄って、首元に抱き着いた。泣くためじゃなくて、純粋にそうしたくて、そうできるのが嬉しくて。
「――ステラ」アルトもあたしを強く抱きしめてくれた。
あたしは顔をそっと上げた。アルトが顔をそっと下げた。
ふたり一緒に目を閉じて、
――あたたかく、ふれあった。
(つづく)




