第9話 『ノア計画』
あたしたちは『スフィア再起動計画』について、大きな修正することにした。
やることはかわらない。でも、ある意味一番大切なもの――名前を変えた。
――『スフィア再起動計画』改め『ノア計画』。
思い返してほしい。あの『スフィア』はただのでっかい玉じゃなくて、千年前の地球で作られた、あたしたちの知らない未知の技術のかたまりだ。再起動できたとしても、それでヤッターバンザーイってわけにはいかない。
だって、機械ってのは、動いたって使えなきゃ意味がないんだもの。
あたしには当然『スフィア』の動かし方なんてまったくわからないし、乗っていたアルトだって、使い方のすべてを知ってるわけじゃない。ノアちゃんに任せきりだった部分がほとんどだったそうだ。
つまり、『スフィア』完全に使える状態にするには、ノアちゃんに目を覚ましてもらう必要があるわけだ。
――それになにより、ノアちゃんを放っておくわけにはいかない。
それは『ノア・システム』としてじゃない。アルトをずっと守ってくれて、あたしを信じてくれた、ノアちゃんという女の子をこのまま独りにしておくなんて、絶対にできない。
だって、ノアちゃんは、あたしの『家族』だから。あたしたちの『家族』だから。
あたしはこの考えをアルトに話した。
「ステラさんの言う通りですね。今後『スフィア』を使っていくには、ノアの力がぜったいに必要です」
「でしょ? それに……」
「はい、ノアをこのまま眠らせておくわけにはいきません」アルトの声には、強い決意が込められているように聞こえた。
――眠る。スリープ。――コールド、スリープ、カプセル――。あたしが、壊そうとした――
あたしは突然ものすごい寒気と罪悪感に襲われた。
「……ごめん、アルト」
あたしは胸に張り裂けるような痛みを感じて、かちかちと歯を鳴らした。
「どうしたんです?」
「あ、あたしは……だめ、だめだよ……」
そうだ、そうだよ。あたしはノアちゃんを、爆弾で、道連れにしようとしたんだよ。あたしに、ノアちゃんを助けたい、ノアちゃんを『家族』っていう資格なんか――
「お、思い出しちゃった、の。だって、あ、たし、あたし、爆弾で、ノアちゃんを――」
震える声で言葉をつづけるあたしを、アルトが抱きしめてくれた。
「だいじょうぶ、ステラさん。ノアはわかってくれます。あのときのステラさんは限界だったってことも。ステラさんがずっと、ノアをたいせつに思っていることも」
「うん、うん。……ありがとう」アルトのぬくもりにつつまれて、震えがだんだんと収まっていく。
アルトはゆっくりと腕をほどいて、あたしの目をみつめてくれた。アルトに促されるまま、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
今もあたしはこうして、急に罪悪感に襲われたり、気持ちや体調がおかしくなるときがある。『家族』になった後でも、あたしの心は揺らいだり、どん底に沈んだり、めちゃくちゃになったりする。
そんなとき、アルトやみんなは、こうして抱きしめてくれたり、なでなでしてくれたり、声をかけたりしてくれる。あたしはこの心の浮き沈みについて、診療所の先生に相談した。
先生は、こういうことは減ることはあっても、なくなることはないだろうって言ってた。そして、ずっとそうしているわけにはいかないけど、いまはそれで良いっていってくれた。
あたしももちろん、みんなに支えられてばかりではいたくない。自分の足で立てるようになりたい。だけどいまは、支えられながらでも、泣きながらでも、しなきゃいけないことがある。
前を向いて、立ち上がるんだ。みんなのために、ノアちゃんのために、アルトのために。
そしてなにより、あたし自身のために。
あたしは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐いて、目を開いた。
「――ありがと。続けよっか」「はい」
話し合いの結果、『ノア計画』は大きくみっつの段階にわけることになった。
ひとつめの段階は、『集める』だ。『星のカケラ』を集めること。頭のいい人たちが計算してくれたけど、残念ながら必要な量はほとんどわからなかった。だからとにかくたくさん集める。ひとつ、ふたつ、たくさん、ってこと。
だから浜辺だけでなく、荒野でも山でも谷でもどこでもいい、とにかく集められるだけ集める。純粋な力技だ。これはあたしが主に担当して、可能なら村の人の手が空いた時に手伝ってもらう。
ふたつめの段階は、『調べる』だ。『スフィア』の中を調べて、その構造を理解すること。これはもともと『スフィア』の技術者だったアルトが担当する。アルトが覚えているかもしれないと思ったけど、アルトも『スフィア』のすべてにかかわっていたわけじゃないし、千年間のコールドスリープで、記憶があいまいな部分も多いそうだ。
一番重要なのは、まずノアちゃんを目覚めさせることだ。
そのためには、エアちゃんにエネルギーを供給するエンジン――動力炉のことを調べる必要がある。
ノアちゃんは最後に『エネルギー残量なし』って言ってた。ということは、エネルギーがあれば――つまり、おなかいっぱいになれば――ノアちゃんが目を覚ますかもしれない。
だから、動力炉の構造を調べて、動力炉が動くように星のカケラを整形したり、配置すればいいのかを考える。
もちろんこれは、星のカケラが『スフィア』にエネルギー源として使えれば、の話になるんだけども。
ノアちゃんが目覚めてくれれば、そのあとはノアちゃんに教えてもらいながら――もしかしたらお説教をもらいながら――『スフィア』の機械を使っていくことができるようになる。
みっつめ、つまり最後の段階は『実行する』だ。いままで集めてきたすべての星のカケラと、調べてきたすべての情報で、ノアちゃんと『スフィア』を目覚めさせる。
これはあたしとアルト、ふたりきりでやる。
理由は単純で、『なにがおきるかわからない』からだ。
そもそも星のカケラが『スフィア』のエネルギー源になるかわからないし、仮に『スフィア』が星のカケラを受け入れてくれたとしても、そのあと何が起こるかは全くわからない。
いきなり宇宙にぶっ飛んでいってしまうかもしれないし、ノアちゃんがあたしにねちっこい声で『この泥棒猫……反吐が出ますね』って言いだすかもしれないし、一番サイテーなオチである大爆発になるかもしれない。
だから、計画を思いついたあたしとアルトのふたりが、全責任を負うことにした。
あたしとアルトは、ざっくりしたこの計画を必要な部分だけにまとめて、村の人に集まってもらって説明した。つまり、星のカケラ集め、『スフィア』の謎解き、スイッチオン、ってことを。
反応はさまざまだった。大半は目を輝かせてくれる人や協力すると言ってくれる人だったけれど、少しながら、半信半疑の人、説明の途中で帰ってしまった人、そもそも集まりに来てくれなかった人もいた。
全員が一致団結してくれなかったことについて、あたしは最初とても悲しかった。このあいだ『家族』って言ってくれたばっかりなのに。『家族』なら手伝ってくれるはずなのに……って。
でも、考えてみればずっといつでも仲がいい『家族』なんていない。食べ物の好みや性格だって違うし、イザコザもあるし、ケンカだってもちろんする。ずっとニコニコハッピーな家族なんているわけがない。
こんな風に、あたしのなかのどす黒い『何か』は隙あらば現れて、落ち込んだり、最悪の行動をとらせるように、あたしをずるずると引っ張っていく。
あたしはその度にせいいっぱい抵抗した。でも『何か』は常に私の心の中から湧き出てくる。
ここで『何か』をやっつけておかないと、いざってときに最悪のことになるかもしれないから、あたしは今晩で決着をつけてやることにした。
その夜、あたしはベッドの上で毛布をかぶりながら、自分の心の中の『何か』と必死で戦った。アルトはそばにいようかと言ってくれたけど、あたしはそれを断って、一人で戦うことにした。
もちろんあたしは『独り』じゃない。だからこそあえて『一人』で戦って乗り越えたかった。
まるまる一晩かかって、あたしは自分の気持ちにひとつ区切りをつけた。
まずは、計画を話した時に感じた、無念や失望をやっつけることにした。そもそも、あれは及第点だ。素っ頓狂な計画を聞いてくれて、賛成してくれた人がいるだけで上出来だもの。もともとはあたしとアルト、二人きりでやろうとしていた計画だし、むしろ出来すぎているぐらいだ。それにさいわい、宿屋のおかみさんとか、修理屋のお兄さんとか、なじみの人は協力してくれるって言ってくれたし。
あたしは自分に言い聞かせながら、心に次々と湧き上がってくる不安や恐怖、自分にまとわりついてくるもやもやとか、心の中を這いずり回るどろどろした『何か』と戦い続けた。
一分が一時間に感じるような、長い長い時間。
戦って、負けそうになって、戦って、負けて。怖くて、でも立ち上がって、また戦って、たくさん負けて、たまに勝って。だんだん勝てることのほうが増えていって。
ようやく、『何か』をつぶしきったころに、
「ステラさん」
目の前にアルトがいた。いつの間にか朝になっていた。朝日がおんぼろの窓から差し込んでくる。風は穏やかで、壁の揺れる音はしない。あたしもアルトに顔を向ける。一睡もできなかったから、くまはひどいだろうし、肌もがさがざだと思うけど、声だけは明るく、
「やっつけてやったよ」と笑顔で言った。
「がんばりましたね」「うん、がんばった」
その言葉を最後に、徹夜したあたしは気絶するようにベッドにひっくり返って泥のように寝た。
眠りに落ちていく直前、あたしのからだに毛布をかけてくれる人がいた。そのあと、気のせいかもしれないけど、あたたかくて、やわらかい――
次の日、あたしはもう一度診療所の先生の診察を受けて、自分がやったことを話した。
先生は、無理ばかりするんじゃない、心の問題は一晩で解決したりしない、ってあたしを叱った後――よくがんばったねってほめてくれた。あたしは素直に「はい、がんばりました」と言った。
(つづく)




