第7話 ほしのおひめさま
あたしの中でなにかが完全に壊れたあの日から、三日後。
どろどろがまだまだ残っている浜辺で、あたしは星のカケラを探していた。
サバイバルに必要な道具は一通り持ってきているから、あと一週間はここにいられる。それに、星のカケラは持って帰らなくても、『スフィア』の周辺に積み上げておけばいい。
誰にも言わずに来たけど、あたしなんかいなくても村には何の影響もないし、べつにかまわないだろう。
正直、あたしはいっこうに星のカケラを探す気になれなかった。のろのろと足を動かす。きしきしと耳に心地いい砂の足音はもう無くなって、べちょ、べちょっていう聞きたくもない音が聞こえてくる。それと――靴底を通して伝わってくる、気持ち悪い感触。あたしは嫌気がさして足を止めた。
――あたしは、『スフィア』を直したくなくなっていた。
すべて、思い出してしまったからだ。
アルトとの生活で忘れていた、赤い地球の絶望と、そしてなにより、バカでダメなクズなあたし自身を。
もし『スフィア』が再起動したら、あたしはきっと、昔の青い地球や、たくさんの素敵な景色、生き物や文明を見て、聞いて、知ることになる。あたしがずっと目をそらし続けてきた、過去の地球。そして――目指すべき新しい地球を、夢見なきゃいけなくなる。役立たずのあたしが、みんなと、アルトといっしょに。
それに、『スフィア』が直ってノアちゃんが戻ってきたとしても、それでたちまちハッピーエンドになるわけじゃない。宇宙からやってきた星の王子さまのおかげで、みんな幸せになりました、めでたしめでたし、なんてあるわけない。少しはましになったとしても、この赤い地球でのつらくて苦しい生活は、たぶん一生続く。
でもアルトは、突き付けられた現実から目を背けないで、見て、聞いて、学んで、立ち向かっている。村のひとたちもアルトと一緒に、少しずつ未来に向かって頑張りはじめた。あたしにはアルトとみんなの姿が信じられないほどうらやましくて――ねたましかった。
なぜなら、あたしには何もないから。パパとママもいない。かしこくもない。アルトみたいに何か特別なことができるわけじゃない。一生懸命な気持ちだけはあるし、がんばって勉強や訓練もしたけど、どれも実を結ばなかったから、村の役に立ってるわけでもない。ノアちゃんみたいにいろんなことを知ってて、アルトの力になれるわけでもない。
アルトは優しいからあたしにかまってくれるけど、あたしはアルトになにもしてあげられない。アルトの役に立つのは、あたしじゃなくて星のカケラなんだもん。それに『スフィア』とノアちゃんが戻ってきたら、石拾いくらいしかできないあたしなんか、ほんとうにただのごくつぶしになっちゃう。
シャツの中から、あのねじを取り出す。あたしがうまく修理できなかったせいで、壊してしまったバイク。あたしにアルトみたいなたくましさやかしこさが、それこそカケラほどでもあったなら、もっといろいろ知って、きちんと技術を身に着けて、きれいに直してあげられていたかもしれない。そうしたら、あの子を壊すことなく、もっと一緒に走り続けられたかもしれない。
本当に、いろいろな努力をいっぱいした。必死に、一生懸命に、自分の居場所が欲しくて、がんばったんだ。でも結局、あたしができるようになったのは、バイクの運転とへたくそな修理、それと星のカケラの見分け方ぐらい。
家族もいない。かしこくもない。特別なことや役に立つことなんて何もできない。努力しても報われない。役に立てないことにうしろめたさを感じて、おびえて、ふるえて、逃げてばかりの役立たず。独りぼっちでみじめなあたし。なんにもできないくせに、恋だけは一丁前にする、ませた子ども。
それがあたしなんだ。そんなのが、あたしなんだ。ステラなんだ。
そんなあたしの目の前に『スフィア』がある。
みんなをすすませる『スフィア』が。
あたしをおわらせる『スフィア』が。
無くなっちゃえばいい、『こんなもの』。
もう、終わりにしよう。疲れた、なにもかも。
あたしはポケットから『それ』を取り出した。
――爆弾だ。
ちいさなものだから『スフィア』の外側を壊すことはできない。でも、中の機械類を傷つけるぐらいはできるはずだ。運が良ければ、壊すことも。いくら『スフィア』をつくった人がかしこくても、中で爆弾をつかうやつがいるなんて考えていないだろうから。
ハッチをこじあけて、中に入る。相変わらずわけのわからない機械だらけの内部を、あたしはおぼつかない足取りで進んでいく。
――目の前に、コールドスリープカプセルがあった。
星の王子さま――アルトが千年間、眠り続けていたところ。
「アルト。起こしちゃったのがこんなバカなあたしでごめんね。かしこいお姫さまだったら、きっときみと力を合わせて、地球を取り戻せたんだろうね」
独りごとでアルトに謝ってから、あたしは爆弾のスイッチを入れた。
「これでおしまい。ノアちゃん、あたし、アルトを生きさせることができたよ。アルトなら、きっと生き続けてくれる、だから安心して。――もう、一緒に、眠ろう?」
無造作にカプセルの中に放り込む。たぶんそこが、一番精密なシステムで、だからこそ一番壊れやすいところだと思ったから。
爆発まであと十秒。
あたしはすぐにその場を――離れなかった。ピッ、ピッ、ピッというカウントダウンを聞きながら、膝を抱えて座る。ここは明らかに爆発の範囲内だ。けどあたしは構わなかった。
ここで『スフィア』と一緒に終わってしまえば、あたしはもう、赤色の地球も、青色の地球も、大嫌いな自分も、見なくてすむんだから――。
胸元に、ぽわぽわしたあたたかさを感じる。これって、もしかしたら魂ってやつかな。
「パパ、ママ、あたし、いまからそっちにいくね。会えたら、いっぱい抱っこしてほしいな」
静かに目を閉じる。
(――さようなら)
ピーーーーーーー……
そのとき、あたしのジャケットの襟がものすごい力で引っ張られた。あたしは何が起こっているかわからないまま、カプセルの部屋から引きずり出されて――
「伏せて!」
ピピッ。
ボンともバンともつかない乾いた音とドカンという衝撃が襲ってきた。もくもくと煙が充満して目は見えないし、めちゃくちゃに反響した音のせいで、耳も聞こえない。わかるのは、あたしの上に何かが乗っていて、しかもそれがあたしを守るように包み込んでいる感触だけだった。
煙が収まって、視界が明るくなっていく。キーンという耳鳴りも収まってきた。
「――さん! ――テラさん、だいじょうぶですか!? ステラさんっ!?」
――そこにいたのは、アルトだった。
アルトがあたしを守ってくれた……?
何も答えられないあたしをそっちのけにして、アルトはあたしのからだのあちこちを見たり触ったりした。ケガがないか確認してくれているようだった。
「よかった、どこもケガしてませんね。本当によかった……」
「アルト、どうして……どうしてきみがここにいるの?」
「急にステラさんが村からいなくなったから、探していたんです。それに、様子も変でしたし。ここに来て正解でした」
ほんと、頭が良くて、察しも良くて、優しい子だなあ。ごめんなさいを言わなきゃいけないのは、あたしのほうなのに。
「アルト、ごめん、ごめんね。あたしが、バカだから、『スフィア』が、こわれちゃった。あたしが、こわしちゃった。それに、ノアちゃんが……」
「だいじょうぶですよ、ステラさん。心配しないで、ほら」
煙が晴れたコールドスリープカプセルの部屋。そこに見えたのは――傷ひとつついていない、壁、床、機械、そしてカプセルだった。
「『スフィア』は移民船の実験機。ちいさくても内部構造は本船の設計と同じように、強固につくられているんです。長期間の航海中、船内でトラブルや問題が起きても、システムが破壊されないように。それに、ノアのユニットはここにはないはずだから、ノアも無事ですよ」
――そっか。『スフィア』を作った人は、あたしよりずーっと賢かったんだね。
「……そんなことより、ステラさんが無事で本当によかったです。見た限り、ケガはしてなさそうですけど、おなかとかあたまとか、痛くなってきたらすぐに言ってくださいね」
やめてよ。
優しくしないでよ。
こんなあたしに、なんで優しくするの。
あたしに、アルトに優しくされる資格なんか、あるわけないよ。
ひたすらあたしの心配をしてくれるアルトに向かって、あたしは言った。
「アルト、ごめん、ごめんね、ごめんね」
視界がにじんでいく。声が、からだがふるえていく。ことばがあふれだすのを、どうしてもあたしはとめられなかった。
あたし、ずっとずっとこわかったの。いきていることも、いきていくことも。
だってあたし、ばかだから。なにもできないから。やくたたずだから。みすてられるの、こわかった。
あると、やさしいから。あるとといるとわすれられた。じぶんのだめなところ、わすれられた。
でも、おもいだしちゃったの。じぶんがばかで、やくたたずで、だめなの、おもいだしちゃった。
あかいちきゅう、いたくない。あおいちきゅう、みたくない、いきたくない。こわいの、こわかったの。
それに、それにね、もっとわるいことしちゃったんだよ。
あるとを、こんなちきゅうにつれてきちゃった。
ごめんねあると、ごめんね! みんなみんな、あたしがばかなせいで! あたしがやくたたずなせいで!
あたしがいるから、あたしなんかがいるから、あるとにも、のあちゃんにも、ひどいことして!
すふぃあだって、のあちゃんだって、みんなのたいせつだったのに!
あたし、みすてられたくなくて、ぜったいにしちゃいけないことしちゃった! さいていなことしちゃった!
でもおねがい! わかってよ! がんばったもん! あたしがんばったもん! たくさんたくさんがんばったもん!
すきでばかなんじゃないもん! すきでやくたたずなんじゃないもん! いっしょうけんめいがんばったもん!
でもできなかった! くやしい、くやしい、くやしい! あたしだって、すきでだめなんじゃないっ! すきでできないんじゃないっ!
あたしだって、あたしだって、あたしだってっ!
めちゃくちゃになきさけぶあたしのあたまを、なにがかだいてくれた。
あるとだった。
あるとがあたしをやさしくだきしめてくれていた。すごく、あたたかい。あたしのかお、なみだとはなみずでぐちゃぐちゃなはずなのに、あるとが、あたしをだっこしてくれた。
「ステラさん、ありがとうございます。ボクを地球に連れてきてくれて」
いま、なんていったの?
「なんで、そんなこと、いうの? だってあるとは――」
「ステラさんが『スフィア』を開けてくれたから、ボクを助けてくれたから、ボクはステラさんやみんなに会うことができました」
「でも、ちきゅう、もうぼろぼろなんだよ、まっかっかなんだよ。あたしが、ほしのおうじさまを、こんなところにつれてきちゃったのに。こんなところにいるの、いやでしょ?」
「そんなことありません、ぜったいに。ぜったいに、です」
「でも、あなたのかぞくもともだちも、もうだれもいないんだよ。あたしわかるもん。ぱぱやままがいないとつらいの、あたししってるもん。あるとぜったいむりしてる。あたしわかる」
「確かに最初は驚きましたし、悲しかったです。もちろん、今も。でも、生きさせてくれました。ステラさんが、ボクを生きさせてくれました。がんばれば、生き続けられると思います。村のみんなや、なによりステラさんがいるから」
どういうこと? ぜんぜんわからないよ。
「あたしがいるから? なんで? あたし、だめなのに。よわいのに。なんにもできない、やくたたずなの。あたしなんかいても、だれもよろこばない」
あるとがあたしをはなした。あるとのかおがよごれている。ばくはつのときのけむりやすすのせいだとおもう。そんなかおでも、あるとはえがおだった。
あたし、ひどいことしたのに。あなたにも、すふぃあにも、のあちゃんにも、ひどいこと、したのに。なんで、そんなあたしをみながら、あなたはわらっていられるの?
「ステラさんはすごい人です。忘れたんですか? 宇宙からやってきた宇宙人みたいなボクのことを、見捨てないで、生きさせてくれたじゃないですか。村に連れて帰って、優しくしてくれました。村の人と仲良くなれるようにしてくれました。『スフィア』とノアのことも、ボクといっしょに、一生懸命かんがえてくれたじゃないですか」
あるとは、あたしとあってからのことを、たくさんはなしてくれた。ありがとう、ありがとうってたくさんいってくれた。
「でもそれはあたりまえのことで、だれでもできるよ?」
あるとはかおをふるふるとふった。
「ふふ、ステラさんは相変わらず、自分に厳しい人ですね。その『当たり前』がなかったら、ボクはとっくに生きていないんですよ。ステラさんはボクを救ってくれた、地球のお姫さまなんです」
ほしの、おひめさま……?
「ボクの言葉だけじゃ、信じられませんか? ちょっと悔しいなあ。なら、外に出ましょう。そうすれば、信じられるようになると思いますよ」
あるとは、あたしをおんぶしてくれた。そのまま、そとにあるいてく。
そこに、なにがあるっていうの? そとにでたら、そこは、あかいちきゅう。ぱぱとままと、あたしがこわしちゃったばいくのおはかがあるだけなのに。
すふぃあからそとにでる。そこにあるのは、やっぱりあかいちきゅうだった。
――でも、それだけじゃなかった。
「ステラ、ケガしてないかい?」「おねえちゃーん!」「いきなりいなくなるから心配したぞ!」
「おなか減ってんだろ。帰ってごはんたんまり食べな!」
「ああよかったのう、よかったのう」「お爺ちゃん、ステラのことになるとすぐ泣くんだから!」
「だから押すなって」「お前がどけよ!」
「ケンカしないでよ、ステラのことすきなのはわかるけどさあ」「す、すきじゃねーし!」
――むらのみんながいた。
みんなのうしろに、くるまがなんだいもみえる。くるまはとてもきちょうで、たいせつなものだから、できるだけつかわないようにしているのに。
アルトがあたしをじめんにおろしたとたん、むらのみんなにぎゅうぎゅうされた。だきつかれたり、ほっぺをつねられたり、あたまをわしゃわしゃされたり。あたしはわけがわからないまま、みんなにきいた。
「なんで、みんな、ここにいるの? あたし、やくたたずなのに、よわむしなのに、ばかなのに、だから、いなくなっちゃえばいいって、おもったのに。あるとやみんなのだいじなもの、こわそうとしたんだよ。なんでみんな、きてくれたの?」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないよ」やどやのおかみさんにしかられた。
そのあとにつづいたことばは。
「家族だからにきまってるじゃないの」
えっ。
かぞくは、あたしのかぞくは――ぱぱとままでしょ? ぱぱとままだけのはずでしょ? ちがうの? むらのみんなも、かぞくなの? みんなはかぞくだけど、あたしはみんなのかぞくじゃないでしょ?
ちがうの?
「……かぞく? あたし、みんなのかぞくなの? あたし、みんなのかぞくでいていいの?」
みんなはうんうんってして、あたしをまたぎゅうぎゅうしながら、ぎゃあぎゃあとはなしはじめる。
「なにをいまさら」「元気出せよ~」「ステラは俺のお嫁さんになるんだからな!」「ふざけんな、俺のだ!」「もーあんたたち、いい加減にして!」「大切な孫娘じゃよう、じゃよう」「おじいちゃん、鼻水くらい自分で拭いてよ!」「うちの看板娘、いつでも歓迎だよ!」
みんなのことばが、こころが、あたたかくあたしのなかにはいってくるきがした。
みんな、あたしのかぞくなんだ。あたし、みんなのかぞくなんだ。
みんな、あたしをたいせつにおもってくれていたんだ。あたし、みんなをたいせつにおもえていたんだ。
こどもたちも、おにいさんも、おかみさんも、おじいちゃんも。
「ボクもですよ」
ふりかえると、あるとが――アルトが、いた。かれは、そう。
――ほしの、
あたしはなにかがぷつりときれたように、からだがふらふらするのをかんじた。うえもしたもわからなくて、からだがおちていくようなかんじ。めのまえがぐるぐるして、くらくなっていく。
そのとき、だれかがあたしをだきとめてくれた。まっくらになるまえにみえた、そのひとは――
「ステラさん、ありがとう」
あたしの、ほしの、おうじさま……。
(つづく)




