第6話 希望と絶望
「『スフィア』を再起動させる?」
こんどはあたしが椅子に座って、アルトは机に腰をあずけるかたちで話し始めた。
「はい。『スフィア』はただの宇宙旅行用のカプセルじゃありません。人類が地球から別の星に移民するための船、宇宙移民船の実験機なんです。ボクはその技術者のひとりでした」
「ウチュウ……イミンセン?」
「そうです。地球以外に住める星を探して、そこに移り住むための実験船なんです。移住には、コールドスリープシステムや植物の種子保存装置、大気生成システム、土壌肥沃化プラントなど、いろんな機械が必要なことが、研究で分かっていました」
あたしがアルトと会ってから、改めてわかったことがある。それはあたしがやっぱりとんでもなくバカだってことだ。正直に言って、アルトが言ってることがあたしにはさっぱりわからない。
「だから、『スフィア』には移民船に搭載することが計画されていたすべての装置が、小型化して積み込まれています。それを使えば、ここでの生活を良くしていけるはずです。もちろん、ちょっとずつになりますが、周辺の環境も。技術を転用したりみんなで共有できれば、もっといろいろなことができるようになるかもしれません」
「なるほど」返事だけはいっちょまえにしたけれど、あたしの脳みそはほとんどなんにもわかってなかった。ただひとつわかったのは、『スフィア』がふたたび使える状態なれば、いろいろ便利になるし、みんなハッピーってことだ。
「それに」
「それに?」
「……ノアを、彼女を放っておくわけにはいきませんから」
「そうだね、あの子を助けなきゃ」言いながらも、アルトにここまで想ってもらえるノアちゃんが、正直あたしにはうらやましかった。気持ちだけなら、あたしもノアちゃんに負けないつもりなんだけど。
――さっきだって、あのまますすめば、その、よかったのにさ。
「でも、ノアが言っていた通り、今の『スフィア』にはもうエネルギーが残っていません。千年の間、ぼくの生命維持をして、さらに地球に再突入するときのシールドでぜんぶ使い切ってしまったみたいです」
「つまり、バイクで言うガソリン切れ、ってことだね?」
「そのとおりです。なにか、『スフィア』のエネルギー源になるものがあればいいんですけど」
「ガソリンや石炭じゃだめだよねえ、やっぱり」
「はい、さすがに化石燃料では……。もっと特別なエネルギーが必要なんです」
特別なエネルギー……か。
あたしは前髪をかきあげてから、ぐっと腰を伸ばした。
「とりあえず今日は遅いし、明日からまた頑張ろう。お茶……ごちそうさま」
「わかりました」
「それと……」あたしはもぐもぐと口の中で言葉を混ぜ合わせながら、
「……ごめん、なんでもない」けっきょく、飲み込んだ。
「おやすみ」「はい、おやすみなさい」
あいさつをして、ドアノブに手をかける。――部屋を出る前に、あたしは言った。
「でも、よかったよ」
「え?」
「アルトが元気になって。あたし、内容はぜんぜんわかんないけど、話をしてる時のアルト、すごく生き生きしてた。カッコよかった」
アルトがあたしに向けてくれた表情は、いままで見た中で一番明るかった。
「ありがとうございます。でもそれも、こうして生きていられるのも、ぜんぶステラさんのおかげです。本当に感謝しています。明日から、記録室でもっといろいろ調べてみますね」
――だから、あたしのおかげじゃないんだって。
あたしはドアをパタンと閉めて部屋を出て、とんとんと階段を降りて行った。ニヤニヤしてるおかみさんに何もなかったよ、というと、そういうことにしておくよ、とさらにニヤニヤされた。
そりゃ、あたしだって何かあればよかった……とは思うけどさ。
どうやら、さっきの心地よい時間は部屋に置き去りにしてきてしまったようで、今のあたしの心は重く深く沈んでいた。
感謝してるのは、あたしのほうだよ、アルト。きみをこんな地球に連れてきてしまったのに、ひとこともあたしを責めないで、一生懸命努力して、自分と、みんなと、赤い地球で生きていこうとしててさ。
宿を出て夜を歩く。星空を見上げる。今日は雲がないから、満天の星空がぴかぴかに輝いて見える。
家までの道を歩きながら、エネルギー問題のことを考える。なんとかアルトのちからになりたかった。
エネルギー。エネルギーか……。
だめだ、なんにも思いつかない。
今日ははいろいろありすぎた。ただでさえバカなのに、こんな疲れ切った頭で考えてもいいことなんかない。家についてベッドに腰を下ろす。さっきのアルトとの出来事があたまをよぎって、あたしの顔と体がまたほてってきた。
のどの渇きを自覚して、ボックスの中から、水のボトルを取り出す。少しでもほてりを冷ましたくて、ボトルが空になるまでいっきに飲み干した。
特別なエネルギー、ねえ。そんなものがあるのだろうか。
空になったボトルを見る。明日また、村の浄水場にいって、もらってこないといけないな。
ん?
浄水場。――村の浄水器?
いや待て。いやいや待て待て?
そうだ、そうだよ。
あるじゃないか、あたしたちのふところに。
特別なエネルギーが。
――『星のカケラ』が。
***
あたしは朝っぱらからアルトの部屋をたずねた。
ノックもせずにノブをギャッとまわしてドアをババーンと開ける。
ちょうど目を覚ましたばかりらしいアルトが、びっくり仰天して
「ステラさん!? お、おはようございま」
「アルト、あったよ、エネルギー。特別なエネルギーが! 『星のカケラ』が!」
「『ほしのかけら』? なんですかそれは?」
意外だった。アルトはあれだけいろいろなことを勉強していたのに、星のカケラのことは知らなかった。でもたしかに、そりゃそうだ、ともいえる。
あまりにもなじんでいるから忘れてたけど、アルトは地球に戻ってきてから数週間しかたっていないんだもの。今の地球のことや、村のしきたり、そして『スフィア再起動計画』のことであたまがいっぱいだったんだろう。
あたしは星のカケラの不思議な性質について簡単に説明してみた。アルトは持ち前のあたまで、あたしのつたない説明でも理解してくれたようだった。
「なるほど。つまり『星のカケラ』は、極限まで圧縮されたエネルギーが結晶化したものである可能性が高いですね。そうか、だから小惑星は地球をこんなにするほどの爆発を引き起こしたのかも……」
アルトがなにやらぶつぶつ言い始めて、さらにそれが止まる気配がなかったので、あたしは割って入ることにした。
「アルトの言ってることはわからないけど……エネルギーとしては星のカケラ以外、選択肢はないと思う。星のカケラはだいたいの機械にうまく合わさって、エネルギー源になってくれるんだ。原理はぜんぜんわからないけど、みんな使えれば構わないから使ってる感じ」
実際、村の工場では、食料工場の原動機は星のカケラで動かしている。もちろん、浄水器も。あたしたちが赤色の地球で生きていけているのは、ひとえに星のカケラのおかげ。あまりにも当たり前になっていて、逆に気づかなかったってわけだ。
「『スフィア』にはさまざまな物質をエネルギーに転換する機能も備わっています。空気中のちりからもエネルギーを得られます。だから、星のカケラで再起動だけでもできれば『スフィア』を使うことができるようになるかもしれません。もちろん、ノアを目覚めさせることも」
「エンジンがかかれば『スフィア』もノアちゃんもみんなも、万々歳ってことかな?」
「はい。ただ、見ての通りですが、『スフィア』は実験船とはいえそれなりの大きさです。星のカケラの単位当たりのエネルギー量がどれだけかはわかりませんが、再起動だけでも相当な量が必要になると思います」
「そこはあたしに任せてくれていいよ」
「計算しきれていませんけど、かなりの量になりそうですよ。大丈夫ですか?」
「当然です、プロですから」
どっかできいたセリフをそれらしく言って、あたしは笑って見せた。
「よっし、さっそく仕事してくる!」立ち上がって部屋を出ようとする。
思わず笑みがこぼれた。
ふふっ。最近はなんかいい感じだな。いい思い付きができたし、あたしも珍しく人の役に立てそうだし。しかもその相手がアルトだなんて本当にうれしい。幸せなことが増えてきた気がするなあ。アルトと一緒にこんな日が続けばいいのになあ。そんでもって『スフィア』とノアちゃんが戻ってくれば……
戻ってくれば?
――戻って、きちゃったら?
そのときあたしは、思い出してしまった。
――あたしの背中に、アルトが声をかけてきた。
その言葉を、あたしは聞いちゃいけなかった。
でも、聞いてしまった。
「これで、青い地球を取り戻せるかもしれない。未来が、希望が見えてきましたね!」
――青い地球。未来。希望。
その言葉で、あたしのほのかな想いや幸せは、ぜんぶこっぱみじんに破壊された。
(つづく)




