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そして、赤いサヨナラを 「4」

 中央市街を救った英雄の話。

 人々が絶望に苛まれ、やがて人の心を侵し、蔓延した夢起病が内なる深層心理からバケモノが目を覚ます。

 夢から生まれたバケモノは市街を跋扈し、殺し、壊し、荒廃の一途を辿るばかり。

 そんな折、渡り鳥かのように現れたのは、赤い外套を纏う旅人だった。

 街中に蔓延るバケモノを次々に薙ぎ倒し、バケモノの姿は街から少しずつ、確実に減少していった。

 やがて、一時といえど街からバケモノの姿が無くなった。

 ザンが語る話は、そこから先の出来事だった。


「あの人のお陰で、街からバケモノの姿は無くなった。本当さ。故郷なのに隠れるようにして過ごしてきた住人も、少しずつ普通の生活を取り戻そうとして……また、バケモノが現れた。大きな鉈を持った、ネズミのバケモノさ。バケモノが街に溢れて、都度あの人が何処からともなく現れて、退治してくれてたんだが、その大鉈のバケモノの時だけは、現れなかった。裏切っただの、何も言わず旅立っただの、好き勝手罵倒して回ってたヤツらは、数日後には綺麗に殺されてった」


 飲みかけで放置されていた《赤ずきん》のグラスを手に取り、彼は無遠慮に一口つける。


「街からは、確かにバケモノの姿は無くなった。だけど、今度はその大鉈のバケモノだけが街をうろつくようになった。ただ、あのバケモノは少し様子が違った。今までのバケモノは……何て言うか、ストレスというか、自分の感情をコントロールできなくて暴れてるって印象だったんだが、アレは違う。明確な意思を持って、人間だけを殺してる」

「…………」


 ふと、ザンの瞳が舐めるようにアリサへ向けられる。

 放心しているかのように微動だにしない身体。

 聞いているのか、聞いていないのか。聞こうとしていないのか。

 無反応なのを確認して、小さく息を吐いて、途切れていた話を再開する。


「……数週間ぐらい前。偶然、見ちまったんだ。あの人が、バケモノの姿から人間の姿に戻るのを……な」

『……』

「……」


 重たい沈黙が圧し掛かる。

 お喋りなはずの旅行鞄ですら、石化してしまったモニュメントかのように何も言わない。鞄とは、本来そう言うものなのだが。


「俺は……正直、迷ったよ。あの人は、本来はただの旅人で、そんなただの旅人が、自分とは無関係な街を救ってくれたんだ。今までの功績……って言うのは、少しオーバーか? 何にせよ、あの人は街を救った恩人だ。いくらその恩人が、街の人間を襲っていても、その事実は変わらない。だから……俺は思い切って、声を掛けた。どうして街の人間を殺しているんだ、ってな」

「…………何て、答えた?」

「……そういう、夢を見ている……とさ」

「……」


 《赤ずきん》は、悪夢に苛まれている。

 つまりは、夢起病を患っている。

 あの姿は、彼女の深層心理が描いた、彼女が見た悪夢を具現化した姿。

 そうと知ってアリサは――、


「…………そう、なんだ」


 暗い声を落とすので、精一杯だった。

 今までずっと、彼女のためにと旅を続けてきた。

 旅を始めて間もない頃は、身の危険を感じることも少なくはなかった。

 異形と戦う日々も多かった。手負いのまま歩くこともあった。

 本当に、自分の行動が正しいのか不安になる日も珍しくなかった。

 それでも、それでも、と。

 忘れ物を届ける。

 旅に出ると決めたあの日の目標を、それだけを掲げて今日まで歩き続けてきた。

 紆余曲折を経て辿り着いたこの街で、アリサは再び彼女と邂逅した。

 ……なのに。


「……」


 現実は、アリサが最も考えたくなかった最悪の結末を突きつけた。

 このハチェットを届けて、他愛ない話をして、それからの話をして――。

 思い描いていた理想が、幻想へと消えていく様。


「普段は、ああなんだ。別段何ともなく、人間のままでいられる。世間話だって、多少は出来る。あんな恐ろしい病気の患者とは思えない。けど、仕事と言い出して外に出るとああさ。街を徘徊して、人間を探しては殺す。お陰で、この街にはもう生きてる人間なんて()()()()()()()


 無言を返すばかりのアリサに、ザンはぽつぽつと話し続ける。


「その、数少ない生き残りの中に……あの子、フェイがいる。もしかしたら、見かけたか? 大鉈のバケモノと戦う、アリサよりもっと年下の女の子さ」

「…………ぁあ」


 呆けた脳裏に薄っすらと浮かぶ、マッチの火を獣と繰り出す少女の姿。


「あの子は、異邦人なんだ。一年くらい前に街の外で見つかって、その後はとある老夫婦に引き取られてな。少し話し方が独特だけど、元気で活発な女の子でな。そんな子が……」

「…………」


 育ての親ともいえる老夫婦の死は、彼女に異能を――七ツ目ノ感覚(セブンスセンス)をもたらした。

 幸か不幸か、それは復讐に燃える彼女に相応しい炎を操る異能だった。


「フェイはバケモノを、バケモノは人間をって、いたちごっこを繰り返してる。あのワケわからない力を使ってな。俺は……」

「……」

「……正直なところ、二人に死んでほしくない。第三者の俺が不毛だ、っていうのはお門違いかもしれないけど、争い続けたって何にもならないと思ってる。出来ることなら説得したいと思った時期もあったが、どだい無理な話だった。だから……」


 彼の視線は、アリサに縋るように迫っている。

 自分の言葉がどれだけ荒唐無稽で、無責任なものかを知っている。

 彼が今口にしようとしている言葉は、もうほとんど――神頼みのような言葉。


「なぁ、どうにか……どうにか出来ないか? お前なら……お前の力でなら、二人を止めることが出来るんじゃないのか……?」


 それは、あまりに抽象的な願いだった。

 具体的な事例を示さず、具体的な解決を掲げず。

 賽銭箱に小銭を放り投げて、居るのか居ないのかもわからないカミサマを相手に、好き勝手適当なコトを何処でもない場所へと願う。

 それと、よく似た言葉。


「…………どうにかって」


 小刻みに震えるアリサの身体。

 コマ送りみたいな速度でそっと顔を上げるアリサは――笑っていた。

 しかし、それは喜怒哀楽のどれとも違う。欠片たりとも似通いはしない。

 無気力で、無機質な、色の失せた笑み。

 その目尻に浮かぶ小さな涙を見て、ザンは言いかけた言葉を飲み下した。


「アタシに、そんな力はないよ。アタシは、《赤ずきん》に忘れ物を、届けるってだけで、ただそれだけで……」

「……すまん。初対面の相手に、こんなこと……」

「…………」


 首を振って、それから、大きな溜息を吐く。

 今までの旅の思い出を吐き捨てるかのように、ゆっくりと、大仰に。

 隣で黙りっぱなしのパンドラを引っ掴んで、アリサはよろよろと席を立つ。

 ブーツの爪先は、真っすぐ店の出口へと向けられる。


「…………疲れた」


 不意にこぼれた、そんな短いぼやき。

 自分の旅を全否定するかのような、恨みがましい念のこもった一言だった。


「……大通りの方に、比較的綺麗に残ってるホテルがある。カサブランカってトコだ。白い建物の……市立病院と背中合わせに建ってるホテルでな。いくらかマトモな部屋が残ってるはずだし、こんな酒場で寝るよりかは居心地がいいと思う」

「……ありがと」


 ほとんど消え入りそうな感謝の言葉を残し、アリサはザンの酒場を後にした。

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