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そして、赤いサヨナラを 「1」

 中央市街の駅へと辿り着いた自動列車が、甲高いブレーキ音を響かせながらゆっくりと停車する。

 アリサは荷物――要するにパンドラ――を掴み上げてホームへと降り立った。

 ブーツの爪先がコンクリートを叩いて、コツン、と山彦のように構内に鳴り響く。

 アリサの背後でドアが独りでに閉まり、役目を終えた自動列車は誰を乗せることもなくまた新たな駅へと向かって走り出す。

 少し寂しそうな列車の姿を見送って、アリサは座りっぱなしで貯まった疲労を捨てるように息を吐いた。


「…………」


 右に、左にと視線を動かして出口を探し求める。

 列車がいなくなってがらんどうになった駅には誰も居ない。

 駅員も、他の利用客もホームレスも何もいない。

 近くにあった売店の中も空っぽで、カウンターには黄ばんだ新聞紙と表紙だけが削り取られたかのような雑誌が無造作に放置されているばかり。

 アリサ以外、生きている人間の姿が一人とて存在しない。

 まるで、静寂と虚無こそが舞台の主役かのように。

 ただただどうしようもない空しさばかりが跋扈する空間だった。


『……だーれもいない』

「……」


 いつまでも棒立ちしていては時間の無駄。

 パンドラを持ち直して、一先ずアリサは階段を降りていく。

 突き当り、何か飲料水の宣伝ポスターのようなモノを見かけるが、朽ち果てていて見る影もない。大昔からサルベージして張り付けたかのような酷い有様。

 靴音が耳障りな行進曲かのようにアリサの耳朶に響き続ける。

 相も変わらず人は見当たらない。

 それどころか、人の気配すら感じられない。

 ただただひたすら、アリサの靴音だけが独壇場とばかりに響き続けている。


『中央市街ってさ、大陸じゃ一番大きな街なんだよね?』

「そう、聞いてる」

『……ヘンじゃない? さっきから人っ子一人見かけないんだけども』

「……駅から出れば、誰かいるでしょ」


 そんなアリサの言葉だったが、言い出しっぺの自分でも少し自信がなかった。

 自動列車を下車してからここに至るまで、人の気配はもちろん、人がいたという形跡がまるで感じられない。

 寂れた売店、朽ちた新聞やポスターが散らばる通路、かび臭い構内。

 無人駅の可能性も考えたが、ウワサに聞くような大都市で駅員がいないということは少し考えられない。……たしかに、自動列車は勝手に動いて勝手に人を運ぶのだから、駅員の存在はあまり必要とはしないだろうケド。

 駅を出れば何かしらわかる。

 そう言い聞かせるように足を動かして、アリサは北側のゲートをくぐり抜ける。


『……うわー……』

「…………」


 唖然と声を漏らすパンドラと、絶句するアリサ。

 街中に漂う、燻ぶった火の臭い。

 斜塔のように傾くのは、群れを成す高層ビルの亡骸。

 ひび割れた道路を彩るかのように点々と散らばった瓦礫の数々。

 さながら、世界の終末を描いたかのような、圧倒的なまでの退廃に出迎えられ思わずアリサは言葉を失う。


『凄いね、怪獣映画の撮影現場みたい』

「…………」


 怪獣が破壊し尽くした後の崩壊した市街地、パンドラにしては言い得て妙といったところか。

 砂とゴミとでデコレーションされた白い階段を降りて、アリサは駅前広場に出る。

 かつては待ち合わせの場所として賑わっていたであろう噴水もベンチも破壊されていて、もはや水の枯れた渇いたモニュメントと化している。

 通りに面した道路にはバス停のようなモノも在るが大半が圧し折れていて、やはり見る影もない。

 そんな有様の街路を、アリサは黙ったまま歩き出す。

 右を見ても、左を見ても、マトモな建物はほとんど見受けられない。


『……ねえアリサ? ホントにこんなトコに《赤ずきん》がいるの? ってか、生きてる人間いるの?』

「……それを確かめるためにって、ここに来たの」

『とても、人が暮らしているような街とは思えないんだけどなぁ……ガセネタだったり?』


 無体なパンドラの言葉に、アリサはかぶりを振る。

 たしかに、アテにしたあの話はあくまで噂話。

 だが、わざわざ見ず知らずの相手にガセネタを掴ませる理由もメリットも何もない。アレはあくまで噂話であって、アリサはそれをただ()()にしただけに過ぎない。

 中央市街に、赤い頭巾のババアがいる。

 たったそれだけのキーワードを、一筋の光明とばかりにアリサが勝手に信じて、信じ込んで辿り着いた末路。

 ……いや、まだ末路と決まったわけじゃない。


「とにかく……行こう。誰か探さな」


 ズン、と重い地響きが言いかけたアリサの言葉を遮る。

 反射神経がいち早く身構えさせ、何があったのか状況を把握すべく全身の神経をフルに活動させて周囲に意を向ける。

 それは、何かが爆発した時の震動に似ていた。

 そんなアリサの予感を決定づけるかのように、市街の北側に煙が立ち上っていくのが見えた。正確な距離はわからないが、そう遠くもない。

 すぐさま駆け出す。

 何かあれば、その時々で臨機応変に行動を変えればいい。

 事故か、荒事か、それとも――バケモノか。

 風のように道路を疾駆するアリサは、崩れて道を阻む建物の残骸を飛び越える。


「……!」


 自由落下するその刹那に、アリサの瞳が、赤く燃え上がる交差点の中心で対峙するバケモノと少女の姿を捉える。

 バケモノは、大きなぼろ布でローブかのように全身を覆う醜いネズミの獣人。身の丈は、パッと見て三メートル強。

 ローブから見え隠れする両腕には大きな鉈のような刃が、まるで腕から直接生えているかのように二振り見える。

 対する少女は――かなり、幼い印象。

 濃紺のパーカーにサンダルという格好の少女は十代半ばといった風体で、背丈も相当に小柄だった。百五十センチ、あるかないかのライン。

 しかし、バケモノを睨みつけるその険しい横顔は、ハッキリ言って少女とは言い難いものだった。


「逃がさない! 殺す! 絶対!」


 激しい怨嗟が滲む暴言を吐く少女の気迫も凄まじく、憎悪に歪む表情はひたすらに鬼気迫り、可憐とは果てしなく縁遠い体裁。

 しかし、何処からどう見てもパーカーの少女は丸腰そのもの。

 何も武器も持たず異形に立ち向かおうとするのは無謀以外の何物でもない。

 なのに、パーカーの少女は確固たる闘志と殺意を滾らせている。

 加勢に入るべきかと、アリサが爪先に力を入れようとしたその瞬間、少女は短パンのポケットから何かを取り出した。

 それは、小さな箱だった。

 手の平に収まる小さな箱をスライドさせ、中から取り出したのはマッチ棒。

 それを一本、すぐさま赤茶色に染まる側面――なんて名前だったか、何時だか教わったのに思い出せない――に擦り付けると、少女の手の上に巨大な火球が灯る。

 ――おかしい。

 爪楊枝程度のサイズしかないマッチ棒が作り出す炎にしては、明らかに異常な火力。

 しかもそれは、少女の手の平の上でふわふわと揺らぎ、徐々に何かの形を象っていく。


「火・鷲!」


 聞き慣れない言葉。

 アリサがここに来て、《赤ずきん》と出会ったあの時点から言葉は通じていたので、今この瞬間まで言語というものに意識を割いていなかった。だが、少女が発した言葉は現在のアリサが常に見聞きしている、いつの間にか身に付いていたこの世界の言語とは違う。発音からして、中国語だろうか。

 少女が叫ぶと同時、小さな手の平の上で揺らいでいた炎が突如として姿を変質させていく。

 Ⅴ字に高く広がった火柱はそのまま翼となって羽搏き、やがて赤く煌めく大鷲の姿を形作る。


『アレって……アリサの感覚センスと、同じ力?』

「……たぶん」


 只の人間が出し得ない異能力。

 死を越えた人間だけが、死後の先に見出す第六感の次の感覚――七ツ目ノ感覚(セブンスセンス)

 パーカーの少女の感覚センスは、アリサのデタラメな馬鹿力とは違い、炎を媒体とするものらしい。自分で作り出した小さな火種を、獣の姿に変形させて使役する――そんなところだろうか。

 件の少女はマッチを数本追加して燃え盛る大鷲をもう二羽作り出し、三羽の大鷲を自分の身体の周囲に滞空させる。

 刹那、パーカーの少女が一直線に駆け出す。

 自らで作り出した大鷲に後を追わせるように突っ込んでいく少女は獣人に肉薄するや否や、疾風のような一蹴を、そして驟雨のような拳打を放っていく。

 拳と蹴りと体捌きで構成される、それはアリサとてスクリーンの向こう側に何度か見た中国拳法そのものだった。


「はッ、ヤ! セエィィイイ!」


 アリサですら目で追うのがギリギリのような神速の拳打を、しかし獣人は大柄な図体からは想像もつかない、繊細で、それでいて最小限の動きで少女の攻撃を躱している。

 鉈のような腕を時に盾のように平行に構え、パーカーの少女の力を撥ね退けるようにして立ち回っている。少なくとも、獣の動きでは決してない。ある種の、達人のような立ち振る舞い。

 平衡を辿る戦いの中、不意に少女の傍らで滞空していた赤い大鷲が突如として獣人に飛び掛かる。

 鋭い拳打の雨に追随するように大鷲が羽搏き、獰猛な爪と嘴とで獣人に襲い掛かる。少女の攻撃と合わせれば、単純に手数が三倍。

 燃える体躯の大鷲は、その身体に触れるだけでも獣人の皮膚を焼きつける。

 二振りの鉈と体捌きでは、一人と三羽を往なすのには限度がある。

 少女から見て右手側の大鷲が、くるりと翻ったかと思えば獣人の死角へと機敏に回り込む。

 煌々と燃え上がる翼を折り畳み、さながらミサイルのようにして背面に突っ込んでいく。

 衝突と同時に、大鷲の身体が一瞬膨れ上がって、爆発を起こす。

 くぐもった悲鳴を短く上げて、獣人の身体が前のめりに崩れて、大きくバランスを乱す。

 ()を見るよりも明らかな好機。

 残った大鷲二羽と少女とが徒党を組んで走り出す。


『え、ちょ、アリサ!?』


 その好機に割り込むように駆け出したアリサは、咄嗟にハチェットを引き抜いて、瓦礫を足場に跳躍。薄ら蒼い光がアリサの瞳に宿って小さく尾を引く。

 振り上げたハチェットを、アリサは両者の間を割り込むようにして投擲。

 アリサの感覚(センス)から生じた斬撃はほとんど竜巻といって差し支えの無い圧倒的な風塵となって、獣人と少女とを押し付けるような暴力で分断する。斬撃の余波で、赤い体躯の大鷲はあっという間に消し飛んでしまった。


「ひに、あ……!? な、何!?」


 感知すらしてない第三者からの横槍――投げたのは斧だけど――にパーカーの少女の足は踏み止まり、どうにか踏ん張って横殴りの暴風から難を逃れる。少女の爪先から先、コンクリートの路面はアリサが放つ刃の嵐で抉られ酷い有様。

 当然、少女は件の横槍の出処を探し求めて視線を弾く。

 アリサと同じ、異邦人の証たる黒い瞳がぶつかりあって、パーカーの少女は明確な怒りの色を灯す。


「……お前! 何で、邪魔した!」

「…………」


 何を言わず、アリサは黙ったままバケモノの方へと顎で示す。

 砂煙が晴れたその向こう側に、鉈の切っ先を上げ、少女の猛攻を静かに待ち構える獣人の姿があった。

 バランスを崩したのは演技で、件の獣人はやられたフリをしてカウンターの一手を構えていた。もしあのまま突き進んでいたのなら、ロクな結末が待ってやしない。


「……ごめん。アタシの感覚じゃこうしか出来なくて」

「余計! 邪魔!」


 たどたどしい言葉での罵倒と同時、少女が指先に忍ばせていたマッチを灯し、大鷲の時のように炎を変形させると素早くアリサへと投げつける。火球は再び小さな翼へと変容し、緋色の身体を持つ燕となって弾丸のような速度で直進する。ハチェットを投げてしまったアリサに、もはや盾となりそうなモノは――無いこともないが、後が煩いのを我慢して左手を思い切り持ち上げる。


『おい、ばかやめあっづぅうううう!?』


 予定調和の悲鳴の向こう側で、パーカーの少女が放った炎の燕が火花となって散り散りになる。

 ちょっとした砲弾のような衝撃だったが、パンドラが無ければ即死だったかもしれない。

 少女が新たなマッチを擦る――完全にアリサへと敵意を剥きだすその隙を見計らって、件の獣人はローブを翻し逃走を図る。

 そんな一瞬、アリサは――


「あ、待て……!」


 一瞬の隙を逃さず、少女が咄嗟に放つ追撃はもはや手遅れといった鮮やかな引き際。

 ビルの亡骸で出来た山を一足のもとに飛び越え、獣人は市街を東北方面に走り去ってしまった。


「……っ、你这个笨蛋(バカ野郎)!」


 こちらに対する罵倒だと予想に難くない台詞と憎々しげな一瞥をアリサに放り投げると、パーカーの少女は獣人が逃げた方へと向かって走り出した。


『な、なんだったんだよ……アイツら……あちち……』

「……」


 ほとぼりが収まり、アリサはコンクリートの地面に深く突き刺さったハチェットを引き抜いてホルダーに仕舞うと周囲を見回す。


「とりあえず……何処か、休めそうなとこを探そう」

『……アリサ?』


 何時になく覇気に欠ける、そんなアリサの言葉にパンドラは眉根を寄せる……風に、ぼやいた。

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