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名前のナイ世界 「2」

『……サ、アリサ。……アリサってば』

「ん……?」


 パンドラに呼ばれて、アリサはようやく自分が居眠りをしていたことに気づいた。

 大きな欠伸をして、瞼を擦りながら周囲を見回す。

 ここは大陸を駆け巡る自動列車の『駅』のホーム。

 自動列車とは、文字通り自動で大陸を走り続ける列車のこと。

 運転手や車掌といった人員を一切用いることなく、定められた時刻ピッタリに駅へ停車して、人を乗せ、次の駅まで勝手に走り出すという奇妙な列車。

 誰かが、そういう風に作られたロストテクノロジーだと言っていたような気がしたが、何時、誰が、何のためにだとか、そういう詳細を知っている人は誰一人としていないのだと言う。

 アリサは委細に興味関心がないので、タダで乗れる便利な列車、ぐらいの印象しかない。


『次に来る列車が遅いからって、ベンチで居眠りするなんて珍しいじゃん。どうしたの?』

「……どーしたんだろ、疲れたかな」


 そんなつもりはなかったのだが、知らずのうちに疲労が溜まっていたのだろうか。そもそも何時ベンチに腰掛けた記憶すらあやふやだ。


『ったく、譫言まで言い出すからオイラちょっとビックリしちゃったよ』

「アタシ、何て言ってた?」

『せめてC……や、B、そう、Bがいい。贅沢は言わないから、せめて下着付けて谷間が出来る程度には……とか』

「……パンドラ」

『んが』


 話の腰を折るついでに、アリサは名前を呼んでパンドラの中からまず財布を取り出す。

 閉じたパンドラをそのまま引っ掴んで、アリサは近くにあった自動販売機へと向かう。

 全身錆びついてて酷い有様。

 商品の種類も一種類しかない、レトロを通り過ぎてもはやジャンクな風体の自販機だが辛うじて稼働はしているらしい。

 硬貨を滑り込ませて、現実世界でもなかなかお目にかかれないような瓶入りのジュースのボタンを押す。

 ボタンを押してから妙な間が空いて、突然ガタガタと震え出したかと思うと凄まじい音を立てながら瓶が落ちてきた。幸い、栓抜きは自販機の脇についていたので遠慮なく使わせてもらう。

 栓を抜いたついでに、アリサはパンドラを自販機横にあったゴミ箱に突っ込んでから、さも何事もなかったかのようにベンチへと戻っていく。


「……」


 果汁百パーセント……かどうかまではわからないが、味は普通のオレンジジュース。

 サッパリとした柑橘特有の甘みと酸味がアリサの身体を潤していく。

 半分くらい飲んだところで、アリサはぼんやりと呟いた。


「久々に、夢を見た」

『へぇ、どんな?』

「……自分が、死ぬときの夢」


 アリサは、自分が死んだ瞬間というものを覚えている。

 というか、アリサはどうにも過去に起こったことを色々と覚えてしまっていて、どちらかと言えば、覚えているというのではなく、ただ単純に忘れ捨てることが出来ない、という方が正しいような気もする。

 どうでもいいことから、大切なことまで。

 アリサの深層心理が、頼みもしないのに必要だと判断したらしい記憶は、何がどうあってもアリサの中に在り続けている。正直、あんまり嬉しくない。


『そのハナシって、オイラ聞いたっけ?』

「……どーだろ、一回ぐらい話したような覚えはある。パンドラが忘れてる可能性のが高い」

『そうかー』


 緊急ブレーキが奏でるけたたましい高音。

 滅茶苦茶になったアリサを見た人々の悲鳴。

 早朝のホームはどよめきで溢れていて、アリサの死の瞬間は煩い音に囲まれてばかりだった。

 残ったジュースを喉に流し込んで、アリサは空になった瓶を指先で摘まんでフラフラと弄ぶ。


「……」


 どうしてこーなったんだろ、アタシ。

 今まで幾度と胸の内で繰り返してきた疑問だが、解決しそうな気配は一向に訪れてくれない。

 旅をしてれば――なんてのは、流石に楽観が過ぎた気がした。


『ところで、あのー、アリサさん?』

「……来たかな」


 遠くで汽笛が鳴り響く音が聞こえて、アリサは立ち上がってうんと伸びをした。

 システムとしてタダなのは重々承知なのだが、利用するのは今日が初めてだ。どうしてもソワソワしてしまう。


『アリサ、オイラも自動列車が見たいなー、なんて』

「……」

『アリサ? もしもーし? アリサってば! おい、コラ! そろそろ引っ張り上げろって! さっきから背中の辺りにカサカサって妙な感触が……だから! ちょっと! 無視するなって! ちょっとぉ!? アリサぁ! アリサぁッ!?』

「…………」











『……すみませんでした』

「ん」

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