第5話:100点の仮面
第5話:100点の仮面
案内されたのは、ビルの最上階にある会議室だった。重厚な防音扉が閉まった瞬間、背後でカチリと冷たい金属音が響き、外界の激しい雨音は嘘のように消え去った。耳の奥がツンとするほどの濃密な静寂。
長い会議テーブルの端に、星乃社長は悠然と腰を下ろしていた。顎を手に乗せ、ただ静かに私を眺めている。
彼女からは、これまで私を値踏みし、選別してきた多くの面接官が纏っていた「強者の傲慢さ」が微塵も感じられなかった。春の霞のように掴みどころがなく、どこか浮世離れした空気。けれど、その瞳だけはすべてを等しく、そして冷徹に見透かす深淵のような静謐さを湛えていた。
「さて。まずはそのタオルを使いなさい。風邪を引いてしまうわ」
彼女が指差した先には、いつの間にか用意されていたのか、雪のように白いふかふかのタオルが置かれていた。私は「失礼します」と短く応じ、髪や首筋の雨を拭った。指先はまだ小刻みに震えている。けれど、それは寒さのせいだけではない。
この静寂が、私の内側にある空洞を暴き出そうとしているような、得体の知れない予感のせいだった。
「……ありがとうございます」
「いいのよ。……それで、改めて聞かせて。面接リストにない。終了時刻を過ぎての到着。でも……そこまでしてここへ来たあなたの熱意は、確かに私の元まで届いたわ。……さて、あなたは、誰?何を求めて、この大雨の中をなりふり構わず走ってきたのかしら」
彼女の声はどこまでも優しく、けれど同時に、逃げ場をすべて塞ぐような絶対的な力を持っていた。
私は深く息を吸い込み、椅子に深く腰を下ろさないよう背筋を正した。濡れたスーツが本革の椅子に張り付く嫌な感触を、思考の端へ追いやる。そして、自分の中にある「スイッチ」を切り替えた。
それは、数多のオーディションを勝ち抜き、大人たちの欲望を完璧に形にしてきた「天才子役・如月瑞希」のスイッチだ。
自分でも驚くほど冷静に、脳内のカタログから「最も好かれる表情」と「最も信頼される声色」を引き出し、顔の筋肉を再構築していく。震えていた指先を膝の上で固定し、視線の高さを固定する。
「――申し遅れました。如月瑞希、22歳です」
その名前を口にした瞬間、星乃社長の動きが僅かに止まった。彼女は瞳を細める。記憶の底にある古い引き出しをそっと開けるような、絶妙な「間」があった。
「如月……。ああ、そう。あの子役の……如月瑞希さん。ええ、覚えているわ。当時はテレビで見ない日はなかったものね。……まさか、こんな形で再会するなんて」
彼女の口調には、他の面接官が浮かべるような下世話な好奇心も、賞賛もなかった。ただ、目の前の現象と過去の事実を照らし合わせたという、静かな納得だけがあった。
私は心臓の嫌な脈動を無視し、営業用の微笑を完璧に張り付かせた。頬の筋肉の僅かな引きつりさえも、プロフェッショナルな技術で塗りつぶしてみせる。
「本日は、突然の訪問にも関わらず、貴重なお時間をいただきありがとうございます。私が今回、このプロジェクトを志望いたしました理由は、Vtuberという新たな表現の場において、私自身が培ってきた技術を活かしたいと考えたからです」
背筋を一分の隙もなく伸ばし、視線は星乃社長の瞳を真っ直ぐに射抜く。瞬きの回数、呼吸の深さ、口角の角度。そのすべてが、自信と謙虚さを絶妙に配合した「模範解答」として出力されていく。
私は、自分が置かれている「ずぶ濡れの惨めな就活生」という無様な現実を、意識から完全に切り離した。今、ここにいるのは、最高に優秀で、最高に使い勝手の良い「素材」としての如月瑞希なのだ。
「如月さんは……Vtuberというものを、どう捉えているかしら?」
「はい。アバターという『仮面』を被ることで、現実の容姿や経歴に縛られず、純粋な『声』と『魂』で視聴者と繋がることができるプラットフォームだと認識しております。ですが、その本質は、キャラクターという器に、いかに説得力のある物語を吹き込めるかにかかっています。私は、子役時代から数多くの役柄を演じ、作り手の意図を形にしてまいりました。その経験は、御社のプロジェクトにおいても必ずや貢献できると自負しております」
淀みない。自分でも驚くほど、美しく整った言葉が次から次へと溢れ出してくる。就職活動で磨き上げた「面接のテクニック」と、かつて身体に叩き込んだ「演技の技術」が、私の喉を滑らかに動かしていく。
星乃社長は、私の答えを一言一句漏らさず聞き届け、優しく微笑みながら頷いていた。
(……いける)
確信に近い手応えが、冷え切った胸を僅かに温めた。星乃社長の表情は穏やかで、私の言葉を肯定しているように見える。1人の表現者として、私の「技術」を認めてくれている。そんな確かな感触がそこにはあった。
私はさらに言葉を畳みかけた。挫折も、空白の10年間も、すべてを「成長のための必要なプロセス」として、誰にでも受け入れられる形に美しくパッケージ化して提示した。
相手が望む台詞を、最も望む形にする。これこそが、私の真骨頂。泥だらけで、遅刻して、準備も何もしていなかったけれど――結局、最後に私を救ってくれるのは、私が一番嫌悪していた「天才子役」としての嘘なのだ。
私は心の中で、自分を嘲笑いながらも、聞かれた質問に完璧な「正解」を差し出し続けた。
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