第27話:5月の陽だまりと、重なる主旋律
第27話:5月の陽だまりと、重なる主旋律
プロジェクト『FVS』のアニメーション。その全話分のアフレコという大きな山場を、私たちはついに越えた。あとは、Fmすたーらいぶの先輩たちの声が重なれば、素晴らしいアニメーションになるはず。
張り詰めていたスタジオの空気は、今では心地よい達成感へと置き換わっている。けれど、私たちの戦いが終わったわけではない。むしろ、ここからが本番だ。
暦は5月に入り、私たちの日常は「Vtuber」としてのデビュー準備、そしてプロジェクトの目玉となるオリジナル楽曲のレコーディングに向けた特訓へとシフトしていた。これまではキャラクターに声を当てる「裏方」としての意識が強かったけれど、これからは自分たちがアバターを纏い、歌い、踊る「主役」として表舞台に立つ。それが本来の目的であり本業になるのだから。
そんな中、与えられた束の間の休日。連日のレッスンが嘘のように、5月の午後は穏やかな日差しと、若葉を揺らす爽やかな風に恵まれていた。
私は一人、街へ出ていた。かつての私なら、こうした貴重な休みの日も、過去の出演作を暗い部屋で何度も見返し、「正解の表情」や「完璧な間」を分析することにすべてを費やしていただろう。
けれど、今の私は駅前の有名なカフェの片隅で、期間限定のモンブランを前に、小さなシルバーのフォークを握っている。
きっかけは詩音さんとのお出かけ。自分を律すること、正しくあることに執着して「甘いもの」を遠ざけていた私の扉は、あの日以来、驚くほど呆気なく開いてしまったのだ。私の脳は今、糖分という名の幸福を、驚くほど素直に、そして貪欲に欲するようになっている。
まるで、西園寺イブのように……。夜はもやし生活をするべきなのかもしれない。
「……美味しい」
濃厚な栗のクリームが、舌の上でとろけるように広がる。眉間に皺を寄せて台本と睨み合っている私ではなく、甘味に相好を崩す私。そんな自分の劇的な変化に少しだけ戸惑い、苦笑いを浮かべていたその時。
「うわああ、見て見て!あれが例の期間限定モンブランじゃない!?超美味しそう!!」
隣のテーブルから、思わずといった風に弾けた、少し大きな声が聞こえてきた。声の主は、身を乗り出すようにして私の手元のケーキをチラリと見た、お洒落な出で立ちの女性2人組だった。
「ちょっと、奏ちゃん声が大きいって。お姉さんびっくりしてるでしょ、ごめんなさいw」
「え?あ。ごめんなさい!でも、杏菜ちゃんあの盛り付け美しすぎない?栗の絞り方が芸術的……!私も絶対あれにする!」
「じゃあ、私もあれにしようかな」
「え?お揃っちじゃん、始まってるなぁw」
「何がw店員さん呼んでいい?」
友人にたしなめられながらも、目を輝かせてメニューを指差す彼女たちの姿。かつての私なら、公共の場で大きな声を出す彼女たちに眉をひそめていたかもしれない。けれど今は、その「美味しいものを前にして抑えきれない喜び」が、手に取るように分かってしまう。
私が今まさに感じているこのとろけるような幸福感を、彼女たちもこれから味わうのだ。そう思うと、なんだか秘密の宝物を共有しているような不思議な連帯感を感じて、私はフォークを口に運ぶ速度を少しだけ緩め、こっそりと口角を上げた。
台本に書かれた正解ではなく、隣に座った見知らぬ誰かとさえも共鳴してしまうような、この素直な「好き」の感情。そんな自分の変化に、私は心の中で小さく「詩音さん、あなたのエスコートは成功だったみたいですよ」と呟いた。
私がお会計を済まし、次は何をしようか考えていると後ろの方から聞き覚えのある、鈴を転がすような弾ける声が聞こえてきた。
「あはは!待って、拓海!急に走ったら危ないですよー!」
そこには、小さな男の子と女の子の手をしっかりと引き、背中にはさらにもう一人の幼い子をおんぶした、あのひよりちゃんの姿があった。
「ひよりちゃん?」
「え?瑞希さん!奇遇ですね!もしかして、ここのカフェに来てたんですか?」
「ええ。……その子たちは?」
「私の弟と妹ですよ!今日は両親が二人とも共働きなので、私がお留守番担当なんです。ほら、みんな!瑞希さんにご挨拶して!」
ひよりちゃんに促され、子供たちが元気よく「こんにちは!」と小さな体を折り曲げて頭を下げる。
スタジオで私たちを笑わせてくれる「ムードメーカーの最年少」の顔ではなく、幼い命たちが車道へ飛び出さないように、転ばないようにと細心の注意を払って守り抜く「頼れるお姉ちゃん」の顔。それが、今、私の目の前にいる彼女のリアルだった。
「あの、瑞希さん。もしお時間があったら、うちでお茶していきませんか?ちょうどこれから、この子達の夕飯を作るところなんですけど……もしよかったら!」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
ひよりちゃんの家は、決して広くはなかった。けれど、部屋の隅に置かれた使い込まれたおもちゃや、壁一面に貼られた家族写真が、そこに住む人たちの体温をそのまま伝えてくるような、温かい空気に満ちていた。
私は、ひよりちゃんに押し切られるような形でエプロンを借り、彼女の家の台所に立った。
「瑞希さん、料理のお手伝いまでさせてしまって、すみませんっ」
「いいよ。ひよりちゃん一人で、この育ち盛りの人数分を作るのは大変でしょう?」
私は包丁を握り、慣れた手つきで野菜を刻み始めた。かつて100点の演技を求めていた頃の習慣が、無意識のうちに指先に宿っているのだろうか。玉ねぎのみじん切りが、まるで機械で刻んだように寸分違わず揃っていく。そんな自分に気づき、私は少しだけ可笑しくなった。
「……わあ。意外です、瑞希さん!」
私の手元を横から覗き込んでいたひよりちゃんが、驚きのあまりハンバーグの種を捏ねる手を止めて声を上げた。
「え?ひよりちゃんは、私が料理できないと思ってたの?」
「はい。正直、かなり思ってましたwなんか瑞希さんって、なんでも完璧にこなしますけど、どこか生活感がないというか……。お家ではサプリメントとかカップラーメンとかしか食べない、ミステリアスなイメージだったんです!」
「ひどいなぁ。……これでも、一人暮らしはそれなりに長いんだから。自分のメンテナンスくらいはできるよ」
ひよりちゃんは「あはは、すみません!」と屈託なく笑いながら、楽しそうに大きなボウルの中で肉を捏ね始めた。
狭いキッチンで肩を並べて作業をしていると、私はVtuberの新人でも、元天才子役でもない、ただの等身大の女の子になれたような気がした。
嵐のような、けれど笑い声の絶えない賑やかな夕食を終え、私はようやく帰り支度を整えた。
玄関先まで見送りに来てくれたひよりちゃんは、夜の少し冷たい空気の中で、名残惜しそうに私の手をきゅっと握った。
「今日は本当にありがとうございました、瑞希さん。……私、瑞希さんとこうして仲良くなれて、すっごく嬉しいです。本当のお姉ちゃんができたみたいで!」
「私もだよ、ひよりちゃん。……あなたの日常に触れて、その明るさの源がどこにあるのか、もっと深く分かった気がする」
ひよりちゃんは、門灯のオレンジ色の光に照らされながら、真っ直ぐに私の瞳を見据えた。その瞳には、病室で自分を追い詰めていた時の悲壮感は微塵もなく、ただ未来を信じる強さだけが宿っていた。
「瑞希さん。……なんだかんだ言って、このプロジェクト、瑞希さんと私がメインなんですから!私たちの光で、詩音さんと若菜さんをグイグイ引っ張っていけるくらい、頑張りましょうね!『イブきら』です!」
「なにそれw」
主役。
かつてはその言葉に重圧を感じ、縛られ、正解を出せない自分を呪うための呪文だと思っていた。
けれど、ひよりちゃんにそう真っ直ぐに宣言されると、不思議と「彼女となら、どこまでも行ける」という、静かで力強い闘志が腹の底から湧いてくるのを感じた。
「『イブきら』かどうかは置いといて……私たちの最高の物語、必ず作ろうね」
私はひよりちゃんの温かい手をしっかりと握り返し、夜の街へと歩き出した。
背中で聞こえる「また明日、スタジオで会いましょー!」という元気な声が、私の秒針を、かつてないほど心地よいリズムで加速させ、未来へと刻ませていた。
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