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【ガチ恋プリンセス】SideStory 『Future Visioned Star』~エピソード0~  作者: 夕姫


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第23話:太陽の義務

第23話:太陽の義務




 4月の訪れと共に、街は淡い桃色の色彩に染まり始めた。窓の外を舞う桜の花びらは、新しい季節の始まりを祝福するように軽やかだ。


 けれど、地下2階に位置する録音スタジオの空気は、春の陽光を一切遮断したまま、冬の重みを引きずって停滞していた。


 プロジェクト『FVS』の個別収録も、いよいよ最後の一人を残すのみとなった。


 100点の技術という鎧を砕かれた私。静寂の恐怖を乗り越えた詩音さん。そして、真実という名の檻を抜けた若菜さん。3人がそれぞれの魂を削り、泥を啜るような思いで自身の壁を乗り越えてきた。


 その3人が繋いだ、熱く、重すぎるバトンを最後に受け取ったのは、19歳の最年少、ひよりちゃんだった。


 彼女が魂を吹き込む「天羽きらり」は、イブに世界の危険を知らせに天界からやってきた……いや、落ちてきたドジっ子天使。丁寧な言葉遣いで周囲を癒やす聖なる存在だが、すぐに泣き出し、鼻水を垂らして、失敗ばかりしてしまう「ダメ天使」という愛すべきギャップを持つ。イブからは『鼻水天使』と言われている。


「瑞希さん、詩音さん、若菜さん! おはようございます! 本日もよろしくお願いしますね!」


 スタジオに現れたひよりちゃんは、いつも通り、ひまわりが満開になったような明るさを振りまいていた。


 連日に及ぶレッスンに加え、デビューに向けた膨大な準備作業。ひよりちゃんより、年上の私や詩音さんでさえ、隠しきれない疲れが隈となって顔に出始めているというのに、彼女は一度も弱音を吐かず、常に現場のムードメーカーであり続けていた。


「ひよりちゃん、あまり無理をしないで。顔色が少し悪いみたいだけど、大丈夫?」


 私が心配して彼女の細い肩に手をかけると、彼女はいつもの快活な笑顔を、まるでお面を張り替えるような滑らかさで浮かべて答えた。


「大丈夫ですよ、瑞希さん!私は皆さんを元気づけるのが仕事ですから。19歳の若さとパワーで、皆さんに最高の光をお届けします。見ていてくださいね!」


 その笑顔は、あまりにも完璧だった。


 けれど、私は気づいていた。彼女が台本をめくる指先が、本人の意識とは裏腹に、小刻みに震えていること。そして、誰も見ていない一瞬の隙に、肺の奥を絞り出すような、深く、苦しげな深呼吸をして自分を奮い立たせていることを。


 私には分かった。それは、かつて「天才子役」として大人たちの期待を一身に背負い、限界を超えても笑い続けていた私自身の、あの乾いた記憶と同じ匂いがしたからだ。自分を殺してまで「期待される役割」を演じる者の孤独を、私は嫌というほど知っている。


 彼女は、自分が「太陽」でいることでしか、この3人のプロフェッショナルな「お姉さん」たちの中に居場所を作れないと思い込んでいるのだ。その強迫観念に近い献身が、私の胸をざらつかせた。


 個別収録、きらりのメインシーンが始まった。


 お腹を空かせ、孤独に震えながらも、目の前の少年を勇気づけるために「私は天使ですから、大丈夫ですよ」と健気に強がる。物語の根幹に関わる、最も繊細な表現が求められる場面だ。


「皆様、準備は整いました。参りますね」


 ブースに入ったひよりちゃんは、マイクに向かって丁寧にお辞儀をした。分厚い防音ガラスの向こう側、彼女の姿はどこか遠い世界の住人のように見える。


 モニターの中で、銀色の翼を持つ天使がゆっくりと、今にも折れてしまいそうなほど頼りなげに舞い降りる。


『……こんにちは、迷子さん。泣かないでください。私は、あなたに幸せの光を届けるためにやってきたのですから』


 スピーカーから流れる声は、透き通るように美しく、そしてどこまでも丁寧だった。


 けれど、それを聴いていた白河ディレクターの表情は、春の嵐を予感させる曇天のように晴れない。


「……カット。ひよりちゃん、一度出てきてくれる?」


「……はい。何か、不自然な点がありましたでしょうか」


 ブースから出てきた彼女の足取りは、どこか覚束なく、自分の重心を見失っているように見えた。白河さんは資料を机に置き、鋭い瞳で、じっと彼女の顔を見つめた。


「ひよりちゃん。今の演技、技術的にはとても綺麗よ。でもね、今のきらりは、自分自身も孤独で、今にも泣き出しそうなはずなの。……あなたの声は、眩しすぎるわ」


「……眩しすぎる、ですか?」


「ええ。自分の弱さを一切見せないように、無理やり光り輝こうとしているように聞こえるわ」


「……それじゃ、きらりちゃんじゃなくなってしまいます」


 ひよりちゃんは、喉の奥から絞り出すように答えた。その額には、スタジオの空調からは考えられないほどの、大粒の冷や汗が浮かんでいる。


 彼女にとって、光であることは「義務」なのだ。自分よりキャリアも実力もある3人の姉のような私たちの間で、唯一自分が貢献できるのはこの明るさだけだという、危うい生存戦略。それが皮肉にも、役としての「きらり」の血を止め、声を無機質な記号へと変えていた。


 休憩時間になっても、ひよりちゃんは頑なに休もうとしなかった。「練習してきます」と言って、一人でスタジオの隅、照明の届かない影の席に座り、お守りのように台本を抱え込んでいる。その小さな背中は、重圧に耐えかねて今にも崩れ去ってしまいそうに見えた。


「ひよりちゃん、あなた、熱があるんじゃない?」


 私は近づき、彼女の細い肩に再び触れた。その瞬間、掌に伝わってきたのは、驚くほど高い、命を削るような熱量だった。肌が焼けるように熱い。それは、彼女の体温というよりも、自分自身を燃料にして燃やし尽くそうとする意志の残り火のようだった。


「……瑞希さん。……大丈夫です。私がしっかりしないと、このチームも、暗くなってしまいます……。私が太陽でいなきゃ、ダメなんです……」


「そんなことない。ひよりちゃん、あなたはもう十分に頑張ってるよ」


「いいえ。……詩音さんは格好良くて、若菜さんは凛としていて……瑞希さんは、100点の向こう側へ行こうとしている。私だけなんです。何も持っていないのは。……だから、せめて太陽でいさせてください……っ」


「ひよりちゃん……」


 彼女が背負っていたのは、最年少として、キャリアのある「お姉さん」たちを支えなければならないという、孤独なまでの責任感だった。


 彼女は自分を殺してまで、私たちの「理想の末っ子」であり、「不変の太陽」であろうとしてくれていたのだ。その献身が、今は猛毒となって彼女の身体を蝕んでいることに、彼女自身さえ気づいていない。


「ひよりちゃん、もういいわ。今日は一回休みましょう?」


「そうですよ、ひよりさん。無理はいけませんよ」


 詩音さんが間に割って入り、強い口調で制止した。若菜さんも、厳しい、けれど案じるような表情で彼女の手首を取り、脈を確認しようとする。


「……いいえ。……やらせてください。……私、皆さんに、最高の光を届けたいんです……っ」


 ひよりちゃんは、縋るような目で私を見つめた後、私たちの静止を力なく振り切り、ふらつく足取りで再びブースへと戻った。


 白河ディレクターも彼女の異常な気迫に気圧され、「……テイク一回だけよ。無理だと思ったらすぐ止めるから」と告げた。


 スタジオの空気が、さらに一段と冷え込む。


 自らを燃やし、灰になろうとしている小さな太陽を前にして、私はただ、彼女の背中を見守ることしかできなかった。


 私の止まっていた秒針は、今、仲間を救いたいという祈りと、何もできない自分への焦燥で、激しく胸を打ち鳴らしていた。

『面白い!』

『続きが気になるな』


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こちらでキャラクターのイメージ画像とイメージSONGがあります。興味があるかたは1度観に来てくださいo(^-^o)(o^-^)o

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