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【ガチ恋プリンセス】SideStory 『Future Visioned Star』~エピソード0~  作者: 夕姫


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第12話:もやしの匂いがしない声

第12話:もやしの匂いがしない声




 《……西園寺イブちゃんとしては、0点かな》


 その言葉が、スピーカーの振動を通じて私の鼓膜に届いた瞬間、全身の血液が逆流するような感覚に襲われた。指先から急速に体温が奪われ、握りしめていた台本の紙が、嫌な音を立てて湿っていく。


 0点。


 その響きは、不採用通知の無機質な定型文よりも、面接官たちの好奇の視線よりも、遥かに深く、残酷に私の本質を抉り取った。


 私は、誰にも文句を言わせないための武装をしてきたはずだった。タイミング、ピッチ、キャラクターのトーン、感情の配置。それらすべてを論理的に計算し、プロでも納得する「正解」を提出したつもりだった。


 ブースの外、ガラス越しに見えるひよりちゃんの、驚きに目を見開いた顔が私の羞恥心をさらに煽る。詩音さんと若菜さんの沈黙も、今は耐え難いほどの重圧となって、この狭い防音室に充満していた。


 《如月さん。技術は100点だよ。タイミングも、発声も、滑舌も文句なし。あなたがどれだけ努力して、どれだけ高いポテンシャルを持っているかは、今のテイク一発で十分に伝わったよ》


 霧島さんの声は、どこまでも穏やかだった。怒りも失望も含まれていない、凪のような静けさ。それがかえって、私の未熟さを無慈悲に際立たせていた。


 《でもね……今のあなたの声には、『命』の重さが乗っていないの》


 彼女はコントロールルームの椅子に深く背を預け、モニターに静止した西園寺イブの線画を、慈しむような、それでいて射抜くような眼差しで見つめた。


 《如月さんは、西園寺イブちゃんはどういう女の子だと思っている?》


 私は、乾ききった喉を鳴らし、昨日から何百回も読み込んだ設定資料の内容を、脳内のデータベースから引き出した。


「……はい。『未来日記』に記された未来が見えてしまうので、世界に対して斜に構えていて、感情の起伏が乏しい、低体温な女子高生です。ですが、健康管理には異常に厳しく、自分に課したカロリー制限というルールを死守することで、自分の数少ない自由を証明しようとしている……。そういう女の子だと理解しています」


 澱みなく、完璧な説明。


 私が今まで、何百ものオーディションを勝ち抜いてきた、あの「優等生」の回答。霧島さんはそれを聞き終えると、小さく、けれど決定的な拒絶を含んだ笑みを浮かべた。


 《……うん。それは『設定』のお話だよね?》


 設定。その単語が、これほどまでに薄っぺらく響いたことはなかった。


 《設定資料に書いてあることは、イブちゃんの『履歴書』であって、彼女の『命』じゃない。如月さん、今のシーン、イブちゃんは……どんな、匂いがすると思う?》


「……え?匂いですか?」


 《このシーンのイブちゃんは、カロリーを摂りすぎた自分に本気で絶望して、胃のあたりが物理的に重くて、胸がムカムカして、でもそんな不器用な自分を笑うしかないくらい、人間臭い瞬間なはず。夜はもやし確定事項。なのに、あなたの声からは、その、もやしの匂いがしてこない》


 もやしの匂い。


 そのあまりに具体的な、けれど表現者としてはあまりに抽象的な指摘に、私は立ち眩みを覚えた。


 《あなたは、イブちゃんを『生きている』んじゃない。自分が持っている『完璧な引き出し』の中から、一番正解に近そうな声を選んで、綺麗に梱包して差し出しているだけにしか聞こえないかな》


「……っ!」


 心臓を、直接鷲掴みにされたような衝撃だった。


 図星だった。


 私は、失敗したくなかった。霧島栄美という声優のプロ、白河ディレクターというプロを前にして、「やっぱり元子役は大したことない」と思われるのが死ぬほど怖かった。


 だから、私は自分の「本当の感情」という不安定なものを排除し、磨き上げられた「技術」という名の厚い鎧を纏ったのだ。


 《如月さん。あなたは、如月瑞希として完璧に振る舞うことに必死で、イブちゃんの本当の叫びを無視している。そんな綺麗な声で『もやしね、確定事項』なんて言われても、誰にも伝わらないよ?》


 私は、マイクの前で立ち尽くした。


 周囲の期待に応え、正解を出し続けることで自分を守ってきた私の10年間。そのすべてが、霧島栄美という「本物」の前で、粉々に砕け散っていく。視界が、屈辱で白く滲む。


 もう一度、やらせてください――。


 震える唇を動かし、その言葉を絞り出そうとした、その時だった。


 《……ふふ、ちょっと厳しく言っちゃったかな》


 霧島さんがマイクのスイッチを入れ直し、先ほどまでの冷徹なまでのプロの顔から、柔らかい「先輩」の表情に戻った。


 《如月さん、顔を上げて。あなたは、このプロジェクト『FVS』の主人公なんだよ。あなたが作品の顔になって、物語を、そしてここにいるみんなを引っ張っていかなきゃいけないんだから。その責任は、技術だけで果たせるものじゃないよ?》


 彼女はモニターの中の西園寺イブを指差し、私を真っ直ぐに見た。


 《今日の収録は、これで終わりにしようか。このシーンは『宿題』にするね。次に会う時、あなたが導き出した、イブちゃんの本当の答えを私に見せて? 楽しみに待ってるから》


「……あ」


 喉の奥で、声にならない音が漏れた。


「リベンジ」の機会さえ与えられず、私は敗北を抱えたまま、マイクの前を去ることを許されたのだ。いや、それは許しではなく、より過酷な猶予だった。


「如月さん、今日はもうお疲れ様。ゆっくり休んでね」


 白河ディレクターの静かな声が、収録の終わりを告げた。


 ブースの重い扉を開け、ロビーへ出ると、ひよりちゃんが駆け寄ってこようとして、私の顔を見て足を止めたのが分かった。詩音さんも若菜さんも、かけるべき言葉を見つけられずにいる。


 私は、彼女たちと視線を合わせることができなかった。


 主人公。プロジェクトの顔。


 霧島さんに託されたその言葉の重みが、今の私の空っぽな胸には、あまりにも鋭く、重たく沈み込んでいた。


 私は自分の喉に手を当てた。ここにあるのは、まだ「もやしの匂い」さえしない、借り物の声だけだ。


 私の止まっていた秒針は、今、自分自身への問いかけという、最も困難なリズムで刻まれ始めていた。

『面白い!』

『続きが気になるな』


そう思ったら広告の下の⭐に評価をお願いします。面白くなければ⭐1つ、普通なら⭐3つ、面白ければ⭐5つ、正直な気持ちでいいのでご協力お願いします。


あとブックマークもよろしければお願いします(。・_・。)ノ


こちらでキャラクターのイメージ画像とイメージSONGがあります。興味があるかたは1度観に来てくださいo(^-^o)(o^-^)o

私のYouTubeのサイト

https://www.youtube.com/channel/UCbKXUo85EenvzaiA5Qbe3pA

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