第4話 死者の花嫁
胸の奥が、引き裂かれるように痛んだ。とてつもなく寒い。冷えてきたとはいえまだ秋なのに、この寒さはおかしい。これは夢なのだろうか。でもしっかりと開いた自分の目には、漆黒の闇が続いている。
吐き出した白い息が、目の前ですぐにほどけていった。耳の奥からは、微かな鈴の音が響いてくる。一定の間隔で、遠くから近づいてくるようだ。
――シャン……シャン……。
音が重なるごとに、白いものが舞い落ちてきた。雪だった。掌に落ちたその冷たさを感じると同時に、いつのまにか一面の銀世界が闇を覆い尽くしていた。視界を遮るように、粉雪が斜めに吹きつけてくる。そして白くぼやける視界の向こうから、人影の列が滲むように現れた。
――シャン……シャン……。
何かの行列のようだ。しばらくその姿に目をこらしていた朱華は、その異様な姿にひゅっと息をのんだ。
白い世界の中に、人々の黒装束がくっきりと浮かび上がってくる。しかも皆、黒い覆面をしている。行列が前進するたびに、手に持っている提灯の青白い灯がゆらゆらと雪に混じる。その行列は重く淀んだ空気まで、一緒に運んでくるようだ。
逃げた方がいい、と思った。異形の行列に出くわして、良いことなどあるはずがない。だが朱華の足はその場に根を生やしたように、ピクリとも動かなかった。
鈴の音は、だんだん大きくなってくる。
やがて行列の先頭が目前にせまり、朱華は恐怖でぎゅっと目を閉じた。その瞬間、持ち上げられるような浮遊感が全身を襲った。訳がわからず恐る恐る目を開けた朱華の目に飛び込んできたのは、清らかな白い色だった。
雪に負けじと純白の着物が、自分の体を包んでいた。目元にも、真っ白な布から薄い影が落ちている。袖口からのぞく自分の手も、透きとおるように白い。
動揺して顔をあげた朱華は、そのまま声を失った。
黒装束の人影が自分を取り巻いている。ゆらゆらと揺れる灯の列は、自分を中心に延々と続いている。なんとその歩みの中に、自分自身もいるのだ。
朱華の意思にかまうことなく、その足はわずかだが確実に前進していく。肌を虫がはいあがるような寒気が、朱華を襲った。
朱華は自由になる首を必死にめぐらして、周囲を見渡した。周りの人影は着物だけでなく、頭と顔も黒い木綿の覆面ですっぽりと覆っていた。目元だけは出ているものの、その目は虚ろで何も映していない。
「……嘘、でしょう……これ、どういうこと!?」
朱華は初めて声をあげた。
自分の隣にいる人影に尋ねるが、返事はない。ただうつむき加減に静かに歩を進めていたその人影が、ふっと顔を上げた。
男性のようだった。そして、覆面からのぞいた右の目元には、ほくろがひとつ……。
「……え?……弥一、さん……?」
朱華の声は雪に吸い込まれそうだった。弥一と同じ場所に、泣きぼくろがある。驚きのあまり、その後に言葉が続かない。弥一は亡くなったはずだ。しかもあの明るい弥一が、こんな虚ろな目で自分を見るはずはない。
ありえない。
混乱した頭がすっと結論を出したとたん、総毛立つような恐怖が朱華を包み込んだ。
朱華はその人影を半ば突き飛ばすようにして身をよじると、そのまま列から逃れようとした。まるで人形のように歩を進めていた両足は、幸運なことに、方向を変えても動かすことができた。だが薄い粉雪は気づけば大きな牡丹雪となり、たしかな質量で朱華の足元を襲う。ましてや白無垢姿の朱華が、機敏に動けるはずもなかった。
「あっ!」
朱華は足をとられ、その場に勢いよく倒れた。
右の足首に激痛が走った。ひねったのか、もしかしたら折れたのか、考える間もなく雪を受けた衣はますます重みを増し、まるで誰かが覆い被さっているようだ。たやすく起き上がることもできない。
行列はしばらく動かず、白い世界に黒く淀んでいたが、やがて一人が這い出るように列を抜け出し、朱華の方に向かってきた。同じ黒装束の中でも、ある程度近づけば、朱華にはそれが弥一だとわかる。
「……来ないで!お願い……!」
朱華は必死に叫ぶが、弥一は一定の歩幅で、じりじりと朱華に迫ってくる。
重く湿った雪は吹雪のように肌を突き刺し、目を開けているのもやっとだ。弥一はそれにまったく動じることなく、不自然なまでに決まった速度で近づいてくる。
覆面からわずかにのぞいた空虚な目がせまり、その手が朱華をつかもうとしたとき――。
「そこまでだ」
低い声が、凍てついた空気を裂いた。
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