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【書籍化】骨姫ロザリー ~死者の最期を追体験し、力を引き継ぐ~  作者: 朧丸
第四章 暗雲低迷、雷鳴轟く

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368 逃避行―下

やや長め。

 男が深手を負いながらも腰から短剣を抜き、ウィニィに突きかかろうとする。


「ウィニィ様ッ!」


 ロイドが間に入ろうとするが間に合わない。

 ザシュッ。

 致命の一撃が入り、血飛沫が舞う。



「――ハァッ、ハァッ」


 男はウィニィに斬られ、そのままゆっくりと倒れた。

 剣を振り抜いた姿勢のまま、荒く息をするウィニィ。

 ロイドとテレサは少しの間、凍りついたように固まっていた。

 が、やがて目配せし合い、前後から倒れた男に近づき、剣を立てて止めを刺した。


「よく気づいたわね?」


 テレサがそう言うと、ロイドは首を振ってベルを見た。


「気づいたのはベルだ。彼女が教えてくれた」

「そうだったんだ……」


 そのとき、荒く息をしていたウィニィの様子がおかしくなった。


「ハァ、ハァッ、あ? ハッ、ハッ……!」

「ウィニィ様?」

「初めて人を斬ったのね」


 テレサが剣を納めてウィニィに近づき、彼を後ろから抱きしめた。


「大丈夫よ、大丈夫……」


 温かい温度に包まれ、ウィニィの興奮が次第に収まっていく。

 ウィニィが呟くように言う。


「……テレサは、もう?」

「一年目。最初の任務よ。外道騎士の子分だったわ」

「平気だった、のか?」

「まさか。半ベソかきながら帰ったわ。同僚には笑われたけど、上司は見所あるって言ってくれた」

「そう、か」


 ロイドは死体のそばでしゃがみ込み、男の所持品を調べ始めた。


「何かあった?」

「……いいや」


 ロイドは血で濡れた手を男のチュニックの端で拭き、立ち上がった。


「ナイフ以外、何も持っていない。斬った感触は騎士だったが」

「騎士ね。間違いない」

「問題はウィニィ様を狙う暗殺者であったかどうかだ。そうだとすれば、先回りされたことになるが……」

「そうかしら? だったらもっと人数を揃えていそうなものだけど」

「外に伏せているとか? 漁に出たと見せかけて、あの時間で仲間を呼んで――」


 そこでウィニィがハッとして言う。


「――そうだ、アイシャは? 外にいるんだよな!?」


 ロイドがベルを背負い、四人が表へ出る。

 外はうっすらと明るくなっていた。


「ああ、夜が明ける……!」


 明るくなれば追っ手を撒くのも容易ではなくなる。

 ロイドは夜明けをこれほど恨めしく思ったことはなかった。


「アイシャ! どこだ、アイシャ!」


 ウィニィが四方に向かって叫ぶが、彼女の姿は見えない。


「いったいどこへ? 見張りをするんじゃなかったの!」

「知るか! とにかく捜すぞ! 私はこっち、テレサは向こうだ! ウィニィ様はベルと小屋の中へ!」

「待ってよ、ウィニィとベルを二人にする気!? 狙われているのよ?」

「ッ、そりゃそうだ。頭が回ってないな……!」

「最悪、アイシャは置いてってもいいのよ。ベル理論ならね」

「そうか、そうだな」

「待ってくれ、二人とも! さっき自分たちがしていた会話を忘れたのか? 男が仲間を呼んでいたら、アイシャは今、窮地にある! 置いていったら助からないぞ!」

「それは……」「く、どうすれば……」


 三人が焦燥の極致に追い込まれていたとき。

 森の中からピュイッと短い口笛が聞こえてきた。


「あ……アイシャ!」

「あいつ! どこで油を売ってたの!」


 アイシャは無事だった。

 歩き方からして怪我をしている様子もない。


「ごめん!」


 開口一番、アイシャが謝罪の言葉を叫んだ。


「何をしてた?」


 そう尋ねたロイドは、不吉さを感じていた。

 アイシャは謝ってはいるが、その表情は強張っている。

 これが単に小用などであってくれたなら――そんな淡い期待をアイシャが否定する。


「森から小屋を見張っていたら、海のほうから【手紙鳥】が飛んだのが見えたの」


「「!!」」


「すぐ近くからだった。たぶんあの漁師が――あいつはどうなった? 帰ってきた?」

魔女騎士(ウィッチ)だったか……ではあの鍋は毒……? いや、それはもういい! どこへ? 【手紙鳥】はどこへ飛んだ!?」


 アイシャがいっそう強張った顔で言う。


「一羽じゃないの」


 ロイドは絶望に仰け反った。


「西へ一羽、南へ二羽。私は二羽のほうを追ったんだけど、その二羽も別れてしまって。一羽だけ、何とか捕まえたわ」


 そう言って、アイシャが破れてクシャクシャになった手紙鳥の残骸をポケットから取り出した。

 文面は――


 仔獅子、来たれり 灯台守


 ――という、短いものだった。


「仔獅子は十中八九、ウィニィのことよね?」


 テレサの言葉に全員が同時に頷く。


「灯台守はあいつの通り名か? とすると、暗殺者というより、ここを根城にするフリーの騎士のようにも思えるが」


 ロイドがそう言うと、アイシャが頷いた。


「ここはミストラルの水路に繋がる川の河口の近くよ。王都からの依頼を受けて逃亡者を見張るだけで食べていけそうだわ」

「問題は残り二羽がどこへ飛び、どこから暗殺者が襲撃してくるか、だが……」


 どこから敵が来るかによって、とるべき逃亡経路は変わる。

 だが西と南という極めて大ざっぱな方角しかわからない。

 このままドーフィナの城を目指していいのか、ロイドたちが答えを出せずにいると――ウィニィが言った。


「僕は予知を見ていない」

「? ウィニィ様?」

「さっき小屋でウトウトしてしまったが、予知夢を見ていないんだ。だから少なくとも、僕の命が脅かされるようなことはない」


 テレサが呆れた様子で言い返す。


「あなたねぇ、さっき襲われたこと忘れたの? あれだって予知していないじゃない」

「それはね、テレサ。命に関わらなかったからだよ」

「はあ?」

「僕に取れる選択肢は『小屋を訪ねるか、素通りするか』だった。僕らは危険な選択肢を選んでしまったが、僕は今、生きている。襲われはしたが、僕が死ぬ運命はここには存在しなかったんだ」

「それは……」

「じゃあ君たちの命は? と思うだろう。だが僕は、君たちを見捨てるつもりは微塵もない。そんな僕が死ぬ運命にないのだから、君たちだって大丈夫だ」

「ウィニィ……」

「僕らは死なない。行こう、ドーフィナへ!」




 ――それからしばらくして。

 南へ向かった【手紙鳥】の目的地――古都ロトス近郊、峡谷の底の洞窟。

 フリュール派のアジト。


「なぜエドガー卿(ジジイ)だけ殺した!」


 フリュール派のナンバー2であるルイ=アイボリーが配下たちを厳しく叱責した。

 配下たちがたどたどしく答える。


「王子の姿が朝から見えなくて……ジジイに探りを入れたら、急にキレ出して……」

「こいつの言う通りです。それでジジイが『近衛騎士団(キングズガード)に賊がいるとは』とか言い出したので、口を封じなければと思い……」

「馬鹿者が! ……すまない、トマス。俺の責任だ。罰を与えてくれ」


 そう言ってルイが膝をつくと、彼の配下たちもそれに倣って膝をついた。

 フリュール派の首領――トマス=フリュールは小さくため息をついた。

 ルイとその配下たちは正真正銘の近衛騎士団(キングズガード)である。

 なぜ王の側近たる騎士団の者が謀反の陣営にいるのか。

 その理由は復讐である。


 ほんの数年前まで、フリュール家は始祖王レオニードの時代から続く名家として、多くの既得権を握る有力貴族であった。

 トマスはその若き御曹司。

 ルイはトマスと同世代ながら、エリート揃いの近衛騎士団(キングズガード)でめきめきと頭角を現しつつあった俊傑であった。

 二人を繋いだのはトマスの妹だ。

 ルイとトマスの妹は許嫁の関係――つまりルイは、将来トマスの義弟となるはずだったのだ。

 才能あふれる近衛騎士団(キングズガード)の若者と、超名家の美しき令嬢。

 許嫁の頃から似合いの二人だと評判で、トマスもそれを好意的に受け止めていた。


 フリュール家の没落は、五年前の〝商路会議〟を契機に始まった。

 商路とは王国を巡る大街道のうち、王都ミストラルから港湾都市ポートオルカ、交易都市イクロスといった北部沿岸を通り、果ては西方都市ハンギングツリーにまで至る商いの道を指す。

 つまり商路会議とは、王国で最も商いで賑わう街道について話し合う、五年に一度の会議である。

 商路に領地がある貴族や都市代表、有力な商会や騎士団の長が一堂に会し、街道の保全や警備から、商いの安全性や公平性まで広く話し合われ、取り決めが行われる。

 そしてフリュール家最大の既得権こそが、この商路会議の議長の座であった。

 当時議長であったトマスの父は、とある決定を議長権限で行った。


 税率の改正である。


 本来、仮にも〝会議〟と名がつく場で、議長の独断で決めるような事柄ではない。

 しかし、トマスの父にも事情があってのことで、決して私腹を肥やそうとしたわけではなかった。

 会議の前年、大嵐によって街道の多くの場所で被害が出た。

 当然、道の修繕の話になったが、被害が大きくどこも費用を出し渋った。

 商路会議には非常時用のプール金があったが、それではとても賄えない。

 トマスの父は迅速な修繕の必要性を訴えたが、どこの都市も、どの貴族も、どの商会も、それに応えなかった。

 そこでトマスの父が提案したのが増税だ。

 増えた分を修繕に充て、修繕が終われば元の税率に戻そうと訴えた。

 しかしこれにも多くの都市や商会から不満が出た。

 そして何も決まらぬまま会期の終わりが近づき、議長権限による税率改正となったのである。


 これがエイリス王の不興を買った。

 王にしてみれば税は王宮が決めるもの。

 商路会議が形上、王が委任して議決を下すものであったとしても、税に関しては最終的には王に裁可を仰ぐべきものであると考えていたからだ。

 エイリス王の反応は早かった。

 会議の決定を報せる一報が届いた翌日には、フリュールを商路会議議長の任から解く旨の触れが出た。

 トマスの父はすぐに弁解のために黄金城(パレス)へ出向いたが、ひと月後には転封の命が下った。

 多くの人々で賑わう商路にあった領地から、古都ロトス近郊の森と峡谷しかない僻地へ飛ばされた。

 フリュールが王の信を失ったことは誰の目にも明白であった。

 トマスの父が支援を求めて知人の高位貴族の邸宅を回り、その先々で王に対する不満を口にしていたせいで、その僻地の領地すら失うことになるのはその一年後のことである。


 トマスはフリュール家再興を旗印のひとつとして掲げている。

 だが正直、父のことはどうでもよいと思っていた。

 間違った人ではなかった。

 ただ、失敗したのだ。

 しかし、妹は違う。

 ルイと妹は婚姻前から深く愛し合っていた。

 なのに父は「もう家格が見合わない」という理由で破談とした。

 ルイの家にしてもフリュール家と関わることは避けたかったらしく、渡りに船とばかりにこれを了承した。

 その後、酷く落ち込んだ妹が身を投げるのに、そう時間はかからなかった。

 トマスは、妹は弱すぎたのだと思っている。

 これ以上、家がどうなるわけでもないのだから、ルイが攫いに来るのを待てばよかったのだ。

 もしくは彼の下へ押しかけてもよかった。

 ルイに迷惑をかけたくない、などと綺麗事を言わずに。


 妹の死は、トマスの心に重くのしかかった。

 唐突に訪れた実家の没落にも耐えたのに、これだけは認められなかった。

 それからしばらくして、同じ思いを抱えるルイがトマスの下へやってきた。

 彼は自分に心酔する部下たち――近衛騎士団(キングズガード)を引き連れていた。

 ここでトマスの脳漿に初めて「復讐」の文字が浮かんだのだった。



「――罰など与えん。この計画を描けたのはお前たち近衛騎士団(キングズガード)組のおかげだ。リスクを背負ってやってくれてるお前たちを罰して何になる」

「……面目ない」

「もう謝るな、ルイ。ウィニィ王子が使節団にいない、というのは確定でいいんだな?」


 エドガー卿殺しの二人が頷く。


「間違いありません。馬車も出発前日から見張ってましたから」

「王子は乗っておらず、馬車もすり替わっていません」


 フリュールが小さく何度も頷く。


「……いい方に考えよう。襲撃をかける前に気づけたのは幸運と言っていい」

「しかし、トマス。気取られたのでは? だから王子は会議出席を取りやめたのでは」

「気取られた実感があるのか?」

「いや。しかし……」

「いい方に考えると言ったはずだ。俺はお前たちを信じる。お前たちは気取られていないし、ウィニィも使節団にはいない」


 トマスが力強く宣言すると、ルイと近衛騎士団(キングズガード)組に喜色が浮かんだ。


「まず、使節団潜入組をすぐにこちらへ戻そう」

「わかった。決め事通り【手紙鳥】は使わず、魔導のない猟師に接触させる」

「頼む」


 ルイが部下の一人に目配せすると、その一人は足早にその場を去っていった。


「……さあて、我らが王子様はどこに消えたのかな?」


 そう言って、トマスがふざけた様子で大きく伸びをする。

 すると。


「大変です、お頭ぁ~!」


 遠くから、見張りをしていた配下が駆けてきた。


「……そう呼ぶなと言っただろうが。無能が」


 トマスのぼやきが聞こえたルイや近くの近衛騎士団(キングズガード)の口元が緩む。

 見張りが近づいて、トマスは明るい笑顔で迎えた。


「どうした。何があった?」

「これが! 【手紙鳥】です!」


 トマスは顔色を変え、【手紙鳥】をひったくるように受け取った。

 部下たちに背中を向けて中を読む。


「ツキが向いてきたな……!」


 手紙をグシャッと握り潰し、トマスは笑った。


「いったい何が?」


 ルイが問うと、トマスはそれに答えず指示を出した。


近衛騎士団(キングズガード)組と精鋭組だけで移動する。すぐに支度をさせてくれ」

「お荷物組は?」

「いよいよとなれば彼らがフリュール派だ。ロトスのホイッツァー卿に摘発させる」

「なるほど。我らはどこへ?」

「ドーフィナだ」


 握り潰した手紙をかがり火に()べ、トマスは言った。


「二つ月城へ向かう!」

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エイリス王のしたことが間違っていたわけでは無い 中央集権の王権国家において王の権限を侵した者が処分されるのは当然で、処分しなければ王が舐められる トマスの父はエイリス王に事前に話を通すべきだった とは…
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