366 逃避行―上
――時は二日前の夜に遡る。
ロイド宅で身を潜めていたウィニィたちの下へ、顔を青くしたベルが黄金城から戻ったのは、まさにこの夜のことであった。
ベルから「じい」ことエドガー卿が殺害されたこと、そしてその事件の関係者として自身の捜索が行われていると知らされたウィニィ。
悲しみに暮れる間もなく、ウィニィは王都脱出を決めたのだった。
同行するのはロイド宅に集まったロイド、ベル、アイシャ、テレサの四人。
まず議論になったのは城壁を密かに越えるか、それとも門が開く翌朝まで待つかで、その議論の最中にアイシャがカワウソの存在を思い出したのだった。
五人はフードを深く被って素性を隠し、カワウソの小舟で王都北の船着き場まで行った。
次にアイシャの勧めで夜間もやっている馬屋で馬を五頭借りた。
借りる際に身元を問われたときには、ウィニィがお忍びのときに使う身分証が役に立った。
そして人気ない夜間の大街道を一気に北上。
暗い中で馬を急かすのは危険な行為だが、道をよく知るアイシャが先導したことにより、さしたる問題もなく、目的の場所までたどり着いたのだった――。
「――ハッ、ハァッ。……みんな、ついてきてるな?」
森の中。
ロイドが振り返りそう言うと、「ああ」とか「ん」とかそんな返事が返ってきた。
刻印騎士のテレサだけは余力がありそうだが、他の三人は疲労の色が濃いように見える。
ロイド自身もそうだ。
日常行う訓練でもなく、実戦任務でもない、逃避行という非日常的な状況が体力と精神力を削っていく。
「やはり……馬を借りパクするべきだったんじゃないか?」
ロイドの言葉にアイシャが首を振る。
「ダメよ。下手すればそっちからも追手がかかるわ。大街道で放せば馬は馬屋に戻るから」
「追手はかからない?」
「馬が戻って代金も払ってるからそんなことしないわ」
「そうか。わかった」
一行が馬から降りたのは、王都から北へ伸びる大街道が大きく西へカーブし始める、そのカーブの根元の地点だ。
ここで降りたのは、この先に街道町があって人目に触れるのが避けられないから。
そして、そこを通らずとも北の海岸線まで出れば、海沿いにあるドーフィナ伯の居城にたどり着けるからであった。
馬から降りた地点と海岸線までは地図上ではすぐだが、自分の足でとなるとそこそこ大きな森を越える必要がある。
「ベル。もう少し急げない?」
殿のテレサから声がかかる。
ベルは「ごめん」とだけ呟くが、その進みは鈍い。
先頭のロイドがまた振り返る。
たしかに、ベルはとりわけ疲弊しているようだ。
髪が乱れて目にかかっているが、それを整える様子もない。
「少しだけ休もう」
ロイドが足を止めた。
他の四人も足を止めるが、ベルは立ち止まるなり、ガタガタと震え始めた。
「寒いのか、ベル?」
ウィニィが問いかけるが、彼女は返事をしない。
「雨に濡れたからね。馬に乗ってりゃ彼らの体温で気にならなかったけど」
アイシャがそう言うと、テレサが首を傾げた。
「え、でも濡れたのちょっとでしょ。私、もう乾いたけど」
そのテレサの言葉に、ウィニィは自分の服を触ってみた。
たしかに乾いている。
そして次の瞬間、ウィニィはハッとベルを見た。
「ベル、顔を触るぞ」
「大丈夫、大丈夫だから……」
「……! 酷い熱だ!」
一行の顔色が変わる。
一刻を争うこの状況で病人が出ることは、全員の命運に関わる。
「……ベルは使節団護送にも対呪詛面で関わっていた。で、そのあとは僕だ。何日もろくに寝てなかったのだろう」
ウィニィがベルを抱えるようにして、彼女をゆっくり地面に座らせた。
「……聖文術で治せないの?」
テレサの言葉に、ウィニィとロイドは渋い顔をした。
「あるにはあるんだが……」
「病気によって術が細かく違うんだ。間違えると逆に酷いことになる」
「そう。副作用が――」
そう言って黙ったロイドに、ウィニィが尋ねる。
「――何だ、ロイド?」
「いえ。黄クラスの問題児を思い出しまして」
「ああ、パメラ。彼女なら病気の特定までやれそうではあるが……ここにパメラはいない」
「はい。あとは収穫祭を使う手もありますが」
「収穫祭か……!」
ウィニィとロイドの視線がベルへ向かう。
彼女は青い顔で小さくなって震えている。
アイシャが言う。
「え、じゃあその何とかっていう術、早く使ってよ。何で迷ってんの?」
すると聖騎士の二人ではなく、テレサが言った。
「私は嫌だからね」
「え、何で!? ってか、テレサも知ってるんだ?」
「前に、母上の巡視についていったときに、地方の村のお祭りで一緒にやらされたの。みんなで手を繋いで列になって『よいしょ! よいしょ!』って足踏みするのよ。すんごい恥ずかった!」
「恥ずいからなんなの! それしかないならやるべきでしょ!?」
「わからない? 恥ずいだけじゃなくてすんごい時間かかるの! 一時間くらい、ずーっと足踏みするのよ!」
「あ……」
「足踏みではなく、麦踏みだ」
ロイドが言う。
「収穫祭はある種のエネルギーフィールドを発生させる。その中にいる者を温め、体力を回復させ、不安を払い、精神を落ち着かせる効果がある。ただし――」
ウィニィが説明を引き継ぐ。
「――時間がかかる。それに、発光現象を伴う」
テレサが手を打った。
「そうそう! たしかにぼうっとみんなが光ってた!」
「昼間ならともかく夜間は目立ちすぎる。でも、追手がかかっていない今のうちとも言える」
決断がつかず、唇を噛むウィニィ。
すると彼の手を、ベルがギュッと握り締めた。
「……置いていって」
「!」
「狙われてるのは、私じゃない。逃げて」
ベルの訴えを聞き、ウィニィはすっくと立ち上がった。
「行くぞ。出発する」
アイシャとテレサは、それに何も言わなかった。
ロイドが問う。
「ベルは――どうします?」
「無論、連れていく」
アイシャとテレサが顔を見合わせる。
笑みを奥歯で噛み殺しつつ、アイシャが問う。
「いいの?」
「狙われてる僕が決めたんだ、文句あるか?」
「ない。なーい!」
「交代で負ぶっていこう。最初は僕がやる」
「ウィニィじゃ、すぐに交代になりそうね?」
「うるさいな、いいだろ!」
ベルはもう反論する余裕もない様子で、黙って負ぶわれた。
ウィニィとアイシャがやり合っているのを横目に、テレサがロイドにひそりと尋ねた。
「……本当にいいの?」
「仕方ないさ」
「あなたは現実的な人。ウィニィが最優先の人でしょう?」
「ああ。だからわかってる」
「何を?」
「置いていけと言われたら、置いていけない人なんだよ」
「ああ、ね……」
やっとウィニィ一行視点まで戻ってきました。
時間巻き戻しちゃいましたが、彼らの逃避行はぜひとも書きたかったので読みにくい点はお許しくださいませ。
ここからは大きく視点は動かず、ウィニィ一行を中心として会議の裏で起きていたこと――そのあとの会議の合流、章の結末までいこうと予定しておりますが予定は未定なので不確定であることはご了承ください(早口)





