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【書籍化】骨姫ロザリー ~死者の最期を追体験し、力を引き継ぐ~  作者: 朧丸
第四章 暗雲低迷、雷鳴轟く

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365 馴染みの情報屋

やや長め。

 スラムの構造は複雑だ。

 例えるなら、整理整頓されていない他人の汚部屋。

 表面上を眺めても探し物は見つからないし、掘ってみて初めて実像がわかるというもの。

 グレンが当たりをつけたのは古い三階建てのアパートメントだ。

 三階建てではあるが、その上に勝手に増築されたであろう四階、五階部分がある。

 あそこには玄関から入っても行きつかない。

 グレンは狭い路地を通り、寝ている物乞いを跨いで、アパートメントの裏手に回った。

 アパートメントの背中と、その後ろにある城壁との間が、うず高く積まれた天幕の数々で埋まっている。

 一見すると、とても足を踏み入れられる場所ではないが、グレンは知っていた。

 天幕の大半は実際にスラムの住人が住む我が家だが、残りはそれらの家を繋ぐ通路になっている。

 そしてそれがアパートメント四階、五階部分への唯一の経路でもあった。


()で窓に取りつく手もあるが、目立つしな。ここはスラムの流儀に従おう」


 天幕の通路に腰を屈めて入る。

 たまに間違って住人の寝床に入ってしまうが、そのときは軽く謝ってしまえばいい。

 いくつもの天幕を過ぎ、梯子を数回上り、やっと目当てのアパートメント五階部分へ出た。

 下からの階段では繋がっていないのに、部屋前の廊下はしっかりとある。

 グレンは記憶を頼りに部屋を数えながら歩き、ある扉の前で止まった。

 安っぽい造りのくせに、扉だけは厚い木でできている。


 グレンは力を込めてノックした。

 反応はない。

 だが聞き耳を立てると、わずかに衣擦れの音がする。

 再びノックする。

 今度はさらに強く、数回。

 すると足音が聞こえ、覗き窓が開いた。


「……誰?」


 不審がる女の目が見える。

 グレンは言った。


「グレンだ。ビンリューに会いたい」

「いないわ、そんなやつ」


 するとグレンはスーッと息を吸い込み、大声で言った。


「口入れ屋ビンリュー! いるんだろう、出てこい!」

「ちょっと! やめて、人が来るでしょ」

「口入れ屋! ビンリュー!!」


 すると再び足音が聞こえ、覗き窓の目が男に変わる。


「こんな夜更けに誰かと思えば……お前か、雛鳥の小僧」

「情報がほしい」

「出直せ。時間外だ」


 覗き窓が閉まる。

 だがグレンは構わず言葉を続けた。


「ウィニィ王子を狙うフリュール騎士団を追っている。時間がない、お前の都合に構ってられない」


 覗き窓が再び開き、そこから見えるビンリューの鼻に大きく皴が寄る。


「小僧……いったい何をやらかす気だ」

「俺の意思ではない。命令を受けてのことだ」


 そう言ってグレンは自分の獅子の騎士章を手で覆い隠し、南西の方角に向かって首を垂れた。

 一瞬の間の後、厚い扉が開く。


「入れ」

「悪いな」


 部屋は小さな一間部屋だった。

 ここはビンリューが贔屓にしている娼婦の部屋で、彼女は今、壁に背を預けて肘を抱き、グレンを怪訝そうに見つめている。


「ほとんど知らんぞ」


 ベッド脇の椅子に腰を下ろしたビンリューが、煙草に火を点けながら言う。


「フリュール騎士団とやらも知らん。あの没落したフリュールか? ウィニィ王子を狙うというのも意味がわからん」


 グレンはそれを鼻で笑った。


「嘘をつけ。お前が知らないわけがない。お前は自分が知らないことを許せない奴だ」


 ビンリューはよそを向いて紫煙をくねらせ、それから言った。


「なら、まずお前からだ」

「俺? お前の知らないことなんて俺だって知らんぞ?」

「惚けるな。これは誰の策だ? 高椅子(コクトー)か? お前は誰の命で動いている?」


 グレンはチラッと娼婦を見た。

 ビンリューが言う。


「彼女は問題ない。こちら側だ」

「そうか。では話そう」


 そう前置きしてから、グレンは現状を説明した。


「高椅子ではない。暗雲(ドルク)の離間策だ。だが夜鷹(ウィズベリア)からストップがかかった」

「ちょっ! ……ちょっと待て。なぜそこで夜鷹が出てくる?」

「今やってる休戦会議だ。夜鷹の下に、俺と暗雲と高椅子が集まった」

「小僧……とんでもないところに居合わせたな?」

「俺は高椅子に呼ばれただけだ」

「暗雲を呼んだのは夜鷹か……離間策と言ったな? ウィニィ王子を狙い、国を割るということか」

「そうだ」

「フリュールでは国は割れん。裏にいるのは?」

「先王弟ドロスと黒獅子ニド」

「!」

「――だったんだが、黒獅子は乗らないというのが夜鷹の見立てでな」

「なぜ乗らない?」

「何でも、黒獅子は王位に就く気がないのだと」

「っ!? なぜ!」

「熱くなるな、俺にもわからん。だが夜鷹は確証があるようで、高椅子も納得していた」

「黒獅子が乗らないなら国は割れない、なんなら先王弟領に近い黒獅子が、大叔父を粛清する、か……それで?」

「黒獅子が王にならないなら、それを逆手にとってウィニィ王子を王位に押すべし」


 ビンリューはこぶしを唇に当て、俯き加減に何度も頷いた。


「たしかに……たしかにそうだ。そのほうが皇国の利となる」


 そこまで言ってビンリューはふと顔を上げ、グレンを見た。


「しかし、よく暗雲が納得したな? かなりの下準備が必要な策だ。利は少なくとも損もないのだから、そのまま走らせそうなものだが」

「陛下のご意思だからな。あいつも納得するしかない」

「そんなもの、夜鷹が吹いているだけだろう? 暗雲が聞いてやる理由はない」

「違う。直接だ。その場に陛下もおられた」


 ビンリューは愕然として、煙草を手から取り落とし、椅子から転げ落ちそうになった。

 床に落ちた煙草を慌てて拾い、それから言う。


「陛下が? 小僧、俺を担ごうとしてるな!?」

「してない」

「では見間違いだ!」


 グレンは鼻に皴を寄せ、それから言った。


「あれは陛下だ。鳥の子が見間違うものか」


 ビンリューは絶句し、それから椅子の辺りをぐるぐる歩き回り始めた。


「……お前の命はなんだ」

「フリュールの手からウィニィ王子を守ること。だから――情報が欲しい。フリュール騎士団の情報はないか? 隠れ家にはいなかった。ウィニィを狙うなら、もう王都に入っているはずだ」


 ビンリューは黙って首を横に振った。


「では王都近郊は? 会議前から裏騎士団の噂が立っていたと聞いたが」


 ビンリューはやはり首を横に振り、言った。


「そうじゃない。違うんだ、小僧」

「何が違う?」

「ウィニィ王子はおそらく、ミストラルにいない」

「……いない? どういうことだ!」

「わからん。行方不明だ。黄金城(パレス)の騎士が総出で王都内を捜している。昼夜問わず、連日な」

「カワウソが言っていたのはそれか……何があった?」

「どうも、ウィニィ王子の側近が殺されたらしい。王子は行方不明。側近をやったのが王子で、それで逃げたのだと思っていたが……」

「すでに襲撃が起こっていて、ウィニィだけは逃げのびた可能性があるな……」

「あるいはすでに殺されている可能性も、な」

「それは今考えても意味がない。行方不明になったのはいつの話だ?」

「二日前の夜だ」

「丸二日、行方不明のままということか……? マズい、手遅れになる! ウィニィについて何か情報は?」


 ビンリューが黙って首を振る。


「何でもいいんだ、最近あった妙なこととか! このままじゃ俺は王都を出てどの方角へ向かえばいいかすらわからない!」


 ビンリューは口を曲げ、それから言った。


「確かではない情報は呟きたくないんだが――まず一つ。ウィニィ王子が消える前日に、怪しい騎士の一団の王都入りが確認されている。噂の騎士団かと監視させていて、違うと判断したんだが……今思えば、あれはフリュールだったのかもしれない」


「どういうことだ?」


「連中は調べ物をしていたんだ。下級貴族の空き家を根城に決めて、上層からスラムまで聞き込みしていた。スラムでは若い女騎士が肌を晒してエサにまでなって、な。で、聞き込みしてる内容はといえば『王都守護騎士団(ミストラルオーダー)の評判』と『怪しい奴を見てないか』だったから」


「……目的がよくわからんな」


「俺は同業者(スパイ)だと判断した。出所はわからんが、経験が浅いか質の低い連中だ。実際、若い奴ばかりだったようだ。だが――ウィニィ王子が消えた翌日に姿を消した」

「ッ! ……フリュールの線も消せないな」

「ああ。そして二つ目。フォメン卿が昨日、密偵をばら撒いた」

「知らんな。誰だ?」

「表の顔は魔導院の中間管理職。うだつの上がらない、いつも笑顔を張りつかせてる奴だ。だが裏の顔は、お貴族様向けの情報屋。それも最大手だ」

「なるほど……ウィニィを捜している?」

「そう見える。ちなみにフォメン卿に最も信を置くのは――黒獅子だ」

「っ! ニド殿下も動いている……?」

「そう考えるべきだろう」


 ビンリューは煙草をねじ消し、グレンを見つめた。


「小僧、これは乱戦だ。複数の勢力が入り乱れていて、外からでは実態が見えない。だが中に入ってしまえば――」

「――抜け出せなくなるかもしれない、か」

「そうだ。引き際は常に頭に置いておけ。お前はいつでも逃げられる暗雲とは違うし、部下もいる。皇国の意向で動いていると知られれば――」

「――大丈夫だ。俺たちは王子を助けるだけ。疑われる行動じゃあ、ない」

「気をつけろと言っている。勇み足は死を招く。部下ごとだ」

「わかった。助言に感謝する」


 グレンは礼を言って背を向けた。


「行くのか? どこへ向かう?」

「わからない。が……問い質すべき相手がいる。まずはそいつに聞くよ」


 グレンは手を挙げて別れを告げて、部屋を出ていった。



 スラムに戻り、地下水路へと向かう。

 雨は止んでいた。

 まだ真っ暗だが、夜明けは近いはず。

 自然と駆け出す手前の早歩きになった。

 あの鉄蓋を見つけ、地下へ降りる。

 少々不安だったが、小舟はまだあった。

 薄汚れたローブの中から、微かな寝息が聞こえる。


「カワウソ。待たせたな」


 薄汚れたローブが動き、彼女の顔が見えた。


「グレンか。……ここ、臭いけど静かよね。よく眠った」

「それはよかった」


 グレンは小舟に乗り込み、そしてすぐさまカワウソの両肩を掴んで押し倒した。

 まだ身体を起こしただけだった彼女は、何の抵抗もできずに倒れ、船底で目をぱちくりさせた。


「グレン!?」

「……カワウソ。俺とお前の仲だ、俺はお前を傷つけたり脅したりしない。だけど……俺は真剣だ、だから真剣に答えてほしい」


 カワウソは目をキョロキョロさせながら、ソワソワと言った。


「何、よね?」

「二日前の夜、密かに王都から出た奴がいる。城門を越えるのはリスクが高い。水路を使ったはずだ。となれば、お前は気づくはず。見張りの騎士の目は誤魔化せても、カワウソの鼻は誤魔化せない。カワウソ……俺に嘘をついてないか?」


 カワウソはまた目をぱちくりさせて、それから答えた。


「知ってる。カワウソが乗せたよね」

「はあ!? なんでさっきは言わなかった!」

「グレン、入れたか聞いた。でもカワウソ入れたない。出した、した」


 グレンはカワウソから手を離し、頭を掻いた。


「ああ、そういう……すまん、疑って悪かった」

「……別にいいね」


 カワウソは身体を起こし、薄汚れたローブの乱れを慌てて直している。

 そんな彼女にグレンが問う。


「客は一人か?」

「ううん、男一人、女たくさん。ぎゅうぎゅうわちゃわちゃでカワウソ嫌だたよね」

「同行者がいるのか? いや、まだウィニィと断定できない。……カワウソ、お前は初見の客は取らないよな? 誰が渡りをつけた?」

「中に知ってる奴いた」

「誰だ?」

「名前知らない。街道警備やってる赤毛の女。馴れ馴れしいけど、よくお菓子くれるからカワウソ懐柔されたよね」

「それだけじゃわからんな……他のやつは?」

「ん、みなフード被てた。顔見てないよね。……あ、でも」

「何だ?」

「一人、風でフード脱げて、頭ツンツンだった。針鼠みたい。女なのに変よね」

「ツンツン頭……まさか、テレサ? じゃあ赤毛の街道警備はアイシャか?」

「名前知らない」

「ああ、それは聞いた。どこへ行った? ……かは脱出させただけじゃわからない、か」


 グレンは諦め半分だったが、カワウソは迷わず方角を指差した。


「北よね」

「確かか?」

「確か。北の船着き場まで連れてたよね」

「北の船着き場――大街道を北上するルートか! 助かったよ、カワウソ!」

「へへへ。よくわからんけど感謝するよね」


 そしてカワウソが立ち上がり、櫂を手に取って小舟を進めようとしたとき。

 梯子の上で鉄蓋が動く音がした。

 グレンとカワウソがハッとして身構える。

 鉄蓋はズリズリ動き、やがて誰かが下りてくる。

 それは男で、やがて全身が見えたとき、グレンは剣の柄に置いていた手を下ろした。


「大丈夫だ、カワウソ」

「誰よね?」

「知り合いだ、こいつに会いにきたんだ。――追ってきたのか、ビンリュー?」


 ビンリューは急いできたのだろう、やっと梯子を下り、荒く息をつきながらグレンを見た。


「何か、言いそびれたことが?」


 グレンが問うと、ビンリューは息も整わぬうちに答えた。


「ドーフィナだ……」

「ドーフィナ?」

「ウィニィ王子が、頼る先だ。王都の外なら、婚約者しか、思いつかない」

「ジュノーか。……ならひと安心か。彼女は命に代えてもウィニィを守るだろう」


 しかし、ビンリューは大きく首を横に振った。


「フリュールの後ろには、先王弟がついている。そういう話だったな?」

「ああ、そうだ」

「ドーフィナは先王弟派だ」

「……!」

「陛下の命に応えたいなら――ドーフィナだ。二つ月城へ急げ!」


 グレンは身を翻し、カワウソに言った。


「出してくれ! 早く!」


 カワウソはグレンの声の荒ぶりように驚きながらも頷いた。

 小舟は音もなく、しかし速やかに水路を進んでいった。

来週はお休みです。

いいところなんで書きたいのは山々なんですが、ちょーっと年度末〜年度初めのなんやかんやが立て込みまして。

ごめんなさい!

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― 新着の感想 ―
あまり本編と関係無い話ですが「下級貴族の空き家」であるミュジーニャ邸って 王国の法的にどうゆう扱い(所有権や税金等々)なンだろうと気になりました オズが首吊り公配下になって真っ当にお仕事しているとはい…
二人が勘違いした質の低い密偵というのはオズたちかな? 同級生たちがどんどん集まって来るね 思惑も主義主張も違うのにウィニィを守るという目的は一致しているの面白い
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