361 夜の寵姫
ロザリーとココララが、古祭壇に向かって歩いている。
「……ねえ、ロザリー卿」
「何? ココララ卿」
「私、何もしてない」
「……ん? 何のこと?」
「お仕置きが必要ね、って二人で言ったじゃない。なのに私、何もしてない!」
「ああ、そういうことね。……たしか一騎、討ったような気がするけど?」
「それだけなの! まるで戦力になってない!」
「そんなことはないわ」
「ね、お世辞はいいから」
「ううん、いてくれて心強かったわ」
「ぜ~ったい、嘘! 大魔導が私なんかを頼りにするわけないじゃない!」
「フフッ。……ねえ、ココララ卿って私が怖かったりしないの?」
「怖い? ああ、彼らを捕らえた手段のこと?」
ココララが振り返る。
少し距離を置いて降伏したアトルシャン残党たちが歩いてついてきていて、彼らの周囲を青白き騎士団が包囲し、護送している。
「別に? あなたがなぜそうしたかは、わかるから」
「……そっか」
ロザリーは、ココララから見えないように顔をほころばせた。
だがその微笑みがすぐに消える。
「ん? ……まだ戦闘が続いてる!」
古祭壇が近づいてくるとわかる。
まだあちこちで激しい動き、鉄を打ちつける音が聞こえてくる。
ロザリーは後ろを振り返った。
「ウィリアム!」
「っ、はい!」
返事は聞こえたが、姿が見えない。
「へっ? ――うわああっ!?」
ウィリアムのそばにいた黒犬がロザリーの意図を察し、彼の両脇に手を差して赤子を持つように高く抱き上げた。
高い高いされたウィリアムにロザリーが叫ぶ。
「撤退のラッパ! 鳴らしたのよね!」
高く持ち上げられたウィリアムは、目を瞑って必死に叫び返す。
「はいっ! 鳴らしましたぁ!」
「でも退いてないわ!」
「彼らは! アトルシャンではないのでっ!」
「えっ? どういうこと?」
するとココララが納得したように数度、頷いた。
「なるほどね、そういうこと」
「ココララ卿、それってどういう――」
「――あ、待って。母上が出てきた、すぐに片がつくわ」
ロザリーとココララは歩みを止め、古祭壇の様子を窺った。
黒と紫のドレスを着た女――ウィズベリアが、石垣の奥から歩み出てきた。
すぐそばで矢と槍の穂先が飛び交うのも意に介さず、石垣の縁まで出てきて、それから両腕を大きく開いた。
「っ、何!?」
ロザリーは思わず身震いした。
ウィズベリアが何か得体の知れないものを呼び出した――ロザリーはそう感じた。
しかし、それが何なのかわからない。
見えないのだ。
だがそれは確かに存在していて、その証拠に古祭壇に攻め寄せる騎馬隊が次々に倒れていく。
見えないのは敵からも同じようで、比較的近くにいた敵の騎馬隊が、困惑した様子のまま血飛沫が上がり、あっという間に壊滅した。
「母の力を知らない?」
ココララが言う。
ロザリーは無言で頷いた。
「母は夜の女王。夜を使役するの」
ロザリーは愕然として、聞き返した。
「夜、そのものを?」
ココララはフッと笑い、答えた。
「今、呼び出しているのは夜に溶けた暗殺者たち。夜闇に紛れて首を掻っ切る、夜の眷属よ。並みの騎士では歯が立たないけど、大魔導のあなたならきっと打開できるでしょうね」
「……なぜ笑ったの?」
「おそらく、母は夜そのものも使役できるから。前に、真っ昼間を夜に変えたのを見たことがあるわ。あなたが当てずっぽうで当てたから笑っちゃったの」
「精霊騎士?」
「変異魔導性。母は精霊騎士と魔女騎士の両方の特性を持つ」
「!! ……私にそこまで教えていいの?」
「あなたは私に魔導を見せたし、それに――母の瞳を見て? 誰の目にも明らかだから」
ロザリーは、石垣の縁に立ち指揮者のように滑らかに腕を振るウィズベリアを注視した。
戦の中にあって微笑みすら浮かべる彼女の瞳――魔導の窓たる両眼は、緑と赤にそれぞれが輝いていた。
――ほんの数分で騎馬隊の群れを片付けたウィズベリアは、魔導皇帝のいる天幕へと足早に帰っていた。
その途中で側近の一人のカミュと鉢合わせた。
カミュは傷こそないが端正な顔に疲労の色を漂わせ、彼のプラチナブロンドは汗で額に張り付いている。
ウィズベリアが冗談めかして言う。
「おぉ、カミュよ。あれしきの敵も討てぬとは――見損なったぞ?」
カミュは鼻の両脇に皴を寄せ、反論した。
「無茶を言わんでください! 防御柵もないのに騎兵を止めろ、石垣には傷をつけるな、でもウィズ様とアラドは陛下につくから手伝わないって……一人で駆けずり回って一騎も石垣に上げなかった自分を褒めたいくらいですよ!」
「ふむ。自己評価が高いのは悪いことではないぞ? きちんと成果が伴えば、だが」
「だから石垣に一騎も上げなかったって――ああ! きちんと評価してくれる上司の下で働きたい!」
「フフフ……」
二人が天幕へ戻ると、アラドが入り口前で周囲を警戒していた。
ウィズベリアがアラドに言う。
「異常は?」
「何も。――アトルシャン残党だけではなかったようですな?」
ウィズベリアは不敵な笑みを浮かべ、頷いた。
「北部連邦から義勇兵を募ったのであろう。両国友好を快く思わない者が少なくないだろうから」
「天幕の仕返しができそうですな?」
「クク……嬉しそうだな、アラド?」
「それはもう。差配人を怒らせたら後が怖いと教えてやりますよ。……あとは剣王配下の処遇ですが」
「昼間の件はよい。が……今夜の振る舞いは見過ごせぬ。陛下の御命を軽んじておる」
「ええ。せめて石垣に攻め寄せる騎兵には応戦すべきでした。彼らは見ていただけ――」
「――仕方あるまいな」
ウィズベリアとアラドが冷徹な視線を交わしているとき、後ろから声がかかった。
「お待ちを!」
「む、ココララか」
ココララが慌てた様子で駆けてきて、ウィズベリアに相対した。
「我が配下の処遇をお話しでしたね? 私がバビロンまで連れ帰り、ロデリック様にありのままをご報告し、ご判断を仰ぎます! それでお許し願えませぬか?」
ウィズベリアが目を細める。
「ふむ……彼奴等、大人しく従うかね?」
「従わぬようであれば、我が力を使うまで」
「ほう! ……よかろう、任せる」
「ハッ! ありがとうございます!」
「して、ロザリー卿は?」
「一緒でした。離れた位置にいた、敵方基幹部隊を共に討ち――ロザリー卿! こちらへ!」
ロザリーは石垣下まで連行してきたアトルシャン残党をどうするか、とりあえず手枷か腰縄で繋ぐべきか悩んでいたところだった。
ココララの声に気づき、ウィズベリアの下まで早足でやってきて、それにウィズベリアが言う。
「あれは――アトルシャンのウィリアム公子か?」
彼女が視線を向けるのは、残党の中で一人だけ小さい、少年騎士のこと。
ロザリーが頷く。
「自称していますし、他の残党もそれを否定しません。おそらくは当人かと」
「フン……生け捕りは手間がかかったろうに」
「そうでもなく。彼らを取り囲む死人の騎士団――あれは、数年前に獅子王国に潜入したアトルシャン騎士団です」
「!」
「ウィニィ王子と同学年であった私が討ち、それを使い魔としました」
「ほ~う? なるほど。そうかそうか……」
ウィズベリアは悪い顔で数回頷き、それからロザリーに尋ねた。
「ロザリー卿。なぜ自ら悪役を買って出た?」
「悪役……ですか?」
「そうであろう。皇国人も王国人も、この場にいる者すべてが国に帰ればこう話す。『〝骨姫〟はアトルシャン残党を捕えるために、無情にも彼らの友や親兄弟の死霊を戦わせたのだ』と」
「……ええ。そうかもしれませんね」
「構わぬと?」
「諦めてほしかったから。私が名を落とす程度で彼らがそうしてくれるなら、私としては何も問題ありません」
ウィズベリアはロザリーの言を鼻で笑い、それから言った。
「鼻につくのう……」
「不愉快にさせてしまいしたか」
「母御そっくりだ」
そういってウィズベリアはふいっ、とそっぽを向いた。
「私は白薔薇が大嫌いだった」
「!」
そしてロザリーから目を背けたまま、ウィズベリアはルイーズのことを語り出した。
「弱き者のことばかり気にかけ。まるで皇国の守護者気取り」
「そのくせ誰からも好かれるから、余計に腹が立った」
「でも、彼女を失ってわかった」
「……いや、本当は初めからわかっていた」
「だから私は『行くな』と止めたのだ」
「私もルイーズを愛していた。憎いほど愛していたのだ」
ロザリーはぽかんとした顔でウィズベリアの語りを聞いていた。
彼女の最後のセリフを聞いて、わずかに微笑みながら首を傾げた。
「何だか……複雑ですね」
するとウィズベリアは真顔で首を横に振った。
「何も? 愛憎はコインの表裏。そこにコインがあることに変わりはないのだから」
「う~ん……フフッ、やっぱり私には複雑で難しいです」
「そうか? ならば要点だけ伝えよう」
「はい」
「だから、ロザリー。私は卿のことが大嫌いで――大好きだ」
「えっ……!」
「何のことはない。陛下だけでなく、私もロザリーに会いたかったのだ。だから私は、陛下がバビロンを出ることを認めてしまったのだよ」
「ウィズベリア様……何だか嬉しいです」
ウィズベリアは一瞬、温かい眼差しでロザリーを見つめたが、すぐに気まずそうに視線を逸らした。
そこへ――。
「おおお! ロザリーさんっ、よくぞご無事で!!」
「あ、ロロ!」
ロロがドタドタとこちらへ走ってきた。
「うん、無事――っていうかロロ、矢がめっちゃ刺さってるよ!?」
「いやあ、えへへ」
「それに、なんか急に太った……?」
ロロは異常に着ぶくれしていて、その背中に何本も矢が刺さっている。
「私の開発した対射撃用魔導騎士外套、その名も『刺さって安心エアバッ君』ですっ!」こんなこともあろうかと、今回持ってきたのですよ!」
「どんな仕組みなの……?」
「ええと、ここが二重になっていてですね、そこに衝撃で空気が……」
するとそこへ、今度はコクトーが慌てた様子でやってきた。
「ロクサーヌ卿! ……よかった、無事か」
「あ、コクトー様」
「ロザリー卿、ロクサーヌ卿に言ってやってくれ」
「ああ……やっぱり何かしでかしましたか?」
「やっぱり? やっぱりってどういう意味ですか?」
「危ないから天幕へ入れと言うのに、『ロザリーさんが! ロザリーさんがあ!』と外をうろうろ歩き回るのだ。案の定、弓兵の的になり……しかし矢を受けても倒れないものだから、余計に狙われ……しまいには、弓兵の間で賞金までかけられていたらしいぞ」
「はああ? 私、そんなことになっていたのですか!」
「すごい、ロロ! この短期間に賞金首になるなんて!」
「いやあ、ムフフ」
「まったく……」
コクトーは呆れ顔で首を振った。
ロザリーがふと気づき、コクトーに尋ねる。
「あれ? グレンは?」
コクトーがすぐに答えた。
「もう国へ帰したよ。任務と任務の隙間に呼び出していたからな。彼には悪いことをした」
「そう、だったんですね」
「何か話が?」
「いえ。さよならくらい、したかったなって」
「今生の別れでもあるまい。また機会があるだろう」
「……そうですね」
ロザリーが空を見上げる。
いつの間にか雲は晴れ、雷の気配はハイランドの向こうへ遠ざかっていた。
※差配人について
ここでは皇都バビロンと皇国連邦下の各国をつなぐ役職を指します。
アラドがそう。
作者的には単なる皇都の外渉役人というよりは、多文化に通じ多言語を解するエリート職業みたいなのを想定しています。
おそらくは要資格。
※エアバッ君については深く考えないでください。
次から暗殺計画パートへ戻ります。





