360 英霊とならん
「彼らにはお仕置きが必要ね」
「ええ、大賛成!」
ロザリーとココララが敵の出方を窺う。
すると包囲のうちで一番厚みのあった部分が割れ、奥から一騎進み出てきた。
馬鎧も見事な、指揮官に違いない騎士。
しかし、その馬上にあるのは少年と思しき若騎士であった。
「貴様が〝骨姫〟か!」
やはり若い、高い声。
「我が名はウィリアム! 誇り高きアトルシャンの公子であるっ!」
するとココララが静かに言った。
「……あなたは公子ではない」
「何を言う! 我を謀るつもりかっ!」
「アトルシャン公国はもう存在しない。よってあなたは公子ではない」
「え……?」
ウィリアムは急に弱気になり、「じい……」と弱々しい声で振り返った。
すると彼の後ろから老騎士が進み出てきて、しわがれ声で言った。
「公子、騙されてはなりませぬ! アトルシャンは滅んでなどいない! アトルシャンは不滅! 歴史ある我が国が、新興の獅子王国などに負けるわけがない!」
唾を飛ばし、熱弁する老騎士。
ロザリーがココララに小声で尋ねる。
「後継ぎはジョン公子だったと記憶しているけれど?」
ココララは眉を潜め、言った。
「ジョン公子は死んだわ。皇都にて保護名目の軟禁状態にあったのだけど、母国を滅ぼしてしまった責任が彼を押し潰した。ウィリアムは年の離れた弟よ」
「……そう」
二人が話すその間も、老騎士の熱弁は続いていた。
「――なればこそ! その元凶たる〝骨姫〟を兄君に捧げるのです! さあ! ご命令を!」
ロザリーには、ウィリアムが老騎士の振るう熱弁を理解しているようには見えなかった。
だが何を要求されているかはわかっているようで、スッと右腕を直上に伸ばした。
それを合図に、包囲の騎士たちが矢をつがえ、弓を引き絞る。
「放てえ!」
ウィリアムの腕が振り下ろされた。
四方八方から放たれた矢がロザリーとココララを襲う。
「ッ! ロザリーきょ――」
「――大丈夫、任せて。〝野郎共〟ッ!」
包囲の騎兵と二人の間に、白い骨の壁が出現する。
四方八方から放たれた矢は、そのすべてが骨の壁で止まった。
「「……!」」
唖然として動きを止める騎兵たち。
ココララもまた、同じように目を見張っている。
彼らの前で骨の壁はほろほろと溶けるように闇に消えていき、最後に残った骨の兵卒が、ロザリーの前に跪いて両手を差し出す。
その骨の手の上には、放たれた矢がすべて、揃えて置かれていた。
「ココララ卿、弓をお願い」
「えっ、あ、はい!」
ココララは足元に倒れていたアトルシャン騎兵の亡骸から弓を拾い、ロザリーに渡した。
「先に退路を作る。包囲されっぱなしは癪だから」
そう言ってロザリーは十数本の矢をまとめて弓につがえ、後ろを振り返った。
この弓の主はアトルシャン騎兵――つまりは魔導騎士である。
草原の民が長い年月を経て編み出した、魔導の力にも耐えうる弓。
その弓が、ロザリーの膂力を前に弓幹が折れそうなほどしなり、弦は悲鳴にも似た軋みを鳴らす。
「――シッ!」
放射線状に放たれた矢は、重力の枷から解き放たれて糸を引くように目標へ飛来した。
「ウッ!」「く、あぁ……」「グゥ、ッ」
矢の本数ぶんのうめき声が聞こえ、遅れて落馬の衝撃が同じ数、大地を震わせる。
包囲の後方が崩壊したのに、生き残った騎兵はそれを埋める動きをしない。
あまりのことにただ茫然と、仲間の骸を見つめている。
「化け物……」
そう言ったのはウィリアムであった。
怯えた少年の目を、ロザリーの紫眸が貫く。
「ヒ……ッ!」
「あなたは公子。そう言ったわよね?」
ロザリーがウィリアムに言う。
「だったらそんな情けない声を出すべきではないわ。あなたはこの一団の首領なのでしょう? 強がってみせなさい。例え負けを確信していても」
「う、うっ……」
何も答えられず、後退するウィリアム。
彼の前に老騎士が進み出た。
「若を守れぇいッ!」
老騎士の声に反応した数騎が、ウィリアムを隠すように前に出た。
老騎士はさらにその前に出て、ロザリーを見下ろした。
「ウィリアム様を誑かそうとしても、そうはいかんぞ!」
ロザリーは老騎士の顔をしげしげと眺めた。
「誑かす……ね。あなたが若を唆してる張本人に見えるけど?」
「ほざけぇぇッ! 貴様なぞに亡国の騎士の心がわかるものかァッ!」
「わかりたくもないわ、子供を利用する老人の気持ちなど」
「黙れェッ! 貴様が、貴様さえいなければ、ッ!」
老騎士は紅潮した顔でアトルシャン騎兵を見回した。
「何を恐れておる! 仇が目の前におるのだぞッ! 思い出せ、在りし日のアトルシャンを!」
「「!!」」
「故郷を失い! 家族は散り散りになり! もはや安寧の日々は戻らない! こやつが! こやつこそがその元凶だ!」
アトルシャン騎兵たちの目の色が変わる。
「死など恐れるな! 我ら、勇ましく死んで英霊とならん! ジョン公子のように! 英雄ボルドークのように!」
アトルシャン騎兵に戦意が戻る。
その瞳に宿るは必死。
すべてを擲ってでも、事を成そうとする決意だった。
「かかれェい!」
老騎士の号令を合図に、騎兵の突撃が始まった。
「ココララ卿!」
「わかってるっ!」
突撃は、まずロザリーたちから見て十二時方向から四騎。
それにわずかに遅れて九時方向から五騎が襲いかかってきて、ロザリーたちを交点として交差する。
「く……っ!」
ココララはあえて十時方向に前進し、双方向からの衝撃から逃れた。
ロザリーは後から来る五騎に狙いを定め、直上に跳んだ。
そして標的を見失って通り抜けていく五騎に対し、宙で逆さまになってヒュイッ、と剣を振るった。
ロザリーが着地すると同時に、五騎が連続で落馬する。
「ロザリー卿! 次が!」
「!」
アトルシャン騎兵は、倒れた五騎を気にも留めず、続けざまに次の突撃を繰り出してきた。
今度はうまく捌いたココララが一騎倒したが、すぐにまた次。
繰り返し、数騎ずつ、代わる代わるに襲ってくる。
まるで、己が身を矢にするかのように。
ロザリーに倒されることを恐れもせず、雪崩のように攻め立て続ける。
「怖いか、〝骨姫〟!」
老騎士が叫ぶ。
「これぞアトルシャンの無念! アトルシャンの英雄たちの怨念!」
目を剥いて熱弁する老騎士は、血に酔っているようにも見える。
「我らは死など恐れぬッ! 最後の一騎まで! お前の心の臓に鉄を打ちつけるその刻までッ! 決して止まることはないッ!!」
ロザリーは小さく息をついた。
「……なるほど? では試してやろう」
ロザリーの目が虚ろなるものに変わった。
彼女の雰囲気と共に、周囲の気配までも変わっていく。
「何だ……?」
辺りに青白い霧が立ち込めてきた。
不穏な空気に突撃が止む。
元々、雲の厚い暗い夜。
それがさらなる闇に包まれ、まるで暗い影の牢獄に囚われたように錯覚する。
遠くから角笛が聞こえた。
音の割れた、不気味な音色だ。
やがて恐ろしい鬨の声も響いてきた。
角笛よりも近い。
大地を揺らす重い蹄の音が、次第に近づいてくる。
決死のはずの騎兵たちが、夜闇に潜む何かに怯えて馬を寄せ合い、包囲が崩れていく。
「ッ、密集隊形!」
老騎士の号令に、アトルシャン騎兵はウィリアムを中心にひと塊になった。
青白い霧を割って、ロザリーの呼び寄せた騎士団が姿を現す。
兜はひび割れ、鎧は砕け。
干からびた顔に落ち窪んだ目。
腕が皮一枚で垂れ下がった者、落ちた首を自ら抱える者もいる。
「うッ……死人の騎士団!?」
味方のココララも思わずそう呻くほど、恐ろしい、道理を外れた騎士団。
だが、アトルシャン勢の反応はココララのそれを大きく越えていた。
「あ、あ……あれは、まさか副長殿?」
騎兵の誰かが震える手で指差した。
青白い騎士団の先頭に立つそれは、干からびた顔にもくもくと白髭を生やした死人の騎士だった。
動揺は瞬く間に広がった。
かつて、ジョン公子に従って獅子王国に潜入した騎士たち。
アトルシャン公国に残った騎士たちにしてみれば彼らは英雄的な存在で、だからこそ、変わり果てた姿になってしまっても判別できてしまうのだった。
ロザリーの声が冷たく響く。
「これがあなたたちの言う〝英霊〟だ。死んだのに輪廻も許されぬ、憐れでかわいい私の下僕たち。じき、あなたたちもこうなる」
英雄のなれの果てを目にして、戦意が抜け落ちるアトルシャン騎兵たち。
だがその中で老騎士だけが、怒りを露わにしてロザリーを睨みつけた。
「卑怯千万! 騎士にあるまじき、なんと無情な策かっ! このっ、人でなしめッ!」
ロザリーはフ、と笑う。
「自ら戦を仕掛けておきながら、相手に情を求めるのか?」
「ほざけェッ! 騎士の誇りの話だッ!」
老騎士の言葉にロザリーが笑みを消す。
「誇り? 騎士団を率いるために子供を担ぐ卑怯者がどの口で言うか。ジョン公子も冥府で泣いておるわ!」
「~~ッ、貴様がジョン様の心情を語るなど……もう許せん! この儂自ら成敗してくれるわッ!」
剣を抜き、老いのためか、ぎこちない動きで馬を急かし、それから老騎士は単騎でロザリーに突っ込んできた。
「ああっ、じい!」
止めたのはウィリアムの声だけ。
騎兵たちは恐れのためか、あるいは彼らにとって命がけで守るほどの価値はないのか、誰も動かなかった。
ロザリーはアトルシャン騎兵に動きがないのを確認してから、小さく下僕を呼んだ。
「――ごめんね、お願い」
ロザリーの後方に展開していた青白き騎士団、その最中でドガッ! と地を揺らす蹄音が鳴り響く。
青白き騎士団を割って飛び出してきたのは、黒衣の騎士。
もくもく髭の副長を横を疾風のように過ぎ去り、主人たるロザリーを追い抜いて、敵と認めた老騎士に襲いかかる。
「あ、ッ? あなた様は――」
それが老騎士の最期の言葉だった。
黒犬が刃こぼれまみれの古刀をギャリッ、と振り抜き、老騎士の首が宙を舞う。
そしてその首が地面に落ちて、黒犬はアトルシャン騎兵たちを睥睨した。
「「……!!」」
獣面黒衣の死人の騎士。
よく見れば魔導騎士外套のように羽織っているのは、ボロボロになって黒ずんだアトルシャン公国旗であった。
青白き騎士団を英雄的存在と表現するならば、アトルシャン人にとってこの人こそが英雄そのものである。
「――ウィリアム様。黒犬ボルドーク様です」
「あれが……?」
騎兵の誰かがそう教え、ウィリアムが前に出る。
ウィリアムは黒犬を見つめ、それから地に落ちたじいの首に目をやり、再び黒犬を見つめた。
黒犬はウィリアムを諭すことも、彼を討つこともしない。
ただ馬上でウィリアムを見つめ返している。
ロザリーが口を開く。
「ボルドークは私の命を待っている。ウィリアム、あなたが判断して」
「僕が……? いったい何を?」
「私が彼に『アトルシャン残党を殺せ』と命じるべきかどうかを」
「!」
ウィリアムはアトルシャン騎兵の顔ぶれを見回した。
もう、ウィリアムに「こうすべき」と助言する老騎士はいない。
ウィリアムは迷っていたが、やがて初めて自分の意志で決定を下した。
「その必要はない! 我々は〝骨姫〟に降る!」
「……それでいいの?」
「じゃないと、アトルシャンは本当に滅んでしまうと思う」
「そう。わかった」
そうしてロザリーが安堵のため息をつくと、騎兵たちも同じようにため息をついたのだった。
いただいたご感想に触発されて書いた弓のシーン。
作者的になんで弓が嫌なのか、自分でもうまく言葉にできない状態だったのですが(弓戦自体は好きなので)
書いてみて思ったのは【敵の弓をロザリーが拾って撃ち返すシーン】を想定していて、それで弓の強度が不安だったのかな、と。
ロザリーは自前の弓は持ち歩きませんから、誰かの弓を使うことになるということですね。
で、やってみた感じ。
説明こそ入れましたが(草原の民が〜)、このくらいの説明でもそれほど違和感ないんじゃないかと。
これができるなら戦場となる場所の何かを拾って利用したりも可能になるので、なかなかの収穫となりました。





