359 復讐夜戦
暗い草原に潜む騎馬の集団がいる。
夜の草むらに紛れる保護色の魔導騎士外套を着ている。
先頭に立つのは年若い、少年の騎士。
「雨が来る、か」
若騎士が夜空に向かってそう呟くと、隣の老騎士が言った。
「雨は天啓。蹄の音を消してくれまする」
「そうだな。たしかにそうだ」
「行きましょう。最後の一騎まで、怯むことなく」
――草原を散策していたロザリーは、古祭壇への帰路についていた。
もっと歩いていたかったが、雷を見てしまっては仕方がない。
とはいえ、夜風を楽しみつつ、名残を惜しむようにゆっくりと歩いている。
「……ん?」
機嫌よく歩いていたロザリーが、ふと足を止める。
匂いがする。
久しぶりに嗅ぐ匂い。
風が運んできたその匂いに、かなり前にヒューゴが口にした台詞がロザリーの脳裏をよぎる。
あの頃にはわからなかった。
けれど、今のロザリーにはわかってしまう。
不吉で、興奮と不安をもたらす、あの匂い。
「……戦の匂い!」
ロザリーは駆け出した。
皇国使節団は三百名の騎士と百余名の荷運び人夫から構成されていた。
この人数だとリメスの古祭壇の石垣は狭く、石垣を降りて真南に野営陣地を設けていた。
――戦場は、その野営陣地であった。
「ギャッ!」
「たす、助けてくれえ!」
「騎士様、っ……ぐぅ」
煌々と燃えるいくつもの天幕。
その中を逃げ惑っているのは人夫たちか。
襲撃者の騎馬が天幕の間を縫うように駆け、逃げ惑う人々が次々に倒れていく。
轟音と共に、近くに雷が落ちた。
雷光に照らされ、襲撃者たちの陣容が一瞬だけ明らかになった。
遠目でその様子を確認したロザリーは、走りながら状況を整理していく。
「馬での襲撃、手慣れてる……草原の馬賊? 闇と草むらに紛れて、仲間と入れ代わってるのね。総数が掴めない……!」
大魔導の脚力によって、遠くに見えていた野営陣地があっという間に近づいてくる。
ロザリーはそのまま野営陣地へ突っ込むつもりであった。
だがその直前で、目を疑う光景を目にした。
「……ッ、何を傍観している!」
皇国騎士たち――おそらく剣王配下の騎士たちが、石垣のすぐ下まで下がり、襲撃をただ見守っていたのだ。
見れば、囃し立てる者すらいる。
傍観する騎士の中に眉傷の騎士を見つけた。
「ッ、あいつら……!」
ロザリーは怒りを抑え込み、野営陣地に入った。
そして闇に溶け込み、中空を舞う。
天幕の間を馬で駆ける襲撃者たちは、そこに張られた金属糸の罠に引っかかったように、次々に首が落ちていく。
ロザリーが七つほど首を落とすと、夜闇に紛れて包囲していた気配が消えた。
ロザリーは退いた賊を追うことはせず、石垣のほうをキッと睨んだ。
そして眉傷の騎士の下まで一気に駆け寄り、彼の胸ぐらを掴んで石垣に押しつけた。
怒ったロザリーの速さは周りの騎士からは突風のようで、ただ驚いて身を引く者ばかりだ。
「なぜ助けない!」
ロザリーの殺気に当てられ、眉傷の騎士は抵抗できずに竦み上がった。
だが周囲の仲間からの視線に気づき、最後に残った勇気を振り絞って、強がりの笑みを浮かべた。
そして震える声で言う。
「……アトルシャンだよ、〝骨姫〟」
「!?」
「彼らは亡国アトルシャンの残党だ! あなたを仇と狙う者たち、我らにしてみれば悲しき同胞……我らが戦う理由がどこにある?」
「……あなたは性根だけでなく耳まで曲がっているの?」
「……何だと?」
「私は『なぜ助けない』かと問うた。殺されているのは皇国の民だろう?」
「それはッ、アトルシャン残党にしてみれば、友好の場で戦を起こして台無しにすることが目的であって、殺す相手は誰でもいいということで……」
「そうではない! 殺されているのも同胞だろう! なぜ助けない!」
「は? いや、彼らは皇国人だが騎士ではないから」
その言葉を聞いて、ロザリーは眉傷の騎士を石垣に投げ捨てた。
眉傷の騎士は石垣に激しくぶつかり、地面に落ちる。
ロザリーは乱れた魔導騎士外套の襟を正し、剣王配下の騎士たちに向かって叫んだ。
「ロデリック様が卿らのような者共を送った理由が今、わかった! 古びて使えなくなった道具の後始末だ! 老いて誇りばかり肥大化した卿らを、私かウィズベリア様が処分してくれることを望まれたのだ!」
我ながら、そんなわけはないだろうとロザリーは思っていた。
だが、反論の一つも飛んでこなかった。
これで彼らは反省や後悔の念を持ったのだろうか。
いや、きっと自分の魔導に怯えて反論できないだけのことだろう。
そんなふうに考えつつ彼らを眺めていて、ふと気づく。
「ココララ卿がいない……?」
問い質そうと眉傷の騎士を見下ろす。
すると彼は地面を見つめ、わなわなと震えていた。
「そんなわけがない、お見捨てになるなど……そんな馬鹿げたこと、あるものか……」
「ココララ卿は?」
問われて眉傷の騎士がロザリーを見上げる。
だが何も言わない。
「応戦に出たのね?」
それでも何も言わない。
他の剣王配下を見回すが、同じく誰も答えない。
だが否定する者も誰一人いなかった。
「応戦に出た筆頭を、誰も追わずに傍観している。私ならそんな配下はいらないわ。ロデリック様はどうかしらね?」
ロザリーは墓鴉を放ち、古祭壇周辺を探った。
戦闘は石垣周辺のいたる所で起きている。
だが一か所だけ、石垣から離れた場所の戦闘があった。
一人対多数。
多数のほうは騎馬である。
「――ここね」
ロザリーはココララの下へ向かった。
その場所は離れてはいるが、振り返れば古祭壇の灯りがはっきり見えるほどの距離だった。
ココララは、数十はいるであろうアトルシャン騎兵に囲まれている。
彼女の足元に騎兵の死体が二つあるが、明らかに劣勢。
ココララは左肩と腰あたりに矢が刺さっていて、なおも矢が放たれ続けている。
ロザリーは一秒でも早く彼女に向いた敵意をこちらに呼び寄せるため、すうーっと息を吸った。
そして草原に轟く大声で叫ぶ。
「〝骨姫〟はここだッ!」
アトルシャン騎兵の反応はここからでは見えない。
だが、ココララが首だけで振り返ったのが見えた。
あの周辺に声が届いていることがわかったので、駆けながらもう一度、声を張り上げる。
「ジョン公子率いるアトルシャン騎士団を討ったのは私だ! お前たちの仇がここにいるぞッ!」
アトルシャン騎兵の矢が止まった。
ロザリーが包囲に近づくと、彼女を誘うように目の前の騎兵が退いた。
ロザリー自身も包囲に入ると、騎兵がまた包囲の口を閉じた。
アトルシャン騎兵は不気味なほど静かで、何もせずこちらを――ロザリーを見つめている。
ロザリーはココララのすぐ近くまで身を寄せた。
ココララが疲れた顔で囁く。
「ロザリー卿。何しにここへ?」
強がりを言う彼女を見て、ロザリーは微笑んで返した。
「あなたを助けるのに理由が必要なのかしら?」
「……」
「ココララ卿こそ、なぜ単騎で?」
「彼らは騎馬戦術に長けているわ」
「草原の騎士、だものね」
「彼らは少数の部隊を手足のように自在に動かす。でも、必ずどこかに頭がある。その頭らしき部隊を見つけて飛び出したんだけど――」
そこでココララは自嘲めいた笑みを浮かべて言った。
「――まさか部下が一人もついてこないとはね?」
ロザリーが小さく頷く。
「彼らにはお仕置きが必要ね」
「どちらの話?」
「あなたの部下も、アトルシャンの残党も、よ」
「ええ、大賛成!」
・人夫について
差別語として扱われていることは重々承知しているのですが、「労働者」とすると私的には違和感がありまして。
何か冷たいというか、まるでニュースの原稿のような距離感を感じてしまうのですよね。
決して差別的意図からではないことをここにお伝えしておきます。





