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【書籍化】骨姫ロザリー ~死者の最期を追体験し、力を引き継ぐ~  作者: 朧丸
第四章 暗雲低迷、雷鳴轟く

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358 赤い蝋燭―下

やや長め。

「――ゲストが参られました。お通ししても?」


 グレンの言葉が止まり、それを見たウィズベリアがアラドに頷く。


「ああ、通してくれ」


 アラドが入り口の垂れ幕を開く。

 年季の入った魔導騎士外套(ソーサリアンコート)を着た騎士が入ってくる。

 その男を目にしたグレンは、思わず立ち上がった。


「ドルク……!」


 雷鳴の騎士――ドルクの反応は、グレンを軽く認めただけだった。

 そして密談の座まで歩いていき、【赤い蝋燭】の影響範囲に入ってから、ウィズベリアに向かって頭を下げた。


「御久しゅうございまする、宰相閣下」

「呼び立てて悪いな?」

「滅相もない。閣下のご命令とあらば、いつでも馳せ参じますれば」


 ドルクは慇懃無礼にそう言い、空いた椅子にドカッと腰を下ろした。

 グレンもゆっくりと座り、隣のコクトーに囁く。


「……ドルクはなぜ、このような態度なのです?」


 するとコクトーはニヤリとしながら答えを返した。


「彼の主人は皇国元老院。ウィズベリア様を主人とする私とは命令元が違うのだよ」

「は……そうでしたか」


 ウィズベリアもまた、ドルクの不遜さを楽しんでいる様子で言った。


「その主人とは違う上司に、企ての最中に呼びつけられては……のう?」


 ドルクはフン! と鼻を鳴らし、そっぽを向いた。


「企て?」


 グレンの疑問に、ウィズベリアが言う。


「コクトー。そちも知らぬか?」

「いくらかは」


 コクトーはそう前置きして、ドルクの企てを語った。


手の者(ネモ)の報告によれば――先王弟ドロスを後ろ盾として反エイリス派を動かし、ウィニィ第二王子を暗殺する計画であると」

「何だと!?」


 グレンが思わず腰を浮かせるが、ドルクは目を細めて彼を見返すだけ。

 コクトーが続ける。


「使節団としてリメスへ向かう道中を襲撃する計画だったようで。護衛の近衛騎士団(キングズガード)の中にも反エイリス派が潜んでいたらしく、私がウィニィ王子の代理となった途端、護衛候補が三人も消えましたな」


 同級生を狙う暗殺計画を聞き、グレンは怒りを感じていた。

 だから彼にしてはかなり嫌みっぽく、ドルクに言った。


「しくじったな、ドルク」

「ん? 何がだ?」

「ウィニィはこの会議には来ていない」

「の、ようだな」

「開き直るのか? お前らしくもない」

「なぜ開き直る必要がある?」

「つまらん強がりはよせ。お前の企ては失敗だ」


 ドルクの白々しい言い方に、グレンははっきりと言った。

 しかし、ドルクは。


「何も? 失敗などしていない」

「……何だと?」

「策は極めて順調だよ」


 余裕綽々なドルクの様子に、グレンは彼が何を言っているのかわからなくなった。

 そんなグレンに、今度はドルクが嫌みっぽく言う。


「おお、グレン。がっかりさせないでくれ。私は誰だ? エイリス王打倒を狙う王国騎士か? 違うだろう?」

「……何が言いたい」

「私にとってウィニィの生死は問題ではない」


 グレンはハッ、と口を押さえた。

 そして、推測を交えながら考えを吐き出していく。


「暗殺の成否はどちらでもよい……王子暗殺が企てられた事実が重要だということか。それに先王弟ドロス……王族同士で殺し合う内乱が目的か……!」


 ドロスは嬉しそうに笑った。


「いいぞ、グレン。その調子だ。……暗殺は成ればよいが、成らなくともよい。それよりも暗殺計画がそれっぽく(・・・・・)発覚することが肝要だ。王子を狙った暗殺計画、その裏にいる大貴族や王族の存在――これらが明らかになるために、暗殺計画自体は杜撰であればあるほどよい」

「しかし――」


 コクトーが口を挟む。


「――先王弟ドロスは担ぐには微妙ではないか? 大貴族並みの権力と財力、騎士団を有してはいるが、なにぶん先がない。引き継ぐ子もないだろう?」


 ドルクはわかっている、というふうに頷きながら答える。


「担ぎたかったのはニドなのだが、難しかった。まあだが、巻き込むことはできそうだ。ドロスとともにニドの面前で企てを打ち明けることに成功したからな」

「なんと!」


 驚くコクトーに、ドルクが続ける。


「あとは暗殺がどうなろうとニドがどう動こうと構わない。すべてが発覚したあとで捕らえられた私が、首をかけて証言すればよい。『ニドが首謀者だ』と、な」

「死ぬ気か、ドルク!?」


 グレンがドルクの胸ぐらを掴む。

 ドルクは彼の手にそっと手を置き、ゆっくり下ろした。


「命など惜しんではいないよ、グレン。命懸けで何も成せないことこそ、私は恐れている」


 そしてドルクはウィズベリアに向き直った。

 決意の瞳をもって、皇国宰相に述べる。


「我が離間策で王国は割れましょう。内乱に及べば、その隙に一気に攻め取ることもできるやもしれませぬ。……宰相閣下。この策、お止めになりますまいな?」


 ドルクが不機嫌であったのは、このタイミングで呼びつける理由が〝企てを止める〟こと以外に思いつかなかったからだ。

 権力者が気紛れで呼んだだけであってくれれば――。

 あるいは、今の自分の言葉で意を翻してくれれば――。

 しかし、ウィズベリアの言葉は冷徹だった。


「今すぐ企てを止めよ。ドルク=ターミガン」


 ドルクがギッ、とウィズベリアを睨みつける。

 対するウィズベリアは無感情にドルクを見返す。

 天幕の空気が一気に凍りつき、その中でグレンは思う。


(ターミガン……それがドルクの鳥の名か)

(皇国宰相として、皇国騎士に命じたということだ)

(初めて会ったとき、ドルクは俺に皇国の騎士章を見せた)

(十年以上、偽装して潜入しているドルクの拠り所……皇国騎士としての誇り)

(命令を聞かなかったことにはできないだろう)


 グレンは唾を飲み、事の推移を見守った。


「……なぜです?」


 思いの外、小さな声でドルクが問うた。

 ウィズベリアが答える。


「ニドは乗らぬ」

「乗らぬ……?」

「奴には獅子王になる気がない。例えエイリス王が明日病没しても、ニドは玉座に座らないだろう」

「な、っ!?」


 ドルクはわけがわからぬという顔。

 グレンがコクトーのほうを見るが、王族の事情にも詳しいはずの彼ですら困惑した表情だ。

 コクトーがウィズベリアに尋ねる。


「それは……どこからの情報なのです」

「古い、しかし確かな情報だ。理由はニドの生母にある」

「消えたイシェト前王妃、か……エスメラルダ卿の話と一致する……」

「……だからどうした!」


 ドルクが目を剥いた。


「言ったはずだ! ニドにその気がなくとも私がそう見えるように仕向ける! この首をかけてな!」

「卿が舞台俳優のように演じたところで、エイリス王はニドを疑わぬよ」

「なぜ!」

「エイリス王こそが、ニドを次の王にと願っているからだ」

「!?」

「エイリス王がニドをレオニードの門に磔にしておるのは、言うことを聞かぬ子を馬小屋の柱に縛り付けて躾けているのだよ。自分が王になる、と言い出すその日を夢見て、な。……もう、子は大人になってしまったが」

「そんなこと、っ……信じられるものか!」

「卿はそう言うだろう。コクトーはどうだ? ニドのことは知らずとも、父親の様子は長年見てきたはずだが?」


 コクトーは口を覆い、その瞳がグルグルと忙しなく動き回っている。

 過去のエイリス王の行動や言動を正確に思い返しながら、言葉を紡いだ。


「……正直、驚いております。しかし、そう考えれば辻褄の合うことがいくつも……なぜそこまで冷たいのかと思っておりましたが、あれらの行動は意の通りにならない息子に素っ気なく振る舞っていただけのことだった……?」

「エイリス王にしてみれば、せっかく生まれた大魔導(アーチ・ソーサリア)が後を継がぬと言うのだからな。さぞかし心労の種であろうよ」


 ウィズベリアは苦笑し、さらに続けた。


「ともかく、ニドがそうなのだから国は割れない。となれば反エイリス派が立ち上がって鎮圧されるだけで、逆にエイリス王の足場を固めるだけになる。そのために貴重な擬態した鳥を失うのは皇国にとって不利益である」

「……」


 腕組みし、納得できない顔のドルク。

 そんな彼にウィズベリアが追い打ちをかける。


「そしてもう一つ。決定的な理由がある」

「……それは?」

「この会議だよ。今回の休戦、元老院では特に揉めもせず決まった。それはそうだ、今までにも何度も結ばれては破られてきた休戦協定。王国がまた破るかもしれんし、次は皇国が破るかもしれん。たいした意味はない。一年かそこらの安寧――両国間の休戦協定など、その程度のもの」

「でしょうな。私も同感です」

「だが、事情が変わった」

「何がです?」


 ウィズベリアは言葉にせず、振り返って後方を見つめた。

 そこには寝台があり、御簾がかかっている。

 四人が口を閉じると、微かな、子どもの寝息が聞こえた。


「陛下だよ」

「!!!」


 ドルクは驚愕し、身体を硬直させた。

 やがてコクトーとグレンを横目で見ると、事情を知る二人は静かに頷いた。


「な、ぜ……」

「陛下がお望みになったからだ。ドルク、私が言いたいことはわかるな?」


 ドルクは俯き、わなわなと震えた。

 ウィズベリアが言う。


「いやしくも陛下がご臨席された場で決まった取り決めを、皇国側から即座に破ることなど許されぬ」

「ッ、それはあんたの願望だろう!」

「違う。これは元老院の決定だ。私はその協議には出ず、陛下を説得していた」

「信じられるものかッ!」

「卿の飼い主である元老ヘドウィッチ卿も賛同している」

「!!」

「元老院の結論はこうだ。陛下ご臨席の休戦は破れぬ。ならばウィニィ王子を次の獅子王に」


 ドルクは膝に手を突っ張り、俯いた。

 コクトーが言う。


「ニドにやる気なく、ウィニィが使節団団長としてやってくる。この会議でウィニィを十分に立て、彼の功を盛んに喧伝し、獅子王になる足掛かりに。罷り間違ってウィニィが王になってくれたら、大魔導(アーチ・ソーサリア)の王よりずっと御しやすい――といったところですか」

「そういうことだ。残念ながらウィニィは来なかったがな」

「しかし、元老院も元老院だ。陛下がバビロンから出ることを良しとするとは……」

「それはあれだ、元老院は私と陛下が別々のほうを向くと、好機とばかりに陛下のご意向を立てるから」

「ああ、それは……わかりまする」


 やがて俯いていたドルクが顔を上げた。

 覚悟の決まった顔をしていた。


「お話は理解した。だが、ご希望には沿えませぬ」

「ドルク! 卿は――」


 思わず声を上げたコクトーを、ウィズベリアが手で制する。


「わけを聞こう」

「策はすでに我が手を離れている。もう、止めることはできませぬ」

「反体制派を自滅へ誘導するくらい、卿ならばたやすいように思えるが?」

「フリュール派を凡百の集まりとは思われますな。優秀ゆえに政敵として狙われた者も多数含まれている。いわば恨みを抱えた元エリートの集団です。加えて先王弟ドロスの命を通してユールモン家も後詰めに。また、先王弟は小心者。ユールモン家のようにつながりのある貴族――ドーフィナ家やレイバーン家にも協力を打診していることでしょう。自身の手勢もきっと動かしているはず」

「……我が命を聞きたくないから、言い訳しているようにも聞こえるが?」


 言われたドルクはフッ、と笑い、それから言った。


「かもしれませぬ。私は夜鷹(あなた)を信用していない」

「ヘドウィッチ卿の意でもあると言ったはずだが?」

「それも事実かどうかわからない。……私共は敵国に送られた身。疑り深いのですよ、ご容赦を」


 ドルクの顔つきを見て、ウィズベリアは諦めのため息をついた。

 覚悟を決めた密偵に対し、何を論じても意味がないと察したからだ。

 しかし、そのとき。

 後ろの御簾の向こうから声がした。


「ウィズが言ったのはほんとのことだよ」


 御簾を上げ、幼き皇帝が姿を現した。

 ドルクはひと目でその存在が皇国の頂に立つ者であると理解し、椅子から滑り落ちるようにして地面に伏せた。

 続いてコクトー、グレンも。

 ウィズベリアだけは立ち上がり、困り顔で皇帝を迎えた。


「……陛下。このような場ではご発言なさらずともよいのです」

「ごめんね、ウィズ。でも話したいんだ」


 皇帝はウィズベリアが羽織らせようとしたガウンも拒否し、ドルクがひれ伏す場所まで歩いていった。


「ドルク=ターミガン」

「ハッ」

「余が来なければ、と思うか?」

「決して、そのようなことは……」

「余は来てよかったと思う。ロザリーにも会えたし、ドルクを死なせずにすむ」

「……はっ」

「ドルク。そなたは王国へおもむく前、皇帝に会っているな?」

「は? ……はい、確かに先の皇帝陛下にお目にかかっております」

「卿に、あのときと同じ言葉をおくろう」

「……?」

「どこにいて何をしていても空は同じである。その白き翼を広げて厚い雲を抜ければ蒼天に至ろう。余はそこにいる。見失うことはない」


 ひれ伏していたドルクが顔を上げる。

 感情が抜け落ちたような唖然とした顔で、口などぽかんと開いている。

 その見開いた瞳の端から、ツーッと一筋の涙が流れ落ちた。

 見つめ合うドルクと皇帝。


 その様子を見る他の者の反応は三者三様だった。

 グレンはドルクが泣いていることに衝撃を受けている。

 コクトーは彼の特性である深い思慮に沈んでいた。


(ドルクの涙――陛下の仰ったことが、まさしく亡き前皇帝陛下から賜ったお言葉だということか)

(ドルクが王国に潜入したのは私よりも先――二十年近く前のこと)

(今の陛下がお生まれになる十年以上前だ)

(謁見の記録があって、それを読んで覚えていた、ということか……?)


 コクトーが横目でウィズベリアを見る。

 幼き皇帝が記録を覚えてきたのであれば、それは必ずウィズベリアの意図が含まれているはず――そう考えてコクトーは主の様子を窺ったのだが。

 ウィズベリアの反応は、部下であるコクトーも初めて見るものだった。

 ウィズベリアは市井の若い女性がそうするように、両手で口を覆って驚愕していたのだった。

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