26話 怪人の脈動
よろしくお願いします
あれから、悠里が何度かぼーっと立ち尽くすことがありつつも、ハピネスの部屋へと転移することにした。
視界が歪み、脳がその情報を処理しようと躍起になり、凄まじい吐き気を催した。
結果、ハピネスの部屋で思いきり吐いてしまった。
「あらあら。信者たちの仕事が増えちゃったわね」
「んあ?ああ。いいのいいの」と、ベッドに寝そべっていたハピネスが答えた。
「あら。起こしちゃった?」
「ふぁあ……まあそろそろ起きなきゃいけなかったし、ちょうど良かった」
「おい。これは?」
悠里の指が指す方向には大きな酸素カプセルのような機械が置かれていた。
中に人が入っているらしく、青白い靄の中に人影が見える。
これは……なんだろうか。
昔、来たときにはこんなものは無かったはずだ。
機械の駆動音が徐々に大きくなり、青白い靄も晴れてきた。
「ん?ああこれね。これは」
「オアシス注入装置……ジュピターの研究施設にあったのと、まったく同じだ……」と、瞬が遮った。
機械の中がよく見えるようになると、俺は中に入っていた人間を見て、「おっ!?」と声が出た。
「おお!ご名答!そっ、これはオアシス注入装置。
たまたま作れる材料が研究室にあってね。急遽、こうやってポノラちゃんを入れたってわけ」
俺は自慢気に話すハピネスの襟につかみかかった。
「ふぇ?」
「どうして!どうしてこんなこと!」
まだ小学生ほどの幼い体を曝け出されたポノラの首元や手首にはおびただしい数のチューブが刺さっている。
さらにはポノラが目を閉じて、辛そうに眉をひそめているのだ。
明らかに人道的ではない。
怒る俺の肩に瞬は手を置いた。
「京介さん。気持ちは分かりますが……この装置でここまでの痛みで抑えられているのは、ハピネスさんの技術があってこそなんです。僕のいた研究施設はこれの十倍はひどいものでしたから……。
だから、どうか落ち着いてください」
「……すまん」
ハピネスの襟を離し、もう一度装置の中を見る。
意識が無いのにも関わらず、体を丸めようと必死に背中を曲げる少女に憐憫の情を抱いた。
よく見てみると、未熟な体に緑色の斑点が浮かび上がっていた。
俺が気になっているのを知ってか知らずか、悠里がガラスに触れ、ハピネスに聞いた。
「これは副作用みたいなやつなのか?」
ハピネスは瞬からオアシスの容器を受け取りながら答えた。
「そうだけど、この装置のではなくて元々の症状かな」
そう言って、ハピネスは機械についているボタンを押した。
すると、プシューっという音が鳴り、装置からガソリンスタンドによくあるノズルのようなものが飛び出した。
ハピネスはそのノズルを、受け取ったオアシスの容器の中に入れた。
「『オトラバーオアシス』って言って……まあ中毒みたいなものよ」
それから、ハピネスは装置につながっているパソコンにデータをカタカタと打ち込みながら説明を続けた。
このオトラバーオアシスという病気はオアシスの過剰摂取により発症する。
初期症状は軽い頭痛なのでその段階で止めれば、それ以上の症状に悩まされることはない。
しかし、オアシスには中毒性があるため、やめるのは容易ではない。
この緑色の斑点はいつごろに出るものなのかと聞くと、かなり終盤のモノだとハピネスは言った。
この病気の最も恐ろしいところは治療法にある。
まず薬や手術による治療は今のところ存在しないそうだ。
ハピネスの信者が精一杯探しているそうだが、希望は薄いとハピネスは息を吐いた。
それでは完治できないのかと言われればそうではない。
しっかり治療法はある。
その肝心の治療というのがオアシスを一定期間大量に取り込むこと。
当然、使用者は死ぬ。
「死ねば治るってか?面白くない冗談だな」と茶化した。
「これが大真面目なのさ。ま、死ぬって言っても一瞬のことだよ。
んで、生き返った使用者はヒーローよりも強くなるって噂があったりなかったり」
治ったやつは公表されてないってわけか。
まあそれもそうか。このオアシスって薬は警察にすら見つかっていない超レア薬物。
そんなもんの治療法なんて公開されるわけないか。
んー……でも、な~んか引っかかんな。
まあいいか。
「終わりそうか」
悠里がハピネスのパソコンを覗き見る。
ハピネスはうざったそうに悠里を押しのけた。
「さっきからなんなの?喋り方もいつもと違うしさ」
まずい。あんまり下手なことを言えば、今の悠里は何をするか分からん。
俺は慌てて話を逸らした。
「あ、ああ!さっきまで戦ってたから、気が少し大きくなっちゃってるんだ。よくあんのよ」
「ふーん……まあいいや。もう少しかかるからそこのソファで茶でも飲みなよ」
「そうさせてもらう」と、悠里が不愛想に答えた。
感づいたのか、ハピネスはこちらにちらりと視線を送った。
あいつの頭の良さがどれほどのものか、未だに把握しきれないな。
俺もソファに腰かけ、信者が運んできたティーカップを受け取った。
カップの中身はハーブティーらしい。
……俺はハーブティーが苦手だ。
いや、飲めないこともないが、いかんせん味が……。
この前、悠里と一緒にお洒落な喫茶店でこんな感じのハーブティーを飲んだが、あの清涼感が少しトラウマになっている。
葉っぱの存在感というべきか。ともかく自己主張が激しい味わいが思い出すだけで口に広がる。
俺は思わず苦々しい表情になった。
「……京介さん?」
はっ!いかん子供の前だった。
ここはひとつ大人な感じに……
「ん?どうしたの?」
あたかも何も起きていないように振る舞う!
そして、優雅に飲むことによって大人としての余裕を演出する。
このハーブティー……あまり知識は無いが、少し甘ったるさがあるのに、澄み切った樹海の空気を彷彿とさせる飲んだ後の清涼感がある。洗練された味の広がりから察するに、このハーブティー……かなりの上物とみた。
しかし、苦手な物はやっぱり苦手だったらしく、体がビクリとした。
「京介、無理するな」
「そうですよ。無理に飲む必要は……」
「……はい」
情けねぇ……。
「あらあら……ちょっとあなたたち。何か変わりのもの」
「かしこまりました」
信者が急いで変わりの飲み物を運んできた。
中身はオレンジジュースだった。どうやら果肉も入っているようで固形とも液体とも言えないドロドロとした飲み心地が先ほどの爽やかさをかき消してくれた。
「それにしても一回で見つけられてよかったですね」
「本当にねぇ……」
「俺はそんなに楽しくなかったがな。あんなのが何回も続いたら退屈で死んじまう」と、茶菓子をつまんだ。
「時間がかかるよりかは良い」
「そうだけどよぉ」
「そうですよ。それに京介さんは緊張感が無さすぎです!
『あとは任せた』とかカッコつけて寝ようとした時なんてどうしようかと思いましたよ!」
「ええ!京介ちゃんそれほんと?」
本当だ。だって暇だったし。瞬でもなんとかなりそうだったし。
「クソだな……」
「子供に押し付けるなんてねぇ」
信者たちがひそひそと話しているが、残念ながら全て聞こえている。
視線がいてぇ。
悠里が助け舟を出してくれないかと悠里の方を見やったが、またも意識が無いかのようにぼーっとしていた。
「う、うるせぇ!うるせぇ!」
「やだ……逆ギレよ」
「クズ……」
しばらく何気ない会話を続けていたが異変は突如起きた。
「──悠里」
「ああ」
「?どうしました?」と瞬が話し出すのをしーっと指を口の前に置き、黙らせる。
少しすると部屋の中に心臓の鼓動のような重低音が響く。
重低音は空気を揺らし、ティーカップはそれに怯えるように震える。
「この感じ……怪人ね」
サラちゃんが瞬の横に立つ。
「ああ……それも特上のやつだ」
闘争への期待から鼓動が速くなっていく。
涎が多くなる反面、呼吸が薄くなっていくのが分かる。
「あ……あああ……あああああ」とハピネスが尻もちをついた。
何事かと、俺と悠里がそばに近寄ると、横にいたはずの悠里がいなくなっていた。
「あ?」
ポノラの入っていた装置を見ると、中にいたはずのポノラがいない。
どうなってやがる?
「京介、気をつけろ。俺でも目で追えなかった」
いつの間にか、悠里が俺の肩を借り、立っていた。
見れば、悠里の片足がきれいに無い。
まるでハサミで切ったかのように。
「こりゃやべーな」
汗が額から一滴、頬を伝い地面へと向かい、やがて落ちる。
その間に、全てが完結した。
悠里はサラちゃんに向かって飛ばされ、俺は幼女に馬乗りにされた。
「ひゃはっ!こいつはつえぇや」
俺の喉元に食い込んだ二本の指が更に深く潜りこんでくる。
呼吸が……出来ないっ!
「かひゅっ!く……そ」
「ポノラ!!」
瞬の声に少女はビクリとして、指を止めた。
いや、ここで止められても困る。
「いい加減にしなさい!」
瞬はまるでお母さんのように叱りつけた。
すると、ポノラも同様に娘のように小さくごめんなさいと呟き、俺から離れた。
「もう……ほら悠里にもごめんなさいしなさい!」
「……ごめんなさい」
「問題ない。この程度なら三秒もかからないしな」
ずりゅっと音を立てて、悠里の欠損した足の先から新しい足がまた生えてきた。
気持ち悪いなぁ……相変わらず。
部屋にいる人間全員がそれに引いているのに、我関せずと言ったような澄ました顔でいる悠里に多少苛立ちながらも俺はのそりと立ち上がった。
「結局また、戦えなかった……」
俺は誰にも聞かれないくらい小さな声でそう呟いた。
本作三番目の実力を持つ怪人が遂に登場しました。
やっと……出せた……
次回は番外編です




