番外編その1 相棒さん
よろしくお願いします
何もかもが不満だった。
頭が悪いから、親は皆、兄さんを構う。
兄さんには才能があって、僕はいつも兄さんのオマケ。
それが僕にとって何よりも辛かった。
「おめーに才能なんてあるわけないやろ。
お前には全部のモノがもったいなく見えるわ」
いつも兄さんは憎たらしくそう言って僕の自尊心を傷つける。
兄さんは僕のあらゆるモノを奪う。
おもちゃも大好きな母さんの料理も。
才能、努力、そして初めて出来た彼女も。
僕が高校生だった頃のクリスマス。
街をイルミネーションが色鮮やかに照らし、しんしんと降る雪の純白さはそれらの美しさをより一層際立たせる。
そんなとてもロマンチックで、いかにも聖夜のような雰囲気に少し胸が高なっていた。
こんな冴えない僕に生まれて初めて出来た彼女とのデート。
駅前の大きなクリスマスツリーの下で彼女のことを待ち、これからの流れを一生懸命確認していた。
しかし、彼女は待ち合わせの時間を過ぎても来ることは無かった。
何度かメールを送ったのだが気づいていないのか、返信がない。
街を行き交っていた人々も次第に減り、一人寂しくクリスマスツリーの下に佇む僕を不審がる人も出てきた。
……仕方ない。家に帰るか。
とぼとぼと家に帰ると、リビングに明かりがついている。
おかしい。
両親は二人ともいないはず。
それに兄さんも今日は用事があると。
「──っ!いやいやまさか……」
空き巣と思ったが兄さんは不良として、この辺りでは結構有名な人なのだ。
ここに空き巣に入るなんてよほどの阿呆か、遠いところから遥々空き巣をしに来たプロフェッショナルかの二択だ。
消し忘れだろうと、家に入ると靴が二人分あった。
一つは兄さんの見慣れた靴。
もう一つを見た時に僕の中の時間が止まった。
良くない想像がひっきりなしに浮かぶ。
浮かんでしまう。
ダメだ。信じるんだ。
彼女を信じれないなんてあってはならない。
多分、同じ靴を履いている誰かなのだろう。
だけど、もし。
もしも本当にそれが現実に起きていたら?
「ま……まさかな」
乾いた笑いをして、リビングの扉を恐る恐る開いた。
予想的中。
僕の中で何かが切れた音がした。
「ん?どうしたの?──っ!?京ちゃん……」
そこには……いたのだ。
裸の彼女と、兄さんが。
「おお!もう来たんかいな!けははっ!」
「どういう……事……?」
兄さんは僕が来たというのに再度腰を振った。
嬌声が部屋中を包んだ。
彼女が嫌がっていないところを見ると、そういうことなのだろうと理解した。
「けははっ!こりゃええな!」
「どういう事かって聞いてんだよ!クソヤロウ!!」
詰め寄ろうとも思ったが、汚いのでやめた。
彼女は兄さんの手を握り、激しく喘ぐ。
こんな……こんなことがあっていいのか。
「僕が……僕が何したってんだよ」
自分の声は無意識に震えていた。
涙がこみ上げてくるが、ぐっと堪える。
「なんかな……うっ!おめーが男らしくないらしくてな。
いつもいつも優しいから……飽きたらしいで……くっは!
だからこうしてワイが漢らしく」
「ちゃうで〜先に仕掛けてきたのはそっちやん」
「あらっ?そうやったっけ?けははっ!」
猿同士の交尾を見せつけられた僕は台所へ向かった。
悔いはある。
彼女をもっとエスコートしてあげれば、こうはならなかったかもしれない。
僕にもっと力があれば、兄さんがここまでのクソ野郎には堕ちなかったかもしれない。
それでも僕は努力していた。
彼女を自分なりに大切に想っていたし、兄さんに負けないように勉強もトレーニングも頑張ってきた。
結果がこれだ。
「はは……はは、ひゃはははっ!!」
包丁の切っ先を猿に向けた。
猿共は気にも止めず、一心不乱に交尾を続ける。
逆恨みと言われてもいい。
とにかく、今は目の前の奴らを殺したい。
僕は長い前髪を後ろに掻き上げた。
もう昔の自分とは決別する。
俺は兄さんの背後に立ち、首めがけて包丁を突き立てた。
「くははっ!そんなんで俺が死ぬわけないやろ!」
包丁は直角に曲がり、兄さんの皮膚には傷一つ付いていなかった。
驚く暇もなく、見えない力で天井へと持ち上げられ、背中を強打した。
次は重力によって床へと引き寄せられ、全身で衝撃を受ける。
「かはっ!」
なんなんだ!?兄さんは一体何者なんだ!
そんな疑問を考える暇など無いらしく、立ち上がった体が次に向かったのは壁だった。
頭からぶつかったことでめまいを起こす。
クラクラとする中、休む時間を与えずに体は窓ガラスへと吸い込まれ、外に飛び出した。
雪がクッションとなり、衝撃はいくらか無かったが割れたガラスの破片が自分の横腹を貫いている。
鋭い痛みに耐え、俺は一つの結論を導き出した。
「ヒーローに……なったってか……」
あんなクズがヒーローか。
ははっ。神様ってやつは何を考えているんだろうな。
笑いが止まらなかった。
流石の兄さんも俺が不審だったのかこちらを見た。
「上等だよ……漢らしいところ見せてやる」
痛む横腹を抑え、立ち上がり兄さんを睨みつけた。
兄さんの態度は依然変わらない。
快楽のままに腰を振り、こちらの事など何処吹く風。
イライラするなぁ。
ゆっくりと割れた窓から家に入る。
一歩踏み出す度に壁に吹き飛ばされる。
この力の正体は多分、風だ。それもとてつもなく強い風。
兄さんは風を操るヒーロー。
ち○こで生きてる癖にカッコイイ能力じゃねーの。
「ひゃははっ!さいっこうだなおい!」
脳内麻薬のせいか、今俺は最高に昂っている。
俺も所詮は兄さんの弟か。
──というかこんだけ俺が痛めつけられてるのにノーリアクションかよアマぁ!?
見ると、彼女の目からとうに光が失われていた。
「っ!!こんのクソ野郎がっ!!」
死んでいる。いつ殺されたんだ?
まあいい。そんなことはもはやどうでもいい。
自分に惚れた女を殺すヒーローがどこにいるんだ。
ふざけるな。お前程度がヒーローなんておこがま……待て。
俺はこいつのことをなんで怪人だと思わないんだ?
「ぐはっ!──ちくしょう……ずりぃんだよちくしょう」
今の叩きつけが一番効いた。
意識が一瞬飛んだらしく気づくと、床にキスをかましていた。
さっきの疑問だが、なんで俺はこいつをヒーローだと感じたんだ?
どちらかと言われたら迷うことなく怪人だろうこいつは。
「もしかして……」
兄さんに手をかざした。
なぜ気づかなかったのだろうか。心の中、俺の深層心理に耳を傾ければ良かったのだ。
俺はこのクズの弟。本能でしか生きることの出来ない自己中人間だ。
俺のことをよく知っているのは俺ではない俺。
そして俺が言っている。俺にも出来ると。
俺は『ヒーロー』だ。
「イッけぇぇぇぇ!!!」
俺はかざした手の先に意識を集中させ、見えない何かを集めるとそれを射出した。
見えないそれは兄さんに直撃すると、兄さんと彼女の亡骸を連れて壁を破り、廊下へと飛び出していった。
どうやら俺の英雄戦技も風を操るものらしい。
「──おめーがまさかワイと同じステージに上がっていたなんてなぁ!
ビックリしたで〜。まあやっぱりワイの下位互換みたいやけど、なっ!!」
「ぐぎぎっ!!ごはっ!?」
怒った兄さんが手を払うと、風は容赦なく周りの物を切り刻みながら俺へと直進してきた。
咄嗟に俺も風を展開して防御したが、競り負けたのか俺はまたも家の外へ飛び出した。
今度は壁からだった。
「おめーはどこまで行ってもワイの下位互換。
ワイを超えるなんて無理無理」
「うるせー……」
「ああ?」
「うるせーっつってんだよ!!」
手をかざし、風を集める。
それを見た兄さんは嘲りながら、余裕そうに両手をあげた。
「ええで。今度はノーガードや。
完封してやるさかい。打ってみい渾身の一撃」
集めた風を握り込み、圧縮させる。
もっと。もっともっともっともっと。
限界まで圧縮した空気を兄さんに向けて解き放つ。
風は兄さんの土手っ腹に文字通り風穴を開けた。
「ごぷっ!?な、なんやと……ワイがおめーみたいな……グズ、に?」
ワナワナと震えだす兄さん。それは怒りから恐怖からか。
どうやら怒りかららしい。
兄さんは周りの物に当たり散らし、家はほぼ倒壊寸前。
そのまま出血多量で死んじまえ。
「認めへん認めへんぞ……」
震えながら手を上に向け、宙をかき混ぜ始めた。
何だろうと上を見る。
「雲が……」
空の雲が降りてくる。
いや、これは台風だ。本来の台風を縮小したミニ台風。
天災をも創り出しちまうのかよ!
「切り刻まれろや」
手を下ろすとミニ台風は家を完全に破壊しながら、破片を引きずり、俺に近づいてきた。
逃げなければ。
ガードなんて出来るわけがない。
「くはは……逃げられるわけないやろが!」
兄さんはそう言い残し、倒れた。
俺は家から離れ、必死に逃げ回った。
自分の体が風の一部なのではないかと勘違いするほどに軽やかに俊敏に動けた。
しかし、それでも台風は俺の後をつける。
いつしか足がもつれて転んだ。
「ここまで……か」
死ぬのを覚悟した。
あの野郎もどうせじきに死ぬ。
それで俺は十分だ。
「死にたくないなぁ……」
まあそうは言っても思ってしまう。
死を覚悟するとは、死にたいというわけではないのだ。
出来ることなら生きていたいさ。
台風は周りの物を吸い込み、吹き飛ばし、ゆっくりと俺に死を届けようと近づく。
「っ!?あんた!ここから逃げろ!逃げるんだ!」
目の前に自分の歳と同じくらいの男が仁王立ちした。
何度も逃げろと言ったが、彼から動く気配は感じられない。
そして、気づく。
この男は俺よりも強い。
多分、兄さんよりも。
彼は俺の背後に迫る台風を見つめると、台風に向かって突っ込んでいった。
彼の体は切り刻まれ、そして、再生した。
バラバラな肉の塊から元の人間の姿へ。
それを何回も繰り返し。
台風は満足したのか、ふわりと姿を消した。
そこからの記憶はハッキリしていない。
俺自身の出血が著しく、気は遠のき、意識を失ったのだ。
次に目覚めた時は病室の中だった。
何が起こったのか今なら理解できる。
あれはあいつだ。
正義感が強く、一度決めたことは何がなんでもやる。
しかも、あんな芸当が出来るのはあいつしかいない。
復讐者、羽原悠里。
俺の相棒。
次回の番外編もイラッとする展開になります




