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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第三章 バタフライフェザーカノン
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第三章 第二十一話 様子見と奇策

 ブラダイラ軍は衡軛こうやくの陣で布陣していた。衡軛の陣とは軍を左右二つの軍に別けて別々に動かす事が出来る布陣だ。テリングがこの様な布陣をしたのは,やはり右翼に隣接するロミアド山地に続く森が有る事が大きい。フライア軍の情報が無いからには,この場では要所と言える森を抑えたいが,相手に利用される場合もあるからだ。そこをフライア軍に急襲されてはどうにも成らないが,左翼の方で対処すれば良いだけとも言えるからだ。そしてブラダイラ軍がこのような布陣をしてくるのもイブレが予想した通りだ。だからこそ軍議が行われている天幕に集まっているフライア軍の上層部達も内心では思っていた以上の迫力に気圧されながらもイブレの作戦を聞こうとしていたのだが,肝心のイブレがなかなか話し出さないのでスノラトがイブレに命じると,イブレは考えを口に出していく。

「今のところまでは予想通りですが,ここからの作戦は無いのと同じですね」

「随分と弱気だな」

 イブレの言葉にその様な言葉を返したスノラトにいつもの微笑みを向けるイブレは話を続ける。

「先日も言った通りに敵が居なければ作戦を立てようがないのです,ですがこうして敵を前にしたからには何かしらの手を打たないと全滅ですね」

「イブレ殿,その手とは」

 焦ったフライア軍の隊長がイブレに問い質すとイブレは微笑みを向けながら答える。

「それはこれから考えます。今は警戒していれば心配は要らないとだけ言っておきましょうか」

「相手のテリングも軍を並べて様子を見ている,という事か」

 スノラトがそう断言するとイブレは微笑みながら頷いてから続きを語る。

「はい,その通りです。援軍を要請しても未だに帝都には着いていないでしょうね,だから現状の戦力で敵を撤退に追いやれば良いだけでからね」

「随分と簡単に言ってくれるな」

「えぇ,簡単ではないでしょうね。ですが,それを考えるのが私の仕事ですから,それに既に何かを考えている者が居るかもしれませんからね」

「不確定要素が多過ぎるな」

「それを踏まえての作戦だと説明したはずですが,それを了承したのはここに居る方々なのですから,今はこちらも様子見と行きましょう。思わぬ所から打つ手が出てくるモノですから」

「まるで他人任せと言っているように聞こえるが」

「いえいえ,私と同じ所に目を付けている者が居るだけの事ですよ」

「まあ,良い。ここまで来たのだ,イブレを信じて今は警戒を怠らず敵の斥候を排除しろ」

『はっ』

 スノラトとイブレの会話が終わるのと同時にスノラトがそう命じたので,各隊長は立ち上がるとスノラトに敬礼をしながら返事をして軍議の場から出て行く。そしていつものように残ったスノラトはイブレに問い質す。

「それでイブレ,本当に何も手は無いのか?」

「はい,今のところは」

「笑いながらその様な事を言っても疑うモノだな」

「あははっ,そういう性分だという事は理解しているモノだと思っていましたが」

「あぁ,それは分かっている。それでお前と同じモノを見ているのはエランなのか?」

「エランも見ているでしょうけど,作戦を立てるまでには及ばないでしょう。なにしろエランは個人での戦いに慣れ過ぎていますからね」

「ならば誰だ?」

「さあ,誰なのでしょう」

「からかっているのか?」

「いえいえ,その様な事はありませんよ。今はただ……様子を見るのが一番だという事です。それが敵であっても味方であっても同じ事ですよ。そして,それはブラダイラ軍というよりもテリングも同じと考えているでしょうね。だからこそ兵を並べてはみたが仕掛けてこないのが証拠ですよ」

「つまりテリングは四万の兵を囮にこちらの実態を掴みたいという訳か」

「えぇ,その通りです。ですが少しだけ訂正すると並べた兵は二万と考えた方が良いですね,相手も最初から四万の兵を見せる程にお人好しではないでしょうから」

「ふむ,その通りだな。そうなれば残りの二万は未だに構築した陣地の中という訳か」

「えぇ,なにしろ昨日到着したのですから,すぐに四万分の陣地を築けるとは思えませんよ」

「確かに,な」

「そして陣地の構築が終われば少しずつ兵を動かしていくでしょうね,こちらを探る為に」

「それを迎撃する為にこちらは骨を折ったのだからな,しばらくは双方睨み合いが続くという訳か」

「えぇ,明日にはブラダイラ軍は兵を出さなくなるでしょうね」

 イブレがその様な言葉で締め括ると,まるで予言かと思う程にブラダイラ軍は翌日には兵を布陣させる事はしなかった。その代わりに南東の森ではブラダイラ軍の斥候が数多く戻らぬ者と成っていた。



 斥候が戻ってこない現状にテリングは斥候を出す事を既に止めていた。僅かに報告に戻って来た者が上から攻撃を受けたとの報告が有ったからだ。それだけでフライア軍は既に右翼の森には木の上に足場を作って兵を配置している事が分かる,巧妙と言えばそれまでだがテリングには引っ掛かるモノが有った。

 ふむ,ここまで必死なのか? それとも罠か?

 この疑問がテリングの頭に浮かぶのにはもちろん理由が有る,それは徹底的と言える程にフライア軍の情報が入らないからだ。確かにイブレの賢策によってフライア軍は自分達が相手に成らない程の寡兵という事をテリングに悟られていない,だが同時にここまで隠れたやり方で戦っていれば裏に何かしら有ると思うのが将という者。けどテリングという将は国内の事情を考慮して手堅い戦いをする。それは慎重に慎重を重ねて活路を見出し,そこを行くようなやり方だ。慎重が過ぎる故にあからさまに『近づくな』と言わんばかりのフライア軍を見て,このような疑問と迷いに陥っていた。

 この全てを含めてイブレの策という事にもブラダイラ軍は誰一人すら気づけずに動けず様子見をするしかない現状を受け入れるしかなかった。現状だけを見ればブラダイラ軍はイブレの手中に居るように思えるが,ここから版をひっくり返すような手を打たないとフライア軍が壊滅する事が分かっているイブレは自分の天幕に引き籠もっていた。

「いや~,まいったね。ここまで反撃の手段が思い付かないとはね。さて,どうしたものかな,ねえ,ハトリ?」

「何で私に聞くですよ」

「何となく」

「何となくで聞くなですよっ!」

 ハトリの叫び声を聞いてイブレは楽しそうに笑うと手にしている茶器から紅茶を飲んで一息付く。そんなイブレに向かって今度はエランが背負っているイクスが言葉を発してくる。

「ってかイブレよぉ,お前はこんな所で呑気に紅茶なんか飲んでて良いのか,ここは必死に頭を抱えて反撃の手段を見出す場面じゃねえのか?」

「必死になって考えて答えが出るような状況ならそうするけどね。まあ僕としては頭を抱えるより呑気にしてた方が良いかな」

「言っている事が本末転倒に聞こえるですよ」

「イクスが言った通りにすれば必ず打開策が見付かるという訳じゃないからね。それだったら呑気に考えてても同じって事だよ」

「えっと,こういうのをなんて言うだったかな?」

「状況が分かっていない怠け者で充分ですよ」

「おっ,それは良いな」

「確かにね」

『否定しろ』ですよ」

 同じ言葉を出してきたイクスとハトリに向かって楽しそうに笑うイブレは,エランがいつの間にか用意していたドーナツを一つ取ると口へと運んだ。すると今度はエランが口を開く。

「イブレは打開策を見つける為にここに居るの?」

 突然の質問にイブレがいつもの微笑みを浮かべると言葉を返す。

「そうとも言えるけど,そうとも言えないかな」

「何だよ,煮え切らねえな」

「結局どっちなのですよ」

「さあ,それは僕にも分からないかな。未だに迷いの森を歩いている感じかな」

「その先に光は見える?」

「それが光か分からない程度にはね」

「そう,なら良かった」

「未だにエランとイブレの不思議な会話は理解が出来ないですよ」

「それは俺様も同感だな」

「それはそうとエラン,作っていた干し柿は出来上がったのかい?」

「うん,充分に甘い」

「それは良かったね」

「イブレも食べる?」

「いや,僕は確認がしたいだけだったから遠慮させてもらうよ」

「そう,晴れてる日が続いてるから思っていた以上に早く出来上がった」

「これで目の前に敵さえなければのんびり出来たんだけどね」

「うん,のんびりとは出来ないけど使えるかもしれない」

 エランの言葉を聞いてからイブレは少しだけ紅茶を堪能する。その一方で何を話しているのか分からないイクスとハトリは黙って二人の会話を聞くしかなかった。そして茶器を円卓に置いたイブレが会話を再開させる。

「使うにしても効果が充分じゃないと意味がないからね,何ともそこが悩ましい所だよね。使うにしれも最大限の効果を発揮させないと意味がないんだ」

「なら待つ?」

「それも考えたけど,どうやら敵将のテリングはそこまで僕達に付き合ってはくれないだろうね。ついでに言うなら後も期待が出来ないね」

「受けるのは?」

「上手く誘導が出来ても,こっちの連携に不安が残るね。それに受けるのは下手をしたら,こちらの全てを知られる可能性が有るからね」

「下手な戯曲になる」

「だろうね,だから今のところは合わせて台本のページを進めるのが一番だと考えているよ」

「それでもいつかは幕が上がる」

「そうだね,それまでには凱歌で終わるようにしておかないとね」

「私は?」

「エラン達は下手に出ず,出る時に出てもらえれば充分だよ。だから備えだけはして置いてほしいかな」

「分かった。それでイブレは?」

「僕はここで紅茶を堪能しながら浮生ふせいの夢を見ながら俗世を考えるよ」

「うん,ゆっくりしてて」

 会話はこれで終わりとばかりにエランがドーナツに手を伸ばすと,やっと話が切り替わったと今まで黙っていたイクスとハトリが喋り出し,エランは賑やかの中で甘味を味わいながら渋味で甘さを強くするのだった。



 エランとイブレが意味不明な会話を終えた四日後,というよりもブラダイラ軍がここに来てからというもの毎日のように山頂でブラダイラ軍の陣営を望遠鏡で覗いている人物が居た。それがヒャルムリル傭兵団,団長のカセンネだ。

 以前にエランとの会話で活躍の場を狙っていたカセンネは団員を一人だけ連れてブラダイラ軍の様子を覗き見ていた。もちろん,望遠鏡を使ったと言っても距離が有るだけに詳しい事は分からない。だからこそカセンネは有るモノを探していた。そして,それを見つけたのか今はたった一人でブラダイラ軍の様子を望遠鏡で窺っていると下から聞き慣れた声が聞こえて来た。

「団長~,何の用ですか~?」

 連絡を受けて山頂まで登ってきたレルーンにカセンネは笑みを浮かべながら尋ねる。

「直接見るか,話だけにするかのどちらが良い?」

「なんか面白そうなだから直接見たいで~す」

「ほら」

 放り投げられた望遠鏡を受け取ったレルーンは,そのまま歩を進めてカセンネの横に立つと望遠鏡を覗き込むとカセンネが見せたい場所を口で伝える。

「左に二十六,距離は十二,その周辺を見てみな」

 カセンネが使っていた望遠鏡には計測器も備えており,レルーンは指示された方を見渡すと思わず口から笑みがこぼれ出す。そんなレルーンが望遠鏡を覗きながらカセンネに尋ねる。

「あれって,どう見ても使えそうですよね~」

「あたしとしては持ってると思ったけど,思っていた以上に持ち込んでたみたいだね」

「あははっ,こっちが上を取っている事を忘れてるんじゃないですか」

「それは無いだろうね,相手からしたら見られても気にするもんじゃないからね。それにもしかすると一部の人間にしか話してないかもしれないね」

「でも好機は好機~」

「そういう事だよ。さっ,あたしはこれから作戦立案を提示してくるよ,あんたは戻って皆に伝えな。明日は日の出に合わせて仕掛けるから今のうちに寝ておけってね」

「エラン達も誘って良いんですよね?」

「当たり前だよ,あんただってエランが居れば大成功間違いなしだろ」

「あははっ,確かに」

「それじゃあ,そっちは任せたよ。あたしが戻るまでには天幕内が暗くなっているようにしてな」

「はいは~い,じゃあ行ってきます」

 望遠鏡を押し包んだレルーンが楽しそうな,というか確実に楽しんでいる足取りで下山をすると,カセンネも自分が行くべき場所を目指して歩き出す。そしてカセンネが到着したのはスノラトの天幕だ,衛兵に用件を伝えて面会を求めるのだった。



 少し前のブラダイラ軍はというと陣地の中央から右翼へと物資の移動がされていた。それ自体は珍しい事ではないが,総大将のテリングが自ら指揮を執っての物資移動となれば自然と兵達にも緊張感が芽生えるが,物資の中に入っている物を聞いてから緊張が慎重へと変わった。なので兵達は程良く力を抜きながら物資移動をしている。

 テリングも物資の中身を知っているだけに,自分はもちろんの事だが兵達にも丁寧に運ぶように中身と命令を告げて今では現場監督として物資を運ぶ兵達を見ていると聞き覚えが有る声がテリングの耳に入ってきた。

「随分と多くの壺ですね,しかも慎重に運ばせてるとは中身はいったいなんですかテリング将軍」

「トジモか,もう少しこちらに来ればその正体が分かるぞ」

 弓を背負っていつでも戦える姿をしているトジモがテリングの少し後に立つ前に,鼻へと漂ってくる匂いで,その正体に気付いたが何に使うのかテリングの意図まで分からないトジモは直接テリングに尋ねる。

「いったいこれだけの壺を,どのようにお使いになる気ですか?」

「ふっ,切り札の一つとだけ言っておこうか」

「私に対してもですか?」

 トジモは少し不満げに尋ねる。もちろん,少し不機嫌に成ったのにも理由がある,それは自分が最もテリングからの信頼を得ているという自負が有ったからだ。実際にトジモは思った通りにテリングから信頼を置かれているからこそ,テリングはあのような言葉を返した意図を告げる。

「トジモよ,全てを儂に聞いているようでは成長が止まるぞ」

「っ! 申し訳ございません」

「ならば少し考えてみると良い」

「はっ!」

 自分の思慮が浅い事を見抜かれ,射貫かれたトジモは驚いた後にテリングが言ったように自らの思考を動かし,テリングの意図を考え始める。

 壺の中身は匂いで分かる程,だがこれだけ大量に一カ所に集めるのは危険だがテリング将軍も承知しているはずだ。となれば意図的に一カ所に集めてると考えるのが妥当か……だが,今の季節に使い道がない物を大量に運び込んでいたのには理由が有るのは間違いは無い。そうなると……これは敵に? だが,それは危険すぎる,なにしろロミアド山地からは……あっ! そういう事かっ!

 しっかりとした確証を得たトジモはテリングに尋ねる。

「この場所,つまりヘルレスト草原は常にロミアド山地からの山風に吹かれてます。それはこちらにとっては不利な状況とも言えますが,それを上回る為に大量に用意したのですね」

「ふむ,説明としては及第点だが,理解という点では合格だな」

「はっ,ありがとうございます。それでテリング将軍はいつ頃,大量に用意したこれをお使いになるつもりですか?」

「言っただろう,切り札の一つと。切り札というのは,ここぞという時に出すモノだからこそ,このまま長期戦に持って行き敵が疲れた時を狙うのが一番良いだろ。だが,トジモ,お前も気付いているだろうが,これは危険が一手なだけに使わないのが一番だが用意だけはしても損はしない」

「なるほど……確かに」

「ここに来て五日,敵も決め手に欠いているから何もしてこない。そう考えれば今の状況も説明が付くというものよ」

「つまり戦力は我らと互角か少ない,だから敵も山上という有利な地形を活かしきれていないという事ですか?」

「トジモよ,そうした確証の無い答えだと思っているモノが一番危ういぞ」

「あっ,失礼しました」

「うむ,分かれば良い。一つだけ言える事は敵が長期戦を狙っているのなら,そこにこちらが打つべき手を有るという事よ」

「テリング将軍はまだお考えを?」

「幾つかは頭の中に有るが,行動を起こせる状況ではないな。故に待つのよ」

「承知しました。感謝しますテリング将軍,しっかりと勉強させてもらいました」

「うむ」

 トジモの言葉を聞いて満足げに頷いたテリングの口から自然と笑みが零れ出るのだった。



 スノラトとの謁見を申し出たカセンネはイブレが天幕内に入っていくのを見送ると,程なくして天幕から出てきた衛兵が謁見の許可が出たと中に入るように言われ得たのでスノラトの天幕へと入って行く。

 中には書類仕事が出来る机を前に座るスノラトと横に控えているイブレの姿が有った。まあ,イブレの事はエランから聞いているのでまったく不思議ではないとスノラトの少し前まで進み出たカセンネはスノラトに向かって敬礼する。こうした礼儀も傭兵として生き残る為に身に着けた技術と知識の一つだ。そして次に目上の者,つまりスノラトが許可を出すまでが所作の一部なので敬礼を解いたカセンネを見ていたスノラトは許可を出す。

「ここには私とイブレ,そして貴殿しかいないので気軽に話して良いぞ。程々の無礼はイブレによって慣れている,なので余計な気遣いは無用だ」

「なるほどね,兵達が付いていく訳だ。そういう事なら,こちらも気楽に話すとするかね」

「うむ,早速だが用件を伺おう。暇そうに見えて暇ではないのでな」

「なぁに,ちょっとした作戦立案ですよ」

「作戦立案だと?」

 スノラトは頼りにしているイブレですら作戦どころか何の策も思い付かないのに,カセンネから作戦と聞いて少しだけ訝しむが今までの功績を考えれば無用だと悟ったスノラト。だから,その作戦立案を聞く事にした。

「許可する,話してみるが良い」

「その前にちょっとだけ補足を,あたしはブラダイラ軍が到着してからずっと山頂から敵陣を窺っていたからこそ見出した作戦ですけどね」

 前置きを終えたカセンネが自ら考えた作戦をスノラトに告げていく,カセンネは事細かく説明をしたのでかなりの長話となったがスノラトが理解するには十分すぎる程の作戦立案を聞いた。そしてカセンネが話し終えるとスノラトは少し考えると隣にイブレに視線を移した。スノラトの配慮を理解しているイブレはいつのも微笑みを浮かべて頷いたのでスノラトは話を続ける。

「確かに効果的な作戦で,これをやれるのは貴殿が率いている傭兵団だけだ。故に試してみる価値はあるが……」

「それと一つお願いがあるのですが」

 ワザと会話を切って失敗した時の危険性を考慮させようとしたが,それを切るようにカセンネが要求してきたので,スノラトはひとまずカセンネの要求を聞く事にした。

「言ってみると良い」

「エラン達を貸しちゃあくれないですかね」

「何故,あの者達を?」

「将軍様も白銀妖精はくぎんようせいの噂は聞いて目にしてると思うからで,この作戦で一番重要な場所に配置するのが一番だと考えた結果ですよ」

「尤もな言い分だな,それでイブレ,お前はどう考える?」

「傭兵団にエラン達が付けば確実にブラダイラ軍を退ける事が出来ますね」

「ハッキリと言い切ったな」

「私はエラン達との付き合いは誰よりも長いですからね。それにカセンネ団長が率いる傭兵団の実力を見てますから,ここは任せて報酬の手続きをした方が良いでしょう」

「……分かった,イブレがそこまで言うのならカセンネ,貴殿が思った通りにやると良い。こちらもこちらで出来る限りの事はしよう」

「という事は明朝にでもやっちまって良いという事ですかね?」

「あぁ,その通りだ。任せるので好きにやると良い」

「はっ,ありがとうございます。では準備があるのであたしはこれで失礼します」

 最後にスノラトに敬意を払うように敬礼するとカセンネは軽い足取りで天幕から出て行く,そんなカセンネを見送ったスノラトとイブレは完全な静寂を部屋が取り戻すとスノラトは溜息を付いてからイブレに話し掛ける。

「イブレよ,あれで本当に良かったのか。あの作戦は奇策なうえエラン達まで取られたんだが,そろそろ真意を教えて欲しいところだな」

「無策よりかは良いでしょう。それに奇策だからこそ確実な戦をするテリングを退ける事も出来ましょうし,こちらには私がいます。これでもご不満ですか?」

「そうだな……このままでは功績を全て取られて私自身の誇りに傷が付く,というところだな」

「それは無いでしょう,既にスノラト将軍はお決めに成っている事を実行すれば良いだけの事ですからね」

「そこまで分かっているのなら助言の一つや二つはないのか?」

「では,ここで一つだけ。ブラダイラ軍は左右に分かれています,先程の奇策で左側は完全に混乱して瓦解するでしょう。なら狙うのは右,こちらを警戒するあまりに左側を守るように前に出るでしょうね。後はスノラト将軍の仕事かと」

「なるほどな,上手く動かせば右側の敵を分断して敵の背を討てる訳か」

「はい,その通りです。ですが,それをやる為には」

「分かっている,イブレ,今すぐに斥候に出ている者達を呼び戻すのと同時に仮眠が取れるように手配しろ」

「はっ,承知致しました」

 スノラトに一礼をしてから出て行くイブレの姿を見送ると,スノラトは立ち上がり布の仕切りで区切られている向こう側へ行く。スノラトの天幕だけあって私物やら寝台までも備え付けている。そんな中をスノラトは寝台の方に歩みを進め,寝台に腰を下ろすと枕を抱きしめるように手にしたら,そしてそのまま右側に倒れるように美しい金色の長い髪を広げながら横になると思考を巡らす。

 自分が未熟なのは知っているつもりだったが,ここまで役立たずだとは思ってもいなかった。まったく今ではイブレやエラン達に頼りっきりではないか,これで将軍とはな……まったくもって笑える,いや,笑い者だな。それにカセンネが率いている傭兵団,今は味方だから良いモノの敵となったら厄介だ……考えすぎか。ブラダイラの内情は少なからず私の耳にまで入って来る程だからな,今のブラダイラにそんな余裕は無い。だが,ここまでのやり手だとは思っていなかった。……イブレは気付いているのだろうか,私の誇りなど既に斬り刻まれている事を。

 スノラトは更に枕を強く抱きしめるのと同時に膝を抱えるように丸い形に成りながら思考を続ける。

 これも……実力か……。イブレとエランが居なかったら,私は当初の指針としたブラダイラ軍と戦う事も叶わなかっただろう。それでも悔しいと思うのは私の器が小さいからか,それとも羨んでいるのだろうか,エラン程の実力を。いや,違うな。私自身が精進が足りていないのだ……将として。私は将軍としてここに居る,兵を指揮して戦うのが将の務め。エランの実力は言わば個の力,将と個を比べられる筈もない。だが私が未だに将で居られるのはイブレが居るからだ。流浪の大軍師が力添えしなかったら今は無い,将を補佐するのが軍師の務めとはいえ……。

「……悔しい……」

 自分の本音が自然と口から出た。知略と器の差,イブレが側に居るからこそ実感する自分への失望感,スノラトの中でいろいろな生まれて渦巻いて消えて行く。ブラダイラとの決戦で勝利する事,それはスノラトがロミアド山地で味方を救助する命令を受けた時に芽生えた欲,スノラトはそれを自分自身の力でやり遂げたかったが自分よりも有能な者達がそれを成そうしている。それ故に出て来た本音。

 スノラトの本音が悔しいと感じながらも,スノラトを頼りにしているフライア兵達からは絶大な信頼を置かれている。その信頼こそがスノラトの力だが,今だけはその力も自分のモノではないと感じているスノラト。だが,どんな形であれ敵を前にしているからには,そんな事を言ってはいられない事も重々承知しているのでスノラトは世話係の衛兵が来る前に自分の心を整理するのだ。

 スノラトが少し思い悩んでいる時にエラン達はレルーンから作戦を聞いていると,伝令のフライア兵からエラン達への命令としてヒャルムリル傭兵団と共に動くように命じられたので話の続きはヒャルムリル傭兵団の天幕内で行われる事と成り,エラン達は天幕を目指してレルーンと共に歩き出した。

 天幕に案内されると内部は既に黒い布で日光を遮っており,すっかり暗くなっていた。それでも多少の光が入るので灯りを灯す程ではない,そんな中をすっかり顔見知りの者達から挨拶を受けながら天幕の中央にある太い柱の下へ向かうと,そこに座って作戦の続きを聞き終えたらイクスが笑い出す。

「ぎゃははっ! 随分と派手な作戦で俺様好みだな」

「イクス,それを成功させる為に早寝するから静かに」

「っと,エランの言う通りだな,すまん」

「それにしても随分と大胆な作戦が承認されたですよ」

「まあ~,大胆だからこそ承認されたと思うよ~」

「それは違うと思う」

「エランにバッサリと言い切られた」

 エランの言葉を聞いて大袈裟な反応をするレルーン,それを見ていた団員達から軽く笑う声が聞こえてくるがエランはまったく気にする事無く理由を述べる。

「今回はイブレも打つ手を困っていた。他にも策は有ったけどカセンネが見つけて立てた作戦が一番効果的だと判断した結果だと思う」

「ほう,随分と嬉しい事を言ってくれるじゃないかい」

「あっ,団長~,おかえり~」

 丁度良く帰って来たカセンネが周囲の状況を確認して問題が無い事を確かめると,いつものようにエラン達の所に腰を下ろした。

 薄暗い闇の中ながらも周囲の雰囲気は穏やかというより明るい,これから自分達が作戦の要と成る事もあるが昼間のウチから天幕内を暗くする事は初めてのようで少し気分が高揚しているのもある。そんな団員達の心中をレルーンは良く知っているのでカセンネが腰を下ろして間もなく,ヒャルムリル傭兵団特製の甘味が配られた。甘い物でも食べて心を落ち着けろという意味も有るがエランが喜ぶという理由があったうえでの配慮だ。そしてエランにも作られたばかりのロッククッキーチョコが配られると,今ばかりは遠慮が無いエランが早速とばかりに口にすると代わりとばかりにイクスが喋り出す。

「それにしても団長さんよ,随分と大胆な事をするじゃねえか」

「なに,エランの言葉が気に成ってたら良い物を見付けただけだよ」

「良く言うぜ」

「その前に私は何か言った?」

 突如として投げ掛けられた疑問にカセンネは呆気に取られた表情に成るとすぐに笑い出したので,エランは首を傾げる事に成ったがカセンネは笑いが止まると会話を再開させる。

「あぁ,笑って悪かったね。切っ掛けを与えてくれたエランから,そんな言葉が出て来るとは思ってなかったからね」

「何となく分かるですよ,エランは鋭いですけど時々天然になるですよ」

「へぇ~,そうなんだ~」

「まあ,解釈に理解が及ばないって感じだな。だからエランはまったく気にしなくて良いぞ」

「うん,イクスがそう言うのなら分かった」

「おぉ~,エランがイクスの言う事に素直に従ったよ~」

「そうじゃねえよ,ったく。それはそうと団長様よ,俺様達も作戦の詳細は聞いてないぜ。ってかレルーンの姉ちゃんも詳しくは知らねえみたいだな」

「まあレルーンにも詳しくは説明していないからね」

「ですよね~」

「それで良くもまあ,俺様達に堂々と言えたな」

「やる事は分かっているからね~,後は細かな所を団長に聞くだけだから言えなかったんだよ~」

「それでここまで動けるのは大したものですよ」

「私達も信頼と結束では負けない自信が有るよ~」

「さてと,それじゃあ」

 そう言いながら指先を舐めるカセンネ,最後に拭き布で指先を拭くと瞳に真剣な鋭さを宿すと作戦の詳細を説明し始めた。レルーンを始めヒャルムリル傭兵団員も知らない事なのでカセンネの声だけが波紋のように広がる。そして全ての説明が終わると何人かの団員が天幕から出て行った。

 ヒャルムリル傭兵団の天幕は一つではないので,あらかじめレルーンが決めていた伝令役が聞いた詳細部分を傭兵団全体に行き届かせる為に出て行っただけだ。そして全てを理解したエランが未だに手には甘味を持っているが静かに口を開く。

「夜駆け朝討ち」

「その通りだよ,エラン」

「俺様は朝焼きと言った方がしっくりと来るな」

「あははっ,確かにイクスの言う通りかも~」

「兵法の言葉を変えても意味は無いですよ」

「勢いだよ,勢い」

「そうそう,雰囲気だよ,雰囲気」

「どっちなんですよ」

 ハトリの言葉で笑い声が一斉に天幕内から湧き上がる。こうして休息前の一時を過ごしたエラン達はそのままヒャルムリル傭兵団の天幕で時間に成るまで眠る事に成ったので,カセンネは団員達に眠るように指示するのと同時に天幕から出て行き,レルーンはエラン達の為に枕と掛け布団を用意する。

 その間にハトリが自分の荷物を取りに行ってくれたので,ハトリが荷物のなから鎧掛けを取り出している間にイクスを天幕中央の柱に立て掛けるとエランは身に着けている軽装の鎧を全て外して掛ける。そしてハトリは既に寝床を用意してくれたので一緒に布団に入り,昼間の暖かさを感じながらエランは眠りへと付くのだった。




 さてさて,まあ未だに本調子には戻っていませんからね~,そりゃ更新も遅れるわ,と言い訳から入ってみました。まあ,開き直ったでも良いですけど,更新に時間が掛かった事は確かですからね~。まあ,そこも含めて気長に見守っててくださいな。

 さてはて,いよいよ決戦が始まりかと思えたけど両軍とも様子見という異様な戦場と成りましたね。まあ一方は寡兵,一方は情報不足,そして率いる将や軍師は超一流ならこのような戦場も有っても不思議ではないと思いこのように成りました。そこで出て来たカセンネの奇策とは……とは言っても既にヒントどころか正解を書いていた事に今更ながら気付いたんですよね~。なので察しの良い方にはお分かりかもしれませんが,今後の展開を楽しみにしてくださいな。と誤魔化した所でそろそろ締めますか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。今後も気長によろしくお願いします。そして感想などもお待ちしております。

 以上,既にモンハンワイルズ沼に全身がハマっている葵嵐雪でした。



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