06 : 愛の告白……ではなく、ブラック王宮への突入です!
翌朝。
医療魔導士から正式な許可が下り、レオンハルトは王宮へ戻ることになった。
「殿下の体調が戻って本当に良かった。しかし、不審者の侵入を許してしまったのは我が家の落ち度だ。申し訳ない」
「侯爵、どうか頭を上げてください。王宮からの護衛騎士がいての事です。侯爵家に非はない。俺からもよく話しておきます」
暗殺者の襲撃もあった。侯爵にはしばらく心労をかけることになるだろう。
レオンハルトは、この誠実な忠臣を今後もよく気にかけておこうと心に誓う。
「短い間でしたが、お世話になりました」
レオンハルトは完璧な王太子の礼を取った。
だが、その視線はどうしても一人の少女を探してしまう。
「チェスカは?」
「娘は……あー、朝から自室にこもっているようで」
「そう、ですか」
(昨夜の襲撃のショックで寝込んでいるのかもしれない)
昨夜、自分を庇って切り落とされた赤い髪が脳裏をよぎる。
レオンハルトはフランチェスカの部屋の窓を見上げて、そっと瞼を伏せた。胸の痛みを隠すように。
――その瞬間。
屋敷の重厚な扉がバーン!とけたたましい音を立てて開いた。
「待って! レオンハルト様!」
驚いて振り返ったレオンハルトの目に飛び込んできたのは、真紅の短髪を揺らしながら颯爽と現れたフランチェスカだった。
その両手には、辞書……いや、もはや鈍器のような紙束が抱えられている。
「私も王宮に行きますわ!」
「何を言っているんだお前は!」
後ろから顔を真っ青にした侯爵が滑り込んでくる。
「お父様も来るのでしょう?」
「来るが!」
「では問題ありませんわね」
「問題しかない!」
フランチェスカは反論の隙を与えず、侯爵と呆気に取られるレオンハルトの背中を驚異的な手際で押し、王宮行きの馬車へと強制収容した。
「さ、行きますわよ!」
バタン、と勢いよく扉が閉まり、御者の掛け声と共に馬車が滑るように動き出す。
レオンハルトは向かいの席に座るフランチェスカを盗み見た。
短くなった赤髪は丁寧に整えられ、いつもより少し大人びて見える。
普段より上質な、正式な場に臨むためのドレス。
そして、その隣には硬直した侯爵が同席している。
さらに、フランチェスカはその大量の書類を、まるで何より大切な宝物であるかのように愛おしそうに抱きしめていた。
(あれは……まさか)
レオンハルトの心臓が、かつてないほど激しく高鳴った。
(昨夜の件を受けて……侯爵家として、我が王家との『正式な未来の話』を進めてくださるのか)
昨夜の出来事が鮮烈に脳裏をよぎる。
自分を守るために切り落とされた、美しい髪。
生垣の影で感じた花の香り。
抱きしめられた時の温もり。
「……チェスカ」
「はい? 何でしょうか殿下」
「いや……なんでもない」
胸の奥が妙に熱い。レオンハルトは静かに目を伏せ、こみ上げる歓喜の笑みを噛み殺した。
(なるほど。そういうことか。俺は君のその答えを謹んで受け入れよう)
——盛大な勘違いをしているレオンハルトの隣で、フランチェスカは、手元の稟議書をガシッと抱え直した。
馬車の窓から、徐々に近づいてくる王城を見据える彼女の瞳は、これから敵陣へ斬り込む鬼将軍のそれであった。
(……よし、待ってなさいブラック王宮。十歳児を徹夜でデスマーチさせるような狂った労働環境、私がコンプラを徹底的に叩き込んで、ホワイト王宮に変革してあげるわ……!)
——その横で、侯爵は娘の抱える紙束の『殺意の高さ』を凝視し、本日何度目か分からない頭痛に耐えていた。
(どうして一晩であんな異常な量になるんだ……国王陛下、本当に申し訳ありません。私は、私は止めようとしたのです……!)
◇◇◇
城門をくぐると、そこは驚くほど静まり返っていた。
人の気配はあるのに、声がない。
交わされるのは必要最低限の事務連絡だけで、雑談も笑い声も存在しなかった。
馬車から降り立ったレオンハルトは、見慣れたはずの我が家——王城を仰ぎ見る。
なぜか胸の奥が、わずかに軋むように重い。
昨夜まで疑いもしなかった『最も安心できる場所』という認識が、城内を満たす冷たい空気に触れて、ほんの少しだけ揺らいでいく。
それでもレオンハルトは、無意識にその違和感を押し込めるようにして、王子としての所作でフランチェスカへ手を差し出した。
白い手袋越しに、フランチェスカの手が触れる。
その瞬間、レオンハルトの内側にあった冷たい緊張が、ふっとほどけた。
(やはり、彼女が隣にいてくれれば——)
しかしその安堵とは裏腹に——
フランチェスカの視線は、行き交う職員たちの顔に釘付けになっていた。
全員が、徹夜明けの社畜のような目をしている。
(……笑顔なし、余裕なし、会話なし。これ、完全に組織設計ミスってるわね……!)
静まり返った廊下に、カツン、カツンと靴音だけがやけに規則正しく響いていた。




