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07 : 婚約を白紙にしたら、王子が本気を出した

 

 王城に到着するや否や、フランチェスカ一行は控室へと通されることもなく、一直線に国王の執務室へと案内された。


「……随分と迅速な対応ですわね」

「それはそうだろうな」

 侯爵がすでに寿命が縮みそうなほど疲れた声で呟く。


「昨夜の件が『最優先の緊急案件』扱いになっている。待ったなしだ」


 重厚な扉が開く。その向こうには、この国の頂点――国王が待ち構えていた。


「天の祝福を一身に受ける、我が王国の至高なる玉座に拝謁いたします」

 侯爵とフランチェスカが慣例に則った完璧な作法で頭を下げると、すぐに顔を上げるよう許可が下りた。


 玉座に座る国王は、レオンハルトによく似た見事な金髪と真紅の瞳を持っていた。その圧倒的な造形美に、フランチェスカの脳内(オタク魂)が一時的にバグを起こす。


(うわ、最高にハイスペックなイケおじキターーー! 将来のレオンハルト様って感じね! ――でも待って。あの人の目、完全に死んでるわ)


 よく見ると、国王の顔は美しく整っているが、生気が一切なかった。睡眠を極限まで削られ、タスクの山に忙殺され続けた経営者特有の、濁った瞳だ。


「よく戻ったな、レオンハルト」

 我が子の生還を祝う言葉だというのに、その声には一切の温度がこもっていない。ただシステムが音声を再生しているかのようだった。


「はい。ご心配をおかけしました」


「……お前の不在により、政務が滞っている。責任は重いぞ。王太子としての結果を出せ」


「……申し訳ありません」

 レオンハルトは痛々しいほど小さな肩をすくめ、ただ謝罪の言葉を口にした。まるで――組織の理不尽に耐える、従順な労働者のように。


 その光景を見た瞬間、フランチェスカの脳内で、限界突破の警告音が鳴り響いた。


(……はいアウトです)

 彼女の据わった瞳が、静かに国王をロックオンする。


 その横で、娘の全身から立ち上る凄まじい「査察官の殺気」を感じ取った侯爵は、ガタガタと震え始めていた。


「陛下、発言の許可をいただきたく存じます」


 国王の真紅の瞳がフランチェスカを射抜く。


「……ローデンベルグの娘か。良いだろう。レオンハルトの婚約の件か」

「その件に関しましても恐れながら……まずはこちらをご覧ください」

 フランチェスカは令嬢の笑みのまま、分厚い書類を机に置いた。「ドンッ」と、机がわずかに鳴る。


「……労務改善案?」


 国王が訝しげな顔でそれを見る。上に立つものの威圧感をフランチェスカは完璧なビジネススマイルでスルーした。


 すぅっ、と息を吸う。

 そして――カッと目を見開いた。


「この王宮、ブラックすぎます。可及的速やかな労務改善を提案いたします。改善されるまで婚約は白紙、ということで」


 国王は数秒、動かなかった。

 その沈黙が、執務室の温度をさらに下げる。


 その真横では、実父が「我がローデンベルグ家は本日をもって取り潰しです」と言わんばかりの顔で絶望に白目を剥いていた。

 しかし、フランチェスカの心はどこまでも晴れやかだった。


(フッ……決まった。筆頭侯爵家の令嬢からここまで堂々と労務改善を要求されたのですもの。国王とて無視はできないでしょう。これでレオンハルト様の労務環境も、身の安全も見直されるはず。もちろん、生意気な令嬢との婚約も白紙。二度とこのブラック本社に関わることもないわ!)


 静まり返る執務室。国王すらも、あまりの超理論の弾幕にフリーズしている。


 ――だが、その沈黙の中でレオンハルトは息を止めていた。



 ◇◇◇



(……婚約は、白紙)

 その言葉だけが、ゆっくり沈む。

 レオンハルトは拳を握りしめたまま、じっと足元を見つめていた。


(……そうか。もう、君と一緒にいられないのか)

 胸の奥が、きゅっと痛んだ。

 けれどレオンハルトは、小さく顔を上げた。


(――なら俺は、変えなければならない)

 フランチェスカが嫌だと言ったものを、そのままにしておくわけにはいかない。


(君が否定したこの国を、君が拒んだこの環境を――全部、作り直す)

 少年の真紅の瞳は、先ほどまでの怯えが嘘のように消え失せ、静かな熱を宿していた。


(――俺がこの国のトップに立つ。一刻も早く実権を握り、君の言う『完璧な労務管理』を徹底した、世界一ホワイトな国に作り替えてみせる)


 レオンハルトは、勝利を確信して微笑むフランチェスカの横顔を、静かにロックオンした。


(側室制度も、君に不要なリスクを負わせるから即座に廃止だ)


 今はまだ、彼女がレオンハルトとの婚約を嫌がる理由すら彼には分からない。

 けれど――フランチェスカが「この国ならいい」と思えるような国を、自分が作ればいい。


 レオンハルトの唇が、誰にも聞こえない呟きと共に弧を描く。


(……そしてその時は、王室の隣の特等席から絶対に逃がさないよ。チェスカ――)



 ◇◇◇



(よし、完全にクレーム成功! これで私の仕事は終わりね! いい仕事したわ!)

 婚約を回避できて大満足のフランチェスカは優雅に微笑んだ。


 その一方で、彼女の要望をすべて叶えるため、「最強のホワイト国王」を目指して覚醒したレオンハルト。

 そして、ただただ家門の終焉を察して胃を押さえる侯爵。


 三人の思惑は、見事なまでにすれ違っていた。

 それでも——確かに『未来』だけが動き始めていた。


お読みいただきありがとうございました!


この物語は、連載中の長編


『悪役令嬢が見つかりません(404 Not Found)~モブ令嬢に転生した私が世界のバグをデバッグしていたら、攻略対象たちに溺愛されました!?~』

https://ncode.syosetu.com/n5000mh/


と、同じ世界を舞台にした、関連短編です。


十歳だったレオンハルトが六年後、どんな王子になったのか。

また、他の攻略対象たちは……?

長編では、フランチェスカの運命がさらに大きく動き出し、世界そのものがバグっていきます。


短編を楽しんでいただけましたら、ぜひ本編も覗いていただけると嬉しいです!

そして、もし「面白かった!」と思っていただけましたら、

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あなたの1ptが、作者の燃料になります……!


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