『嵐の中、失踪』
……その日から、もう三日。まだ、琉生がどこにいるかは誰もわかっていない。琉生の実家に私とレニで行ってみたが、実家だという住所にはそもそも誰もいなかった。セミはうるさく鳴いている。日差しを感じながらも、レニはつぶやく。
「……いないね、琉生……」
「うん……」
私は頷く。……どこに行ってしまったのだろう。突然、あんな。迷惑なんてかかってないのに。
私は帰り道を見つめる。ミサンガ……改め組紐を貰ってから、手首にずっとつけることにしている。すると、はっきりとではないが、霊の輪郭は見えるようになった。霊力が増すというのはやはり本当らしい。しかし、それだけでもだいぶ違う。帰り道も、普通の人間のように、すぅっと霊が通り過ぎていくのが見える。レニは私の顔を覗き込んだ。
「……慣れない、よね。大丈夫?」
「うん。大丈夫。怖くもなんともないよ。寧ろなんだか嬉しい。みんなと同じ視点に、やっと立てた気がして」
私がそう答えると、レニは笑う。
「そっか。……きっと琉生も大丈夫だよね。ただ今はちょっと調子が悪いとか……」
「うん。きっとね」
そう笑いあうと、スマホに連絡が来た。……聖からだ。通知を確認すると、このように書いてあった。
『今日の夜、皆に話したいことがあります。共有スペースに十九時集合。』
聖に呼び出された私たちは、ダイニングの机の席にそれぞれ向かい合ってつく。いつもと同じ、顔ぶれ。ちがうのは……琉生がいないこと。
ふと、目の前にいた紀介を見ると、耳飾りが元のふたつに戻っていた。
「あっ……それ、治ったんだ。よかった」
「おかげさまで。親には散々嫌味言われたけどな」
紀介は心底嫌そうに顔をしかめる。私が苦笑すると、聖が話し始める。
「皆、揃ったかな。話しておかなきゃいけないことがある。……まずは、このチャンネルについてだ」
「チャンネルについて?」
臣が訝しげな顔をする。はい、と聖が頷く。
「そもそも皆、このチャンネルがどうして設立されたのかって覚えてる?」
第七感チャンネル。霊感のある学生たちが依頼人にまつわる心霊現象を解決しいくチャンネル。事件と関連して話題になっている、今旬のチャンネル。……どうして、と言うと。私は聖に答えた。
「聖が呼んでくれたんじゃん。皆の力とか、私の体質も有効活用しようって」
そうだ。私たちが専門学校に入学したてのころの事だ。私とレニはその頃から仲が良くて、その時クラスメイトだった臣に呼び出された。なんでも、臣の知り合いの先輩から話があるとかで。
その『先輩』こそが……聖だった。
そうだね、と聖は頷く。
「僕は、僕と近い歳で近くに住んでいる、霊感のある子達を集めてこのチャンネルを作ろうとしたんだよ。でも、エミル、君は霊感がなかったでしょ? どうして呼ばれたんだと思う?」
「え、ええと……」
たしかに、そのことは何度か考えたことがある。でも、まぁそっちのほうが良いと判断したのだろうと、深くは考えてこなかった。私が言葉につまると、聖はふっと笑う。
「……君の体質を利用しようと思ったんだ」
「え?」
「このチャンネルを設立した本当の目的について皆には話したいと思う」
そう言うと、聖は息を吸って、はっきりと言った。
「『霊感がある者たちが理解されて、受け入れられる社会』を作るために、拡散力が欲しかったんだ」
「……え」
私たちは思わず顔を見合わせる。緋姫は、静かに前を見据えていた。
聖は私たちに話を振る。
「エミルと紀介以外の皆。皆は、霊感がある事でなにか苦しんだことはある?」
え、と固まる気配がする。そうね、と緋姫は即座に答えた。
「小学生の頃とかかしら。昔、霊感があることを話したら気味悪がられたわね」
「……わ、私も、家族を傷つけちゃったりとか、友達にびっくりされたりとか……」
レニも頷く。臣も唸りながら言う。
「俺もそう言う事はあったけど……それがなにか関係あんのかよ」
うん、と聖は頷く。
「僕はね、霊感がある人は所謂マイノリティで、受けいられないことなんだってことを早々に理解したよ。学校でからかわれたりして、一時期学校に行けなくなったりもした。なんで霊が見えたりするんだ、って自分を恨んだりもした」
でも、と聖は続ける。
「僕はある日思いついたんだよ。それなら、『受け入れられる』ようにすればいいって。僕みたいな人達が善意を持って、霊についての人々の困り事を解決する。その様子を動画にすることで拡散を狙い、霊感がある人の存在を理解してもらう、ってことをね。そして、その動画作りには、拡散のために多少刺激がいると考えた……」
そこでトラブル体質だと言っていたエミルも入れることにしたんだ、と聖は言う。
私たちはしんとする。……目的、というのが少し予想外だったのだ。助けることとそれを伝えることそのものが目的であると思っていたから、聖がそんなことを考えていたことは、知る由もなかった。
でも正直、怒りなどはなかった。至極真っ当な意見と、考えである。私だって霊感こそないが、この体質で苦しんだことは多かったから、霊感なんてものがある彼らにとっては余計生きづらいことは多かったであろう。唯一、言いたいことがあるとするならば。
その話を聞いた臣が、吐き捨てるように言う。
「なんで俺たちにそれを最初から言ってくれないんだよ」
……その通りである。私たちにも最初から伝えてくれたら良かったのにと思わざるを得ない。そうだね、と聖は言った。
「……言い訳になるけど、もちろん君らのこと信頼してないとかそういうことじゃないんだよ。でも、自分たちを利用しようとしてるのかって思われるのも怖くてね……」
「それなら尚更、最初から言うべきだろ。俺らだって聖の言いたいこともしたいことも分かるけど……もっとなんか、こう、なかったのかよ」
臣はそう続ける。その様子を見た緋姫は、静かに呟く。絞り出すように。長い彼女の髪が、机に落ちた。
「私は、分かってたわよ」
「……え?」
レニが思わず、というようにそちらを見た。緋姫は溜息をつきながら話を続ける。
「そうじゃなきゃ、わざわざ動画を作ったりなんてしないでしょ。……とりあえずこのチャンネルの目的は分かった。それがなにか関係あるの? 聖さん」
そうだ。今はそのことよりも、何の話がメインかが大切だ。うん、と聖も頷く。
「そのとき、僕は琉生ももちろん君らと同じように誘った。でも……みんなは分かってるかもしれないけど、琉生は普通の人間とは……少し違うじゃない?」
「え?」
思いもしなかった言葉に衝撃を受けて、思わず声が出る。……普通の人間とは違う? すると、今度は私と、紀介以外のみんなはこくりと頷く。え、と思っていると、レニが私に言う。
「……エミルは……もしかしたら紀介も分からなかったかもしれないけどね、確かに琉生の見た目はごく普通の人間だよ。でも、なんか、少し違うんだよね」
「違う?」
「……言語化が難しいんだけど、雰囲気、感覚のようなものが……。でも、それは大したことじゃないと思って今まで触れなかったんだよね。みんな、普通に接してるし、琉生も普通だから」
「ちょ、それなら、それこそなんで言ってくれなかったの?」
私が戸惑って尋ねる。今度は臣がその問いに答えた。
「……気のせいかも、っていうレベルだったし、レニの言う通り、パッと見行動も普通の人間のソレと一緒なんだよ。だから触れるに触れられなくて……」
「えぇ……」
私は絶句する。……まさか、そんな事になっていたとは、想像もつかなかった。紀介も首を横に軽く振った。やはり、霊感があるのとないのでは、気がつける範囲が違うと改めて痛感する。……私たちには、見えない世界がある。その表情は、苦々しげだ。
「俺も、正直見るだけじゃ分からなかった。でも、じゃあ琉生って、『何』なんだよ? 俺らが今まで一緒にいた琉生は人間じゃなかったってことか?」
それが難しいところでね、と聖は言う。
「琉生は、確かに自分のことを人間だと認識していたし、実際人間に限りなく近いんだよ……その妙な気配以外はね」




