『秘密とループ』③
「絶対おかしいって!」
その頃、臣はシェアハウスで声を荒らげていた。全員共有スペースに集められている。レニと聖が話してから、もう一時間は経っていた。その間、紀介からもエミルからも、連絡をしても返信もない……。なにかあったことは明白だ。
「あいつら何かに巻き込まれたんだって!」
「……でも、どうしてだろう」
レニが不安げながらもつぶやく。緋姫が尋ねた。
「何がですの?」
「エミルだけならともかく、紀介もたぶん……一緒にいるんだよね。それなのに何で危ない目に遭ってるかもなの? 紀介は霊感があるから、危険なところとかは分かるはずなのに」
そう尋ねられた聖はため息をつく。
「……その話はあとだ。あの辺なら心当たりがある。そこへ行こう」
「あいつらは大丈夫なのかよ?!」
「たぶん……。でもとにかく早くこっちも合流しよう。ほら、琉生も」
話しかけられた琉生は、暫く黙りこくる。様子をおかしく思ったのか、緋姫は琉生に再度呼びかけた。
「琉生?」
「……ぼくは、行けない」
はあ?!と臣が大声で叫ぶ。レニも目を丸くして、その様子を見つめていた。
「何でだよ! 一人でも戦力は多い方が……」
「臣!」
聖がそれを遮った。臣の腕を握り、首を振る。
「……今はいい。とりあえず行こう。人数よりも速さが優先だ」
そう立ち上がった聖を、見つめる臣は、呆然としていたが、すぐ「……ちっ」と舌打ちをしながらもついて行く。レニと緋姫もすぐに、その後を追った。
「紀介!」
耳飾りが割れたことで怪我をしていないか確認する。顔にも耳にも傷はついていない。……が、なぜ耳飾りが狙われたのだろう。
疑問を問うまもなく、私の耳にはあはは、という高笑いが聞こえた。
『お前! 危険なやつだと思っていたら、ニセモノだったんだな! あははっ』
……きっと、霊の声だ。私はその霊に必死に問いかけた。
「あんたの目的は何! 早く私たちを帰してよ!」
『それは出来ない相談だなぁ。俺は人間の苦しむ顔が大好きなんだよ』
ぐふ、という気味の悪い笑い声が脳に響く。紀介はまだ何も言えずに、その場に座りこんでしまっている。
『俺はこの世の中の人間全員、俺が生きている時からずっと大嫌いなんだよ……。特にお前らみたいな若い奴らは、人の迷惑も考えず騒いだり、幸せそうに過ごしていて……本当に目障りなんだ』
そう言いながらも、またもぐふふ、とその霊の声が脳裏に響く。
『でもなぁ、ここに閉じ込めて、そのまま殺してやるんだ。そうするといい気味なんだよ。出られないのに無意味にもがいたり、その末に争ったりしている人間の姿が滑稽でなぁ……。死んだら死体はどこかに隠す。そうすると行方不明ってなって誰も気が付かないからなぁ……』
……悪意を感じる。それも、凄まじい悪意。サッと血の気が引く。この幽霊は……姿も見えないこいつは、私たちを殺す気だ、と。私は紀介に話しかけた。
「……こいつ、祓える……?」
「……」
紀介は答えない。無言のままだ。私が訝しく思っていると、ぎゃはは、とまた品の悪い笑い声を悪霊は上げた。
『祓えるわけねぇよなぁ! だって小僧のその力は、耳飾りに宿っているものなんだから! お前の力じゃないんだよ! 最初はなんだコイツと思ったが、簡単だったよ!』
「……え?」
私が飲み込めずにいると、その霊は続ける。
『こいつの耳飾りに霊力は全部宿ってた。だから、こいつはもう俺のことは祓えない! 力も足りない、何も無い、お前はニセモノだから! ぎゃははははは』
私は思わず紀介の表情を見る。すると、その顔はなんだか、泣き出しそうに、笑う。
「……そうだよ。こいつの言う通りだ。俺もエミル、お前と同じだよ。普通の人間だ」
「……」
私は絶句する。だって、紀介は。家系が霊感が強くて、祓うことのできる、ただの弱い私より何倍も強い……。そう思っていると、紀介は語り始めた。
「霊感……家系なんだよ。俺の家。でも俺はその血を引き継がなかった。いや、ぼんやりと霊は見えるけど、その程度なんだよ。祓うことなんて、絶対にできやしない。それを、霊力の込められたこの耳飾りを使ってカバーしてたんだ。だから独特の勘とかもなくて、今回みたいなことも起きる。……親からもこの家系の恥さらしだと言われたな。それで親以外には隠してきたんだ……誰にもバレないように、ずっと」
そんな、と思う。じゃあ今まで一体、どんな気持ちで生きてきたのだろう。私が言ったことを、どういう気持ちで聞いていたのだろう。
だからな、と紀介は言う。その顔は伏せられていて、一体どんな表情をしているのか。
「俺も一緒なんだ。弱いんだよ。それをバレないように隠してただけの、卑怯者だ。騙してごめん」
「……ごめんなんて言わないでよ!」
私は思わず声を上げていた。紀介は顔をあげる。
「あんたに霊感があろうがなかろうが、今も前も、ずっと私たちを守ろうとしてくれてるでしょ! それは嘘じゃないじゃん! だったら私たちにとっては偽物なんかじゃない! このクズの言うことなんか気にするんじゃない、馬鹿!」
私が思ったことをそのまままくし立てると、一瞬だけ紀介はぽかんとした。そして、ははっと笑う。……表情は、柔らかい。
「……馬鹿か。確かにそうかも」
「分かったらちゃんと立つ! ムカついてきた! 私らでこいつぶっ倒すよ!」
「うん……なんかできる気がしてきた」
そう言うと、紀介は深呼吸をする。その様子を見たであろう悪霊は、ちぇっと声を上げた。
『あーあ……もっと面白いものが見れると思ったのに、つまんねぇヤツ……』
「お前よりつまんねぇ奴は見たことねぇよ。今すぐ祓ってやるから覚悟しとけよ」
『……ふん。お前の耳飾りをもう片方壊せば一発で……』
そう言われる前に、私は対策を考えていた。……私の持っていたネックレスを一瞬外して、紀介に押し付ける。
「これ! 私のおばあちゃんの! 霊力たぶんある! 役に立つかわかんないけど!」
「お、おお!?」
紀介は飲み込めていないようだが、それを受け取った。
「大事なものなんだから、終わったらすぐ返しなよ!」
紀介が受け取った瞬間、目を見開く。
「……これなら行けそう。視える。大丈夫だ、ありがとう」
そう言うと、ギリと霊が歯ぎしりする音が聞こえる。
『まぁいい。お前ら二人なんかすぐ殺せる……所詮ただの人間だ。なんなら今すぐにでも……』
そう言い終わる前に、紀介は荷物からお札をとりだす。……きっと、祓うためのものだろう。
「お前にこれを貼ればお前は一発で成仏だけど、それでも言えるか?」
『……やれるものなら、やってみろ! お前から殺してやる!』
暗い夜空に、そのおどろおどろしい唸り声が響く。私は、祈るようにその様子を見つめた。
「ここだ!」
あのあと、家を出てから。しばらく探して、聖が見つけたのは、例の小道だ。臣は吐きそうになりながらも、手を口に当てた。
「……アイツらほんとにこんなヤバいとこ入ったのか!? 正気かよ」
「エミルが知らずに入っちゃって仕方なかったのかも」
とレニはフォローに入った。
「とにかく早く確認しよう。二人がここにいるかどうか」
緋姫が耳を澄ます。ぴくりと眉が動いて、はっきりと緋姫は叫ぶ。
「……声が聞こえる。二人はここに居ます!」
「入るぞ!」
臣のその一言で、四人は小道に駆け込んだ。
その戦いは、正に死闘と呼べるものだった。と言っても、エミルには紀介の様子しか見えないのだが。耳飾りがちゃりんと数度鳴り、狙われていることが分かる。それを紀介は身体能力だけで避けているようだ。しかし、御札を貼ろうとする手は幾度も宙を舞う。……紀介が弱いなんて、そんなわけあるはずないのだ。
私は歯がゆさを覚える。私にできることなんて、本当にない。それでも、私が今できることはなんなのだろうか。
「……勝って!」
祈ることしかできない。そう声をあげると、又しても歯ぎしりが聞こえた。
『……埒が明かない。とりあえず女の方から……』
え、そう思うと同時に、視界が揺れる。まずい、と思う。自分の体が、意志に反して、引っ張られた。
「……エミルさん!」
その声の主は、緋姫のものだ。人影が、四つ。
私は生きていた。体は地面に投げ出されてはいたが、死んではいない。緋姫が守護霊の力を使って助けてくれたのだと、分かった。私が息をつくと、なっ、と霊が言う。
『そんな馬鹿な……力を持つ人間が、なんでこんなに、この場に……』
その隙をついて、紀介が言う。
「残念だったな。……見くびりすぎだ」
そう言いながら、御札を貼り付けた……ように見えた。実際には御札が宙に浮いているように見えたのだが。その途端、とてつもなく大きな咆哮が耳をつんざいた。
『ぐぁぁああああああああっ!』
その叫びとともに、御札は散り散りになった。……どうやら、上手くいったらしい。静かになった道の真ん中で、私と紀介はへなへなと座り込んだ。
「……よかったよぉ……」
「お前ら、何でここが分かったんだ……」
息も絶え絶えに私たちが尋ねると、聖が答える。
「この辺でいちばん怪しいのはここだからね。僕も考えが浅かったよ。よりによってお盆近くだもんね」
「肝が冷えましたわ……本当に」
緋姫も胸を撫で下ろしながら私の頭を撫でてくれる。はあ、とレニも座り込んだ。
「なにあいつ……ヤバかったじゃん。よく無事だったね二人とも」
「……紀介のおかげだよ」
私がそう言って笑う。そう、紀介のおかげだ。私は相変わらず、弱いだけだったのだ。何も出来なかった。
そう言うと、後頭部をこつんと叩かれた。何事かと思うと紀介だ。
「何!? 暴力反対なんだけど!」
「馬鹿はお前だ。はい、これ返す」
その拳には、私の貸したネックレスと……もう一つ、とあるものが握られていた。私はそれを見る。よく見ると、それはまるでミサンガのようなものだ。桃色の紐は、ラメのようにキラキラしていて、不思議な質感だ。私がきょとんとしていると、はあ、と紀介がため息を着く。
「元から今日なんもなきゃ帰りにやろうと思ってたんだ。さっきはすっかり忘れてたけど。……俺と聖で話してたんだ。エミルもどうにか霊が見えたらもっと安全だろうって。そんで俺が家に頼み込んでもう一つ準備して貰った奴だ。俺の耳飾りと同じような……霊が見える効果が得られるやつ」
私は呆気にとられる。わざわざそんなものを用意していたのか。それも、先程折り合いの悪そうにしていた家にまで頼んで。私が何も言えずにいると、紀介はげんなりとした顔だ。
「……て思ってたのに、なんだこれ……。耳飾りはぶっ壊れるし……またあのクソ親に頼まなきゃいけねぇのかよ……」
「あはは……。まあ、結果的に無事だったんだしオーライというか……」
聖は苦笑気味に返した。レニと臣、緋姫は目を丸くしている。臣が待て待て、と言ったように話を遮った。
「どういうこと? さっきから何の話だよ」
説明しなきゃ確かに分からないことだろう。聖は知っていたのだろう様子だが、ほかの四人は知らないはずだ。その説明の前に、私にはまず言わなきゃいけないことがあった。
ごめんなさい、だけじゃない。私が言わなければいけないことは、本当はたったこのひとつだったのだろう。
「……ありがとう」
空を見上げると、星空が輝く。立ち上がり、私たちは歩き出す。大通りがきちんと見えてきた。その光をどこか懐かしく思いながら、私たちは帰路に着いた。……長い、長い一日だった。
……そう思っていた。帰ると、そこには誰もいなくて、琉生の置き手紙だけが残されていた。
『もうここを出ます。今まで、迷惑をかけてごめん。__琉生』




