『秘密とループ』②
その頃……シェアハウスでは、レニが自室から共有スペースに降りてきていた頃だった。
「あれ、エミルは? まだ帰ってないの? 借りてた本返したいんだけど……」
共有スペースの机にいた聖が、ああ、と返す。彼はパソコンで何か作業しているようだった。編集作業か何かをしているところだろう。何事もなげに、聖は返した。
「紀介に合流させに行ってるから、もうすぐ帰ってくると思うけど」
それを聞いたレニはきょとんとした表情で聖に尋ねる。
「なんで合流? なにかあるの? 皆いつも一人で帰ってきてるじゃん」
聖がうーん、と軽く笑う。
「最近、ちょっと気になることも多いからね。エミルも何か悩んでるっぽいから」
そうふんわりと言われて、レニはえ、と返した。
「たしかにちょっと元気ない気するけど……それで何で紀介? エミルと仲良いのは私なのに……」
レニは少し拗ねているらしい。そう聞かれた聖は、ちょっと間を開けて返した。
「適材適所、ってものがあるんだよ」
レニは、は?と言いたげな怪訝な表情をしたが、まあ、と聖はまた笑う。
「大丈夫だよ。すぐ帰ってくるだろうし……」
「今日……私たち帰れるのかな……」
「わからん……」
私と紀介は、その頃途方にくれていた。近道だと思っていた小道に入ったのだが、どうやら様子がおかしかったのだ。前提として、この道は普通、住宅街の中にある、脇道になっているが少し木が生い茂っているくらいの普通の小道である。少しだけ道がショートカットできるため、私はあまり使ったことは無いがどうしてものときはたまに使っていた。その道の様子が、とにかくおかしかったのである。大まかに三点。
まず第一に、二度曲がればすぐに大通りに出るはずの道なのに、同じ景色がずっと広がっている……つまり、道がループしているということである。
そして第二に、引き返してもまだループしている。そうこうもう引き返したり進んだりを繰り返して十回目である。これは明らかにおかしいのだが、どうすれば抜け出せるか分からない。
最後に第三。スマートフォンが完全に圏外である。住宅街のど真ん中なのに、私のスマホも紀介のスマホもどこにも繋がらない。電話も繋がらないし、メッセージも送受信できない。
……いやいや。流石にまずくないか。先程までの事など忘れて、私たちは青ざめた顔を見合わせる。
「……これって……ピンチ……?」
「かなりな……」
スマートフォンの画面を見る。送受信はできないが、時間はそれで確認できた。今は十九時だという。時間がループしたりしていないのは幸いか。しかし、まずい状況であることに変わりは無い。私は紀介に尋ねる。
「これって……霊のしわざ?」
「そう……かもな。でも俺もこんな力を持つ霊は見たことない……。やっぱり緋姫の言ってたことはマジなんじゃ……」
緋姫の発言を思い出す。霊の力が、何らかの原因で強くなっている可能性。私たちは喉を鳴らす。しかし、正直解決の糸口も見つけることができない。いくら歩いても、道は続いているのだ。段々暗くなる空に不安を感じ、私は紀介に話しかける。
「ね、ねえ、どうする。このままずっとループしてたら……」
「お前滅多なこと言うんじゃねぇよ!」
「でも、『私』がいるんだよ……そういう状況でも不思議じゃないでしょ」
私はその場に蹲る。働いた後にずっと歩いていて、さすがに疲れた。……というのは言い訳で、本当は分かっていた。鼻の奥がツンとする。こんな顔を仲間に見せる訳にはいかない。不安にさせるわけには。
ああ、なんで私、こんなに皆のこと巻き込んじゃうのかな。
自分がトラブル体質だと気がついたのは、幼少期のときだ。乗っているブランコの紐が切れて大怪我をしかけたことや、かくれんぼをしていると蜂の巣が目の前にできていて刺されかけたこと。
友達も当然私のことを疎んでいた。一緒にいる度にトラブルに巻き込まれたら、それはそうもなるだろう。特に小学校低学年くらいがいちばん酷かった。無邪気で、ある意味もっともでもある悪意は、私の心を蝕んでいっていた。私が外に出るのが怖くなっていた時、よく祖父母の家に遊びに行っていた。親も優しかったけど仕事で忙しい日が多かったから、甘やかしてくれる祖父母といるときが唯一安息の時だったのだ。祖母は……おばあちゃんは、とくに私に優しくしてくれていた。
そんなある日、おばあちゃんは私に『お守り』をくれた。……ネックレスだ。羽の形を模した、シルバーのネックレス。私がその繊細さと美しさに言葉を失っていると、おばあちゃんは私に言ってくれた。
「これはねえ、お守りだよ。美留ちゃんのことを守ってあげられるように、っていう思いを込めて作ったの。これでもう大丈夫だからね」
「……うん!」
その日から、実際に効果が現れたのか、気の持ちようなのか、本当にトラブルが減った。トラブルが減った、というよりも、その度合いがマシになったと言うべきか。それまでは命に関わることもあったけれど、そんなことはほぼ無くなった。その後すぐ仕事の都合で引っ越すことになり、祖父母の家に行く機会は減ったけれど、その代わりちゃんと友達も出来た。……そのおばあちゃんは、もうとっくの昔に、私が高校生のころに亡くなってしまったけれど、このネックレスだけは、校則違反であろうと、隠れて大切に身につけていた。この話を前に臣にしたとき、臣は言っていた。
「そのばあちゃんは霊感がある人だったんだろうな」
「え?」
「霊感がある人が作ったものってのには、その人の霊力が多少宿る。それが色々効果を産む……みたいなことを聞いたことあるんだよ。まぁ俺もよく知らねぇけどな」
臣は肩を竦めて軽く言っていたけど、私にとっては衝撃的なことであった。
……私は、おばあちゃんに守られて今まで生きていたのだと、その時わかった。
私はいつもそうだ。この前もレニに助けられた。その前も、緋姫たちに助けられた。そして今日も、紀介に……。そしてそのずっと前は、おばあちゃんに。私は誰の役にも立てないのに、みんなは私のことを身を挺して守ってくれる。
そんなのにはもう、耐えられなかった。
「……エミル? おい……」
紀介が、私が泣いているのに気がついたのか、屈む気配がした。私はもう誤魔化せないと判断して、そのまま思ったことを口にした。
「私、ずっと申し訳なかったの。みんなが私のことを守ってくれてること。なんで私がみんなと一緒にいれるんだろうって、ずっと疑問で」
「……」
「それでも楽しくて、うっかり甘えちゃってたんだ。それが今回みたいなことになって……。巻き込んで本当にごめんね」
「……エミ……」
「もしも無事に帰れたら、私、もうチャンネル抜けるから。八つ当たりしてごめんね。ほんとに……」
「エミル! こっち向け!」
そう紀介が怒鳴るように叫ぶ。私は驚いて顔をあげる。すると、怒ったような、真面目な顔をした紀介がそこに居た。いいか、と言う。その目は真剣そのもので、私はたじろぐ。
「俺もお前と同じだ! 俺は……」
紀介がそう言いかけると同時に、地面が、ドン、と大きな音がして、ぐらりと揺れた。あまりの揺れの大きさに、立っていられなくなる。地震だろうか。私たちが驚いていると、地面の下から、『なにか』が現れるような気配がする。と、その瞬間だ。
紀介の耳飾りの片方が、パリンと音を立てて割れた。




