『秘密とループ』
ワンちゃん&ストーカー事件(と、呼ばれていた)から一週間後。動画がアップされると、その反響はいつもよりも凄まじいものとなっていた。
実際にストーカーを撃退した、という様子がたまたま琉生のカメラが起動したままになっていたから撮られており、その後事件が新聞などで報じられたことで視聴者からは驚きの声が上がっていた。その動画は鈴木さんも許可を出したことで公開され、世間はざわめいた。その様子を見た聖の、口の端が上がっていたのを私は見かけた。
本物なのか? 大掛かりなやらせなのか? さまざまな意見や憶測が飛び交う中、私は……。
「いらっしゃいませー!」
夏休みのバイトに精を出していた。チャンネルを始める前から始めていた、カフェのバイト。オシャレな雰囲気がお気に入りの、若者に人気のお店だ。ここのチーズケーキは絶品だと言われている。
チャンネルの収益化に成功して、少しはお小遣いが入るようになったけれど、学生のうちに稼げる分は稼いでおきたい、と思ってバイトは続けることにしていた。撮影がない日は私は編集などはしないからすることがない。それに、家にずっといるよりもバイト先に行ったりするほうが気も楽である。実家は近くにあるからいつでも日帰りで帰れるし、帰省の予定もない。だからお盆の近くは稼ぐのにうってつけなのだ。
しかし、最近は少しバイトを続けるべきなのか迷っていた。
注文されたアイスコーヒーを運んでいると、耳にお客さんの噂話が届いた。女子高生たちがこちらをちらちらと見ている。
「え!? 『エミルちゃん』じゃない!? あれ!」
「わ、ほんとだ! あのチャンネルでしょ? 今バズってる……」
……どうやら、チャンネルが話題になったことで私の存在も知られているらしい。ここで働き続けると、迷惑をかけてしまうかもしれないな、と私は感じる。厨房の方にもどると、店長が少し困った顔をしていた。四十代ほどのやわらかな雰囲気の男性店長だ。迷惑かもしれなかったが、それでも優しく声をかけてくれる。
「九重さん、有名なんだねぇ……」
「あはは……」
……余談だが、私の本名は九重 美留である。ここのえみる。ひっつけてエミル。『見る』と音が被るためこう呼ぶようにチャンネルのメンバーには頼んでいるのだ。身バレ防止も多少あるが。しかしここまで話題になるとは正直思っていなかった。
ここは辞めて、どこか他のところで働こうかな。できれば、コールセンターのような顔を合わせない仕事がいい……。胸がチクリと痛む。……また、私は誰かに迷惑をかけてしまっているな。
そんなことを考えていると、ドアのベルが鳴った。今考えても仕方ない。また店長とは話そう。そう思って、「いらっしゃいま……」と言いかけて、私はギョッとする。
入ってきたのは、紀介だった。私のバイト先だと言うことは知ってるはず。私が目を丸くしていると、紀介が私に言った。
「……一人で」
「あ、は、はい。ご、ご案内いたしますぅー……」
そのあまりに淡々とした様子に私は思わずギクシャクとした反応をしてしまう。紀介は基本的にチャンネルに姿が映ることはない。紀介やレニ、琉生は裏方が中心だ。せいぜい出るのは声ぐらいだろう。だから周りにはバレていない、ようだが……。
「な、ん、で、来、た!」
私がお冷を出しながら小声で尋ねると、はあ、と紀介はため息をついた。
「仕方ねぇだろ、聖に頼まれたんだよ」
「何を!」
「俺も今買い物してきた帰りなの。そしたら聖から連絡が来た。合流して帰ってくるようにって。ほら、お盆も近いだろ? エミルは特になにか巻き込まれるかもしれないから、紀介が行ってやれって……」
私はなんとも言えない気持ちになる。……また、聖や紀介に気を遣わせているのか。ドアが鳴るのでそちらの方を向いた。
「俺も丁度いいと思って。用もあったし__って聞いてるか?」
「アイスコーヒーですね、かしこまりましたぁ! あっいらっしゃいませー!」
「言ってねぇよ! おい……はぁ」
そんな言葉を背に聞きながら、とりあえず他のお客さんの対応を優先する。入ってきたお客さんは、若い男性客二人組だった。酔っているのか、少し酒臭い。その人たちは、私の顔を見るなり、騒ぎ始めた。金髪の男が大きな声で私を指さす。
「うわ! 君、あの子じゃん。今話題の動画チャンネルの……」
「……ご案内致しますね」
とりあえず無視することにしたが、えー、とサングラスをかけた方の男が私の顔を覗き込む。
「ほんとだー。え、画面より可愛いじゃん。ねー何時上がりなの? 有名人とちょっとお話したいなー」
「えっと……困ります」
「俺らお客さんだよ? ただちょっとお話したいだけなのに、聞いてくれないわけー?」
その様子に、周りがざわめき出すのを感じる。まずい、大事になるかもしれない。こういうときは刺激しないのが得策、ということは分かっていた。店長の方を見ると、どうすべきか考えあぐねているようだ。私がなんとかしないと、と思う。
「ごめんなさい。他のお客様もいるのでお静かにお願いします」
「えー、お話するだけなんだし、いいじゃ……」
そう言いかけたサングラスの男の目線が私の背後で止まる。なにが……と思って振り向くと、後ろに紀介が立っていた。私の肩をつついて、話しかける。いつもより若干、威圧感のある雰囲気を出して男たちの方を見ていた。
「店員さん。追加注文したいんだけど」
「あ、は、はい……」
「あとお兄さん達、みんなも店員さんもびっくりしてるからさ、もっと静かにお願いできますか?」
そう冷ややかに紀介は言い放つ。その目線に一瞬男たちがたじろぐと、厨房から店長が出てきてその男たちを連れて一度外に行ってくれた。
「あの、他のお客様のご迷惑になりますのでー……」
「はぁ? ちょ、おい……」
「失礼しましたー」
そう言って外に男たちが外に連れ出されると、店内に平和なざわめきが戻ってきた。私は少し安堵する。
紀介が私に向かってぼそっとつぶやく。
「……お前本当にトラブル体質なのな……」
そう言われた私は、唇を噛んで、紀介に向かって言った。
「……ありがとうございました! 注文はチーズケーキですね! かしこまりました!」
そう言って、紀介に背を向ける。背中に声が聞こえる。
「だから言ってねぇって……」感じが悪かったかもしれなかったが、そうするしか、私には出来なかった。紀介が呆然とする気配を感じたが、仕方ない。
……結局その三十分後ほど、それ以降は何事もなくシフトは終わった。制服から私服に着替え直しながら決意した。店長にも次の出勤のときに辞めるって言おう、と固く決意する。今回のようなことがこれ以上起こったら困る。
「エミル。帰るぞ」
店の外で待っていたであろう紀介が声をかけてきた。午後六時半。少しづつ日が短くなっている、と感じた。そのまま私は何も言わずに頷いた。その様子に、紀介は怪訝な顔をした。
「どうした?」
「……別に」
「別にってこたないだろ。何怒ってんだ」
私が何も答えないと、紀介はため息を着いた。気まずい沈黙が流れる。二、三分そのまま歩いたところで、痺れを切らしたように紀介は私に話しかけた。
「なあ、何怒ってんだよ。さっき騒いだからか? でも仕方ないだろ。あのままだったら危なかったし……」
「違う!」
私は首を振る。ああ、こんなことは言いたくない。八つ当たりだということは、よく分かっていた。それでも言葉を抑えられなかった。
「……紀介が悪いんじゃない。でも、私だってあの位は一人でどうにかできた。今までそうしてきた。だから大丈夫だったのに……」
「何言ってんだよ。大丈夫じゃなかったじゃん。危なかったろ。俺のほうが力も強いんだしあの場なら……」
「そうだけど……っ」
それだけじゃない。私は色んな人に迷惑をかけているのに、紀介も聖も、店長も……周りの皆は私に優しくしてくれるし、守ろうとしてくれる。それが私にとっては、どうにも苦しいのだ。私は、何も返せないのに。
『だって美留ちゃんていっつもトラブルに巻き込まれるもん!』
いつの日か、言われた言葉が脳を反芻する。……今言われた訳では無いのに、その言葉は深く私に突き刺さった。言葉を紡げなくなる。そのまま、紀介がため息をついて話しかけてきた。その顔は至って真面目だ。
「……ならちょうどいい。お前に話すべきことがあるんだよ」
「……!」
ふと、最悪の想像が頭をよぎった。もしかすると、聖に言われたのだろうか。……私は役に立たないから、チャンネルからは……とか。さっと頭から血の気が引く感覚がする。気がつくと、口から言葉が出てきていた。
「や、やだ……! 聞きたくない!」
「はあ? お前ちょっと落ち着けよ。ただ……」
「……ちょ、ちょっとほっといて! 一人で帰れるから! ごめん!」
「ちょ、待てって……」
これ以上話していても、私は冷静に対応できないとわかっていた。私は焦って、脇道の方に走って向かう。普段は使わないけれど、近道となる道だ。そちらに駆けると、紀介も着いてくる気配がした。私は振り払おうと急ぐ。しかし、後ろからすぐに紀介もついてきた。道に入ったところから暫く走って、私は紀介に腕を掴まれた。
「なあ! 聞けって!」
「やだ!」
「違う! エミル、……この道おかしくないか!?」
「……え?」
ぱっと顔を上げると、そこには暗い道が、広がる。




