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『ストーカー、柴犬、違和感』

「おーい、起きろ。エミル」


強めのデコピンをされ、目が覚める。どうやら夜中、共用スペースのソファで寝落ちしてしまったようだった。デコピンしてきた相手を見ると、紀介だった。佐渡紀介。前回は一緒に行っていないメンバーのうちの一人だ。目付きが鋭く背が高いため、少し威圧感のある人だ。だがさすがにもう怖くない。私は睨みつけながら言う。


「いったー、暴力反対」

「何でこんなとこで寝てんだよ」

「今日は学校の課題やってて疲れたの!」

「明日撮影だぞ。早く部屋戻って寝ろ」


 それは紀介も同じではないか。でかかった文句をしまって、諦める。この家は、郊外にある三階建ての一軒家で、広い共用スペースのある一階、女子部屋が二階、男子部屋が三階、という作りだ。つまり、ここは一階。時計を見ると午前二時。……というか、と思い紀介に話しかける。


「なんでここに?」

「ああ、今日出た動画見ててな。ほら、お前ら四人がこの間言ってた、隣の部屋がどうこう……っていう。それ見て反応とか見てたらな。まぁーやらせだのなんだの言われてて……でもチャンネルはちょっとずつ伸びてきてるんだよな……」


 納得する。真面目な紀介らしいことをしているな、と思う。彼の耳飾りが揺れる。翡翠色で、ビー玉のような宝石が着いている。それは美しく揺れていて、代々受け継がれてるとか何とか言ってたな、と思い出す。


「って……聞いてるか?」

「何が?」

「聞いてないなこいつ」


 はあ、と呆れたように紀介はため息をついた。


「明日の撮影の内容は覚えてるか?」

「えーと、ストーカーが人間じゃないっぽい的な」

「そう。よし、覚えてるな。じゃあ早く寝ろ」

「な、何それ……」


 見くびられすぎだろうと思うも、早く寝なくてはならないことは確かだ。言う通りに立ち上がり、そのまま自分の部屋に戻った。部屋に戻っていると、ガタッという大きな音が上から聞こえてきた。……寝相が悪いメンバーがいるな、と私は苦笑いした。……というか、寝れるかな、今日、と静かに私は危機感を抱いた。



 危機感の通り、結局四時頃に寝付いた私は七時から出発の車の中で爆睡をかましていた。起きると、もう目的地だった。隣に座っていた薬師寺緋姫……緋姫がニコリと笑みを見せた。下ろされた長いロングヘアが美しい。口元のほくろは、彼女の優美な雰囲気を彩っていた。


「おはようございます」

「んー……」

「もう着きましたよ」

「えぇっ本当!?」


 体感が三秒ほどだったので私が慌てて飛び起きると、紀介がはあ、と深くため息をつく。


「お前マジで……」


 緋姫はクスクスと笑う。


「お疲れでしたものね、昨日も。それに、二回連続の撮影ですし」


 今回は、前回とは全くもって違う三人との撮影であった。撮影は四人以上で、と決めている都合上前回撮影組のうち誰かひとりが同行しなくてはいけなかったため、ジャンケンで負けた私が行くことになったのだ。ため息を着くと、阿部琉生が口を挟む。その口調は淡々としたもので、事も無げに素っ頓狂な発言をした。


「ため息をつくと幸せが逃げるって言うけど深呼吸ってどっち判定なんだろうね?」

「お前は何を言ってるんだ」


 紀介は呆れ顔である。琉生はこういう突拍子もないことをよく言い出すのだ。どこを見ているのかなんとなく分からない目元と癖毛が印象的な彼は、そういう人である。私たちは苦笑しながら車から降りた。今回の待ち合わせ場所はカフェだ。

 カフェに着くと、こちらを見て手を振ってきた女性がいた。若い女性だ。同い年ぐらいにも見える。身だしなみに気を使っていそうだが、どことなく清楚系な雰囲気の女性だ。黒髪のストレートが良く似合う。


「こっちです……!」


 声も可愛らしい。なるほど、こういう純情派な子は、モテるだろうな、という考えが私の脳内を掠めた。

 私たちが座ると、その子ははにかんで言った。その子の隣に緋姫が、その対角に私、紀介、琉生の順番で並ぶ形に座った。注文の後、女の子は名乗った。


「私、鈴木奈穂っていいます。今回DMさせてもらった件を、調べて頂きたくて……」


 鈴木と名乗った少女は俯く。ええ、と緋姫が言った。


「なんでも、ストーカーがいらっしゃるだとか……」

「ええ。ごめんなさい、証拠とかはそんなに無いんですけど」


 そう言うと、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

 何者かの気配が外ではずっとしていること。見られているような感じだと。たまに、耳元でハァハァという息遣いが聞こえてくること。それでも、周りには誰もいないと。そして最近は嫌がらせなのか、家の前に残飯が落ちていることがある、と。


「これがその証拠です」


 そう見せられたのは、玄関であろう場所の前にコンビニの弁当のゴミが捨てられているところだった。手紙も置いてある。『君だけは許さない』と、そこには書かれていた。これは……と緋姫が絶句する。


「酷い嫌がらせですねぇ……」


緋姫は眉を下げ、ふわっと口元を抑えた。緋姫はとんでもやい資産家のお嬢様で、時折このような常人では考えがたいほど上品な仕草をすることがあるのだ。真似しよう、といつも私も思うのだが真似できた試しはない。

そして、緋姫の言っていることに私も同感だ。女の子にそんな酷い嫌がらせをするなんて……鈴木さんも怖いだろうな、と思う。もしも私たちにできることなら、解決してあげたいな、と強く感じた。

それまで黙っていた琉生が口を開く。


「この犯人が生身の人間じゃない、と考えた理由はありますか?」


 そう尋ねられると、鈴木は困ったような顔をした。


「ううん、そうですね。一番は誰もいないのに感じる、耳元の息遣いですかね……それに、見張られているような気がするのに、本当に誰もいないんです。帰っている時によくあるのですが、振り返っても誰もいなくて……それで私気味が悪くって、思わず相談してて……」

「なるほど……」


 そう返した後、ねえ、と私は紀介に小声で尋ねた。


「それって何かが鈴木さんに取り憑いてるんじゃないの? 今は見えないの?」


 ああ、と紀介は頷く。


「そういうのは見当たらないな」

「えぇっ、それなら霊とかじゃなくって、普通に人間なんじゃ……」


 紀介は若干渋い顔だ。


「……そっちの方がめんどくさいかもな。とにかく、今は原因を探る他ない」


 その後も話が続き、とりあえず鈴木さんの普段の行動を少し遠くから四人で見守る、という形で合意した。



 鈴木さんの行動、というのは具体的にはバイトに行き、そのまま帰宅する、という簡単な流れだ。その被害というのはココ最近始まったことらしく、夏休み中は基本そのルーティンなのだと恥ずかしそうに笑っていた。鈴木さんは一人暮らしらしく、守ってくれる人もいないと、悩んでいた。


「同性の友達に相談したら、巻き込んじゃったり、怖がらせちゃうかもだから……」


 その姿は妙に健気に見え、女ながら刺さるところがあったりもした。とにかく、私たちはバイト先に向かう道をとりあえず見てみていた。


「……何もいないね」


 琉生がぼそっと言う。そうね、と緋姫も頷いた。そうなのか、と私は思う。私の目からはもちろん何かいるようには見えないが、普通の人だから分かることもあるかもしれない。


「エミルは見えないでしょうけど、普通人間って、まぁその時にもよるけれど、一人や二人、霊が取り憑いているものなのよ」


「え、そうなの?」


 そう、と緋姫はつづける。


「でも大抵が良くも悪くもない、大したことない通りすがりの霊だからね。誰も気にしないし、大した影響もない。でも鈴木さんには……今、何もとりついてないのよ」

「え、そうなの? それっていいことじゃないの?」


 そうなんだけれど、と緋姫は微妙な顔だ。


「普通あるはずのものがない、ということは少し不審がるべき事なのよ。なにか彼女に原因があるのか、あるいは強い加護があるとか……」

「ところで今この場には十体くらいいるぞ、霊」


 紀介が余計なことを言ったため私が仰け反ると、まあ、と琉生が言った。


「ここに来るのは飛んで火に入る夏の虫もいいとこだけどね。うちのサイキョーコンビがいるし」

「お前なぁ……変な持ち上げ方すんなよ」


 紀介が呆れたように返す。まあとにかく、と緋姫が続けた。


「とにかく、ちゃんと注視しておく必要がありますわね。なにか変化が起きたら、皆きちんと対応できるように。わかった?」


 そう聞かれて、私たちははぁいと答えた。……緋姫は本当にしっかりしているな、と心の中で考えた。

 バイト先のコンビニに入っていった彼女を見送って、しばらく近くのファミレスで時間を潰す。ずっとコンビニの中で待っている訳にもいかないからだ。三人に聞いても、大した異変は見られなかったらしい。そもそもの人影もなく、ただ普通に出勤していただけだ。もしかすると、気の所為なんてこともあるのかも。だとしたら嫌がらせの件の説明はつかないが……。

ともかく、席について注文をする。その時、そういえば、と琉生が言う。


「昨日出た動画の……ほら、アパートのやつ。あれ、レニの霊能を使ったって言ってたよね。大丈夫だったの?」


 ああ、と頷く。


「うん。使い終わった直後はちょっと疲れてたみたいだけど……その後は全然平気そう」

「レニさんでも疲れるものなのですね……」


 緋姫が少し考え込む仕草を見せる。


「どうしたの?」

 私が尋ねると、緋姫が笑顔で首を横に振った。


「ああ、いえ。レニさんほどの霊能がありながら疲れる、ということに少し驚きまして」

「レニって強いの?」


 緋姫がうーん、と少し考え込み答える。


「そうですね。チャンネルの中でも強い方だと思います。霊感が強いほど、霊が見える、だけじゃなくて、霊に関係するものへの感覚の勘、というものも働きやすくなります。たとえば、危ないところに近づこうとすると吐き気がするだとか」

「へぇ……」


 紀介がそれを聞いて補足した。緋姫を向くと、彼の耳飾りがちゃりと揺れる。


「それで言うと緋姫も、勘は強いな」

「そうかもしれません。それに、少し関係あることかもしれませんが……」


 そう言うと一瞬言葉を切る。緋姫の頼んだパスタが届いたからだ。店員さんに丁寧にお礼を言い、言葉を続けた。


「今回の件は、なんだか妙な雰囲気がするのです」

「妙な?」


 琉生が聞き返すと、同時に琉生の頼んだ『超ドデカ! パフェ』なるものが届いた。三十センチほどある背のものだ。というか、なぜそんなものを注文した。というツッコミは置いておいて、緋姫は続ける。


「ええ。悪霊が関わっている、という感じがしないのです。実際見たでしょう。今日一日見てきて、現在まで彼女の身に危険は及んでいません。それどころか、霊さえも憑いていません。しかし、彼女の発言に嘘が無さそうなのも事実……」

「なんかキナ臭いってことか」


 紀介が顎に手を当て考え込む。そうしていると、琉生が話し始めた。


「へほほふはひはへひふほほはひほふへほ」

「なんて?」


 パフェを頬張っているからか、何も聞き取れない。ごくんと飲み込んで、琉生は改めて発言する。


「でも僕たちは出来ることをするだけでしょ、って。今考えても一緒だよ。鈴木さんののとはちゃんと見とくべきだけどね」

「そうだな。まあお蔵入りも覚悟するっきゃねーか……」


 はあ、と紀介がため息を着く。確かに、撮影のの性質上、お蔵入りになることも多々だ。そんな話をしていると、紀介と私の注文していたそれぞれの料理も届き、とりあえず昼ごはんを取る流れになった。


二章です。残りのチャンネルのメンバーが登場ですね。

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