『蒼い空に続け』④
私たちは、その数日後、再度琉生のお母さんに会うことになった。体調が良いかを琉生に確認してもらってのことだ。今回はメンバー七人の全員で対面することになったので、看護師さんに頼んで庭での面会にしてもらった。
琉生のお母さんの状態としては、元々の虚弱体質に加え少し厄介な病を拗らせているらしい。いますぐ命に関わる状態、ではないということから私たちは全員での面会を決意した。
琉生のお母さんは、琉生に車椅子を引かれ庭まで出てきた。曇り空が暗く、風は生ぬるい。そのせいか、庭には私たち以外誰もいなかった。琉生のお母さんは、私たちの顔つきを見てか、ふっと微笑む。
「……解ったのね。なにがあったのか」
「……はい」
よく見ると、聖の手にはカメラが握られている。……撮影許可は、貰っているのだろうか、そんなことを漠然と思いながらも、琉生のお母さんは続ける。ふう、と深いため息をついた。
「反省は、しているわ。來生にも、琉生にも、悪いことをした。……でも、私は失敗したのよ。琉生は琉生のままだったし、來生はいないまま。……成功したような気がしたけれど、目を覚ました琉生を見て、この子は琉生だって確信したの。そしてそれ以降、馬鹿なことを考えるのはやめて、現実を受け入れた」
そう言い切ると、琉生はそれに答えるように言った。
「……でも、僕の体質はきっとそれがきっかけだ。それがきっかけで、皆にも、関係ない人にも、迷惑をかけたんだよ。ねえ、お母さん」
そう話しながら、琉生は少しだけ泣きそうな笑みを浮かべる。私も初めて見る顔だった。
「僕のこと、産んでよかったって思う?」
そう聞いたあと、琉生のお母さんは、一瞬だけ固まる。その苦しげな表情は、一体どう言う意味なのか。少しだけ間があって、琉生のお母さんは口を開く。
「……もちろんよ。琉生」
「そう。それが聞けて、よかっ__」
そう言うや否や、琉生は立っていたところからふらりと目を閉じて、倒れ込みかける。すかさず、紀介が支えに走った。私たちは、その様子を見守っていた。琉生のお母さんが、琉生に向かって声をかける。
「る……琉生?! 大丈夫、ちょっと、しっかりしてよ……。あなた達、お医者さんを呼んできてっ、ヤダ、貴方にまでなにかあったら、私__」
そう言いながら、目には涙が浮かんでいた。琉生のお母さんの手は震え、青ざめていた。とても、嘘には見えない。私たちはその現場を見ながら、頷きあった。
……その次の瞬間。琉生がふっと目を覚ました。そうすると、こう彼は口にした。
「……久しぶりだね。お母さん」
「……え?」
数日前。地下室での出来事である。聖が読んでいた本には、こう書かれていたらしい。
『稀に、儀式に失敗すると対象者や儀式の実行者に不都合が行くこともある。その場合、の対象者を眠らせ、その間に霊そのものを祓ってしまうことにより、霊の影響はなくなる」
「……ってことは、琉生を上手い事眠らせたら、來生さんが出てきてくれるってこと?!」
私が歓声をあげる。確かに、眠っている間に暴れてしまうという話とも一致している。……と、だけど、と紀介が唸る。
「祓わなきゃいけないのか……」
「え?」
私が聞き返すと、紀介は俯く。
「……祓うってのは、強制的に魂を消滅させる手段、と言ってもいい。天国や地獄に送るための成仏とは全然違う、ある意味暴力的な手段で、出来れば取らない方がいい手段なんだよ」
だけど、と臣は言う。
「んな甘くて悠長なことは言ってらんねーぞ。琉生や俺らの身の安全もかかってる事案だ。琉生の体の中に入ってる來生って奴にはすぐにでも出てって貰わねーと」
「とりあえず、琉生に寝てみてもらう?」
レニがそんなことを言い出す。聖は苦笑いだ。
「レニ。そんなすぐ臣も寝れるわけ……」
琉生がすぐに返す。
「寝れるよ……ぐぅ」
「嘘だろ?!」
紀介が思わずツッコんでいた。とんでもなくテンポの良い琉生の入眠の後、まつこと数瞬。琉生は再度目を開けた。
「あー、ほら、やっぱ寝れないんじゃん……っ……!?」
そう言いかけると、突如琉生がこちらに向かって殴りかかってくるような仕草をする。まずい、と飛び退くと、その目は焦点があっていない。その口からは、ぽつぽつと言葉が漏れ出ている。
「ルイ……ヲ……キズツケルナ……!」
「……!?」
私たちが焦っていると、レニが突如聖に尋ねる。
「今! なんかロープとか持ってる!?」
「も、持ってる……!」
「じゃあ私のことぐるぐる巻きにして!」
何を突然言い出すのだ、と驚いていたのだが、聖はすぐにピンと来たのか、素直に頷いてレニの拘束をはじめた。その間、前に紀介と緋姫を配置した臨戦態勢に私たちは入る。緋姫が物理的な攻撃をいなしていると、レニがよしっと叫ぶ。
「……來生さん! ここなら誰も傷つけないから、入るなら、私の中に入って……っ入ってこい!」
そうレニが言うと同時に、なにかがレニの中に入っていくのが見えた同時に琉生の体の力も抜ける。そのまま琉生は倒れ込み、レニはがくんと首を落とした。
「今のが……來生さんか?」
「わからない……けどレニがとりあえず体の中に収めるのは成功したっぽい……」
レニの中に入った來生が目を覚ますのには、そう長くはかからなかった。その辺で伸びていた琉生が起きてくるのも。レニ……改めて、來生はめをしぱしぱさせる。レニは抵抗されたときのために自分の体を縛らせたのだろうとその時わかった。が、暴れる様子は特になく、じっと來生はこちらを見つめた。
「……君らは……」
そう問いかけられたので、ええと、と私は尋ねた。
「琉生くんの……お友達です。あなたは……」
「來生、です。えぇと、僕はなぜ__」
そう言いかけた彼は、そうか、とぽつりと呟いて、話を続けた。
「僕が、暴れちゃってたのか。ごめん……」
「え、ああ、いや__」
思わず私は首を横に振ってしまったが、臣のほうはさすが堂々としている。てめえ、とレニの身体でなかったら殴っていたのではというぐらいの勢いで來生に詰め寄った。
「お前、散々しやがって……!」
「……本当に、返す言葉もない。琉生、ごめん。迷惑をかけたね」
「……」
琉生は何も言えないようだった。無理もない。そうだよね、とその來生は頷いて言った。軽い口調は、なんだか少しだけ琉生に似ているような気もする。私たちは、暴れる意思はないとみて、レニの体に元々していた拘束を外した。すると、床に座った來生はふう、と息をつく。
「何から話そうか……」
來生が言う。私はまだ何も言えないでいると、緋姫が尋ねる。
「まずは……あなたは、ここにいる琉生さんのお兄様の、來生さんでお間違いないですよね?」
そう尋ねられた來生はああ、とあっさりと頷いた。
「そうだよ。……とは言っても、証明のしようがないから、難しいな。でもまあ、今から言う話を聞いて信じる信じないは判断して欲しい」
來生は二歳の頃亡くなったと聞いていたが、その言葉は流暢だった。私たちも彼の話に耳を傾ける。彼の言うとおり、話を聞いてみなければ始まらないとはわかっていたからだ。
來生であろう彼は、話を続ける。
「僕は、君たちも知っているように、二歳で命を失った。事故であっさりね。僕が話したいのは、その後だ」
そう言うと、來生は一瞬だけ息継ぎをしてまた続ける。見た目はレニだったが、その目の色は明らかにレニとは違うものだ。
「知っての通り、僕らのお母さんは、とある儀式によって、僕を実質的に生き返らせようとしたんだ。でも、イレギュラーが重なった結果、妙なことになってしまったんだ。その要因はまずひとつ、僕らが__主に僕が霊感体質で、その家系だったこと。ふたつめは、双子だったこと。そのふたつのイレギュラーな要素が重なって、儀式そのものには成功したけれど『変な形』になっちゃったんだよ」
「変な形って……?」
琉生が聞き返すと、來生はため息を着く。
「双子ってのは、もともと限りなく形の近いものだ。本来あの儀式は、生きている者の魂を追い返してほかの魂を入れるためのものなのだけれど、魂がぴったり上手いこと重なっちゃったんだよ。……その結果、僕の存在は霊感のあるものでも気が付かないほど琉生にピッタリと重なった物になってしまった。そして、琉生にも僕の霊感が移ってしまったような形になった。そして、あまりにぴったりと重なってしまったからか、思うように身体も動かせない。琉生から離れることもできない。__琉生が眠って意識を手放す、その短い間以外は」
「あ……」
夜中に無意識に暴れている、というのはその事だったらしい。來生は話を続ける。
「僕はずっと琉生の中にいて、琉生の目から君たちのことも、お母さんのことも、ずっと見てきた。だから大体琉生がどういう人生だったのかも分かるし、自分がどういう状況なのかも把握することができたんだ」
「じゃあ、夜中暴れてたとか、そういうのはお前がやってたって事なのか?」
臣が尋ねると、來生は悲しそうに目を伏せた。
「……残念ながら、そうだ」
「何でだよ……お前、琉生のことを大事に思ってるんじゃねぇのかよ」
臣が少し語気を強めると、來生の表情は、やはり憂いを帯びた笑いに変わった。
「言い訳になってしまうかもしれないけどね。僕は、時を経るにつれて暴走してしまうようになったんだよ」
來生は一度琉生を見つめる。
「琉生には申し訳ないとは思っているけど……僕の意思ではないんだ。僕が琉生を守りたかったのは本音だけれど、いつの日からか、自分が琉生の体に入った時、自分でも抑制が効かなくなるようになったんだよ。僕が長い間琉生の身体にいすぎてしまったからか、僕に霊感があったかは分からないけれど……いつの間にか自分の力も意識も、自分でも抑制できなくなってしまっていた」
……前に、『強い霊であればあるほど自我を失っている可能性が高くなる』という話を聞いた。そして、『霊感がある者は強い霊になってしまうことが多い』とも……。來生に起きていることは、その類いだろうということの予想はついた。
そして、もう一つ。
「そのせいで__僕がいるせいで、どうやら琉生の近くにいる霊の力が強まっているらしいのも、また確かだろうね」
「……」
やはり、そうか。確かに、と聖は頷く。
「あるいは……來生さんは生きていれば、そういう霊能の持ち主だった可能性も否定できないね。その力をもつ來生さんが琉生の体にいることで琉生もそのまま力を受け継いだ、みたいな」
「そんな……」
私が呟くと、來生は言った。
「僕にも何が起きているか、全部わかる訳ではないけど、多分そんな感じだろう。__琉生、お願いがある」
「……なに……」
琉生が言うと、來生ははっきりとした口調で言った。
「僕を祓え。僕がいると、君も、君の周りの仲間も……母さんも不幸になるだけだ。できればいますぐ、祓ってくれ。この体の持ち主の女の子にも負担は掛けたくないから、速やかに」
「……」
琉生は何も言わない。來生は、ふっと笑って、琉生の肩に手をかけて言った。
「僕は琉生を守ろうとした。でも、結局このままじゃ暴走して意味が無くなるんだよ。頼むから、僕が僕で居られる今のうちに、僕のことを祓ってくれ」
私たちは顔を見合わせる。……琉生の選択に、委ねるべきだ。
長い沈黙のあと、琉生は声を振り絞った。
「……分からないよ。僕、來生のことついこの間まで忘れていたし、お母さんがあんなことを考えていたのも、気づけなかったし……」
琉生の声は、震えていた。俯いていて表情は分からないが、拳は固く握られている。
「來生の力が僕たちを傷つけていたのも確かだし、來生の気持ちもわかる。けどさ……」
そう言って、肩に置かれていた來生の手を握った。
「來生は、大事な家族なんだ……。祓おうって、言えるわけないだろ……」
……私たちにも、気持ちはよく分かった。私は、いても立っても居られなくなって、琉生の名前を呼んだ。こちらを皆が見つめている。
「琉生の言う通り、大切な人を祓うなんて選択、出来なくて当然だよ。私たちも一緒に考えよう。どうすればいいか、どうしたらみんな、幸せでいられるか」
私はそう声をあげる。緋姫と聖が、頷くのが見える。しかし、臣は言った。
「……そりゃ気持ちはわかるけど。でも琉生の身の安全が最優先だろ。このまま祓わないってことになったら、琉生はこのままずっと苦しむことになるぞ」
「それは……そうだけど」
私が口ごもると、うん、と紀介も追随した。
「俺もどちらかといえば臣の意見に賛成だ。それに、何より……來生さんがそれを望んでるんだ。本人の意思は最優先した方がいい。……意志を優先しようと思っても出来なくなるケースも多いからな」
……様々な霊を見てきた紀介だからこそ、言えることなのだろう。二人のいうことも最もであると、頭では理解している。でも、私はどうしても納得がいかなかった。
聖と緋姫も、二人の意見には一定の正当性があると認めたのだろう。眉をさげて目を見合わせていた。このままだと、本当に來生さんを今すぐ祓ってしまうことになるかもしれない。
ふと、私は思いつく。博打だが、これしかないかもしれない。思いついた案を、二人に、琉生と來生に向けて言う。
「それなら、わかった。こうしようよ」
來生さんの未練。それはただ一つだ、と本人は言っていた。
「お母さんと琉生を今でも自分のせいで苦しめていること」
それなら、その未練を無くしてあげれば、きっと來生は成仏することができる。
上手くいくかも、賭けだった。琉生のお母さんが、仮に來生と会うことでまた精神状態が不安定になりそうならば辞めようという話をした。だから、琉生にはスムーズに眠って貰うように、わざと睡眠薬を飲んでもらっていた。琉生はそもそも寝つきが早いが、立った状態からでも寝られるように。__お母さんが琉生のことを心から心配しているのであれば、もう前のようにはならないだろうと、私たちの間で合意した。
そしてもう一つの賭け。來生が、琉生の体の中に入ったままで自我を保てるかどうか。これは本当に一か八かだった。最近は來生自身もコントロールが効かなくなっているとは言っていたが、來生がお母さんとコミュニケーションを取るには、琉生の姿であるほうがいいだろうということになった。それに、琉生のお母さんは霊感がない状態だ。臣の力を使って見ることも、またレニの中に來生が入ることもできるにはできるが、それだと本質ではない。だから、緋姫の守護霊たちにも協力してもらい、一時的に來生の力を抑え、來生が琉生の姿を借りて話す。
これのどちらかが上手くいかなければ、また、話をすることができても來生が未練を断ち切ることができずに、成仏できなければ。その時は紀介がその場で來生を祓う。……そういう話になった。
次回で一区切りつきます!




