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『蒼い空に続け』③

 琉生の持っていた鍵は、地下室に続くものだったという。廊下の奥の方に、確かに床に鍵穴と開きそうな扉があるのを見つけた。私たちはその鍵を開ける様子を見ながら口を開ける。そんなものが家にあるなんて。


「とは言っても、僕も初めて入るんだけど。避難用って聞いてたし勝手に入っちゃダメって言われてたからさ」

「なんか映画みたいだね……」


 私は思わず呟く。

「そもそも霊感とかもう既に映画だけどな」


 と紀介が身も蓋もないことを言って苦笑した。カチャリと音を立てて扉が開く。


「開いた……」


 そう言って、琉生は床の扉を開ける。穴のようになっていて、中にはどうやら、ハシゴがかかっているようだ。ここを降りないといけないのだろう。


「とりあえず僕から入るよ。次に、なにかいたらいけないから紀介と緋姫が来て。あとの順番は任せる」

「わかった」


 皆が頷く。そうして、琉生がハシゴに手をかけて降りていった。そして順番が来て、私もハシゴを伝い降りていく。そうして降りていっているうちに、私は段々怖くなってきた。なかなか下まで着かなかったからだ。下を見てみても、暗いからか底が見えない。……いや、と私は突然不安になった。


 ……どうしよう。このままハシゴが無限に続いていたら……。

 そんな根拠のない不安に一瞬襲われ、手汗が出る。と、うっかり手を滑らせてしまって、焦ってそのまま落ちていってしまう。ふわっと宙に浮く感覚に声が出てしまう。


「うわあ!」


 そして、落ちていく……が、どさっと音がしただけで、大した衝撃はなかった。どうやら、長いハシゴはもうすぐ下につくところだったようだ。よかったぁ、と思っていると、下から声が聞こえる。


「……お前マジで……」

 声の主は私の前に下っていた臣のものだ。目を釣り上げてこちらを睨んでいる。私は慌てて飛び退いて「ごめん!」と謝る。後から降りてきたレニの声が「なにしてるの……」と呆れている。緊張感がない。


全員その後は無事に降りれた。にしても、暗すぎて何があるのかもよく分からない。私たちが困っていると、あ、と聖がなにかをごそごそまさぐる音が聞こえた。しばらくすると、聖が懐中電灯を取り出して私たちを照らす。


「こんなこともあろうかと」

「準備が良すぎる……」


 私が呟くと、あ、とレニが自分のポケットを探った。


「てかスマホのライトとかあるじゃん」

「確かに……」


 意外と気が付かないものである。全員分のスマホのライトと懐中電灯を付けたら幾分か地下室は明るくなった。目も暗い場所になれて、徐々に見えてくる。そうすると、そこに何があるか、気が付き__私は戦慄した。

 そこにあったのは、仏壇だった。暗闇の中静かに浮かぶそれは、正直不気味なものに見えた。そしてその仏壇の前に、写真が飾られていた。その顔は、よく見ると……。


「琉生……?」


 いや、とすぐに分かった。これは違う。琉生ではない、兄である來生だろう。顔立ちがそっくりだったから、一瞬わからなかった。しかし、にしてもどこかで見たことがあるような……。


 なるほど、と聖が話し始める。


「琉生のお母様は、琉生に來生さんの死を隠してたからここに仏壇を入れるしかなかったってことかな」

「……そもそも、琉生にお兄さんの死を隠す必要って、あったのかな……」


 レニが呟くと、ふるふる、と緋姫は静かに首を振った。

「必要があるとか、そういうことではないものです。子供の死、というものを、琉生さんのお母様自身が受け止められなかったのかもしれません」


 緋姫はそのまま、ため息をつく。


「もちろん……そのことが悪い方向に行くことも多いものですが」


 仏壇は埃が溜まっていて、ここにもしばらく人は入っていなかったことが伺える。臣はふう、と息をついた。


「そりゃこんなもんがあったら家に霊も溜まるわな……念が篭もりすぎてる」

「でも、お母さんは僕にこれを見せたかっただけなのかな……」


 すると、それまで会話に参加せず辺りを見渡していた聖が「いや」と遮る。


「……もしかしたら、これかも」


 聖が指さした方向には、とある本が数冊、積まれていた。近づいてよく見ると、二冊。一冊はどうやら日記のようで、なにか記入されていたのが見えた。もう一冊は、何かしらの本であることに変わりはないのだが、なんの本かは表紙が汚れてしまっていてよくわからない。


「……日記? これ、読んでもいいのかな……」


 私が呟くと、琉生は躊躇なくそれを開きながら言った。


「この鍵を貰ったってことはいいって事だよ。ダメでも僕が許すから読もう」

「暴論……」


 そう言って、私たちはそれぞれ日記を覗き込んだ。文字が読みづらかったので、手元のライトでそのノートを照らす。そこには、このような内容が書き込まれていた。


『__十月二十五日

双子の赤ちゃんが無事に生まれてくれた。名前は來生と琉生と名付けた。父親がいないことで苦労を掛けてしまうかもしれない。でも、私の命がある限りこの子達を守り抜こうと誓った。でも、今日は疲れた。明日に備えよう。

十一月二十五日

私の子が生まれて、一ヶ月経った。元気に育ってくれている。どうやら來生は霊感が強いらしく、霊のいる方を指さしたりしている。それなら、余計に辛いことも多いだろうと胸がいたんだが、私にできることはしてあげたい。ただ、最近琉生の夜泣きがひどい。少し寝不足だ。まあ、すぐに収まるだろう。今日は早く寝ることにする。

一月三日

また親族たちに嫌味を言われた。あんな人達とは縁を切った方が二人のためにはいいのかもしれない。双子は忌み子だとか言われたから、怒鳴って出てきてしまった。お母さんが生きていたら、絶対そんな事言わないのに。二人が気に病んだりしないように、やっぱりあの人達とはもう会わないべきかもしれない__』

 そこまで読んで、琉生は呟く。

「……お母さんのだ。僕たちのことが書いてある……」

「育児日記みたいなものなのかな」

 聖が尋ねるが、琉生はとりあえず先を見進めようということで、ペラペラとページを捲る。その後はしばらく、育児についてのことが書かれている平和なページが続いた。時折、愚痴も書かれながらも、愛情に溢れたものだった。

 ページをめくる手が止まったのは、とあるページだ。

『四月三日

私は気がついた。來生には霊感はあるが、どうやら琉生にはないらしい。双子というものは、力を半分にすると聞いたことがあったのが、うちの子たちは違ったようだ。それならよかった。琉生だけでも、霊なんかとは関わり合いにならずに過ごして欲しい。來生には、霊とどう付き合って行くべきかをきちんと教えて行きたいと思う』


「琉生には……霊感がなかった!?」


 臣が驚いて言う。琉生は黙って、先のページを捲っていく。


『十月二十五日

來生と琉生が生まれて、一年経った。來生は人懐っこく、よく笑う子だ。琉生は、大人しいけれど、そこも可愛らしい。これからこの子達が幸せな未来を歩んでいけるように、今日を精一杯祝おう。

……

二月六日

最近、忙しくてあまり日記が書けていなかった。保育園にあの子たちを預けるのは上手くいったけれど、復帰した仕事は大変で、やはりガタがきそうだ。でも、子供たちの為には働かなきゃいけない。あの子達の笑顔を見て、明日からも頑張ろうと思える。

……

六月十五日

來生が霊に怯えるようになってしまった。いつかは来る日だと分かっていたことだったので、驚きはしなかったが、私も霊についての知識を少し増やさなければいけないだろう。一方琉生は、なんだかんだのんびりマイペースに過ごせているようだ。ちょっとだけ羨ましいなと思うけど、これが霊感を生まれて持って生まれた人としての宿命だろう。

……

十月二十五日

また暫く書けていなかったけれど、久々に日記を開いて見ようと思う。この二年間で、二人は双子で顔はそっくりだけど全然違うことが分かった。二人が幸せで今年も過ごせますように。あと、二人とも歩けるようになって、元気に走り回るのはいいけど怪我とかなく、過ごせますように』


 そこまで、ごく普通の日記だった。そこから半年ほど、記述が飛んだ。次に書かれていた文は、日付もない、殴り書きのような文だった。


『來生が死んだ。一瞬目を離した瞬間、ぱっと手を離れて飛び出してしまった。なんで。なんで私はよく見ていなかったのだろう。來生には霊感もあって、人一倍動きを見てあげなきゃいけない子だったのに、なんで。なんで私にだけこんな酷いことが降りかかるのだろう。來生。早く帰ってきて。お願い。

……

最近は琉生の事さえ疎ましく感じてしまう。まだ死ぬということをよく分かっていないのか、呑気に過ごしているその様子を憎くさえ感じてしまう。全部私が悪いのに。私は親失格だ。

……

そうか。わかった。琉生に、來生を『入れる』ことができればいいんだ。そうしたらきっと私は、二人のことを今まで通り愛することができる。そのためには、準備しなくてはいけない。そうだ、それがいい。この間同じ力を持つ人に貰った本に、確かその事が書いてあった。それを読もう』


 私たちは絶句する。しかし、琉生は特に何も思っていないような顔で、ぱらりとページをめくっていく。


『……

だめだ。失敗した。『中途半端』なままになってしまった。……二人に、申し訳ないことをしてしまった。罰なのか、もう霊感も失ってしまったようだ。……今まで見えていた霊も、何も見えない。そのお陰で、ようやく目が覚めた。私はこのまま、琉生の母親として、慎ましく生活を送っていこうと思う。この事は、墓まで持っていく。この日記も、今日で終わりだ。燃やすか、誰も見ない場所に一生しまっておこうと思う』


 それが最後のページだった。ぱたんと琉生が日記を閉じる。


「……なるほどね。お母さんが……」

「琉生……」


 名前を呼んでみたが、なんと声をかけたらいいのかわからない。うん、と琉生は頷いた。


「とりあえず……その本ってのが、もう一冊のこれのことかな、流れ的に。とりあえずそれも読んでおこう」

「……あ、琉生さん……。無理はしない方が……」


 緋姫は気を使ったのかそう声をかけたが、琉生は首を横に振って笑顔を見せた。


「大丈夫だよ。なにも、ショックとかないから。今はとにかく……なにが起こったのか、それが知りたいだけだよ」

「……」


 私たちもその言葉をうけとり、本のページをめくる。すると、とあるページに折り目がついてあったようで、そこが開かれる。それを見ると、このようなことが書いてあった。かなり古い本のようで文字が読みづらかったけれど、聖が解読して分かりやすく音読した。


「……降霊術の一種のようだね。一人の人間に半恒久的に死者の魂を入れる、というもののようだ。対象の人間が眠っている間に、霊を呪文によって召喚して、魂を眠っている人間の中に入れる……」


 そこまで聞いて、私たちは確信する。琉生のお母さんは……。


 琉生は、軽いため息をつきながら言った。

「お母さんは僕に來生の魂を入れようとして、この降霊術に失敗した結果僕がこうなったわけか」


 あまり、言いたくは無いが。私は正直、琉生のお母さんには、怒りを抱いていた。……どんな事情があれど、あまりにも琉生に対して……惨すぎると。許してはいけないことだ、と頭に血が上るのを感じた。

 ……でも、結局どうすればいいのか、分からない。琉生の体は、今どんな状況なのだろう。琉生は、今、どんな気持ちだろう。それを考えると、とても私は琉生のお母さんを擁護する気にはなれない。た


 ぱらぱらと本の内容を読んでいた聖が、いや、と私たちに声をかけた。


「……これなら、僕たちでも出来るかもしれない……」


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