↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/16

『蒼い空に続け』②

 翌日。台風が過ぎ去って、その日は不思議な程に、爽やかな暑さの一日だった。入道雲が立ち上る。そんな様子を窓から見ていると、消毒の匂いが、私の鼻をついた。病院独特の匂い。小さい頃はよく怪我をしていたから、入院したりもしていたっけ、とその匂いを嗅いだ私は思い出した。


 琉生が面会の受付をしているのを見ながら、私は思い返す。



「お母さんは、今入院しているんだ。元々体の弱い人だけど、最近特に体調悪くて。たまに病院には様子を見に行ってはいるけど……」

「……」


 私たちがなんて声をかければいいのか分からずにいると、それじゃあ、と聖が尋ねた。


「お父様とか、あるいは他の……」


「いないよ。祖父母はもうとっくの昔に亡くなっているし、お母さんとお父さんは僕らが生まれる前に離婚してる」

「……そうなんだ……」


聖が静かに返す。少し重くなった空気を断ち切るように、まあ、と琉生が続けた。


「いつでもお母さんとの面会自体は出来ると思うから、すぐにでも会いにはいけるよ。……ただ、ちゃんと話を聞けるかの保証はないんだけどね。行く?」


 尋ねられた私たちが一瞬言葉につまると、聖はすぐに頷いた。


「僕は行くよ。僕が責任を取るって決めたから、琉生と行こうと思う」

「そう。じゃあ聖は確定ね。他にもいる? いないなら、二人で行くけど」

「あ、エミルは?」


 そう突然臣から私に白羽の矢が立てられた。私が戦いていると、ああ、と紀介も頷いた。


「いいんじゃないの? 一番そういうの得意だろ」

「そーそー、俺とか紀介みたいなのが行ったらなんか……怪しいだろ」


 臣の紀介を巻き込んだ自虐に私は狼狽える。レニも頷いているが、ちょっとこちらは覚悟ができていない。


「ちょっと待ってよっ、それならしっかりしてる緋姫とかのほうが……」

「私ですか? ええ、構いませんが……」

「だ、だよね。じゃあ緋姫が……」


 私はそう言いかけたが、私はふ、と思った。

 みんなの為に、私にできることはしたいしするって、そう決めたんじゃないか。

思い出して、ぐっと言葉を押し込めて、ほかの言葉に変えた。


「……ううん。やっぱり私が行く。力になれるかは分からないけど」

 そう言うと、聖は軽く口角を上げた。


 ……にしても、病院というのは霊が多いな、と廊下をみて改めて思う。そこらに、なんならその場にいる生きてる人よりも多い数いるようだ。中には、少し禍々しい雰囲気を持った霊もいるようだった。私ははっきりは見えないけれど、それでもその程度はわかった。そんなことを考えていると、隣を歩いていた聖が私に小声で話しかける。


「あんまり見ない方がいいよ。着いてくることもある」


 ……いつも、みんなはこんな景色を見ていたのかな、と私は思って、少しだけ悲しくなる。きっと、苦しいことも多かっただろうと。


 そうこうしていると看護師さんに案内され、琉生のお母さんのいるという部屋に通された。カーテンで仕切られた四人部屋の、奥の部屋にいるようだ。琉生を先頭に、私たちがそちらに進んでいくと、琉生のお母さんは眠っていたようで、ぼうっとしていた。その姿は、確かに琉生の面影を持つようにも見えたが、生気をあまり感じない。白く乾燥した肌は、まるで作り物のようだ。傍らの準備された椅子に座った琉生が話しかける。


「お母さん。お見舞いに来たよ。あとこの子たち、僕の友達」

「……そう。あまり無理して来ないでも良いって言ったのに……。お友達、のお二人も。こんな姿でごめんなさいね」


 私たちは会釈する。穏やかそうな話し方だ。話には聞いていたが、思っていたよりも体調が悪そうだ。一度出直すべきか、とも思ったが、琉生はあまり気にしていないようだ。もしかしたら、いつも通りなのかもしれない、とも思う。


 琉生は、数ラリーの雑談をしたあと、突然彼の母親に尋ねた。


「ところで、僕は今日聞きたいことがあってきたんだ。……來生……兄さんのこと。お母さんの知っていることを、教えて欲しい」


 私たちは思わず固まる。オブラートに包まないハッキリとした物言いに私たちが慌てていると、言われた琉生の母は今までの穏やかな空気とは打って変わって、表情が顔からなくなる。そのまま、ふい、と横を向いてしまう。


「……話すことは無いわよ」

「お願いだよ。僕は……何も知らない。だから知りたいんだ。だから今彼らにも協力してもらっているんだよ。」


 そう琉生が食い下がると、少し強い口調で彼の母は琉生を窘めた。


「しつこいわよ。はあ。……あなたも災難ね、『私たちと一緒』なのよね。だから色々思うところがあるのは分かるけど……」

「お母さん。頼むよ」


琉生は質問するも、その声は耳に届いていないようだった。そのままぶつぶつと何事かを呟く彼の母親を見かねて、私は静かに声をかけた。


「琉生くんのお母様。私からもお願いします」

「……何、あなた、友達なのかもしれないけどね、関係ない人間なのに人の家庭に口出すんじゃないですよ」


 口調は強いままだ。そして、琉生のお母さんの言う通りでもあるな、と思う。……それでも私ができることはこのぐらいしかない。


「琉生くんは苦しんでいるんです。私たちはこの数ヶ月……彼の姿を近くで見てきました。……もちろん、何か事情があるのかもしれません。私は確かに部外者ですから、口を出すのもおかしな話だとは思います。でも……」


 私は言葉につまるけれど、止まる訳にはいかない。


「彼は私たちの、友達だから__」


 うまい言葉が、何も思いつかない。聖も、琉生もどこか不安げにそう言う私の姿を見つめていた。だれも、何も話さない。聖が見かねて、口を挟む。


「……ごめんなさい、失礼し……」

「……は」


琉生のお母さんは、何かを言おうとしているのがわかる。耳を澄ませると、こう、ハッキリと言っていた。


「琉生には、あなたの事をきちんと考えてくれる人がいるのね__」


 私たちが言葉の真意を掴みかねていると、琉生のお母さんは、首を軽く横に振りながら話し続ける。


「私からは……何も言おうとはとても思えない。でも、何かヒントになるかもしれない……」


 そう言うと、上体を起こして、ベッドの横にある机の引き出しをごそごそと探る。私たちがその様子を見守ると、あった、と言って彼女は琉生に何かを手渡した。


「……これを、使いなさい。私は、勇気が出なかったけれど……なにか、分かるかもしれないから」


 そう言って、手渡していたのは、とある小さな鍵だ。


「これは……」


 琉生がそれをまじまじと見つめていると、琉生のお母さんは琉生に話しかけた。先程までよりも、幾分優しい口調だ。


「少し疲れたわ。……琉生」


 そう呼びかけられた琉生が振り向くと、琉生のお母さんは優しく笑む。


「……色々、ごめんね。じゃあ、また顔を見せに来て」

「うん。……それじゃあ、また」


 そう言って、琉生は立ち上がる。私たちはお土産のゼリーだけを置いて、慌ててその後をついて行った。



「で、何か分かったのか?」


 車を運転して私たちを迎えに来てくれていた紀介が琉生に尋ねた。助手席にいる琉生が、うん、と頷く。


「わかった、というか……ヒントは貰った。このまま僕の実家に寄れる? できればほかの皆もいてくれた方がありがたいんだけど」

「それは……どっかで拾えば出来ると思うけど、なんで?」


 紀介が尋ねると、琉生は頷きながら言った。


「僕の家は……ちょっと特殊だから。みんないた方が都合がいい」

「……そうか。わかった、その通りにしよう。確か皆今日予定はなかったし」

「助かる。ありがとう」


 琉生は手の中の鍵を見つめながらそう呟く。私は速く過ぎていく窓からの景色を見ながら、その話を聞いていた。そうしていると、横に座っていた聖が私に話しかけてくる。


「エミル、ありがとうね」

「え、何が……?」


 私がなんのことか分からず尋ね返すと、聖は柔らかい表情で話し始めた。


「僕、琉生のお母様にも、何も言えなかったから。責任取るって意気込んだのに、情けないよね」

「そんな……」


 私はぶんぶんと首を振る。私よりも、ずっと聖のほうが。


「聖みたいに、深く考えたりするの、苦手だから……私からしたら聖の方がずっとすごいよ」


 そう言うと、聖は目を丸くして、返した。

「エミルのそういう素直なところはいい所だよね。僕も見習わないとな」

「それはそうだな」


 運転していたはずの紀介が口を挟んできた。そんなことを言われるとは思っておらず私が驚いていると、ふっと、紀介は笑いながら言った。


「でもさ、聖。慎重さ、とか色々考えて行動するとか、そういうのが出来るのはお前の長所だろ。お前もよくやってると思うよ、俺は」

「……そう、なのかな」


 聖はそう言われて、しばらく口ごもった。が、少し間を置いて静かにつぶやく。


「……ありがとう」


 その顔は、なんだかいつもよりも年相応の、普通の青年に見えた。


 家の方で待っていた三人と合流して、私たちは琉生の実家の前に着いた。住宅街のはずれにある、木製の一軒家。どこか古風な家である。その実家の鍵を開けようとした琉生が、あ、と聖の方を振り向く。


「ねえ、良かったら今回のこと動画にしない? 今も、カメラ持ってるでしょ」

「……え!? いや、持ってはいるけど……さすがにそういう訳にもいかないでしょ」


 そうすると琉生は続けた。


「アップは好きにしたらいいけどさ。記録として、撮っとこうよ。なにかに使えるかもだし」

「……そう? 琉生がいいなら、まあ……」


 そう言いつつ聖はビデオカメラの準備を始める。意外な提案に驚いていると、レニが私に向けて話しかける。


「……琉生を探しにきたときを思い出すね」

「うん……」

「大丈夫。きっと上手くいくよ。私たちなら」


 そう言って、レニは私の手をぎゅっと繋ぐ。私はその体温を感じて、少しだけ安心した。……正直、自分たちで解決できるのか、不安だったのも事実だったのだ。だけど、こう言ってくれる仲間がいる。


「そうだね。……行こう」


 琉生は鍵を今度こそ開けながら、あ、と私たちの方を振り向いた。


「ウチ、もしかしたらちょっと危ないかも」

「え?」

「なんていうか……」


 そう言いながら扉が開かれる。だれも暫くいなかったからか、暗くほこりっぽい。そして同時に私たちの視界には、霊が入ってくる。それも……。


「中はちょっと霊が多いから」


 ……無数の悪霊らしき霊が。私たちに向けて、それらが向かってきている。ひぇーと私が身構えていると、紀介と緋姫がざっと私たちの前に出た。


「琉生お前そういうことは先に言えよ!?」

「大丈夫ですわ。私達もいますから、落ち着いて探しましょう」


 二人がそう言う言葉通りに、確かに霊はこちらに近づいてはこなかった。臣は驚いたように琉生に詰め寄る。


「びっくりしたあ! ほんと先に言っとけ! あと、なんでこんな多いんだよ悪霊が!」

「うーん……僕もこれが普通だと昔は思ってたんだけど……」


 そう言いながら琉生は落ち着いて靴を脱いで、廊下を歩き出す。私たちも慌ててそれに続いた。


「多分ウチが霊感一家だからかな。あと僕の体質もあるかも。とにかくなんか昔から悪霊多いんだよね」

「よくお前今まで無事だったな……」


 臣は呆れ顔だ。そうだねえ、と琉生はいつも通りの淡々とした雰囲気だ。


「たしかに。慣れてたからかな?」

「どういうことだよ」

「というか琉生、どこに向かってるの?」


 そう後ろから聖が尋ねると、えーと、と琉生はこちらを振り向いて言った。


「地下室」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。