『嵐の中、失踪』③
落ち着いた話し合いは、雰囲気を改めて再開された。今度は具体的な話し合いだ。琉生のことを、どうするか。臣が頭を抱える。
「……とはいっても、原因も心当たりもわかんねんじゃ、どうしようもねぇよなぁ」
「あ、はい! 一個思いついたんだけど」
私は手を挙げてみる。いなくなったときから、心の中でちょっと思っていた案を口にした。
「動画サイトのほうに動画を出してみて、いなくなっちゃった琉生を探すようにお願いしてみたら? もしかしたら視聴者のみんなが見つけてくれるかも!」
そう案を言ってみたが、緋姫は眉を下げて首を振った。
「それだと大事になりすぎるし……もしかすると、琉生さんを狙う悪意ある人間が出てくるかも。そうでなくても、面白おかしく噂をされてしまう結果になるでしょうし、あまり好ましくないかと」
「た、たしかにそれはそうか……」
私の案はすぐに潰される。少し考えていた聖が、いや、と少し明るいトーンで言う。
「案自体は悪くはない。そういうのも含め色々出してみよう」
えー、とレニは腕を組みながら考えて、発言した。
「琉生に……今私たちがどう思っているかを伝えたい……よね。直接会えたら一番いいんだけどね……」
「それはそうだな。できれば意思疎通を測りたいところだ。本人の口から聞かないと納得いかないことも多い」
紀介は頷く。だけど、と彼はそのまま続けた。
「居場所は分からないし……そもそもあいつが抱えてることがわからないとどうにもな……下手なことを言ったら傷つけてしまうかも」
うーん、と全員考え込む。八方ふさがりだ。あまりにも手がかりが少ない。手がかり……?そう考えた私は、ぱちんと指を鳴らす。
「手がかり……!」
「おい、ほんとにやるのかよ!? 人としてどうなんだそれ!」
「何言ってるの臣! 腹に背は変えられないでしょ!」
「エミル、逆」
聖が呆れたように苦笑いした。私たちはとある部屋の前に立っていた。……琉生の自室だ。琉生の部屋に一度押し入ってしまおうということにまとまったのだ。どうやら琉生は最低限のスマホや財布などしか持って出なかったらしい、ということはいなくなった直後確認してわかった。部屋に鍵はかかっていないだろうと言うことで、私は手がかりを見つけるために中に入ることを提案したのだ。
さすがにプライベートが、手がかりも大したものがないかも、という意見も出たには出たが、このままなんの手がかりもないまま、というよりは……ということで結局とりあえずの形で私の案は採用された。
「どうすんだよ中で猛獣とか飼ってたら」
反対派だった紀介は遠い目だ。私は答える。
「そうなった時考える!」
「猛獣もギリギリ琉生さんならありえそうな……」
緋姫も苦笑い気味だが、こうするしかない。責任を持って私がドアノブに手をかける。
「入るよ! いい!?」
数人渋々ながらも結局みんなが頷いて、部屋のドアノブをガチャリと回す。……と、冷気が私の頬を通り過ぎた。その空気に、思わず目を閉じる。
「……?」
窓でも開いていたのか、いや、風はもっと生ぬるいはずだ。違和感を覚えながら目を開けると、そこにいたのは、予想外の人物だった。
「る、琉生……!?」
琉生が、部屋の奥に静かに立っていた。……いや、琉生……なのだろうか。その姿は、まるで、霊の姿……ように私の目には見えた。そのあまりの状況に何も言えずにいると、それはすぅっと何事も無かったかのように消えていく。
「琉生!? 待っ……!」
声をかけるも、もうそこには何も無い。そこにはただ、部屋が残されているだけだった。部屋は生活感はのこっているが、物は少ない。タンスと本棚、あとは机とベッドだけで、大した装飾もない部屋であった。好きなアイドルやぬいぐるみで溢れている私の部屋とはだいぶ様子が違う。……それよりも。
「今の、見た……!?」
私が後続のみんなに尋ねると、みんな頷いた。紀介が青ざめて言う。
「ああ……。まさかあれ、琉生に何かあったってことじゃないだろうな……」
そう言うと、いや、と聖から即座に否定が入る。
「あれはどちらかと言えば……霊というより、例えるなら残留物というか……」
「思念がそのまま象られたようなものでしたわね。……とはいえ、私もそんなものは見たことはありませんが、霊の気配とは少し……違うような感じでした」
緋姫もそのまま考え込んでしまう。私には分からない、独特な気配というものがあるのだろう。レニは呟く。
「でも、だとしてもどうして……? 琉生の思いがここに残ってたってこと?」
「……とりあえず! 手がかり見つけよう」
私はそう決める。そして、そのまま手分けして部屋の中を探ってみることにした。
手分けして部屋を一通り見ていたが、大したものは無さそうだ。私は聖と本棚のあたりを見ていた。本棚に置いてあるのは多少の小説類と、大学で使いそうな参考書や教科書の類……あとは食べ歩き本などだ。わあ、と聖が言う。
「真面目……というか、琉生らしいというか」
「食べ物と勉強のことしかない……目ぼしいものはなさそうな……ん?」
私が見ていると、並べられた本の奥に、目立たないように立てかけられている本らしきものを発見した。私達がそれを取り出すと、それは、アルバムのようだった。
見てもいいのか躊躇する。ここまで来ておいてなんだが、本人のいないところで見るのは確かに憚られることであるな、と今更ながら実感した。目線が泳ぐと、聖と目が合った。聖はこくり、と意志を持って頷く。私もその目線をみて、ようやく中身を開く決意をした。
私たちが見進めていると、途中でとあることに気がついた。聖は、深刻そうに呟く。
「……これは……」
◇
明日には台風が来る、というのを、僕__琉生はネットカフェのパソコンで見た、ネットニュースで知った。ここ一週間半は、シェアハウスにも、実家にも帰っていない。実家はともかく、チャンネルのみんなは、心配しているだろうか、と思う。最近はずっと、ネットカフェで寝泊まりをしている。それでも、どこか泊まるところは見つけないといけない。お金はもう残り数万円の貯金のみだ。……どこかで住み込みで働こうか。
エアコンは付いているはずなのに、頬を汗が垂れていく。夏は嫌いだった。
ここももうすぐ出ていかなくてはいけないな、と考える。ああ、いっそどこかに野宿でもしようか。そっちのほうが、僕にとっても他人にとっても良いだろう。
ふと、思い立って、動画サイトにログインして、チャンネルを見てみる。最新の動画投稿は話題になったワンコ守護霊事件以来、されていなかった。皆が今頃自分のことを探しているのかもしれない、と思うと申し訳なくなったが、彼らもじきに慣れてくれるだろう。それまで自分ができるのは、隠れることだけだ。チャンネルにも顔は出したことはないし、バレることは無い。大学は……どうでもいい。今は、とにかく、どこか人ができるだけいない所へ行かなければ。
そう思ってチャンネルを意味もなく眺めていると、つい数時間前に、とある非公開動画がアップされていることに気がついた。その動画名は、こうだ。
『琉生へ』
……自分を探すための物だろうか。見る意味はないかもしれない、いや、見ない方がいいだろう。そう頭では分かっている。が、反射的にクリックしてしまう。すぐに後悔したが、もう遅かった。動画が再生される。どうやら、共用スペースで撮ったものらしい。最初の画面には部屋着のエミルが映っていた。聖にエミルは尋ねている。みんなも部屋着だった。……何が始まるのだろう。
『……これで撮れてるかな?』
『そうだね』
『あ、もう始まってるのか』
『どこかにアップするんじゃないしいいだろ』
臣の呆れたような声が聞こえる。えーと、とエミルが話し始めた。
『琉生が元気で、どこかでこれを見れてるならいいんだけど。もし私たちのことが嫌いになったーとかほんとにただやになって出てくだけとかならいいんだけど、そうじゃないなら、ちょっとだけ話を聞いて欲しいな』
エミルの言葉に、一瞬、画面を閉じるか迷う。が、指は動かない。液晶越しに、彼女はそのまま話し続ける。
『……琉生。私たちね、琉生がいない一週間ぐらいさ……』
そう言うと、息を吸ってエミルが叫ぶように言う。
『正直すっっっっっごい寂しがってる!!』
『エミルうるさい!』
臣の文句も聞こえる。それは意に介さず、エミルは言った。
『だから、なんか私らに文句あるなら最後に喧嘩しに来て! 相談したいことがあるなら尚更来て! 私たち、活動しながら待ってるから! なんでも、いいから、もう一回ちゃんと話そ! ね?』
そう、元気にまくし立てていたエミルは少し表情を和らげる。えー、とそのカメラの視点が入れ替わる。目の前に映ったのは、レニだ。
『あの……私、あんまり、なにか話とかするのは得意じゃないけど。私に、私たちにできることは、したいからさ。だから、良かったら……気が向いたら、またここに戻ってきてね』
そう言いながらレニは手を振る。そこから素早く視点が変わった。次は臣。
『なんかビデオレターみたいなの送るのも小っ恥ずかしいけど、一言言わせろ。こんな俺らに心配かけて、申し訳ないとちょっとでも思うなら今すぐ戻ってこい! 以上!』
その粗雑な口調に、あら、と声を上げたのは緋姫だ。そのまま、緋姫がこちらに向かって話しかける。
『言い方はあんまりですけど……私も臣さんの意見に賛成です。是非、元気な姿を……お見せしに来てくださいね。時間がかかっても大丈夫ですから、私たちのことも、頼ってくれたら嬉しいです。……仲間、なんですから』
はい、とこんどは手稲に視点が移り変わる。あ、と紀介が声を出して、ええと、と若干顔を赤くしながら話し始める。
『あーなんか、なんて言いたいこと色々あるけど、とりあえず。……俺らはいつでもここにいて、ちゃんと待ってるから。気まずいとかそういうんが帰って来れない理由なら、安心して帰ってきな。……大丈夫だよ。意外となんとかなるから』
はい、次!と手早く視点が映る。最後は……聖だ。聖はゆっくりと、いつもの落ち着いた様子で話し始めた。
『琉生。これが僕たちの総意だよ。……無理はする必要ないけど、できればもう一回、会いに来て欲しいっていうのが本音。まあ、琉生も色々思う所はあるんだろうし、それが全部解決する! って言い切れるわけじゃないけどさ、でも』
聖は照れ笑いしながら頭をかいた。
『……僕も言われたんだよ。もっと頼れって。だから、僕も琉生を頼るよ。……このチャンネルには、琉生も、みんなも必要だ。欠けて欲しく無い。……こんなのはワガママだとは、分かってるんだけどね。琉生がもしなにか困ってることがあるなら、手伝うよ。じゃあ、待ってるね。……また』
そう言い残して、聖からエミルにまた手渡される。エミルは私?と若干戸惑った様子だったが、もう一度こちらに視線を向けて話し始めた。
『えーとえーと、以上! です! 琉生、これが皆の考え! だから……うん、待ってる! って事だよ! じゃあねー!』
そう言ってなんだか慌てたように動画が慌ただしく終わる。僕は、はは、と笑いが漏れた。とても、彼ららしい、動画だ。
笑っていると、なぜか自分の頬が濡れていることに気がつく。最初は伝っていた汗かと思っていたが、違う、と直後に気がついた。
「……っ」
キーボードにぽたりと、雫が落ちる。僕は、暖かな画面越しで、どうすればいいのか、途方にくれた。
◇
「……空、暗いね」
動画を非公開リストに入れた翌日。私たちは、台風に備えていた。予報ではあと一時間もすれば雨が降り出すらしい。窓を開けると独特な台風直前の空気、匂いを感じる。私が窓を開けているのに気がついたレニが私に言う。
「窓閉めてー。危ないし虫入ってきちゃう。早くガムテープしちゃお」
「はぁい」
私たちは窓をガムテープで補強する作業をしていた。レニが、独り言のように呟く。
「……琉生、大丈夫かな」
その発言に、私は何も返せなくなる。大丈夫だよ、なんて……軽々しくは言えなかったのだ。すると、丸めたチラシを持っていた臣がレニのあたまをポコンと軽く叩いた。
「できることはしただろ。あとはアイツの問題だからな。いいから手動かせよ」
「え、仕事しない臣に言われたくないんだけど……」
レニはぷくりと頬を膨らませる。なんだか感情表現が幼い彼女を微笑ましく思い、私は思わず笑みがこぼれた。共用スペースの他のところでは、聖が真剣な顔でパソコンとにらめっこしている。新しい動画のことでも考えているのだろう。緊急備品の確認がおわったのだろう、紀介がこちらに近づいてくる。
「こっちは終わったぞ。窓終わるか?」
「もうちょっとー」
私が応えると、はあ、と紀介がため息を着く。
「さっきニュース見たら、結構酷いらしい。停電とかならないといいな」
「あら、この家は太陽光発電もできますから、電気は予備分はあります。大丈夫ですよ」
話を聞いていた緋姫もこちらの話に混じった。たしかにパネルらしきものが屋根にあった気もするが、初耳は初耳だ。私たちはそうなんだ、と苦笑しながら返した。
三十分程すると、予報通り、風の音が強くなり始めた。窓がバンバンと言い、ガムテープを貼っておいてよかった、と思う。どうやら雨も降り出しているようで、ざぁっという音が強くなっていく。私達はなんとなく、共用スペースに集まって駄弁っていた。私もさすがに、部屋にひとりだと少し心細かったからだ。皆も、そうだったのかもしれない。
聖がそうだ、と話を始める。
「次の撮影、来週の水曜日に入れたんだけど、この日は僕午後から予定が__」
そう言いかけたその時だった。
『ピンポーン』
と、いう少し間の抜けたインターホンが鳴る。私たちは顔を見合せた。紀介が眉を顰める。
「……こんな台風に、客……?」
「誰かなにか頼んでた?」
私が聞いてみても、みんなは首を横に振る。紀介がそのまま立ち上がった。
「俺が行く。何かしら危ない霊の可能性もあるからな。お前らは一回そこいとけ」
そう玄関の方に進んでいく。一応、護身用の御札を持って。私たちはなんだか少し、嫌な予感がしていた。……最近起こっている不可解な事件の数々。もしかすると、また……。
そう思っていると、ドタドタとこちらに紀介が駆け戻ってきた。私たちはその珍しい様子を見て目を丸くする。私は思わず尋ねた。
「ど、どうしたの紀介?! そんな走って__」
「る……、琉生が! 琉生が戻ってきた!」
「えぇ!?」
全員の驚きの声が重なる。そしてそのまま、我先にと皆玄関の方に駆けて向かう。嵐は酷くなっているようで、どこからか雷鳴が響いてきた。
そして、玄関に着き、その人影を確かめる。
玄関に居たのは、たしかに、琉生だった。雨に濡れたのか、びしょ濡れで、癖毛がいつもよりは元気がなくなってしまっていた。俯いて、普段と変わらない無表情ではあるものの、それでも少しだけばつの悪そうな表情をした彼が、そこにいた。
「……」
「琉生!!」
最初に叫んだのは臣だ。レニは安心したのかその場に崩れ落ちる。緋姫も息をほっとついている。……私も、正直よかった、と思っていた。なぜ、戻ってきてくれたのかは分からなかったけれど……私たちのやったことは、無駄ではなかった。
ちょっと前に非公開動画を上げたら琉生に気がついてもらえるんじゃないかと言っていたのは、私とレニの案を混ぜて聖が言い出したものだった。それなら可能性があるかもしれない、ということで私たちはそれぞれ伝えたいことを言って、動画を上げたのだ。
……琉生が、何を抱えているのか。この間ほんの手がかりだけは見つけられたけど、本人の口から、しっかりと聞きたかった。
聖の顔を見ると、若干瞳が潤んでいた。……そんな姿は、ここ数ヶ月一緒にいて、初めて見た。
「……よかった……無事で……」
そう、聖が言うと、琉生は口を開き始めた。強い風の音が鳴り、稲光が彼の姿を照らす。口調は、いつもの淡々としたものだった。
「身勝手なのは、僕の方だよ。勝手に居なくなったり、何も言わず戻ってきたり、ハッキリしない態度で」
でも、と琉生は続ける。その顔は、いつも見るものとは少し違う……苦しみに歪んだ顔だ。
「自分ではどうにもならないことだったから……助けを求めに来たんだ」
琉生が一度言葉を切って、唇を噛んだ。そして、この言葉を口にした。
「お願い。僕の……僕の身に何が起こってるのか、一緒に考えて」
そう琉生が言い終わるのと同時に、雨足が強まった。ざぁっという雨音が私たちの耳に響く。誰が答えたのだろうか。いや、全員の総意だっただろう。私たちはこう答える。
「……もちろん」
うららです。すごい長くなっちゃった。
次から最終章始まります。あと番外編も。




