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第二章 調整

 侍従長のブルッフと中将の二人に相談をしていると主宮から使いが来た。

 オスカーからの呼び出しに、思うところのある一平は部下たちと顔を見合わせた。なんだこの図ったようなタイミングは。

 オスカーには多分にこういう面がある。勘が鋭いというのか、機を捉える才があるというのか、人の動向を察するのが異常に上手いのである。

「では後を頼む」

「はっ。行ってらっしゃいませ」

 部下に実務を託し、一平はいつになくいそいそと主宮に足を向けた。



「おはようございます。一平です。お呼びでしょうか。…陛下にはご機嫌麗しく…」

「おいおい、二人きりの時にそんなに畏まるな」

 型通りの挨拶を告げると、即刻遮られた。全く、本当にざっくばらんなお人柄である。

 一平は相好を崩し、幾分砕けた口調に改めた。

 

 とはいえ、この舅には頭が上がらない。時に頑固に進言することもあるが、やはり義理とはいえ、父は父である。愚息扱いは本心ではそう思っていないだけに、オスカーの趣味の一環であると言えた。

「オレの方にもお話ししたいことがありました」

「ん、そうか」

 オスカーは口を噤んで一平が話すのを待っている。

(…やりにくい…)

 国王を差し置いてこちらから口火を切るわけにはいかないだろうが。

 こうして一平を困らせるのもオスカーには楽しみのひとつだ。

(わざとしやがって)


 他に人目があればオスカーは絶対にこういうことはしない。娘婿の面目を潰すつもりなどさらさらない。

「陛下…」

 片頬を引き攣らせながら一平は先を促す。

 満足したようにそれを見届けて、わざとらしくオスカーは言った。

「おお、すまんな、呼びつけて」

「いえ…」

「モノリスにな」オスカーの第一声に一平ははっと顔を上げる。「行ってもらいたいと思ってな」

「!!!」


 願ったり叶ったりである。

 この人はエスパーか?

 幾度も思ったことを一平は新たに感じる。

「モノリスですか」

「名指しで招待の旨が届いている」

「オレに?」


 トリトニアとモノリスの国交は浅い。総じて北国の面々にはやっかみからかあまりよく思われていない。それなのになぜ?

「武術指南をしてほしいそうだ。おぬしの名声も大したものだな」

 ヨイショされるのは苦手だ。だが同時にオスカーに言われると胸がざわざわする。トリトン神にもだが、この男にこそ認められたかったという経緯が一平にはある。

「恐れ入ります。でもなぜオレに!?」


「僭越だが、わがトリトニアはこと武術に関してはポセイドニアの中でも一、二を誇っている。その中で頂点に立つ者に教えを乞いたいというのは尤もだと、私は考えるがな」

 お説ごもっともだが、わざわざ遠方の国から呼びつけなくてもよさそうなものだと一平は言いたい。青の剣の守人の立場がいかに多忙で重責にあるかを考えたら、そうそう呼びつけることはできまいに。


 武術の指南なら、別に自分でなくてもできることだ。同じ招待するにしても、わが国には前青の剣の守人の強戦士ミカエラだっている。老境に入っているが、未だに青科で教鞭をとっているので指南役にはうってつけだろう。

「ミカエラ尊師の方が適任なのでは?」

「あちらはぜひおぬしに来てほしいと言っている。嫌か?」

 嫌ではない。むしろ仕事でモノリスに行けるのなら幸いだ。アスランを同行することにどう算段をつけるかが問題だが。


「オレ一人でしょうか」

「キンタを付けようと思っている」

「キンタですか?」

 部下や従者ではなくなぜキンタなのだと一平は訝った。

「知っての通り、あやつは肚を決めてくれたようだ。赤の剣の守人を目指すとはっきり明言してから、生活態度も修練所での成績も、私が思う以上に向上している。だからと言ってトリトン神に認められるというものでもないが、私はいい傾向だと思っている」

 


 数年前、めでたく伴侶を得て家庭を持った義弟のキンタは、かつて赤の剣の守人となるのを嫌がっていた。理由は父と比較されるからだ。父の跡を継げばどう頑張ったとしても比べられることからは逃れられない。

 明るく自由奔放に振る舞っていたのは、素質もあるだろうが、ある意味キンタの策略であったのではないか。波風立てずにその運命から逃れるための。一平はそう憶測していた。


 そのキンタがある時から方向転換する。

 愛する女性と出会い、己を律しなければならないと、自分を鍛え直す挙に出たのである。

 それまでちゃらんぽらんに出席していた赤科の授業に真面目に取り組み、政治科の講義に真剣に耳を傾け始めた。

 父のオスカーは当時三十三歳。海人の中年と言われる年を越えている。何年もしないうちに宣旨は降りるだろう。腰を据え、気合を入れてかからないと、トリトン神に摘み出されてしまいそうだと実感したのだろう。


 悩める青少年だったキンタに敢えて苦言を呈したこともある。義弟の行く末を思えばこそだ。守人云々よりも、自身のやりがいのある生き方をしてほしかった。

 キンタを変えたのはむしろ妻となった女性の方だ。

 キンタはユズと呼ぶが、本来の名はユリ・ファブリーズ。オクタリアの第三王女だった娘だ。


 旅の途上の森で偶然出会い、互いに惹かれ合ったという。

 その直後にユズの母、オクタリアの女王の命でキンタの夜伽に遣わされた。一平から見れば運命だったとしか言いようがない事の運びだ。

 そしてユズの夫として相応しくあるべく、キンタは己を振り返って考えたのだろう。王女のユズを妻に貰い受ける資格が自分にあるのかどうかを。


 オクタリア側の思惑もあり、それから二年経たずして二人は夫婦となった。キンタとしてはもっと実力をつけたかったところだが、海人の常として早く子どもを儲けるべき、というのは誰もが一致する考え方だった。

 そして生まれたのは愛らしい女の子だった。現在、ユズは第二子を妊娠中だという。



 そのキンタをモノリスへ連れ出そうとオスカーは言う。

 外交体験の一環か、と一平は思い至った。同じような趣旨で、一平はキンタを同行してオクタリアに赴いたことがある。キンタにとって初めての国外訪問だった。そこでユズに出会ったのだから思い出深い。

 その後何度か機会を得てキンタもそれなりに外交のあれこれに通ずるようになってきている。


(荒療治か?)

 一平はふと思った。

 相手はモノリスである。情報が少ない。

 あのガラリアとレレスクの代表と親しそうに歓談している姿を一平は目にしている。あの、にっくきガラリアとレレスクだ。

 既に首魁の国主たちはあの世の者だが、油断は禁物だ。

 

 外交は駆け引きだ。相手が何を考えているのか、心の裏を読まなければならない。心を許している相手ばかりと接していてはその手腕は鍛えられない。

 これを機に、キンタに難しい経験をさせようとオスカーは考えているのだ。大火のないうちに。

「いつまでもぬくぬくと王子稼業に浸っているわけにもいくまい。あれもいつの間にか十九にもなった。じきに二児の父親だ」


  十九歳。

 一平がパールを失った年齢だ。思い出す度、いまだに辛い。なんと色々なことがあったことか。

 それに比べれば今は平和である。

「私ももうあまりのんびりと構えていられない年だしな」

「陛下はまだ当分ご健勝でありましょう」

 減らず口が叩けるうちはあの世からのお迎えなど来るはずもないと、一平は思う。


「…わかりました。行ってまいります。キンタの名目はどのように?」

「物見遊山、ではだめだろうか」

「は?物見遊山、ですか?」

 一平の目が点になる。

 友好条約を取り付けてこいと言うのも少々荷が勝ちすぎるし、貿易相手としてはその距離が立ち塞がっている。


「モノリスのあちらこちらに行って国の内情を見てきてもらいたい、と言う事情もあるのだ。何しろ情報が乏しい。国を代表しての使者ということであれば、モノリスも色々ともてなしてくれるだろう。案内の者を付け、売り込みたいものがあれば進んで提供してくれるだろうし、取り入れた方がいい利点も発見できるやも知れぬ」

「そう簡単に見せてくれるでしょうか」


 リスクはある。モノリスとて、見せたくないものはあろう。臭いものには蓋をして上澄みの綺麗なところだけを表に出してくるかもしれない。

 だが、それでもよいとオスカーは言う。

「キンタの目と耳を磨いてやってほしい。適任者はおぬししかいないと、私は思っている」

 慈愛の籠る眼差しでそう言われ、一平は肯んじた。

「御意。及ばずながら、尽力いたします」

 守人が不在になることで生じる不具合にはできる限り対処しようと言われ、一平は実は、と報告する。


 アスランの家系の勉強のこと、モノリスにいる縁者のこと、父子(おやこ)水入らずの旅を企画していること、すでに調整に入っていることを。

「アスランを同行することをお許し願えれば大変ありがたいのですが」

「水入らずではなくなるがよいのか?」

「キンタは水ではなく空気ですから」

 水は見えるが空気は見えない。キンタは邪魔者ではないと、一平は言いたかった。

「アスランにもよい思い出となるだろう。大いに楽しませてやってくれ」

快諾を得たことに感謝し、一平はオスカーの元を辞した。

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