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第一章 家系

この作品は「トリトニアの伝説」の外伝です。

パールがこの世を去っておよそ六年後の物語です。


物語の背景

海人の園ポセイドニアの一国トリトニアで青の剣の守人を務める一平は地上人との混血だ。

海で生活するようになって実はまだ十二年にしかならない。

その妻は癒しの姫と呼ばれるほどの稀代の能力を持っていたが、六年ほど前に偉業を成した末に他界した。

二人の愛の結晶である息子のアスランの成長が現在の一平の生き甲斐であり楽しみだ。

利発なアスランは先頃から修練所に通い始めるようになり、その生活を毎日嬉々として父の一平に語る。

家系について学び、自分の縁者が極端に少ないことに驚きと落胆を隠せないアスランのため、一平は息子を連れて縁者探しの旅に出ようと企画するのだった。


「父〜」

 執務から戻るとアスランが顔を輝かせて駆け寄ってきた。

 この笑顔にはいつも癒される。

 何ものにも代え難い妻の目をそっくり写しとってきたかのような息子の青い瞳を真正面から受け止めて、一平は両手を広げた。

「おかえりなさいませ!」

 幼い高い声でそう言って見上げてくる息子をその手に抱え上げた。


 息子は六歳になっていた。

 片親であるにも拘らず、周囲の助けのお陰で捻くれることなく真っ直ぐに育っていた。

 一平にとって今現在の生き甲斐は息子だった。

 妻から託されたこの命を守り育ててゆくことが、彼の唯一の生き甲斐だと言って過言ではなかった。

 

 ふた月ほど前からアスランは修練所に通うようになっていた。修練所とはトリトニアの学問所である。六歳から入所でき、年齢を問わず様々な分野について誰でも自由に学べる。

 一平も、トリトニアに来てから将となるまでの二年間ここで修練に励んだ。

 二年間、というのは大方の者と比べ極端に短いが、彼の場合は十三の年までは地上で、その後の三年間は大洋を旅していたため、十六になって初めて入所が可能になったのである。


 トリトニアのことを何も知らない彼には、より多くのことを身に付けるために必要欠くべからざる選択であった。

 十六にして普通六歳から学ぶ一般教養部門に入り、必要と思われる政治科にも所属し、なおかつ青の剣の守人を目指すべく青科と軍籍に入って上を目指した。


 青の剣の守人になれたら娘をやろうと、最愛の娘の父親に提案されたからである。

 娘の父親とはここトリトニアの国王オスカー三世であり、娘とは後に癒しの姫と呼ばれる王女パールティア、一平が遥か彼方生国の日本から命懸けで守ってきた恋女房である。

 艱難辛苦を経て晴れて結ばれた二人の愛の結晶がこのアスランであった。


 アスランは母を知らぬ。生後二ヶ月の時、偉業を成し、母はこの世を去った。計り知れない悲しみの中、妻の最後の望みを果たすべく、一平は今も尽力している。



 修錬所での生活にも慣れ、アスランは日々生き生きとして過ごしていた。友達もでき、生来利発な彼は修練所で見聞きすることに多大な興味を持ち、全て吸収しなければ勿体ないとばかりに、尊師(せんせい)を質問攻めにし、新たな課題を待ち侘びていた。

 一平が帰宅すると、待ちかねたようにその日あったことや学んだことを述べ立てる。そのことで習ったことのおさらいにもなり、アスランはめきめきと秀才ぶりを発揮していた。


 意気揚々と己の体験を話すアスランを、一平はいつも目を細め、優しげに見つめる。黙って耳を傾け、意見を求められれば対等に扱って答える。その繰り返しは懐かしい記憶を呼び覚ます。

 かつて、海の彼方ムラーラという国で、パールと二人勉学に励んだ日々のことを。一平が武術を、パールは医術を、互いのために習得しようと励んだことを。


 今日アスランは家系について学んできたらしい。

 自分を培ってくれた両親をはじめ、祖先の人々のことを敬い、大切にしなければいけないと。知りうる限りでよいから己のルーツを知り、心得ておくようにと。

 まだ入所したての子どもたちは、祖先のことなど考えたこともない者が多い。アスランもその一人だった。身近にいる父、他界してはいるが話題には事欠かない母。その両親である国王と王妃。そして叔父一家。そのくらいしかアスランに縁者と認識できるものはいない。


 ―七人!?―

 自分の縁者はたったの七人しかいないのか?

 寿命の短いここトリトニアではそれもおかしくない話ではあったが、アスランの好奇心はもっと知りたいという方向へ動く。

 自分の知る限りの人の名を挙げてから、アスランは父に問うた。

「…これだけ?…」


 一平は相好を崩した。

 無理もない。父親の係累が一人もいないのだから。

 では話してやろう。

 一平は昔話を始めた。



 一平が生まれたのは遥か彼方、日本という国だ。海の中ではない。地上だった。彼は地上人と海人との間に生まれた混血だった。

 父である(まさる)は漂流して日本に流れ着き、そこで母のさよ子に出会った。海人としての記憶を失っていたが、亡くなる間際に思い出し、本当の名と故郷の名を一平に告げてこの世を去った。


 ―トリトニアのラサール―

 トリトニアでは名の知れた武将であったのだと一平は後に知る。

「ラサール?」

「そうだ」

「父の父ってことはボクの祖父ってことだね」

「そうだな」

 祖父という言葉は理解しているらしい。


「陛下も祖父だよね」

「そうだな」

「ふうーん」

 口を少し尖らせて相槌を打っているので、記憶に留めようとしているのだろう。

「祖母はシルヴィア陛下とさよ子な」

「うん」

「覚えたか?」

「うん」

 笑顔で答え、次を催促する。


「もっと前の人は?」

「父の父の父のことはわからんな」

「えー!?」

 意外な回答にアスランは不服そうな声を上げた。

「オレは新参者だからな」

「シンザンモノって何?」

「新人ってことだ」


 父は国のトップとも言える地位にいる。『新人』という名の響きとそぐわないことこの上ない。アスランの頭は混乱する。

「そうだ。まだここに来てたったの九年だ」

「九年ってすごく長いよね?」

 アスランに限らず、子どもにとって九年とは果てしなく遠い先にある。それなのに?

「生まれた時からトリトニアにいるおまえの、たった三年しか先輩じゃないんだぞ」

「そうなんだ」


 妙に納得したが、おかしな気持ちだ。父と自分の歳は十九年も離れているのに。計算が合わないとアスランは思う。なんだかぐしゃぐしゃしてきたのでアスランはもうひとつの方の質問をする。

「母の母の母は?」

 一平が父の父の父、と言ったからだろうか、アスランはそんな尋ね方をした。

「その辺もよくわからんな」

「えー!?父、物知りだと思ってた」

 一平は苦笑するしかない。

「後で陛下に聞いてみような」

 頷くアスランに一平はふと思い出したことを言ってみる。



従兄弟姉妹(いとこ)ってわかるか?」

「ユーフォのこと?」

 アスランには従妹がいた。母の弟、キンタ叔父夫婦の娘だ。ユーフォルビア、略してユーフォと呼ばれている。まだ二歳だ。

「そうだ。相手の親が叔父や叔母の関係にある子ども同士のことをそう言う」

「知ってる」

「オレにもいた。双子の兄弟で、名前は(よく)(がく)。同い年だったし隣に住んでたからいつも一緒につるんでた」

「つる?」


 父はまたアスランの知らない言葉を使った。頭に疑問符を浮かべる息子の頓狂な表情が面白くてつい一平は笑ってしまう。

「ハハハ…。遊んだり、学校に行ったり、いつも一緒だったってことだ」

「ふーん」

 一応想像できているようだがいまいち表情は冴えない。


「…羨ましいか?」

 アスランの表情には明らかに羨望の色が浮かんでいた。

 思わずうん、と言いそうになって、ハッとしたように顔を上げ、アスランは言った。

「ううん、ボクには父がいるもん」


 健気にそう言うアスランが強がっていることを一平はわかっていた。

「すまんな。おまえに兄弟を作ってやれなくて」

 少し寂しそうに息子に詫びた。

 後添えを貰い、新たに子を設ければ、アスランの寂しさはもっと軽減されていただろう。だが一平は全くそういう気にはなれなかったのだ。


 今アスランは同年代の子と遊ぶのが一番楽しい時期であるはずだ。

 これまでアスランの周りにいたのは大人ばかりで、皆父に仕えているようなものだったから、同じ年頃の子どもと関わることは多くはなかった。修練所に入ってからは友達と呼べる者もできたが、級友や尊師の誰もが父のことを誉めそやし、多少距離を置いて接してくるのは否めない。


 これが兄弟ばかりを褒められていたのならまたアスランの心象も大きく違っていたことだろうが、大好きな父のことを褒められて悪い気がするはずもない。

 自分は世界で一番素晴らしい人を父に持ったのだと、鼻高々で誇らしく思っていることは嘘や誇張ではなく感じられたが、不憫ではある。



 アスランは先を催促する。

「従兄弟っていうことは伯父も伯母もいたのでしょう?」

 そうだった。世話になりっぱなしで日本を出てきてしまったが、功伯父もさえ子伯母もどうしているだろうか。

 伯父と伯母の名を教え、その両親の名前も教えたところで一平の検索は尽きた。


「父の父の父はわからないのかあ…」

 残念そうに呟くアスランの言を聞きながら、一平ははたとあることを思い出した。

 父には姉がいるとオスカーが言ってはいなかったか?

 トリトニアに着いたばかりの頃、父のことが知りたくてオスカーに話をせがんだ。確か、一番下の姉がモノリスに嫁いでいると言ってはいなかっただろうか。


 当時ラサールは生きていれば三十八。その姉ならばもっと上だ。平均寿命に手が届いている。生きていたとしても、ポセイドニアの北端にあるモノリスまでわざわざ出向いていくほど意味のあることとは、その当時の一平には思えなかった。一平の前には問題が山積みだったから、自分のことで精一杯だった。


 モノリスに行ってみようか。

 不意に一平はそう思った。

 父の姉が存命していなかったとしても、その子どもならいるだろう。一平の従兄弟姉妹に当たる者が。そしてその従兄弟姉妹に子どもがいれば、アスランには再従兄弟姉妹(はとこ)がいることになる。

 

 一平は海人としては結婚が遅かったから、アスランよりも年長である可能性は高い。まだ片言しか喋れないユーフォよりは話し相手になろう。

 問題は忙しい一平がモノリスくんだりまで出かけていく余裕があるかどうかだ。

 ここのところトリトニアは大きな問題もなく落ち着いている。週に一度の休務日も返上することなく消化できている。調整をすれば何とか一週間くらいはトリリトンを留守にできるのではないだろうか。



 一平はアスランに提案してみることにした。

「モノリスという国があるのを知っているだろう?」

「うん。ポセイドニア建国の一番目の国だよね」

「ああ。今思い出したんだが、そこにどうやらオレの伯母が住んでいたらしい。会ったことはないし今生きているかもわからない。伯母がいなくとも、子どもたちはいるかもしれない。いないかもしれない。だがそのまた子どもがいるかもしれない」


「父の伯母の子どもの子ども?」 

 ややこしいことを頭の中で整理し、アスランは言った。

「父の伯母の子どもって、父の従兄弟姉妹?」

 一平は頷く。

「その子どもだから…」

 アスランは首を傾げた。再従兄弟姉妹という言葉は知らないようだ。

「再従兄弟姉妹だ。おまえの再従兄弟姉妹に当たる」

「!!!」


 よくわからない気もするが、縁者が増えたということは理解した。

「ほんとう!?」

 アスランは目を輝かせた。

「いや、糠喜びさせて悪いが、仮定だ。もしかしたら、ということだ。いないことも大いにあり得る」

「えええ…」

 今度は眉尻を下げてしょげる。

「それでも…行ってみる価値はあると思う」


 その言葉にアスランはハッと目を瞠く。

「行く?えっ?モノリスに行くの?行けるの?」

 アスランはトリトニア国内を出たことはない。勉学に励むようになって世界のあれこれについて知り、関心と憧れを抱くようになっていた。多忙な一平がアスランを伴って出かけたことはごく近所までに止まっていたので、所謂旅行のようなレジャーを父子で楽しんだことはなかったのだ。


「父と行けるの?ボクも一緒?」

 言い募るアスランが真剣でいじらしい。

「これから仕事の調整をしてみる。陛下にも許可を請わなければならん。だめかもしれん。それでも、待てるか?」

「うん!!いいよ、いいよ!いつまでだって待つよ!父と一緒に行けるんなら、修練所も休むよ!」

 修練所に通うことは目下アスランが一番楽しみにしていることだ。それを自ら休むと言う。仮定だけでこんなに喜ぶのなら、何としても時間を工面しなければならないなと、一平は固く心に誓った。

 

 

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