第十章 処刑
処刑場は賑わっていた。普段からそうだ。
ここモノリスの人々は処刑に慣れていた。
些細なことにも厳罰が下される環境下で長の年月暮らしてきたのだ。学問所の学長が言ったように、神殿に絡んだ出来事では特にその度合いが高い。そして被害者の意向にまず重きを置かれる。加害者の釈明と詫びを被害者が受け入れなければ概ねその刑は確定する。
端的に言えば「死んで詫びろ」という精神なのだ。
だから人々は周囲にとても配慮する。つまらぬことで命を落とさないように。子どもらにも、そうならないよう犯罪者の末路を実際にその目に焼き付けさせる。
今回の処刑の対象者は大物だと聞き、近隣から多くの民が集まって来ていた。
処刑の手段は大抵の場合斬首である。罪人を石の台に括り付け、斧で一刀の下に処す。
広場の中央に罪人を張り付ける台がぽつねんと置かれていた。
広場ゆえ、腰掛けるようなものはない。トリトニアと同じように、見物人は四方八方から己の足や鰭を使って場所を陣取っている。唯一営倉の建物がある場所だけ避けているのは、国主が座すための腰掛けがあるからだ。
だがそこに国王はいなかった。
別段いつも必ずいるわけではない。可能な限り見届ける役割を担ってはいたが、不在の時も多かった。
だが今回の罪人は外国からの客人だという。ならば列席しそうのものだが、と人々は噂をし合う。
その中に国王不在の理由を知る者がいた。
キンタだ。
軟禁中の身だが、見張り付きでよいと頼み込んで処刑場に出向かせてもらった。勿論一平の助命を嘆願するためである。
そんな行為が許されるものなのか否かはキンタにはわからない。わからないが、キンタにできることはもうそれしかなかった。
アスランを連れて行きたくはなかったが、置いて行くわけにもいかない。アスランの身の安全を一平から託されている。一平が自分の命よりもアスランの未来を大切に思っていることはわかりすぎるほど強く伝わってきていた。
それに、賢いアスランはキンタの様子から敏感にそれを察したのだ。
これからキンタが行こうとしているのは父の処刑場であることを。父を助けるため、叔父が動こうとしていることを。
「ボクも行く!」アスランは叫ぶ。「おじさま!ボクも連れて行って!おじさまの言うことをちゃんと聞くから。絶対に邪魔はしないから!ボクなんか足手纏いかもしれないけど…でも…待ってるだけなんていやだ!」
必死の嘆願にキンタはアスランの中に姉を見た。
どんなにひ弱でか弱くても、意思は固い人だった。こと一平に関しては特に。義兄が姉を守ろうとすればするほど、姉もまた義兄の身を案じて危険に身を投じた。そして姉も、その力で義兄を守り抜いたのだ。
キンタは一瞬瞑目してから言い聞かせた。
「わかったよ。…一つだけ、約束してくれ。オレのそばから決して離れるな。もし、オレが急に動いても、服でも何でもいいから掴んで食らいついてこい。いいな?」
「…はい!!」
この三日間で一番生き生きした目をして、アスランは返答した。
関係者ゆえ、場所的には処刑台に割と近い。
建物の中から人が現れる。ゆったりとした足取りで先頭を行くのは思ったよりも若い男だった。
キンタよりは少し上だろうか。まだ男盛りといった年齢だ。動きに隙がない。武道は嗜んでいそうだ。
周りの群衆が口々に言うので、営倉の施設長、ウラー長官だと言うことがわかった。
施設長というからには知識も実力もあるのだろうが、品位というものに欠けているな、とキンタは思った。
目つきがおかしい。口元も心なしかにやけている。
(…何だ?こいつ…)
ウラーの精神は明らかに常軌を逸していた。
一平が面通った時と比べ、負の印象が強くなっている。
―危ない奴だ―
キンタは直感した。彼は確かにオスカーとシルヴィアの才を受け継いでいた。
「静粛に!!ご来場の皆に申し上げる。これより本日の咎人の処刑を執り行う」
片手を差し上げて、長官が場を取り仕切る。
「咎人の名は一平。トリトニアの青の剣の守人である」
罪人の名を聞き、人々がざわめく。
「この度の咎人はモラ神殿の祭具を破損せしめた。名工の手になる名品だ。寄進者は王子ナメック。モラ神殿とナメック王子より被害届と刑罰の要請が届いている。審議の結果、被害者の意向を重んじ、これより斬首の刑を執り行う」
「おおおおおっ…」
群衆はどよめいた。
「異議のある者はいるか?」
凡例に則り、一応ウラーは衆人に尋ねる。ここで手を挙げる者などまずいない。群衆は一旦しんと静まり返る。
「異議あり!」
若い男の声が静寂を破った。
ウラーはあからさまに嫌な顔をして声のした方を見やった。
すっくと立つ険しい表情の若い男。その髪は怒りに燃え上がっているかのようにオレンジの色をして逆立っていた。
キンタである。
「…まずは名乗られよ」
仕方なく、セオリー通りウラーは先を促す。
「キンタ・ロックと申す。咎人の義弟、トリトニアの王子である」
「異議の申し立てを述べよ」
キンタは意を決して口を開いた。
「義兄は何一つ首を切られるような所業はしていない。不注意から運悪く祭具を壊してしまったわが子を庇っただけだ。それだけなのにこの国は斬首の刑を下すのか?」
「そうだ。祭具の破壊は極刑に繋がる。営倉では被害者の求刑を重く見た」
ウラーは当然だ、という風情で答えた。
「義兄はモノリスの者ではない。モノリスを訪れた客人にモノリスの法を当て嵌めるのは適切ではないと考えるが如何に?まずは所属国に窺いを立てるのが筋ではないのか?その上で必要と判断されれば致し方がないが、この短期間でそのような確認が成せようか?」
キンタは己の正義を元に滔々と述べ立てる。
対するウラーは冷徹な表情を浮かべ続けている。
「必要ない。モノリスにいるということはモノリスの法に従うという暗黙の了解をしていると見做している」
「外交問題に発展してもよいのか?このまま処刑されればわがトリトニアは黙っていないぞ。ルクルド王はご存じなのか?」
「残念ながらわが国王は持病で臥せっており、公務を行えない。従って、権限はこの私にある」
やはりこいつはろくでもない。
キンタは苦虫を噛み潰す。
「刑の執行の日延べを要請する」
「却下だ」
埒が明かない。
(…どうする?…)
キンタは処刑台を見る。白服の男が二人、斧を手に直立していた。
(あれで一刀両断するつもりか)
仕損じた時のことを考えて二人同時に振り下ろすのだろう。斧の形状を見てキンタは頭を巡らす。
思ったよりも小型の斧だ。二人で行うため、重量はあまり必要ではないのだろう。あれなら…。
キンタは懐にある己の斧を思い浮かべる。
この旅にキンタは小さな斧を二挺携帯していた。小さな頃からジャグリング用に使用していたものだ。旅の暇潰しに、また、アスランを楽しませてやろうという心づもりで持参したものだった。
小さいが威力はある。キンタの技術なら、投げつけた先のものを狙ったところに弾き飛ばすことができる。相手の斧が二挺あるが、こちらにも二挺ある。一平に斧が振り下ろされるのを回避するのは可能だと、キンタは計算した。
取り敢えず、今は引こう。
異議の申し立ては聞き入れられなかったが、ここへ至る経緯とこの処刑の問題点を群衆に知らしめることができた。咎人への印象はこれで大きく変わるはずだ。
キンタは一平を信奉している。
どんな時も怯まず、危機に立ち向かってきた。数々の苦難から生き延びてここまで来た。神の加護がついているとキンタは信じて疑わない。
そして一平は口癖のように言っていた。パールは今でもオレたちを見守っている。救いの手を差し伸べてくれているのをオレは感じている、と。
こんなことで運が尽きる奴じゃない。
トリトン神だけでなく、偉大なる癒しの力の主がついているんだから。
甚だ不確かな勝機だが、キンタは切に期待していた。
神頼みが駄目なら勿論迷わず斧を飛ばすまでだ。
「咎人をこれへ」
遂にウラーが言った。
営倉の入口から咎人が引き出されてきた。
がっしりとした背の高い短髪の男。一平だった。
一平は己の足で歩いて石の台の傍らまで来た。
屈強な男たちが手首の枷の錠を解いて下がってゆく。
広場は先程とは比べ物にならないくらいどよめいた。
普通ここに引き出されてくる者は気の毒なくらい打ちひしがれている。自分の命が風前の灯という状況なのだから当然だ。
だがこの咎人は全くそんな様子が見られない。きりっと顔を上げ、眼前を見据えている姿は全く悪びれているようには見えず、正々堂々としている。その貌も見惚れるほど整って爽やかだ。
並居る女性たちは思わず頬を染めたりきゃっと歓声を上げたりしている。とても罪人には見えない。
ざわざわと様々な憶測が飛び交い、この処刑を取り沙汰している。ウラーの言ったこととこの咎人の姿に齟齬があり過ぎてどう受け取っていいのか躊躇いが生じている。
だが通常この場で人々がいつもしていることは「処刑を!」と唱和することだった。
誰か一人がその言葉を口にすると、波が打ち寄せるように声が大きくなり、波動となって押し寄せる。
「処刑を!」
「処刑を!」
アスランは目を剥いた。
自分の目が信じられなかった。あの父が、絶対的存在であるあの父が、目の前で処刑のコールを浴びているのだ。
「ち…」
思わず叫びそうになって口を塞がれた。キンタの手が強い力でアスランを押さえ込んでいる。今まで見たこともない苦悶の表情でアスランを捉え、小さく首を振っている。
―何も言うな―
叔父の目はそう言っていた。
今ここで父の名を口にしてはいけないのだ。アスランはそう理解した。
理解はしたが、納得はできなかった。
(どうして?)
どうしてこんなことに。
三日前まではあんなに楽しかったのに。
父が一体何をしたというのだろう。
悪いのは自分ではないか。己の不始末が、父を窮地に追いやった。負い目がアスランの小さな身体に圧し掛かる。
(ボクが、あんなことをしなければ…)
(モノリスになど来なければ…)
(先祖のことが知りたいなんて言わなければ…)
こんなことにはならなかったのだ。
父を助けたい。
でも自分には何の力もない。
今のところ父からも母からも傑出した力を受け継いでいないこともわかっている。
―母!!―
アスランの脳裏に浮かんだのは母のことだった。
父はよく言っていた。
おまえの母はもういない。が、いつもオレたちを見守ってくれている、と。
ならば助けて。
父を助けて。
あなたの大事な人を助けてください!




