第8話 濡れたキヌ⑤
「…三島さん」
先程まで和やかだった藤咲の纏っていた空気が、ピリッと鋭くなる。
「なんのご用事ですか」
「藤咲さん、今日は朋花を一緒に遊ばせてもらって、ありがとうございました。ほんの少しですが、お礼にって飲み物を持ってきてたんですけど、渡すの忘れてて」
三島海斗は2本の瓶のジュースを見せると、微笑み藤咲の元に近寄ってくる。
「結構です!!いりませんので、そのままお引き取りください!」
「いえいえ、いつもお世話になっているんで」
「ですから、いらないと言っているんです!!」
じりじりと後退りする藤咲のこめかみから、一筋の汗が垂れる。
「セイヤさん…」
まるでそう呟くかのような、助けを求める藤咲の目は、恐怖で見開かれている。
「すみません、三島海斗さん。今は藤咲さんと話をしたいので、席を外して——」
「きゃあっ!」
声をした方へ視線をやると、白い帽子を被った誰かがセイヤに背を向け、藤咲の体にくっつくように立っていた。
そして、目を見開いた藤咲は、ゆっくりと横に倒れていった。
「藤咲さ…!」
倒れた藤咲の前に立っていた人物の横顔が、白い帽子から微かに見えた。
「三島…紗子さん…」
セイヤの呼びかけに、振り返った三島紗子の顔は笑顔だった。
「あら、こんにちは。今日はいいお天気ですね」
にっこりと笑う三島紗子の手には、赤い雫が垂れる銀色に鈍く光る包丁。
その奥で倒れる藤咲の白い服の脇腹部分には、徐々に赤い染みが滲み出ている。
「藤咲さん!!」
セイヤが駆け寄ると、藤咲はぐったりとし、気を失っていた。
だが、藤咲からはあの花のような自然な良い香りは変わらず薫ってくる。
「なぜこんなことをしたんですか!」
セイヤは振り返り、三島紗子に向かって叫ぶ。
すると、三島紗子がビクッと体を震わせる。
「救急車…三島海斗さん!救急車をっ、すぐに呼んでください!!」
三島海斗はただ、ボーッと突っ立って無表情で藤咲を見つめていた。
「三島海斗さん!!」
もう一度叫ぶと、ハッと我に返った三島海斗が慌ててスマホを操作する。
「くそっ…血が止まらない…」
セイヤは上着を脱ぎ、藤咲の腹部を圧迫する。
すると、ムワッとまたあの臭いがする。
「くさ…っ!!」
「これ、使ってください…」
いつの間にかセイヤの背後に立っていた三島紗子が、ハンカチを差し出していた。
おそらくこの臭いは、三島紗子からだ。
あまりの臭いに、目眩がしてきたセイヤだったが、ぐらつく景色の中三島紗子を見上げる。
「なぜ、藤咲さんを刺したんですか。プロファーン様に、2人の制裁をお願いしていたんじゃないんですか」
「していたわよ。でも、我慢ならなかったんだもの。仕方ないじゃない、こんな嘘つき女、死んで当然でしょ?」
「死んで当然だなんてことは、ありません!三島海斗さん!警察も呼ん…で…くだ…さ……」
徐々に視界がぼやけ、セイヤはその場で意識を失った。




