第6話 濡れたキヌ③
「あのっ、うちに何か…?」
駆け寄ってきた藤咲の声の響きは優しく心地よく、色白の肌の顔は優しさが漂っており、眼鏡で隠されているが、その奥の瞳は少し垂れ目で優しさを感じられた。
「あ…えーっと…。すみません、私は派遣された調査員のような者でして、藤咲様に少々伺いたいことがございまして…その…あそこにいる男性との件で…」
セイヤが三島海斗を指さすと、藤咲はすぐに何か察したような顔をして青ざめた。
「…分かりました…。今ここで話すのは難しいので、のちほどでも宜しいでしょうか…。本日の夕方くらいは、お忙しいでしょうか」
「いえ、大丈夫です。それではその頃、またこちらに伺わせていただきます」
「はい、ありがとうございます」
セイヤに向かって深々と頭を下げる藤咲の表情は、やはり浮かなく暗かった。
(察しが良かったし、やっぱり不倫に罪悪感みたいなのを感じているのかな…)
夕方になり、セイヤが再度、藤咲の家の前に来てみると、藤咲が先ほど遊んでいたプールのあと片付けをしていた。
「こんにちは」
「あ、先ほどの…また来ていただいて、すみませんでした。あの、ごめんなさい、今家の中には夫と子どもがおりまして、中でお話はできないのですが、ここでお話してもよろしいでしょうか…」
か細い声で申し訳なさそうに話す藤咲は、言動全てが控えめで、三島紗子とはタイプが違っていた。
「はい、構いませんよ。それで、お話というのは…?」
「あの人のこと、どうにかなりそうですか?!休日になるたびに、ここへ来るのが嫌で嫌で、本当にもう限界なんです…」
そう話す藤咲の顔は、確かに疲労感ただよっており、同時に大きな溜め息もつく。
「あの人というのは…?」
「近くに住まわれている、三島さんのご主人のことですけど…え…?私がお願いしていた、あの件で、いらしたのではないのですか??」
「え、お願いしていたあの件…とは…?」
「えっ、ですから、プロファーン様への手紙の件です。確か願いが叶うときには、黒い服を来た方が目の前に現れると聞いていたのですが。あなたが、その黒い服を着た方ではないのですか?!」
「なっ…藤咲様も、プロファーン様へ手紙を出されていたのですか?」
「も…って…?他にも出された方がいるのですか…?」
「あ、いえ…私の勘違いです、気になさらないでください。えっと、すみません、藤咲様の出された手紙の内容を、もう一度お聞きしてもよろしいですか?」
「私は、三島さんのご主人に付き纏われていて困っているので、解決して欲しいとお願いしました」
「解決して欲しいと言うことですが、具体的には、どういったことをお望みでしょうか」
「え…具体的に…?解決して欲しいだけで…私への付き纏いがなくなれば、それだけでいいのですが…。それ以上に何かお願いしないといけないのですか?」
「あ、いえ、そういうわけではないのですが」
(おかしいな、てっきり三島紗子の願いを叶えるためにここへ送られたと思っていたが、同様に藤咲も手紙を送っているという…一体どうなっているんだ…?)
セイヤは、藤咲が疑い深い目で自分を見つめているのに気が付き、取り繕うために、わざと咳払いをする。
「ちなみに、調査のため詳しくお聞きしたいのですが、藤咲様は三島海斗さんと不適切な、いわば不倫関係で——」
「違います!!」
藤咲は、セイヤの言葉を食い気味に遮る。
「私が三島さんのご主人と男女の関係になったことは一切ありませんし、疑われるような行動もとった覚えはありません!むしろ、私の周りをこれ見よがしにうろついたり、子どもを使って家に尋ねてきたり話しかけてきたり、本当に迷惑をしています!最初こそ、子ども同士が仲の良い普通のご近所付き合いだったのに、どうしてこんなことになったのか、私は困惑していますし、本当に迷惑しています!!」
「おーい、どうした〜?」
ヒートアップした藤咲の声に、ドアから顔を出し庭へ出てきたのは、おそらく藤咲の夫だ。
藤咲の夫は背が高く、端正な顔をしていた。
「大丈夫、すぐ中に入るから気にしないで」
「…分かった」
セイヤを睨むようにして家の中に入った藤咲の夫に、仕事できているはずのセイヤは居心地が悪くなる。
「…夫には、三島さんに纏わりつかれていることも、プロファーン様に手紙を出したことも話していませんので、絶対に話さないでください。…すみません、それでは、私はここで失礼します」
肩を丸め、小走りで家の中に入って行った藤咲。
「セイヤさん」
背後から声をかけられ振り向くと、ニコニコとした三島紗子が藤咲の家の外に立っていた。




