第5話 濡れたキヌ②
「ただいまー」
ドアから入ってきたのは、鍛えられた体の中背の男だった。
「おかえり〜」
「え。誰…お客さん?」
「あー、そうなの。ちょっとお願いしてることがあって、こちらの方に来てもらってるんだ〜。あ、セイヤさん、こちらはうちの旦那です」
男は、三島海斗と名乗った。どうやら、海の保安に関わる仕事をしているらしい。
「あれ?朋花はどうしたの?」
「あー、朋花は今、藤咲さんちの子ども達と遊んでる」
「えっ、朋花を1人で藤咲さんちに置いてきたの?」
「いや、ちょっと飲み物取りに来ただけ。すぐ戻るよ」
「昨日も藤咲さんちと遊んでなかった?連休中だからって、藤咲さんちにも迷惑じゃない?少しはそういうこと考えて、遠慮しなよ」
「いや、だって藤咲さんちもいいって言うから」
三島海斗は淡々とそう言いながら紗子の隣を通り過ぎると、冷蔵庫を開けて中をのぞく。
そんな海斗の背中を、睨みつけるように見つめる紗子。
どうやら、話の内容から朋花は娘の名前のようで、藤咲さんというのが、おそらく…。
「藤咲さんが、例の2件隣の家のところのです」
そう囁く三島紗子の顔は、不快そうだった。
「なあー、この辺の飲み物持っていっていい?朋花を遊ばせてもらってるし、藤咲さんちに渡そうかなって」
そう言って、海斗は大きめの瓶のジュースを2本を冷蔵庫から取り出す。
「それ、今度一緒に飲もうって話してたジュースなんだけど…」
「え?あ、そうだったっけ?あー、ごめん、じゃあ他のに変えるか」
「は?覚えてなかったんなら、今さらいいし!持っていけば?他に渡せるようなものもないし」
「いや、ごめんて…。いいよ、これ置いていくよ」
「いい!ってば!朋花置いてきてるんでしょ!早く行きなよ!」
三島紗子は声を荒げていて、それはまるで海斗を家から追い出すようだった。
海斗は紗子の顔を何回も振り返りながら、肩を落として出て行った。
「…良かったんですか?行かせてしまって」
セイヤは、視線をドアから三島紗子にうつすと、紗子は苦々しい顔をして俯く。
「いいの、別に。それに、旦那が子どもを介してあの女と会ってるって考えるだけでイライラしちゃって、いつもこんな感じで喧嘩みたいになっちゃうの。でもね、夫は私のことずっと大事にしてくれてたの。なのに、あの女が急にうちの旦那に色目使ってきたから、こんなことになってさぁ…。ねえ、お願い、手紙に書いた通り、早くあの女を懲らしめてよ」
セイヤの方に顔を向けた三島紗子の顔は、無理やり作られた笑顔で、その瞳は涙で潤んでいた。
「あー!ほら、危ないよ〜!そうそう、そうやって遊ぶのいいねえ!」
2件隣の家の庭先では、4人がプールで楽しそうに遊んでいる。先程会った三島海斗はプールの後ろに立っていて、その前でプールで水をすくって遊んでいる女の子がおそらく朋花、そしてもう1人プール内では激しく水飛沫をあげて遊ぶ男の子と、それをプールの外から見守る眼鏡をかけた女性がいた。
「あの女性が、藤咲さんか…」
まずは、相手の方をこの目で見てきます、と伝え三島紗子の家を出てきたセイヤは、楽しそうに遊ぶ子供たちと大人2人の姿を、木の陰に隠れて見つめる。
「見にきたはいいけれど、制裁を加えるって、一体どうやってやるんだ…?」
セイヤはこの後どうしたらいいか分からず、途方にくれる。
すると、ジャリという砂を踏む音がしてセイヤが視線を上げると、目の前に藤咲が立っていた。




