第8話
「母親が違うといってもお前は私の妹であることには変わらないからね、しばらくの間なら構わないかと待たせてもらうことにした」
「………」
お兄様が何を言うのかと警戒するヘルミーナの緊張感が私にも伝わってくる。この場にいるみんなにもそれは伝わっているはずだ。
「驚いたよ。お前のデスクの上に、私がエリザベスの誕生日に贈った羽ペンが置いてあるのを見つけた時は」
ヘルミーナはびくっとした後にお兄様から視線を少し外した。疚しいことをしていると誰にでもわかる仕草だ。
「どうしてわたしとお揃いのエリザベスの羽ペンが、お前の部屋にあったのか…教えてくれるかい?」
私が貸し出すはずがない。あってはならない場所で見つかったのだ。
「………そ、それは」
必死になって言い訳を考えるヘルミーナの様子に笑ってしまいそうになるが、私はぐっとこらえて悲し気に俯いた。
「ヘルミーナ、何とか言ったらどうだ」
お父様にも追及され、ヘルミーナは逆切れしたように叫んだ。
「わ、私が悪いんじゃないわ! そ、そうよ。私じゃないのよ! お姉さまの元メイドが持ってきたのよ!」
使用人に罪を擦り付けるのはヘルミーナが良くやる手だ。だからヘルミーナのところの使用人はなかなか長く続かない。逃げられる者は自ら暇乞いをして、逃げられない者だけがヘルミーナの生贄にされる。
あら…私の元の侍女やメイドたちも、もしかしたら…?
「今お前の所にいるメイドが元の主人の持ち物を持って、お前に差し出したというのか?」
「そ、そうよ!」
「ペン軸にひびが入っていたのもそのメイドがやったことなんだな?」
「そうよ!」
あらまぁ。ラピスラズリのペン軸にひびが入るなんて。思い切り壁にでも投げつけたのかしら。良く癇癪を起してものを投げつけると聞いているから、犯人はヘルミーナね。
普段離れて生活している主人の世話をしている使用人たちも、まったく交流がないわけではない。使用人たちの噂話がそれとなくそれぞれの主人に伝わることをこの子は知らないのかしら。
ああ、そうね。よく出来た使用人がいないから仕方がないのか。使用人だって親身になって仕えたいと思わない主人に、有益な情報など渡すはずがないわ。
「そのメイドが部屋から持ち出したとすれば、エリザベスが戻る前だろう。なぜおまえは主人のものを盗むようなメイドを今も傍に置いているんだ!」
そう、ね。普通はありえないわね。
「そ、それは…可哀そうだったのよ! 一度の出来心でクビにするのは可哀想だったのよ!」
私は親切で優しいアピールはこの場合にはまずい選択よ。と親切に教えてあげる気はない。お父様の目つきがほら、悪くなったわ。
「メイドがしたことだと報告もせずにかばい立て、盗みをするようなメイドを傍に置き続けていたのは、エリザベスの持ち物を次々と盗ませるためか!」
「…………」
青白くなった顔色のまま、ヘルミーナはお兄様を凝視した。ようやく、盗んだものが羽ペンだけではないことに…気づかれているということに…気が付いたのだ。
お兄様は従僕のメレスタに目で合図を送った。メレスタはお父様のもとへ行くと、恭しくお父様に書類を提出した。
「私がエリザベスに貸し出した侍女やメイドが気付き、エリザベス立会いのもとに作らせた盗難リストです」
驚いたように第2夫人が自分の娘を見やるが、弟のカルトスは顔をこわばらせて俯いた。よく見ると少し肩が震えている。共犯だったか、それとも分け前の分配を受けていたか。いずれにせよ私の持ち物をヘルミーナが盗んでいたことをカルトスは知っていたようだわ。
「これをすべて一人のメイドが盗んだというのか?」
一通り目を通してから、お父様がお兄様に尋ねた。もう調査は終わっているのだろう? と問うような目だ。
「いえ、持ち出したのは複数人です。屋敷を解雇された侍女とメイドのうち数人の行方が分かっておらず、細部までは追い切れていません。しかし、誰が盗みを命じ、誰のもとに最も多くのものが集まったか分かっています」
お兄様の目が、お前が黒幕だ! と言わんばかりにヘルミーナを睨みつける。
「ひっ!」
ヘルミーナは椅子ごと後ろに逃げようとするように動き、椅子の足が床にこすれる大きな音が食堂に響いた。
「いま、お前の部屋の中を調べさせている。すぐにほとんどのものが回収できるだろう」
嫌々をするようにヘルミーナが首を激しく振る。
「エリザベスが年始の舞踏会で第2皇子のエスコートで踊った時のドレスがどこの裁縫店にあるかも、もう分かっている。一度ばらしたうえでお前のサイズに直し、デザインを変えて縫い直すように注文したのは、エリザベスが真実の審判を受けてから3日後のことだそうだな」
3日後。そんなに早くからヘルミーナは私の持ち物に手を付けていたのか。
「…失礼します。ギルファート様、取り急ぎ…お持ちしました」
ボニタが速足で、しかし品よく近づいて宝石箱のようなものを差し出した。
「なに勝手に人のものを持ってきているのよ! あんたこそ、泥棒でしょう!」
椅子を蹴倒して、ヘルミーナが叫んだ。
「黙れ。中身が全てお前のものであったらすぐに返してやる」
お兄様はぴしゃりと言って蓋を開けた。そして小さく頷くとすぐに侍従のメレスタに宝石箱を渡す。
「エリザベスお嬢様…」
え、私が確認するの? お父様のもとへもっていくのかと思っていた。
メレスタに差し出された宝石箱を手にして、あらあらと呆れた。
「これ、私のものですわね」
「ち、違うわ! よく似ているけど、私のよ!」
「そうね。よく似ているわ。でもお父様にいただいた私の宝石箱の宝石はルビー、あなたのはガーネットだったわ」
ひとつくらい姉妹でお揃いのものがあってもいいだろうとよく似たデザインの宝石箱をいただいたのは、確かヘルミーナが7歳になった時の誕生日プレゼントだった気がする。
「あら…」
宝石箱の蓋を開けて、思わず呟いた。ボニタが私のものだけ選んで詰め込んできてくれたようで、見覚えのあるものばかりが入っている。一つ一つを箱から出してテーブルの上に並べていく。
「無くなっていたアクセサリーのほとんどのものが入っていましたわ。まさか、ヘルミーナの部屋からこんなに多く見つかるとは思いませんでしたわ」
売却処分はしなかったのね。というよりは出来なかったのかも。大きなものや1点物は出所が分かりやすい。
「……そん、な…」
愕然としたように呟いたのは第2夫人だった。無意識の呟きだったのだろうが、みんなの視線が集まったことに気が付いて顔色を変えた。
「だ、旦那様! どうかヘルミーナにお慈悲を! きっと出来心だったのです。どうか、どうかお許しください!」
席を立ち、お父様の足元に膝まづいて許しを求める姿を見て、ヘルミーナも同じようにした。
「お父様! お願い、許してください! ヘルミーナは悪い子でした。お姉さまにちょっとした意地悪がしたかっただけなの!」
母親と姉がなりふり構わず足元に身を投げ出して許しを請う姿に、カルトスはどうしたらいいのか分からなくなったのだろう。俯いたかと思うと、わっと泣き出した。テーブルに突っ伏して泣く次男にお父様の苦虫を噛んだかのような視線が向く。
ブチっと堪忍袋が切れたような音がした。
「うるさいっ! いい加減にしろ! 誰もかれも侯爵家にあるまじき振る舞いをしおって!」
誰もかれもの中には私も入っていますね、きっと。お父様の期待を裏切った娘代表ですからね、私。
「モリーもヘルミーナもついでにカルトスも離れからしばらく出るな! 外出も禁止する! いけっ!」
立ち上がって。出て行けと部屋の外を指さされた3人は急いで…逃げるように、出て行った。お父様に逆らったら生きてはいけないことを誰もが知っている。
こめかみをぴくぴくさせたお父様の般若のごとき形相が私の方に向く。
「エリザベス。お前の留守中にあれのしたことはいたずらの範疇を超えている。お前の使用人たちが辞めたり解雇されたことはワシも聞き及んでいたが、それも仕方のないことと受け流していた。そこにもヘルミーナの関与があったやもしれん」
お父様の顔の向きがお兄様に変わる。
「ギルファート、追跡調査を頼む。我が家の不利にならぬよう、うまく処理をしておけ」
「はい。お任せください」
それでよし、というように尊大にお父様は頷いた。
持つべきものはバカな異母妹ね。おかげで私の株がちょっぴり回復した気がする。これ以上ないほど下落した株価だから、まだ不良債権もいいところだけど…。
価値が上がってしまうとどこぞに嫁に出されてしまうかもしれないから、このまま評価が下がったまま…社交界という名の表舞台から消えてしまいたい。
「エリザベス。お前は1日も早く健康を取り戻すことだけ考えていればいい。後のことはギルファートに任せておけばよい。いいな」
「はい。お父様…ありがとうございます」
よし、これでこの屋敷での毒殺は回避できた気がする。健康を取り戻せとお父様が発言した以上、私が急に体調不良になったり倒れたりすれば犯人探しが始まるということだ。お兄様自身に毒を盛られるようなことにならない限り、他の家族も使用人たちも毒殺という計画は断念するだろう。
わざと…なかなか回復しないように見せかけて、部屋からも可能な限り出ないようにしていたが明日からは体力づくりを兼ねて屋敷の外へ出て庭でも散歩しよう。
この家から逃げるために、体力は必要だ。
*
部屋に戻ると懐かしい顔ぶれの私専属だったメイドや侍女たちが、ヘルミーナの部屋にあった盗まれたドレスや帽子などを手にやってきた。全員、俯いたままミレナの指示でドレスなどを片付けている。
どうしたものか…と思っているとお兄様からの指示を受けてきたのか、ボニタが戻ってきた。
「お嬢様。取り返してきたドレスですが、一度…すべてクリーンしておきましょうか?」
ヘルミーナが袖を通している可能性もある。
「そう、ね。お願いするわ」
「ドレスの他に侍女とメイドも見つかりましたが、どうされますか?」
部屋の端に横一列になっている彼女たちをどうするか…。
「…お兄様と相談するわ」
「承知しました」
私から彼女たちへ直接声を掛ける様子がないと分かったボニタは彼女たちに近づいて「今日の仕事はもういいから、自分たちの部屋に下がって待機していなさい」と小声で指示を出していた。
一斉に頭を下げて彼女たちが出ていくと、思わずホッとした。
「お嬢様、何か飲み物をお持ちしましょうか?」
ミレナの気遣いが嬉しい。
「お願いできるかしら。何か心が落ち着くような、ハーブティーがいいわ」
「はい。すぐにご用意いたします」
そう答えたのはミレナだが、実際に厨房まで行ってお茶の準備をしてくるのはメイドの仕事だ。
「お疲れのご様子ですし、夜着に着替えてベッドへお入りになられますか?」
少し迷った。
「そうしたいところだけど、お兄様がお見えになられるかもしれないし…しばらく待ってみるわ」
「そうですね。では、お待ちの間に私から報告を…」
そう言ってボニタが教えてくれたのは留守中のヘルミーナの部屋にメイドたちとともに押しかけていった時のことだ。指揮を執ったのはお兄様の従僕のメレスタだったから、ボニタが命じるよりも色々な面でスムーズに進んだらしい。
カギの隠し場所をヘルミーナの侍女から聞き出して、金庫に隠されていた私の私物も無事に回収してきただけでなく、私のもとで働いていたメイドや侍女たちの証言もとったらしい。
「ざっと聞き出しただけですが、全員が窃盗の共犯にさせられて、なおかつそのことで脅されていたようです」
そ、う…。それでよくも…ちょっとした意地悪がしたかっただけ、なんて言えたものね。いったい何人の人生を歪めたのか…全く気にも留めていないじゃないの。ふつふつと怒りが沸いてきた。
「ひとり身の者は自ら退職を願い出て、逃げることが出来たようですが…そうもいかない者の方が多くて、泣く泣くヘルミーナさまにお仕えしていたそうですが、何人かは体罰を受けていたようで…痣が残る子もいました」
私自身出来た主人とは言えない。第2皇子との仲がうまくいかずにイライラして癇癪も起こしたし、モノを投げつけて壊したこともある。だけど、メイドたちや侍女に暴力をふるったことは一度もない。
そんな報告を受けているとお兄様が部屋に来てくださった。応接ソファを勧めているとワゴンを押したメイドが戻ってきた。
「お兄様、何かお飲みになられますか?」
「そうだな、貰おうか」
「リラックスできるハーブティーをご用意したのですが、ワインの方が良いようでしたらすぐに取ってまいります」
アンヌがそう言った。
「いや、私もハーブティーをもらおう」
「かしこまりました」
心を落ち着かせるような優しい香りのハーブティーでほっと一息つく。寝る前にいただくのにもちょうどいい感じだ。
「エリザベス…」
眉を顰めたお兄様から聞いたのはヘルミーナが直接裁縫店に持ち込んだドレスが3着あり、いずれもバラバラにされた後裁断されてすでに原状回復が難しいということだった。
「かまいませんわ。同じドレスを着て出かける機会など、もうないのですから」
「…エリザベス…」
「そんなことより、私のところにいた侍女やメイドたちのことなのですが…」
「そうだな。簡単に話を聞いただけだから、きちんとした聞き取りは明日以降になる。エリザベスの持ち物を盗んだとはいえ、本当に強要されていた者なら…厳重注意でお前の元に戻すことは可能だよ」
私は首を振った。
「いえ…彼女たちに仕えてもらおうとは思いません。私はいずれこの屋敷を出ることが決まっているのですもの。私に仕えても彼女たちに未来はありませんわ」
「エリザベス…。いくら療養に出ると言っても、誰か一人か二人ぐらいは傍においてもいいんじゃないか?」
「いいえ…可哀そうですわ。王都にいれば別の仕事を見つけることもできるでしょう。転職を希望する者には私のドレスを処分して、その代金をあてたいと思うのですが…お父様はお許しいただけるでしょうか?」
「お前の持ち物は全てお前のものだよ。好きにするといい」
「ありがとうございます。お手配についてはお兄様にお願いしたいのですが…ダメでしょうか?」
「…すべてのドレスを処分しないという条件でなら、引き受けよう」
「ありがとうございます! お兄様」
よし、丸投げできる。有能な兄がいると助かるなー。しかも、私の持ち物はすべて私のものだというお墨付きももらえた。これでこの屋敷から出るときに、高価なアクセサリーからドレス、小物類、靴、バッグ…換金できそうなものは遠慮なく持っていける。うふふ。
話し合いの結果、私専属だった元侍女と元メイドの退職希望者には紹介状と退職金として給料の2倍を支払う。屋敷に残って引き続きヘルミーナのもとで働く者には、私からの支援金としてもとの給料ひと月分を支払うということで話がまとまった。
侍女とメイドが必要なのはヘルミーナしかいないから、そこしか彼女たちの行き場がないのよね。それぞれに事情もあるようで全員が退職とはならずに、数人がヘルミーナのもとに残ることになった。
第2夫人も今後は娘のやることに目を光らせるだろうし、ヘルミーナのもとで働くのは悪い選択ではない。…多分。
退職金や支援金にするために処分するドレス。残すドレスなどを選んでいるだけで1時間が経過した。続きは明日にして、もう寝なさいとお兄様が自分の部屋へ戻っていったので、キリのいいところで手を止めて今夜の作業は終わりにした。
この日はヘルミーナの悪事を暴くことも出来たし、困っていた使用人たちを救い出すことも出来た。憂いが無くなったことでぐっすり寝ることが出来た。おそらく、ヘルミーナは眠れない一夜を過ごしたことだろう。




