第6話
「おはようございます」
名前だけは先に聞いていた2人目の侍女、ミレナに起こされた。ボニタは40歳近いベテラン侍女だったがミレナはまだ20代後半くらいの中堅侍女という感じだった。ちなみに部屋にはふたりのメイドが控えている。1人はアンヌでもうひとりは見たことがなかったけれど、3人いると聞いていたからナナルという名前なのだろう。
断罪される以前のように侍女やメイドにお世話され、とても不思議な気分になった。ほんの1週間ほど前まで…何もない石牢に放置されていたというのに、この変わりようときたらどうだろう。天国と地獄くらい違うのではないだろうか。
「お嬢様…」
まだ安静にしたほうがいい状態だし、ベッドに横になることも考えて着替え用に勧められたのは脱ぎ着もしやすいワンピースドレスだった。
「どうしたの?」
時間をかけてスープを完食したところで、食器類を下げたナナルに変わってボニタが近寄ってきた。その表情が何やら硬い。
「昨日は夜着とワンピースドレスをご用意しただけだったので気が付きませんでしたが、サイズのお直しをする必要があるドレスを確認したところ…その…」
さすがのベテラン侍女も困惑している様子だ。その理由に気が付いていたが、私は素知らぬ顔で小首をかしげた。
「ドレスがどうかして?」
「いくつかのドレスの、一部が切り取られているようなのです」
ボニタの言葉に「え?」と驚いてみせた。
私のように、部屋に控えていたメイドたちも驚いている。衣裳の管理は侍女の仕事だが、サイズ直しなどの簡単な裁縫仕事はメイドの担当になる。
「切り取られている?」
「申し訳ありませんが、一度ご覧になっていただけないでしょうか」
私はゆっくりベッドから離れて続き部屋に向かった。私の後にボニタとミレナが続き、その後ろにアンヌとナナルも続いてやってきた。今ここにいないテリザは昨夜不寝番だったのだろう。多分、今の時間は仮眠中のはずだ。
「こちらです…」
ボニタがササっと動いてウォークインクローゼットの扉を開けると問題のドレスを引っ張り出した。
「…飾りが……!」
私がわざと一部の宝石だけを切り取ったドレスだった。
「これだけではないのです」
これも、これも…と問題のあるドレスを次々と出していく。私が切り取ったものもあるが、誰かに盗まれたものもある。
「こんなに…?」
驚いてから、気を取り直したように「全部出して点検してみましょう」と私は声を掛けた。
侍女とメイドたち総出で衣裳を確認したところ、損壊されたドレスが18着に加えて無くなっているドレスが6着もあった。無くなっているというのは私の記憶に照らし合わせて判明したことで、お兄様の担当だった彼女たちは私のドレスのすべてを知っているわけではない。
だが、無くなっているものはいずれも特別な日や特別な時に来たドレスだったので、いつどこへ来ていったどんなドレスかを説明すれば「ああ、あれですね」と覚えている者が多かった。
お兄様にエスコートしてもらって参加したパーティで着ていたドレスは全員が覚えていた。うん、主人のことをよく見ているわ。素晴らしいわね。
「お嬢様。ドレス以外のものでなくなったものはございませんか?」
「そう、ね…確認したほうがいいわね」
帽子、靴、小物類。アクセサリーにハンドバック。総点検することになり、気が付けばボニタがメモ帳に記録を付け始めていた。
「お嬢様。紛失したものが多すぎます。これはきっちりとギルファート様にお伝えさせていただきます」
「ここまで多いと、調べていただいた方がいいわね」
「…これ、お嬢様の侍女やメイドたちの多くが退職していったことと関係あるのでしょうか?」
思わず、というようにミレナが呟いた。
「………」
私としては、犯人はヘルミーナだと思っているのだが1人や2人くらいはどさくさに紛れて何かを持って行った者がいても驚かない。退職したというのも実は突然の解雇で、給料未払いの可能性だってある。そうした場合、賃金代わりに…と衣裳についていた宝石やアクセサリーなどをもらっておこうと考える心理が働いたとしてもおかしくない。元使用人たちのそうした犯行であればかまわないのだが、ヘルミーナの犯行だけは許したくない。
正妻と第2夫人の違いで、子供たちの扱いや与えられるものにも明確な差がある。それを羨んでいたことも、妬んでいたことも知っている。私もわざと彼女の前で見せびらかしたり、煽ったりと意地の悪いことをしていたから私たちの関係悪化は私にも少し、非がある。
だからと言って、まだ受け取る権利もないのに盗んでいくのはダメだろう。私が死ぬのを待ってからならすべてが手に入ったというのに、待てなかったのだから…ヘルミーナの悪事が暴かれるのだ。
ウォークインクローゼットから場所を変えて、さらに捜索を続ける。
「…………ない、わ」
机の引き出しの中を必死に探す素振りをしてから…悔し気に唇を噛みしめた。
「お嬢様、何がないのですか?」
「7歳の誕生日プレゼントに、お兄様から頂いたお揃いの羽ペンがないの」
「もしかして、ラピスラズリのペン軸の羽ペンですか?」
「ええ、そうよ。大切に、ここにしまってあったはずなのに…」
ボニタは見覚えがあったのだろう。というよりも、購入する際にアドバイスを求められたりして関わっていた可能性もある。
「あれですね。今もギルファート様は大切に使っていらっしゃいます」
他の筆記具は構わないけれど、あれだけは取り返したい。
「なんてこと…オルゴールもないわ」
嫌な予感に突き動かされて確認してみると12歳の時、お母さまと3人で出かけた際に買って頂いたオルゴールもなかった。これもお兄様とお揃いになっていたもので大切にしていた。
「あれですね」
ボニタは親子でお揃いにした思い出のオルゴールも覚えていた。お兄様のオルゴールは執務室に飾ってあり、休憩時に時々鳴らしているらしい。
「…どうしたらいいのかしら」
途方に暮れたように呟いて、近くにあった椅子に力なく座った。
「お嬢様…大丈夫ですか? 顔色が優れないご様子ですが…
ああ、演技ではなく実際に疲れていたのか。椅子に座りたいと強く思ってしまったのは。
「少し、疲れたわ」
「暖かい飲み物をお持ちしましょうか? それとも、ポーションの方が良いでしょうか?」
「ポーションがあるの?」
「はい、ございますよ。すぐに持ってまいります」
ナナルから受け取った初級ポーションを飲んだおかげで、体力と魔力が少し回復した。栄養ドリンク代わりに常備されているのかしらね。
「まもなく昼食でございますね。ベッドにお運びしますので、待つ間のほんの少しの間だけでもゆっくりなさっては?」
「…そう、ね。そうさせてもらおうかしら」
ベッドでスープと添えられていたパンを半分食べ、しばらくゆっくりした後に横になった。うとうとしてしまって、気が付けば夕方になっていて驚いた。
ポーションのおかげか、寝たことで回復したのか、体感では魔力も体力も全回復状態だ。しかし筋肉の衰えと腱や筋の硬直などの不調は残っていて、立ったり移動したりするだけでも体が疲労してしまう。
心配した侍女たちから今日の入浴許可は貰えず、クリーンだけで済ませることに。夜着に着替えると、さっさと寝ることにした。
就寝の挨拶をして全員が部屋から退出した後。不寝番のアンヌかテリザの気配を控室に感じつつ…私はこっそりベッドから抜け出した。
昼にたっぷり寝たことで、実はまったく眠くない。
床の絨毯は毎日クリーンで綺麗にされているから直接座っても大丈夫。牢に入るまでは床に座るなんてありえない! と思っていたが、石牢の上で寝る経験をした後では絨毯が敷いてある床なんて贅沢にすら思える。
体操はなんとなく起きている気配がバレそうだが、ゆっくりストレッチするくらいなら音も伝わりにくいかも。今の私に必要な筋力をつけるために、明日から部屋の中を歩くようにしよう。部屋から出るなと言われたわけではないが可能な限り部屋から出ずに、目立たないように息を潜めて隠れていようと思う。
偶然にでもお父様に出会いたくない。お父様の決定には絶対服従のお母さまにも、今はまだ会いたくない。だから、室内でできる運動をして筋肉をつけようと思う。
じんわり身体が温まってきた。うろ覚えのヨガのポーズで心と体の両方にいい効果が出ると信じたい。
*
私の持ち物が紛失していることが発覚した日の翌々日。すっかり体力も魔力も回復しているもののいまだ弱ったふりを続けて密かに筋トレを続けている午後のことだ。
昼食後のお昼寝タイムと称して侍女もメイドも下がらせていたのに、何やら廊下が騒がしい。慌ててベッドにもぐりこみ、横になると同時にドアをノックする音が…と思った次の瞬間には勢いよくドアが開いた。
いったい誰が…と思ってすぐに気が付いた。相変わらずヘルミーナの香水のつけ方は間違っている。たっぷりつければいいってことじゃないのに。そういや、確認しなかったけれど私の香水にはまだ手を付けていないわよね? ま、私が無くなる前につけていればすぐに匂いで盗んだことがバレてしまうから…そこまで愚かなことはしないでしょ。…多分。
「お姉さま。たいそう弱っていると伺ったけど、お加減はいかが?」
いや、相変わらずバカな子だ。相手が弱っているのが嬉しいと顔にもはっきり書いて、ベッドに座る私を見下してくるのだから。そんなにあからさまだと社交界を渡っていけないわよ。いくら格の高い社交場に出る機会が少ないといっても…いや、反対か。出来が悪いからお母さまもお父様も格の高い社交場にヘルミーナを参加させないのか。
「あらあら、げっそり痩せてみっともないお姿ね。スープとパンしか食べないからダメなのよ」
ヘルミーナはこちらが黙っていても勝手に自滅するタイプだ。ここは弱ったふりをしてしゃべらせよう。
「マロン…」
ヘルミーナの呼びかけに俯いていた侍女が顔を上げた。私の侍女だったマロンをこれ見よがしに引き連れて、ヘルミーナはベッドの横までやってきた。マロンは身の置き所がないように体を小さくして、必死に私とは目を合わせないようにしている。
そんな私たちの様子を見て、ヘルミーナがにやりと笑ったのを視界の端で私は捉えていた。
「お義姉さま。これは薬効の高い薬草で作らせた薬湯ですの。これを飲めばすぐに元気になれますわよ」
マロンに持たせていたマグカップをトレイの上からさっと取ると、微笑みながらこちらへと差し出してきた。ヘルミーナって本当にバカね。
「あら、毒なんて入っていませんわよ。お疑いならマロンに毒見させますわ」
後ろでびくっとしたマロンに気が付かないのだろうか。
「ヘルミーナ。もしそれを私が飲んで、3時間以内にお腹の具合が悪くなったとしたら…あなたが飲めと勧めたそれのせいになるのが分からないの?」
「なっ、こ、これは薬湯ですわ。具合が悪くなったとしたら、お姉さまの体調の悪さのせいでしょ。言いがかりはよして。いつも、いつもそんなだから第2皇子からも嫌われるのよ!」
性格の悪さで第2皇子から嫌われてしまったのは本当のことだ。今の私には過去を冷静に振り返ることが出来るから、それに関しては認めるよりほかはない。だけど…ね。
「元気な人が飲んでもお腹の調子が少し悪くなるだけのものでも、今の私にとっては毒と同じなの。この部屋で私が死んだら、屋敷にいる者の関与が疑われて調べられるでしょうね」
トイレとベッドを往復する目に合わせてちょっとした意地悪のつもりでいたのかもしれないけれど、甘いわよ。体力が落ちて死ぬ可能性がある。つまりあなたは殺人者になるのよと伝えるとヘルミーナは顔をこわばらせた。やはり、薬湯に入っているのは下剤か。それもかなりたちが悪そうね。
「そ、そんなこと起きるはずがありませんわ。そんなに言うならもう飲まなくても良くてよ! せっかくお元気になっていただこうと親切にしてあげただけなのに…変な言いがかりをつけられて不愉快だわ!」
「親切だというなら、毒見はあなたがすればいいのよ。そしたら私は謝罪するわ」
謝罪はするが、飲むとは言わない。
「え…いえ、もう飲まなくても結構よ!」
「あら、そう? でもせっかくあなたが持ってきたものだから、それは受け取るわ。よこしなさい」
ヘルミーナは反対に、手にしたカップを体の後ろに隠した。
「の、飲まないなら必要ないでしょ!」
「何を言っているの。本当に健康になれるなら中身の成分を検査して、もう一度同じものを作らせたいのよ。ああ、どの材料を使って誰が作ったのかを教えてくれるのでもいいわね」
ヘルミーナは黙って、後ろに身を引いた。
私たちのやり取りを黙って見ていたボニタがヘルミーナに近づいた。
「ヘルミーナお嬢様、それをお預かりいたしましょう」
「下がりなさいよ、私に近づくんじゃないわ!」
癇癪を起したように叫ぶと、ヘルミーナは手にしていたマグカップを床に勢いよく叩きつけた。カップは割れ、中身は絨毯に瞬く間に染み込んでいった。
証拠隠滅が出来たと思っているだろうヘルミーナに笑いそうになるが、口元をくっとつり上げただけで声は出さずに済んだ。
「バカな子ねぇ」
おっと、心の声が漏れてしまった。
聞き取れたのか、きっと眦を上げてヘルミーナが睨みつけてきた。
「逃げて水場で流してしまえば分からなかったのに、絨毯に染み込んだそれを鑑定させたらすぐに分かってしまうわよ」
ヘルミーナははっとしたように絨毯を見た。
「あなたが、どうしても絨毯を新しいものと交換したいというなら…交換させてあげても良くてよ」
「…か、鑑定させないと約束する?」
「ええ、約束するわ。でも絨毯を交換するなら早くしていただけるかしら。水と違って、乾燥しても匂いが残るわ。お兄様がお見えになって、これは何の匂いだと聞かれたら説明に困るもの」
口惜しそうに唇を噛んで、ヘルミーナは部屋から飛び出していった。慌てたようにマロンがヘルミーナを見て…一瞬だけすがるような視線を私に向けてきたものの、急いで頭を下げて出て行った。
「エリザベス様、よろしいのですか?」
ボニタが確認してきた。
「ええ。ヘルミーナが持ってきた新しい絨毯がこの部屋の壁紙と合っていなかったら、壁紙も交換させて頂戴」
私の意図に気が付いたのか、ボニタはにやっと笑った。
「壁紙に家具も合っていなければ交換させますか?」
「そうしたいところだけど、お気に入りの家具だもの。それに、家具に合う絨毯に交換させた方が…優しいでしょ?」
オーダー物の家具一色となるとさすがにヘルミーナのお小遣いでは足りなくなるだろう。お財布に優しい絨毯や壁紙の交換で許してあげよう。
「そう、ですね。ですが…気が付いているのでしょうか。絨毯や壁紙が急に変わっていたら…普通は理由が気になるものですが」
「そうね。普通は気になるわね」
私は優雅に微笑んで、絨毯の交換時にはあなたたちも協力してあげてねとメイドたちに頼んでおいた。




