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転生先に断罪後の悪役令嬢しか選べなかった  作者: ふぅみ


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第5話

ベッドに入って横になって気が付いた。

 ああ、そうか。きっとそうだわ。牢にいて魔力を消費しただけではない。体力も奪われているのだ。ベッドで安静にして寝ている時間もまだ長いし、室内を移動しただけなのに、身体が少し重くてだるい。動かずに過ごした時間が長かったせいで筋肉がかなり衰えている。

 手も足も細くなり、バストサイズもダウンしている。自分の服なのにサイズが合わなくなってしまっているのだ。ゆとりのあるワンピースだと体形の変化を誤魔化しやすいが、ピッタリあつらえてあるパーティードレスを着たらみっともない状態になるだろう。

 

 いつのまにか寝ていたらしく、起こされてみれば夜になっていた。夕飯用のスープを運んできてくれたのはお兄様のもとで働いているメイドたちだった。私の侍女だったアニタもメイドたちもまだ顔を見せてくれない。すでに解雇されていない可能性もある。


「お嬢様。おやすみになっていらっしゃる間にギルファート様が様子うかがいにお見えになったのですよ」

「お兄様が?」

「はい。お仕事を終えられてすぐにこちらへお越しになられました」

「お嬢様はおやすみになっていらっしゃるとお伝えしたのですが、一目会いたいとおっしゃられて…」

 この二人のメイドはこれまで顔は知っているが言葉は交わしたことがないメイドたちだった。同じ屋敷に住んでいても担当する主人が違えば、言葉を交わすこと機会も少なくなる。侍女や従僕の場合は主人の代理になるから、言葉を交わすことになるが…


「お食事の後、しばらくゆっくりして、それから入浴なさいませんか?」

 どうしよう…。

「まだ体力がご不安なようでも、私たちこう見えて力はありますからお手伝いできます」

 すごく嬉しかった。クリーンはかけてもらったし、自分でもクリーンしていたがお風呂に入ったのはもう一月近く前のことなのだ。


「とても嬉しいわ。お願いしたいけれど…いいのかしら?」

 離れに住んでいる第2夫人とその子供2人は離れにある風呂場を使っているから、彼らのことは気にしなくてもいい。だけど主屋の女性用風呂は私とお母様の共用風呂でもある。お母さまの許可が貰えているのならいいけれど…


「もちろんでございます。お世話の方もお任せください」

 再度入浴を勧められて、私は頷いた。お母さまの許しが出ているということだろうと判断した。

「無理せず、食べられる分だけでよろしいですよ、お嬢様」

 用意されていた具なしのスープを完食するのにすごく時間がかかってしまったが、二人は嫌そうな顔もせず傍に控えてくれていた。

 完食して褒められたのは子供のころ以来だ。


「量の方は足りましたでしょうか?」

「ええ、充分よ。とても美味しかったわ」

 久しぶりの、味が分かる食事に泣きそうになってしまった。健康を取り戻すためにも、と頑張って食べたが胃が小さく弱くなっているらしくて完食するのが大変だった。


「明日の朝はパンもお付けしましょうか?」

「いえ、明日の朝も具なしのスープがありがたいわ」

「承知しました」

 1時間ほどゆっくりした後、お風呂の用意が出来ましたと風呂場まで車椅子で連れて行ってもらった。脱衣所でかなり痩せてしまった私の身体を見た二人が一瞬痛ましげにしたが、すぐに表情を取り繕った。

 時折ふらつく身体を支えてもらいながら風呂場へ移動し、身体と頭を洗ってもらう。我が家のシャンプーの匂いが懐かしくてここでも少し泣きたくなった。


 湯舟に浸かっている間にも二人は痩せてしまった手足を軽くこすってマッサージしてくれた。体力が戻っているわけではないため、身体の負担になってはいけないとすぐに湯船から出るよう促されたが、少し遅かったようでふらっとした。

 倒れてしまうと慌てたが、アンヌは自分で言っていたように力持ちでしっかりと私を支えてくれただけでなく、抱きかかえて風呂場から運んでくれたから驚いた。


「身体強化が使えるのですよ」

 安心させようとするみたいに微笑まれて、ああそうか…と気が付いた。身体強化の技は男性だけのものではない。侯爵令嬢である私も護身用にと戦闘訓練を受けている。得意なのは魔法だが、逃げるためにも応用が利く身体強化は習得している。うっかり忘れていたのは前世の記憶が前面に出ていたせいだ。


 部屋に戻ると侍女のボニタが髪を乾かし、丁寧に櫛で梳いてから香油を塗ってくれた。髪に艶と潤いが戻り、いい香りを纏うことで以前の暮らしが戻ってきたような気にすらなった。だがこんなことで油断してはいけない。身なりを整えたのは当主である父や次期当主である兄の前にみすぼらしい姿で出ないために手を加えたに過ぎない。そう思って用心しておいた方がいい。


 愛され、庇護されてきた侯爵令嬢はもういないのだ。いつ廃嫡され、追放されるか分からない元罪人だということを肝に銘じておかなければ…足元をすくわれて痛い目を見るのはこちらだ。

「お嬢様、もうおやすみになられますか」

「そうね。…そうしたほうがいいかしら」

 鏡越しのボニタを見つめた。


「風呂場でふらつかれたと伺いましたが…ギルファート様が、一度お会いしたいと仰せです」

「お兄様が?」

「はい。お帰りになられた時よりも顔色がよろしいようですし、少しの時間だけでも…いかがでしょうか?」

「ええ、そうね。会ってお礼を言いたいわ。お兄様のお部屋へ伺えばよいのかしら?」

「いえ…こちらにお見えになりたいとのことです。無理せずベッドに入っていても良いと…うかがっております」


 少し考えてから頷いた。

「そうさせてもらってもいいかしら。少し疲れてしまって…。でもお兄様のお顔を見ながらお話ししたいから、ソファに座ってお出迎えしようかしら。少しの間なら大丈夫、だと思うの」

「いえ、やはりベッドでお待ちください。お嬢様の体力がまだ回復していないことはギルファート様もご存じです」

 部屋に控えていたメイドがそっと部屋から出て行った。お兄様に知らせに行ってくれたのだろう。

「分かったわ」

 ボニタが手にしていた櫛を鏡台に置いたのを合図に、私はゆっくり立ち上がった。ちらりと応接セットを見たがボニタが寝室へどうぞというように手を動かしてくれたので甘えることにした。


 ベッドに座ると背中にいっぱいふわふわのクッションや枕を入れてくれた。しばらくするとノックの音がしてドキッとした。

「どうぞ…」と応えたが声が小さくて届いていたかどうかわからないが、ドア近くに控えていたメイドのテリザがドアを中から開けた。


「エリザベス!」

 勢いよく室内に入ってきた兄、ギルファートの顔を見た途端涙が出てしまった。


「エリザベス! ああ、よく帰ってきてくれた。本当に、お前が戻ってきてくれて嬉しいよ!」

「…お兄様っ!」

 氷魔法を得意とするお兄様は『氷光の貴公子』の異名がある。氷だけでなく光もついているのは、攻撃の時の氷の槍の射出速度が速すぎて光が飛んだように見えることからついたらしい。


「ああ、エリザベス。こんなに痩せて…」

 ベッドのそばに飛ぶように移動して、肩を抱き寄せてくれるその力強さに自然と涙があふれる。これが演技であれば騙されてしまってもよいと思えるほど、お兄様の態度は私の生還を喜んでくれているようにしか感じられない。

 厳格なこの侯爵家で唯一の希望。細い希望の糸の先を握る兄に縋りつき、甘え、庇護を求めるのが私の生き残り戦略の一つだ。だが、やはりそれだけではない。ずっと…家族の誰よりもお兄様に一番愛されていると感じ、私もお兄様を愛していると感じてきた過去の記憶は封印できない。溢れる気持ちを嗚咽に変えて、抱きしめられる胸にしがみつく。


「エリザベス…エリザベス……」 

 このまま時が止まってしまうなら、これはこれで幸せだろう。暖かく力強い腕に守られて、安心したまま死ねるなら…このまま殺された方が…と願ってしまうほどだ。しかしお兄様は私の胸に短剣を突き立てることなく、身を引いて髪を撫でてくれた。


「エリザベス…身体の方はどうだい?」

「だいぶ良くなりました。…お兄様、迎えとそれから帰ってからも…良くしてくださりありがとうございます」

 衰弱死寸前で塔から出たものの迎えがなければ…どうしたらいいのか分からなかった。


「わたしが迎えに行けなくてすまなかったね」

「いえ…いえ、分かっております。重要なお仕事をなさっておいでなのですから…」


 兄の仕事は宰相補佐官だ。近衛騎士団に入るかどうかで迷っていた学生時代に、宰相自らに声を掛けられて武ではなく文の道へ進んだ。お父様も財務大臣をしているし、いずれはそちらへ進む可能性もある。

「私は…お兄様に迎えの手配をしていただけただけで、どんなに嬉しかったことか…」


「エリザベス…」

 愛おし気に髪を撫でながら優しく微笑みかけられて、兄と分かっていても顔が赤くなりそうだ。冷たい氷が甘く溶けたような笑顔の破壊力、凄すぎる。

「エリザベス…」

 美形が真顔になると途端に冷たい印象になる。

「しばらくは安静にして、身体を治すことを最優先にしなさい。周りの雑音は出来る限り届かぬようにする」

「…はい」

 お父様の考えが一番知りたいことだが、まだ身体が本調子でない今…会わずに済むならその方がありがたい。どんなささいなことで不興を買い、着の身着のまま放逐されるか分かったものではない。親子の縁を切って捨てられるならまだいい。刺客を密かに向けられる可能性だってある。たとえ我が子であろうと、家門を守るためなら非情な手段をとることにためらわない。当主になるためにはそんな教育を受ける。

 つまり、次期当主である兄にもそれは当てはまる。こんなにも愛してくれていると感じられるのに、いつその愛情が反転するか分からないという怖さがどうしても拭えない。


「なにか困っていること、して欲しいことはあるかい?」

「困っているわけではないのですが…」

 聞いてしまってもいいだろうか。どうしても気になるのだ。


「私の侍女とメイドたちはどうしていますか?」

 ああ、それか…というようにため息をつき、お兄様はベッドの端に座った。

「半数ほどは辞めて出て行ったよ。残り半分の者は離れの勤務に変わった」

「離れということは、ヘルミーナですね」

 ドレスや宝石だけでなく、私の使用人たちも奪っていったのか。誰が辞めて誰を引き抜かれたのか気になるところだが、私には引き留める権利も呼び戻せるだけの財力ももうない。


「ありがとうございます。教えてくださって」

 誰一人として残っていないから、私のためにお兄様の侍女とメイドを貸し出してくれているのだ。理解した。


「侍女はボニタの他にミレナ。メイドはアンヌ、テリザ、ナナル。この者たちが交代しながらエリザベスのお世話をしてくれるから安心しなさい」

「お兄様の侍女とメイドをお借りしてしまって…よろしいのですか? 私はもっと少なくてもかまいません」

 今後はお世話をしてくれる者などいない生活になる、かもしれない。平民になる可能性もあるのだから、少しずつ自分で自分のことが出来るようになる練習をしてもいい。

 元気になってからの話だけど。


「何を言う。わたしは仕事で屋敷にいない時間の方が長いから、みんな喜んでお前に仕えてくれていると思うよ」

 喜ぶかどうかわからないが、彼女たちの仕事が増えたことは確かだろう。まあ、いつまでこの屋敷にいられるかどうかわからないのだから、しばらくは甘えてしまってもいいかしら。

「ありがとうございます、お兄様。彼女たちがいてくれるのはとても助かります」

 お兄様はにっこり微笑んでから「また来るよ」と言って座っていたベッドから立ち上がった。


「おやすみ」

「おやすみなさいませ、お兄様」

 お兄様に続いて従僕のメレスタが部屋から出ていくと、残ったのはボニタとテリザだけになった。夜着に着替えてベッドに横になると間もなく意識が睡魔に絡め取られていく。あっという間に寝てしまい、夢も見ないまま朝を迎えた。


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