第15話
2週間ほどソロ活動をしてきたが、女性ばかり3人組の先輩チームに誘われた。お試しで入れてもらったCランクチームは腕もいいが人柄も良く、安心して組める人たちばかりだったのですぐに宿を引き払い、彼女たちが借りている一軒家に引っ越した。
Cランクチーム『誓いの空』は長剣使いのラダが前衛、弓使いのハイネが後方支援、斥候で双剣使いのマリラという構成でバランスは良かったが魔法使いはいなかった。ここに魔法が得意な私が加わったことで、あっという間にチームランクはBになり私自身のランクもCになった。
あまりにも早くランクが上がってしまったので驚いたが、シャドーウルフが率いるフォレストウルフの群れを一人で狩れる腕があればCランクなんて当然でしょと言われてしまった。レアな聖魔法も彼女たちの前では解禁していたから、野営でもかなり喜ばれた。
魔力量が少なくて生活魔法しか使えないという彼女たちに、私のクリーンは別の魔法のようだとこれも喜ばれた。
あまりにも居心地が良くて辺境にいるのは春までのつもりがずるずると延びて…気が付けばBランクに駆け上がっていた。彼女たちのチームを抜けるといつ言おうかと思っていたら、彼女たちの方から先に解散しないかと提案された。
彼女たちの目標はチームランクBになることでこれは無事達成した。それに加えてラダは恋人との結婚。ハイネは家族のもとに帰り、マリラは夢だった宿屋の開業資金をためることが出来た、というのが解散理由だった。
いい先輩冒険者たちに恵まれ楽しく過ごした辺境の地を離れたのは初夏。気が付けば、私が静養地の港町を離れてから2年以上が過ぎていた。
誰にも祝ってもらえない誕生日を初めて迎え、私は18歳になった。お父様が当主をお兄様に譲って退くか私が適齢期の20歳を過ぎる頃までは政略結婚の駒としての価値が残っているだろうから、実家とは距離を置くと心に決めている。
王都とエルレンマイスト侯爵家に関係のある土地は出来るだけ避けるようにして移動し、来た時とは逆に国際港を目指していると、辺境にいた時には入ってこなかった王家や貴族たちの噂話が耳に入ってきた。
第2皇子は私を断罪してまで守った恋人の男爵令嬢とは別の、私もよく知っている伯爵家令嬢と婚約したらしい。なんとなくだが、男爵令嬢の皇子妃教育がうまくいかなくて正妃として迎え入れることが出来なかったのではないかという気がした。
皇子と身分的に釣り合いが獲れる年頃の侯爵令嬢には既に別の婚約者がいて都合がつかず、家格は低いが優秀な伯爵令嬢のひとりに白羽の矢を立てたのだろう。
第2皇子としては政略結婚相手の伯爵令嬢を迎えた後、本命の男爵令嬢は側妃か妾妃として迎え入れる予定なのだろうが…新婚ほやほやで側妃を迎えるのはおかしなことだ。結婚後数年経っても子供が出来なかった場合に側妃を…という流れになるはずで、あの男爵令嬢がそれまで我慢できればいいのだけれど。
予定は未定とよく言ったもので、正妃になった伯爵令嬢がすぐに子供を身ごもったりすれば、側妃を迎える話はさらに延びて…下手をすれば側妃として迎え入れるという約束自体がなかったことにされる可能性もある。まあ、男爵令嬢がどうなろうが私にはもう関係のないことだけれど。
王家の噂話としてもうひとつ。第3皇子の婚約者も決まったらしい。お相手は2つ年下の…これまた私が知っている侯爵令嬢だった。
どちらもまだ成人前だし婚約者という立場は絶対の関係ではないが、兄の第2皇子がやらかしたあれこれを見ていれば兄弟続けて婚約破棄なんてことはやらないだろう。
私は無事に海を渡り、皇国を脱出した。ようやく追っ手を完全に振り切ったと感じた。ここへ来るまでの痕跡も辿れないように注意していたし、3年近くの冒険者生活で私の外見はかなり変わったと思う。腰まであった長い髪は肩下10センチほどの長さに切っているし、陽にも焼けたので箱入り令嬢だった私だとは誰も思わないだろう。もともとプロポーションは良かったが、さらに成長していて2つ年齢を年上にサバ読みしていても誰も気付かない。
公爵家が探しているのは療養先からいなくなった19歳の女性。今の私は引き締まった筋肉に覆われた21歳の女。
いつか帰省する日が来たら、私の変わりように彼らは驚くだろう。言葉遣いも令嬢っぽさが全くなくなって、屋台で買った串焼き肉にその場でかぶりつく女冒険者になっているのだ。
まあ、その日が来たとしたら女冒険者を封印して令嬢の皮を被ってあげようとは思っている。きっとその方が彼らは安心するだろう。冒険者になったと知られただけで卒倒されそうだから。
「ラピス、私たちはどこへ行くのも自由よ。どっちの方角へ進みたい?」
そう言って空へ離すとラピスは私の頭の上でくるりと一周した後…北東へ向かって飛び始めた。
*
懐かしい我が家の前に馬車が止まった時、何度もやり過ごした緊張がまた蘇ってきた。
「リズ…」
力づけるようにそっと指先を握りしめられて、私は一人で帰ってきたわけではなかったと安心した。
「ありがとう、エイド」
箱馬車のドアが外から開けられた。エイドが先に降りて振り返り、手を差し出してくれる。私はドレスの裾を踏まないよう気を付けながら、馬車から降りた。
ざわりとした驚きの気配のなかから歓喜がはじけた。
「エリザベス!」
久し振りに聞くお兄様の声に、俯き加減だった顔を上げた。
使用人たちとともに玄関先で出迎えてくれていたようだ。お兄様が足早に、一直線に私のもとへ駆け寄ってきた。
「会いたかったよ! エリザベス!」
かなり変わってしまったというのに、いまだに幼い妹を出迎えるような兄の目に懐かしさを感じた。
「ご無沙汰しております、お兄様」
「…あ、あ。良く帰ってきたね。元気そうでよかった」
さらに一歩近づこうとしたところでお兄様の視線が私のすぐ横に立つエイドリアンへ向けられた。
「…………」
訪問理由も、誰を連れて行くのかも先に手紙で知らせてあるのに…こいつは誰だ? というような目つきを隠しもしないなんて。
「お兄様、お父様たちもいらっしゃるかしら?」
家族に紹介したいと伝えてあるから、両親とお兄様くらいは揃ってくれていると期待している。
「ああ、応接間でみんな待っているよ」
お兄様の後を、エイドにエスコートされたまま2階へと移動する。壁際に控える使用人たちの中にボニタやミレナ、アンヌにテリザ、ナナルとしばらくお世話になっていたお兄様の侍女やメイドを確認して少し嬉しくなった。まだ彼女たちはお兄様のもとで働いてくれているのだ。
「お父様、お母様。ご無沙汰しております」
両親の姿を見た時、記憶にある姿よりもかなり老け込んで見えて内心驚いた。2人とも座っていたソファから立ち上がり、私たちの方を向いたが唇を震わせるばかりでなかなか言葉が出ない様子だった。
「…元気そうだな」
ようやく言葉を振り絞ったお父様に、お母さまが続いた。
「……おかえりなさい、エリザベス。会いたかったわ」
しばらくは手紙を出していたが1年ほど音信不通状態だったのだ。心配をかけてしまったと思う。
「お兄様、お義姉様、嫡男アルヴァード様のご生誕おめでとうございます」
まだ1歳にならない赤ん坊はさすがにこの場には連れて来なかったようだが、両親の他に兄嫁の姿もあった。当主をお兄様が継いでいるので彼女が侯爵夫人だ。
「ありがとう。…エリザベスも…結婚したと聞いた。…おめでとう」
家族には知らせずに異国で結婚式を挙げてしまったのだから、親不孝者と罵られる覚悟で実家に顔を出している。
「ありがとうございます。…紹介が遅れましたが、私の夫のエイドリアンです」
隣にいる美丈夫が目に入らないはずはないのだが、紹介されるまではまともに視線を合わせないのは貴族らしいわ、ホント。
「はじめてお目にかかります。マキシム・エイドリアン・キャンベラン・タスクァートです」
エイドが正式な名乗りをあげるとこの場にいた全員がは? というようにぽかんという顔をした。
必死に笑いをこらえるが爆死寸前だ。腹筋が鍛えられる。お兄様やお父様の、こんなにびっくりした顔なんて初めて見たわ。いたずら大成功、という感じよ。
「…え? エリザベス?」
「同姓同名なわけないでしょ。本物よ」
声にならない悲鳴を上げている家族の顔を見ることが出来て、ようやく心の中の笑い声を外に出すことが出来た。
「エリザベス! これはいったい、どういうことだ!」
「笑ってないで、説明しなさい!」
あーおかしい。
「私もみんなと同じように騙され、驚かされたのよ」
笑いがようやく収まった。からかいすぎたのか、みんなからは恨みがましい視線で射抜かれた。
「私も彼も冒険者として出会ったの」
「冒険者っ!」
「そう。付き合うようになって、すぐにプロポーズされて、結婚するなら家族にも紹介したいと連れて行かれた先がお城だったわ」
あれにはホント、驚いた。どういうこと? と詰め寄っているときに、なんと王様自らが玄関先まで出迎えてくれて、腰を抜かしそうになったわよ。
「そこではじめてこの人がタスクァート王国の王太子だと知ったけれど、いまさら結婚を取りやめるという気にはならなくて…」
エイドを見上げると彼も私のことを愛おしそうに見つめていた。
「エリザベスを両親に紹介すると次期王妃教育の必要がない令嬢をよくぞ射止めたと大喜びで…エリザベスの気が変わらないうちに結婚させてしまおうと俺と両親が結託した結果、皆様を結婚式に招待することなく式をあげさせていただいたことを、この場を借りて謝罪します」
「……噂では、タスクァート国の王太子が電撃結婚をしたと聞いていたが…急すぎてお相手の正確な情報が伝わってこなかった」
お兄様がそう言って小さく首を振ったが、それもそのはず。通常なら婚約してから一年ほど結婚式まで準備を掛けるものなのに、結婚しますと王様と王妃様に報告したその日からわずか一週間で結婚式を挙げることになってしまったのだ。参列者は限られた上位貴族と王家の人間だけ。電光石火の結婚劇に不満の声が上がり、盛大な披露宴をひと月後に行う予定になっている。
結婚式には呼べなかったが、せめてこの披露宴には来ていただけるよう私の両親のもとへ挨拶に行こう…と今回里帰りしたのだ。
「1月後ならば、予定のやりくりは可能だろうが…」
お父様がじろりと私を睨みつけてきた。
「王家には嫁がないと聖約まで希望していながら、結局は他国の王太子と結婚してゆくゆくは王妃だと?」
王家に嫁ぐのが嫌だったのは確かだが、この国の王家とタスクァート国の王家では全く環境も人々の考え方も違う。王太子なのに冒険者として活動することを許してしまうほど各個人の自由を認めて受け入れる気風がある国と同列に並べてはいけない。
「素晴らしい教育を受けさせてくださったお父様とお母さまには心より感謝しています」
寝る間を惜しんで学んだことが無駄にならなかった。今はそのことが嬉しい。エイドリアンを支えてタスクァート国の発展のために尽くせる能力があることで、愛情だけでは補えない自信となって私を支えている。
ずっと立ったままでいたが、一度落ち着くためにも座ろうと応接テーブルを囲むソファに座った。気付けということなのかほんの少しお酒を加えた紅茶が用意され、お父様は一気にそれを飲み干した。
「王太子のお相手とされる女性は聖魔法の使い手の冒険者だと聞いた。エリザという名前の21歳の女性だということだったが…確かに、今のエリザベスはそのぐらいの年齢に見えるが…王太子のお相手だなんて夢にも思わなかったよ」
お兄様もあっという間にお酒入りの紅茶を飲み干して、言った。
「年齢の件は俺も結婚前になって初めて聞かされました。2つ年齢を誤魔化していた理由も聞いています」
「では、聖魔法というのは…」
「誤情報ではありませんね。ここにいるエリザベスの数多いスキルのうちのひとつです」
聖魔法のスキルが増えたことは内緒にしていたから、家族の誰も知らなかった。
「苦難を乗り越えたことで、授けていただいたと思っています」
私も家族の前で認めた。
「では、本当に聖魔法が使えるようになったのか!」
「はい。簡易結界を張ることが出来たので冒険者生活ではとても助かりました」
「…簡易結界まで張れるとは……」
魔力量が多く、制御も得意であったから結界が張れたと思う。教会が聖女として認定している聖魔法の使い手も簡易結界が張れるらしいが、継続時間で比べたら私の方が長いと思う。
今さらそれが知られたところで、一国の王太子妃を教会が囲い込むなんてことは不可能だ。私は強力な権力をバックに、必要な時に必要なだけ聖魔法スキルを国民のために安心して使うことが出来る。
同じ理由で空間魔法がバレたとしてももう安心だ。この国の誰とも無理やり結婚させられることはない。
「エリザベス。それに王太子殿下。2人がすでに結婚式を済ませたことは伺った。さらにわしら家族を披露宴に招待くださることもありがたい申し出だと思う。しかし、親以前にこの国を支える貴族として進言させていただく。…トルファルノ王家への謁見願いをすぐにでも出し、我が娘を娶ったことの報告をしていただきたい。何卒、よろしくお願います」
エイドはお兄様の言葉に頷き、王へ謁見して私と結婚した報告をしてこようと約束した。
一国の王太子、しかも友好国の未来の王が伴侶を伴って城に赴くというのだから歓迎パーティは無理でも謁見の儀は華やかに開催しなくてはならないと、大騒動になったそうだ。親書を託したお父様が帰ってきて、疲れたように苦笑いした。
すでに王太子一行は城下に入っているのだから待たせすぎるわけにもいかないと2日後の開催が急遽決まった、のだった。




