第16話
王太子妃としてお披露目に臨む私のドレスはタスクァート国から持ってきた、エイドの髪と瞳の色を取り入れたドレスだ。すでに結婚して王家の一員となっているのだから頭にはティアラをつけ、指には王太子妃を示すリングを嵌めて謁見式に臨んだ。
「皇国陛下ならびにご臨席の皆様に…タスクァート国王太子妃となりました妻を伴い、ご挨拶させていただきます。成人までをこの国で過ごしたことで彼女のことは皆様もよくご存じかとは思いますが…」
この場では基本的に私はエイドの傍に静かに控えているだけでいい。王や皇子たちと話すのは夫に任せ、傍で柔らかな微笑みを浮かべて華やかさを添えるのが妻の役どころだ。
いや、私にも一つ大切な役目があった。それは結婚報告後に、友好の証として王から託された贈り物を届けることだ。
「エルレンマイスト侯爵の長女、エリザベスを我が妻として迎え入れたことをここにご報告申し上げます」
エイドの声にざわめきが起こる中、私は優雅に王族たちに向けて淑女の礼をした。私も王族の一員であるから、深く頭を下げるようなことはしない。
「…まさか、あの…」
「行方不明になったと聞いたぞ…」
「第2皇子に婚約破棄された罪人ではなかったのか…」
「しっ、滅多なことを言うな。真実の審判を生き抜いたことで無罪になっているんだ。侯爵派に睨まれるぞ」
などと驚く声がざわつきの中でも聞き取ることが出来た。
冒険者稼業をしていた時の癖かエイドが小さく舌打ちする。気にしていないわ、というように彼の指先に軽く触れて気を静めるよう無言で伝える。
「マキシム王太子、ならびにエリザベス王太子妃。この度の結婚報告をありがたく受け取った。お2人に心からの祝福と、わが国との新たな懸け橋となる若い2人の新たな船出に、寿ぎを添える」
王の言葉に私とエイドは恭しく会釈を返す。
「…わが父より友好の証として贈り物を持ってきております。どうぞご覧ください」
そう言った後、王から私へ顔の向きを変えたエイドににっこり微笑み返して…私たちと王との間の空間にさっと手を振るパフォーマンス付きで特注のボートをアイテムボックスから出して見せた。
「なっ!」
誰もが絶句し、目を大きく見張った。
「こちら、船の底が透明になった特別なものになっています。舟遊びの際に水中を覗き見ることが出来ますので、魚が泳ぐ姿を見ることが出来るかもしれません」
エイドの説明などだれも聞いていない。突然現れた4人乗りの船に取り乱している。まさか、空間魔法の使い手なのか! と王や皇子たちが激しく狼狽し、私とボートの間で視線を行ったり来たり彷徨わせている。
貴重な空間魔法の使い手が目の前にいるというのに手を出すことが出来ない。どうすれば…どうすれば……。いや、手出しすれば2国間の戦争に発展する危険がある。しかし、貴重な空間魔法の使い手、しかも女だぞ! と王の目が血走っている。
私はわざとにっこり微笑んで見せた。
神に誓った制約をお忘れではないですよね? 約束を破って私に手を出せば神罰が下りますよ。
私の心の声が届いたのかはっと気が付いたのは第1皇子ひとりだった。第2皇子までもが私を憎らし気に睨みつけたままだ。空間魔法が使えることをよくも黙っていたな! とでも思っているのかもしれない。隣に立つお妃様が不安げに見ていることにも気が付きもしない。
第2皇子妃のお腹がほんのりと大きく見える。挙式してすぐ懐妊…。この分だと妾妃の出番はかなり遅れそうだ。
ざわつく謁見場をおさめたのはエイドの静かに漏れる覇気だった。A級冒険者でもある彼が本気の怒りを放出すれば気の弱い者は失神してしまうだろう。戦いを知らない文官や安穏と守られている貴族たちには、エイドの気迫だけでも恐怖の対象となることだろう。
「あ、ありがたく受け取った。王にはどうぞ良しなにお伝え願いたい。またこちらからも後日贈り物を届けさせていただきたい。しばしこの国に滞在していただけるとありがたい」
第1皇子の言葉にエイドは覇気を消し、獰猛な牙をちらりと見せるかのような笑みを浮かべた。
「ありがたい申し出、しかと承った。妻の実家にて数日滞在させていただくことにいたします」
つまり、エルレンマイスト侯爵家に滞在しているから3日以内には贈り物を持って来いよ、という期限をきっちり切ったうえでの返しだ。
歓迎の舞踏会ならこの後ダンスをしたり談笑したりして交流するところだが、今回はただの謁見である。居並ぶ貴族たちは2国間の友好を私たちが演じたのを見る観客であり、証人でもある。
見世物はもう終わったとばかりにエイドが私をエスコートして退出する。私もこんなところに長居したくはないのでさっさと背を向けた。
久しぶりだったけれどこの国は変わらないわね。貴族たちの冷たい視線や見下した陰口。この国を飛び出してよかったと、改めて思う。
「エリザベス、帰るぞ」
「ええ、帰りましょう」
数日間お兄様やお母さまたちと親交を温めたら、さっさとこんな国は後にして私たちの国に帰りましょう。もう私の居場所はこの国にはないわ。
「エイド、あなたと会えて私…幸せよ」
「それは俺の言葉だ。エリと出会えた運命に心から感謝している。もう君なしでは生きていけないからな」
手に手を取り、私たちは速足で長い廊下を進んだ。こんなところでナチュラルにいちゃつくな、と私たちの後に続く護衛や侍従たちがあきれ返っているかもしれないが頑張ってついてきてもらおう。
ほら、冒険者として鍛えた私たちの歩く速さに遅れないよう…小走りにならないと置いていくわよ。
*
エイドとタスクァート国に戻ってきてからひと月後。私の家族を迎えて結婚披露宴が盛大に開催された。
そしてそれから数か月後、隣国の第2皇子妃の懐妊の発表という慶事の裏で第2皇子の元恋人が病死したというニュースがひっそりと社交界で広まり、ひっそりと消えていったとお兄様の手紙で知った。
お兄様からの手紙はすべて残していたけれど、それを知らせる紙だけは燃やして処分した。
さらに数か月が過ぎた頃、私はふと自分の体の違和感に気が付いた。女性医師のもとを訪ねて確認すると、気のせいではなかった。真っ先にエイドに報告し、お義母さまの王妃に相談したが…お義父さまの国王に懐妊を告げるのは流産しやすい時期を過ぎてからにした。
私の希望でお腹がはっきり大きくなるまで発表を遅らせ、そろそろいいかなというタイミングで国王と国民に広く告知した。まだ生まれてもいないのにお祝いムードに包まれて、ありがたいやら無事に生まれてくれなかったらどうしようと不安になるやらで鬱になることもあったが、周囲のみんなが暖かく見守り支えてくれたおかげで無事に第一子を出産することが出来た。
生まれてきてくれた我が子を胸に抱いた時に、魂が震えるような幸せに包まれた。
…生まれてきてくれてありがとう。
悪役令嬢に転生し、生死の境を彷徨ったが…あの時、死なずに…生き残ることが出来て本当に良かった。今となっては転生先にエリザベスを選んで正解だったと思う。
いつか私が死んだとき、もう一度女神さまに合うことが出来たなら…悪役令嬢への転生を勧めてくれてありがとうと伝えたい。
本当に死にそうで辛かったのよ、とちょっぴり文句も言いたいけれど…特別なスキルを2つも与えてもらったことには心から感謝している。このふたつのスキルのおかげで箱入り娘が冒険者に転身してもやっていけた。
悪役令嬢だった私はもういない。生まれ変わって、女性冒険者になって、王太子妃になって、これから先の未来ではこの国の王妃だ。
愛しい人たちに出会うことが出来た喜びを胸に…死ぬまで精いっぱい生きていきたい。きっと…死後も幸せだった記憶が魂に刻まれるほど、幸せだわ。
………多分、死んだ後も浄化されずに記憶が残ってしまうと思うので…次の転生先も期待していいかしら。
女神さま方の労働環境が改善されていることを祈ります
END.
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
先行掲載していたカクヨムでの2話分を1話にまとめて、サクサク読めるように
編集しての掲載でした。ひと時でも楽しんでいただけましたなら、幸いです…




