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転生先に断罪後の悪役令嬢しか選べなかった  作者: ふぅみ


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第12話

うっかりうたた寝してしまったことを謝罪しようとしたロニィを制する。

「静かにして! 何かがあったみたい。いつでも逃げられるように靴紐が緩んでいないか確認なさい」

 ロニィは青ざめてから、私に言われたことを思い出したのか前かがみになって靴紐の状態を確認した。


 そのころになると、はっきりと外では戦闘状態にあることが分かった。遠吠えや唸り声も聞こえてきた。襲ってきたのはフォレストウルフではないかと思うが、ダークウルフならば私も魔法で支援したほうがいいかもしれない。

「お、お嬢様…」

 ぶるぶると恐怖心から震えているロニィに彼女のトランクを抱きかかえさせる。


「これでもないよりましよ。盾代わりに抱えていなさい」

 半泣きで首を縦に振るロニィから視線を外し、そっと窓から外を覗いて気配を探る。四方に散って馬車を守る護衛は誰一人として欠けていないようだ。あちらこちらで戦闘音が続いている。


「魔法支援は必要?! 誰か、現状報告なさい!」

 一気にドアを開けることはせずに声が通るようにほんの少しだけドアを開けた。


「フォレストウルフを率いるダークウルフを確認! 群れの数、現在十六! さらに増える可能性もあり!」

 戦いながら答えるリーダーの声に、最悪なパターンだと思った。フォレストウルフだけならばうちの護衛騎士たち4人だけでも討伐できる。でもダークウルフがフォレストウルフを率いているなら複数の群れを統括している可能性がある。

 フォレストウルフのひとつの群れは最大15匹ほどでそれ以上はリーダーを分けて分離するという。フォレストウルフだけなら上限15匹。だがダークウルフが群れを複数率いる状態だとその倍、3倍と倍々に増える。


 護身用のレイピアをマジックボックスから取り出した。ロニィはトランクを抱えて身を小さくし、ぎゅっと目をつぶっている。


「魔法支援に出るわよ! 特大ライトの魔法に注意!」


 馬を守るようにそばにいた御者がライトの明かりをつけているらしいが、馬車から数メートルも離れるとそこは闇の中だ。その暗闇から飛び出してくるフォレストウルフを切って捨てるのは大変だっただろう。

 護衛たちからも「危ないから出ないでください!」という制止の声はなかった。


 声を張り上げた後、素早くドアを開けて照明弾ほどの特大ライトを馬車の上に打ち上げる。私には光属性の適正はないから光魔法の光球は使えないが、生活魔法のライトを豊富な魔力量にものをいわせて特大ライトまで規模を大きくすることが私には出来た。


「目を閉じて!」

 真夜中からいきなり昼に変わったかのように明るく周囲が照らし出され、暗闇に慣れた目に大きなダメージを与える。私の言葉を聞いた護衛たちはすぐに目を閉じて直視を避けたはずだが、ウルフたちはそうはいかない。


 突然目つぶしされたかのように硬直し、動きを止める状態になっている。そのほんのわずかな時間に私は親玉のダークウルフの姿を探した。


 いた! かなり遠くにいたが体格が一回り大きいし、毛色も違うから一目瞭然だ。

すぐさま火弾を8つ作って風魔法でさらに加速させて攻撃する。だが一つだけよけきれずにしっぽの先を焼いただけで残りはすべて躱されてしまった。


 さすがに攻撃が単調すぎたか。それとも遠すぎたか。すぐさま火弾を6つ作り、追尾機能を付けて制御する。


「お嬢様っ!」

「私にかまわず、ダーク以外を片付けなさい!」

 リーターさえ消えれば支配から逃れてフォレストウルフは逃げ出すことだろう。言い換えればダークウルフがいる限り、フォレストウルフはどんなに自分たちが不利になっても戦い続ける。


 私にとってはいきなりの実戦だが、イメージトレーニングは積んできた。馬車の中でできることは限られているし、ロニィと楽しくおしゃべりをする気にもなれなかったから。


「お嬢様!」

 私めがけて走ってくるフォレストウルフの進攻を妨げるように移動してきたアンナが一閃。見事に致命傷を与えるやいなや、その死体を蹴飛ばして動きやすい場に整えた。

「お守りします!」

「任せたわ!」

 守りを彼女に任せて、私はダークウルフだけに集中する。


 火弾だけだと数を増やしても無駄撃ちになる。ひと工夫して追尾する火弾に風刃を紛れ込ませることにした。

 目で火弾だけを追いかけていると、灯りの陰になった風刃には気が付かない。


ギャン! 

やったわ! 作戦勝ちね。


 片方の目がざっくり切られて、ダークウルフが鳴き声を上げた。畳みかけるように首元と胸元を狙うが浅く切っただけで逃げられてしまった。しかし、火弾が包囲を縮めている。すべてから逃れることは出来ずに後ろ足に着弾して弾けた。


 衝撃で半身を地面に叩きつけたがすぐさまダークウルフは身を起こす。そして仲間を呼ぶべく遠吠えをしたのだが、その数秒間は私にとってチャンスタイムにしかならなかった。

 のけぞった喉元に次々と風刃が食い込んでいく。名乗りを上げる騎士が名乗りを終えるまで攻撃されないと確信しているかのように、遠吠えを上げ終わるまで安全だとでも思っていたのだろうか。


 火弾から風刃に切り替えた私の攻撃は矢継ぎ早だった。考える暇があるなら一つでも多くの手数を増やせというように加速させた風刃を繰り出してはコントロールする。魔力量の多い私がもっと威力の高い魔法を使わないのは速度を上げた追尾機能と手数の多さ、そして同時に複数属性の魔法を使いこなすためだ。


「やったか!」

 切り刻まれたダークウルフが地面に叩きつけられたように倒れた。誰かがそう叫んだその時、フォレストウルフの動きがいきなり変化した。好戦的だった動きが、動揺したように止まり、いきなり身を翻して逃げていく…つまりダークウルフの支配から逃れたのだ。


「…助かった」

 呟いたのはアンナの婚約者であるジャスだった。アンナが護衛兼侍女として今回の旅に同行することが決まり、自ら志願してついてきた青年騎士だ。療養先でも引き続き護衛騎士として働いてくれることになっている。アンヌとともに。


「お嬢様、ありがとうございます」

 リーダーのトゥドが膝をついた。

「みんなの働きは素晴らしいものでした。急襲を受けても誰一人欠けることなく無事に退けることが出来たのです。馬も無事に守り切ることが出来ました。素晴らしい働きに感謝しています」


 気が付けば護衛の騎士全員が膝をついていた。御者も地面に伏せて感謝の意を示していた。馬が恐怖から逃げ出さないように宥め、さらにライトの魔法で周囲を照らしていた御者は本当に素晴らしい働きをしてくれた。


「襲撃は終わりましたが、このままにしておくと次の魔物を引き寄せるかもしれません。急いで始末します」

 トゥドがさっと立ち上がった。

「そうね。大変だけど、お願いするわ。作業中の周囲の警戒は引き受けます」


 風魔法で周辺の状況を探るようにすると森へと帰っていくフォレストウルフの群れをとらえた。それが先ほどまで私たちを襲ってきていたウルフなのか、呼ばれて森から出てきたもののすぐにダークウルフが討たれたことが分かって引き返していくところなのかは分からなかった。


  冒険者なら討伐したウルフの毛皮や牙を解体して持ち帰るところだが、私たちには無用なもの。すべて焼却処分してしまうほうがいい。

 …と思っていたのだけれど、リーダーのトゥドが気をきかせてくれたらしくシャドーウルフの牙だけ回収してくれた。討伐の記念によかったら…ということのようだ。


「あら、ありがとう。旅の思い出として残しておくのもいいかもしれないわね」

 せっかくだし貰っておこう。冒険者登録するようなことがあれば売ってみてもいいかもしれないわね。以前の私なら冒険者など下賤の者という考え方だったけれど、今の私には自由を謳歌している人たちといういいイメージがある。


 ラノベで読んでいた世界に生まれ変わったのだから、憧れもあるわ。私は魔力量も多いし制御も一級、それで使えるスキルもかなり多い。転生前でも風、水、火、生活魔法の四種類だったのに転生後はレアな聖と激レアの空間まで使えるようになったのだから。ちーと転生した、といえるかもしれない。


 死骸はすべて掘った穴に入れて高温に圧縮した白炎弾で一気に燃やす。本当は温度が下がるのを待って埋め戻した方がいいのでしょうけど、長居したくないのでこのまま移動することにした。

 戦闘で疲れているだろうと護衛と御者に初級の回復薬を渡したら、眠気が飛んでしまったことだし思い切って移動しませんか? とトゥドが提案してきた。

 夜が明けるまであと3時間ほど。スープを飲んで身体を温めたら出発しましょうと許可を出す。これが吉と出るか凶と出るか。


 馬車の中に閉じこもっているロニィを呼ぼうとしたら、窓にへばりついていたわ。もう大丈夫なのに、と思っていると自分でドアを開けて出てきた。

「お嬢様! すごくかっこよかったです!」

 キラキラした目で見上げてくるロニィのテンションは高い。


「戦女神さまのように凛々しく、美しくて目が離せなかったです! すっごくすっごくかっこよかったです!」

 あまりにもキラキラした目でロニィが見上げてくるものだから、つい手が出てしまったわ。頭を撫でられてびっくりしたようだけど、えへへなんてロニィが笑い出す。メイドとしては失格なのだけれど、憎めない笑顔に注意する気も失せてしまった。



   *



「では、行きましょうか」

  乾燥ジンジャーを入れた温かいスープ効果か、身体がポカポカして活力が沸いている。睡眠時間がほとんどとれなかったというのに、みんな寝不足を感じることもなく元気だった。そういえばみんな、回復ポーションを飲んでいたわね。


「ロニィ、峠を越えるまで口を閉じていなさい。急に揺れるわよ」

「はい!」

 あたりは真っ暗だが私の特大ライトのおかげで馬も不安なく走れている。2時間も走ると薄明るくなってきて、夜明けとともに峠の曲がりくねったでこぼこ道が良く見えるようになった。

 危険な峠道とは聞いていたが、本当に馬車が一台通れるだけの幅しかないところもあり難所だった。子供の足でももっと早くに歩けそうなほどゆっくり速度を落とさなければならない危険な個所もあった。


 馬ならともかく、馬車でここを通るのは危険だわ。いつ足元が崩れるのかと心配しながら…ここで事故に見せかけて殺すつもりなら最適ね…なんて警戒しつつ窓の外を見る。ロニィも同じように怖かったのか反対側の窓にへばりついて外を見ている。


 緊張した最も危険な場所を通過して10分としないうちに頂上を超えた。ここからは下りだ。

「こちら側は道幅が広いみたいで、良かったですね」


 ロニィが呟いたように下りになると速度が上がった。順調に峠越えをして朝の8時には近くの村に着いた。ここで宿をとって仮眠するか、それとももう一つ先の小さな町に向かうか。

 トゥドが先を急ぎたいと言うので村に立ち寄ってきちんとした朝食を食べてからよ、と条件付きの許可にした。空腹なまま徹夜というのは健康によくない。いくら彼らが過酷な訓練を受けていると言っても、私とロニィは移動に慣れていないしそこまで先を急ぐ必要はないのだ。


 村を出ると次第に道の状態は良くなっていく。石が転がる土剥き出しの地面から石畳みに舗装された道になり、順調に旅は続いて…とうとうお兄様の領地に入った。

 まもなく長かった旅路のゴールも近いということで、みんなの顔にも笑顔が浮かんでいる。私の沈黙に委縮しなくなったロニィが窓にへばりついて外の景色を楽しんでいた。


「お嬢様、お城が見えました!」

 領都の屋敷が遠くに、小さく見えた。


 お兄さまがこの地をお父様から譲り受けたという話を聞いても、以前の私は王都から離れる気が全くなかったので訪れたいとも思っていなかった。社交界のオフシーズンになって王都にあるタウンハウスからお父様が治める領都に戻るのだって、以前の私は嫌がっていた。


 最後の休憩で馬車を止め、馬を休ませ水を飲ませる。あと2時間もすれば領都の門に到着するだろう。

 街道脇に馬車を止めて休憩していると、荷馬車や幌馬車、歩いて移動する人たちが通り過ぎていく。私たちの箱馬車の家紋に気が付いて、立ち止まる者がほとんどだが、行ってよしというように護衛が手を振ることで頭を下げるだけで通り過ぎていく。


 さて、ここまで来たが…最後まで気を引き締めていよう。たとえ静養先の屋敷に到着しても、気を抜いた瞬間から危険が忍び寄ってくるかもしれないからまだ油断はできない。



 *



 休憩を終えて1時間ほど走ったあたりで、4騎の兵士が速足で接近してきた。追い抜いていった者たちから話が伝わったらしく、街を守る兵が迎えに駆け付けたらしい。

 護衛が一気に倍になり、なんだか物々しい。そんな状態で領都に着くと止まることなく門を潜り抜け、一気に街中に入る。順番待ちをしていた庶民たちの中にはこちらを指さしている者もいたが、声までは聞こえなかった。大通りも一気に駆け抜けて一路屋敷へ向かう。


「王都のように大きな街ですね」

 まさか、王都と比べると5分の1ほどの広さで人口は8分の1ほどの規模でしかない。ただ、大通りに立ち並ぶ建物はみな3階以上の石造りやレンガ造りばかりで見事だし街頭の魔道具も道なりに並んでいた瀟洒な感じだから王都のよう、とロニィは勘違いしたのだろう。


 馬車は城へと着いた。戦があった時代には籠城戦を想定し水で満たされた掘で城を守っていたが、今は平和な時代が続いていて空堀。跳ね橋は下がったままになっていると聞いた。


「近くで見ても、綺麗ですねぇ」

 領主家族が住む城と領の管理官一家が済む離れ。それに役所として利用されている建物の3つが集約された場所になっている。

 私は領主一族の家である城に案内された。この城の主であるお兄様は王都にいるから不在だが、留守を預かる執事や侍女、メイドたちの歓迎を受けて用意された部屋へ案内される。


 お兄様には婚約者はいるがまだ結婚していない。お相手が私の一つ下の15歳で成人していないからだ。年齢差はあるが釣り合いのとれる侯爵家令嬢で、政略結婚となるはずがお相手はお兄様ラブなので私がやらかしてしまった事件後も婚約破棄にならずに済んだ。親に結婚を反対されたら押しかけて嫁いできてもいいですか? とまで思い詰めていたそうだ。


 そんなわけで将来の女主人は決まっているが、お兄様はまだ独身なのでこの城には女主人はいない。私が挨拶しなくてはいけないとしたら管理官として働いてくれている従兄弟とその家族だ。

 だが執事からは「旅の疲れをまずは癒してください」と言われているし、移動疲れで眠い。夕方まで横にならせてもらおう。

 と思ったら、うっかり寝過ごしてしまった。警戒を緩めないようにしなきゃと思っていたのに油断したも同然。先ほどまで寝ているところを狙われていたら何もできなかっただろう。


 ロニィも旅の疲れで熟睡しているのか姿が見えない。この城を管理している老メイドが食事の用意や入浴の準備などをしてくれた。侍女も2人つけてくれて、そのうちの若い方は療養先の屋敷へ移動しても傍仕えしてくれるらしい。若いと言っても30代のベテラン侍女だからロニィの教育を安心して任せられる。


 久しぶりにゆっくり入浴出来て髪にも香油をすりこんでもらい、丁寧に梳いてくれる。

 ごゆっくりお休みくださいと一人にされても夕方まで熟睡した後だ。眠れるはずもない。

「とりあえず、無事領都に着いたと手紙でも書こうかしらね」

 ああ、でもお母さまから頼まれたのは管理官や役人たちの印象や勤務態度といった報告だ。アイテムボックスから筆記具を出したが、何も書かずに片づけた。


「…暇ね」

 私の療養先ではないから荷解きをする必要もないし…と思ったところで、暇つぶしになりそうな楽器を用意しておいたとお兄様が言っていたことを思い出した。大きさは琴の半分ほどの弦楽器だが、ピアノのペダルのように足でバーを踏むことによって音階が変わる。


 ピアノではないが、この世界のピアノのようなものだ。なんとなく思い出したメロディを奏でると元の世界のあれこれが思い浮かんできて不思議な感じがする。

 あの世界は日常に音楽が溢れていたように思う。テレビCМでは耳に残る音楽が良く使われていたし歌番組も人気だった。コンサートや歌劇、趣味で音楽を楽しむ人も多いし幼いころから音楽教育を受けていた。


 この世界では…日常的に音楽を楽しんでいるのは貴族や一握りの裕福な人たちだけ。庶民には余暇を楽しむゆとりのない人たちだっている。

 無意識にため息が出た。


 貴族として生きてきたのに貴族の暮らしを捨てて自由になりたいなんて願いは、贅沢な願いだと思う。お金に困らない暮らしを捨てずに、余暇を楽しむように冒険者になってみたい…なんて……許されないかもしれない。


 でも、許されない? 誰かに許してもらわないと冒険者にはなれないの?

 私が私の生き方を決めるのはそんなにいけないことかしら。令嬢としてしか生きられなかった私はもういないのに。親に結婚相手を押し付けられる前に逃げて何が悪いのか、という考え方をする私になってしまっている。


 そう、生まれ変わってしまったから。もう考え方が変わってしまったから。生き方も自分で決めるのが当たり前のように思えてしまう。

 弾いては考え、また取り留めもなく音を奏でながら考える。音楽教師がいたら迷いを垂れ流していますね、と酷評されただろう。


 悪役令嬢はもういない。侯爵令嬢もそのうちいなくなる。残った私は…庶民として生きていけるのだろうか。



 好きなように生きても、いいのだろうか……。








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