七章 最後の波乱の舞踏会。 8
「殺、…!」
その先にいるのは、操られた父。
私は側まで踏み込んだ。
同時に、上段から振り下ろす――
ガキン!!
しかし。
そのまま距離が潰れる。
――つばぜり合いだ。
力が拮抗する。
だが、じわじわと力で押し込まれる。
(…それでも)
すぐに歯を食いしばり、力をねじ込むように押し返す。
「ぐっ?!」
父が一歩だけ後退し、すぐに踏み止まる。
その一瞬の揺らぎを逃さず、私は腰を落とし、剣身を横に捻った。
父の体勢が仰け反り、わずかに崩れる。
その瞬間、視線が交錯する。
籠手の隙間。そこに長い黒髪が一本。
私は迷わず掴み、強引に引き抜いた。
「……ぁ?!」
小さく呻く声がし、父の瞳に光が戻る。
(戻った!!)
私は安堵と同時に、剣を引き、
「でも、ごめん!」
だが戻ったばかりの父を押し退け、そのままライルと包囲を突破する。
「いだぁ?!…」
背後から倒れる音や父の苦悶の声が、どんどんと遠ざかる。
だが私達は迷わず、階段を駆け上がった。
「何で来るのよ!!」
少し遅れて側仕えの侍女は気がつき、振り返る。
「…さっさと止めなさい」
叫ぶように指示を飛ばす。
また長い黒髪がぶわりと逆立ち、蛇の群れみたいに蠢いた。
まだ操られた兵士達が、階段を目掛けて走りだす。
(…もう間に合わないわよ。)
と私は確信し、さらに速度を上げて足を動かした。
「他は、…他に操れるのは?」
側仕えの侍女は慌てふためき、視線を巡らせる。
その一瞬の隙に、一足先に私が駆けつけた。
「…あ、あぁ?!」
と侍女は顔色を青くし、狼狽えながら後退りする。
だが背後には、護衛の兵士達の槍が向けられていた。
「…なんで、こっちが追い詰められてるのよ。」
すると侍女は、その場に膝から崩れ落ちる。
「なんで、なんでなんでなんで。…」
また同じ言葉を途切れなく口にし続けると、――
次の瞬間、尋常じゃない程の叫び声へと変わった。
ほぼ同時に長い黒髪が一気に膨れ上がる。
空間を裂くように広がり、天井や壁に伸びる。
柱や床を徐々に這い、無数の黒い線が領域を分割する。
それらは瞬く間に、生い茂った蔦植物のように周囲に展開した。
「うわぁ?」
「何だ…?!」
その先端が絡み付いた途端、護衛の兵士たちは瞳から光が消える。
目の前の光景に私は息を飲む。
思わず足が止まった。
(最後の最後で。…)
焦りが思考を鈍らせる。
だが黒い髪の毛は、緩やかに距離を詰めてくる。
「もう、突っ切るしか…」
と私は小さく呟き、踏み出そうとした。そのとき。
「…任せてください」
呼び掛ける声と、乾いた指鳴らしが響く。
――パチン。
振り返れば、ライルが颯爽と走り抜けていく。
指先から光の糸を放ち、分割された空間の隙間を縫うように進み、空中を舞いながらすり抜けていく。
そうして侍女の頭上へ。
「…おまえの力を、…頂戴する」
ライルの声が落ちる。
空中で姿勢を整えると、落下しながら再び円形の陣を浮かび上がらせる。
これまでとは明らかに異なる、強い光。
ほぼ同時に、侍女の髪から見た事もない文字が無数に溢れ出し、陣の中へ吸い込まれていく。
光は膨張していく。
そして――
視界が、真っ白に塗りつぶされた。
「!?」
急な目映さに、誰もが目を覆う。
私も思わず、瞬きを繰り返して視界を戻した。
やがて視界が戻ると、ライルは床に立っていた。
足元を見下ろしている。
そのすぐ側に、側仕えの侍女が床に倒れ伏していた。
苦しげに呻きながらも、まだ動いている。
周囲から音が消えたような静けさが落ちる。
「終わりました」
とライルは振り向き様に答え、僅かに口元を綻ばせる。
一拍の後、
「はは。」
私は小さく笑うと、思わず駆け寄りだす。
「ライル!」
微笑み返して呼び掛けようとした、その瞬間。
「おのれ、アルジェン!!」
背後から、怒声が響いた。
「え?」
振り返れば、父は立ち上がっていた。
怒りを露にして、すぐに階段を駆け上がってきた。
「よく分からんが、皇太子様とシヤリー令嬢の舞踏会を、無茶苦茶にしたな!!」
「ちょ!?」
私は慌てふためき、後ずさる。
「あれは正気です。…でも、今は逃げましょう!」
すぐにライルが即座に判断した。
腕を掴まれ、そのまま強引に引っ張られる
私も反射的に踵を返し、渡り廊下への扉に全速力で身を滑らせた。




