七章 最後の波乱の舞踏会。9
※※※
闇の中で、足音が反響する。
硬い床を打つ、乾いた連打。
ライルに手を引かれたまま、私は後ろを付いて走り続ける。
「待たんか!」
遥か後ろから、ずっと父も追いかけてくる。
やがて渡り廊下を抜け、私達は先に城の中へ。
見覚えのある部屋――以前、護衛達を押し込めた場所の前にやってきた。
すると突然、ライルが通り過ぎ様に、その扉を開け放つ。
「んぐぉぉ!」
ほぼ同時に中から、くぐもった声。
「…あ!」
私は横目に覗き、思わず足を止めかけた。
そこには本物のヴィシューが、猿轡されながら簀巻きの状態で、床に倒れていた。
「待てと言っているだろうが!」
背後から、再び父の怒声。
やがて彼も部屋の前にまで辿り着いた。
「ヴィシュー殿下!?…」
室内を見た瞬間に、大きな声で叫んだ。
「ほ、本物…?」
「ぶは!…当たり前だ、馬鹿たれ!!」
部屋の中からヴィシューの声がし、そのまま話を続けだした。
「いいから、さっさと縄を解け!…それと、ナンリーは無事なのか?!」
「落ち着いてくだされ」
「どうなんだ!?ナンリーは、ナンリーは!?」
「ですから、殿下!?」
「ナンリィィィ!!」
その叫び声は、次第に遠ざかっていく。
私達は突き当たりに行きつき、曲がり角を右に曲がり、下の階へ続く階段を駆け下りて行った。
※※※
しばらくして、場所は移る。
私達は勢い良く、地下にある朱色の扉の部屋へ身を滑らせた。
ゆっくりと扉が、閉まる。
ほぼ同時に力が抜けて、その場で私は膝をついた。背中を扉に預けながら、乱れた息を整える。
隣でライルも座り込み、肩で息をしていた。
やがて互いが落ち着くと、静寂が満ちる。
その沈黙を破ったのは、ライルだった。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。…なんとかね」
私は顔をあげて、話を続ける。
「…それよりも、聞きたい事が一杯あるのだけど!」
「はい?」
「まず、どうして。…あんな事したのよ!」
思わず身を乗り出していた。
「…ヴィシューに成り代わってるなんて聞いてない!」
声が大きくなる。
「それに、…まだあるわよ!!」
口を開いた途端に、もう押さえが効かなかった。
「あと魔法はちゃんと奪ったの!?…あのメイドは、もう今は人を操れないよね?…というか、シヤリーが途中で、あれの髪が媒介って、…何な!?」
慌てながら、大きく息を吐く。
喉がうまく動かない。
「とりあえず、…」
一度だけ言葉を切って、
「ヴィシューを簀巻きにしたのは、よくやったわ!!」
と、最後だけはハッキリ言い切った。
「えっと、…カレンナさん」
「何よ」
「あの、その」
そこまで言ったところで、ライルはなぜか困ったように目を逸らした。
ふと私も気付く。
彼の顔が、すぐ目の前にあった。
互いの息づかいが触れそうな距離だった。
息がうまく出来ない。
「っ!?」
慌てて身を引く。ぶわっと頬も熱くなる。
ライルも小さく咳払いした。
「えぇっと。…まず始めに僕から言えるのは、…」
そして一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「…あのままでは、貴女が傷つく結果になってました」
「え?」
「だから、こうすれば全部が僕の、アルジェンのせいに出来ると思って」
「なんで、…」
その言葉に目を丸くし、思わず聞き返した。
「また、そんな自分だけが悪くなるみたいにするのよ!」
「だって僕は、…怪盗ですよ」
けれど、ライルも即座に言いきった。
「悪者になるのは、慣れてます」
「バカ!」
反射的に叫ぶ。
けれど、彼も肩を竦めただけだ。
「それに、…シヤリーさんにも協力してくださいって言っちゃいました。」
「はぁ!?」
「実は予告状で、……貴女の親友を助けるから、手伝ってほしいって書いたんです」
「あんた、前に誰にも言うなって!」
「そうでしたね。…王家から口外するなと言われてました」
「…そんな事したら、シヤリーには正体がバレちゃうんじゃ。」
「かもしれませんね。」
「なら、なんで!」
私は勢いのまま睨み付ける。
「…そのときは、そのときです。だって、…」
「だって、何よ!?」
するとライルは一瞬だけ目を伏せ、
「…貴女が傷つかなくなるなら、些細な事ですよ。」
と静かに言った。
「っ!?…」
私は息を飲んだ。
(また胸の奥が、ぎゅうぅって。…)
言葉が出てこない。
視界が滲み、慌てて顔を俯かせる。
また頬が熱くなっていた。
(どうしよう、…ライルの方を振り向けない)
「え、っと。…カレンナさん?」
すぐにライルの声が聞こえる。
「どうしました?」
少しの沈黙の後、――
「バカ。…」
それしか言えなかった。
「……バカ」
「あ、あの。…えっと、…」
「バカ。」
やがて涙が溢れた。
声も震える。
「カ、カレンナさん?!」
と、ライルは完全に狼狽えながら、呼び掛け続けた。
「そんなの、…バカじゃない」
それは私が泣き止むまで、続いたのだった。




