Ⅶ~数多の可能性~
「あれ?ガロンにティーバ、資料室にいるなんて珍しいわね」
資料室にやってきたシャーリーは意外な先客に目を丸くする。
「あー……うん……ちょっと気になる事があって」
「へぇ」
「……シャーリーさんって、吸血鬼の上位種なんだよね?」
「ええ」
そもそも今ここに来たのも、魂巡鬼の関してまだ探してない所を一応探す為だ。
「うーん……」
「どうする?しかしあまり邪魔するわけにも……」
小声で何か話している二人だが、聞きたい事はなんとなくわかる。
「……なるほどね、急に力が」
テーブルを挟んで向かい合って座り、シャーリーは話を聞いた。
「その時は気にも留めてなかったけど、後から思い返してみるとただ怒りでというよりは少し違う、若干制御しきれてない感じが……」
「もしかしたら上位種になりかけてるかもしれない、そう考えたのね」
「同族とまでは言わなくても系列は同じ今の獣人族達に聞くのが一番感覚的に掴み易いかとも思うんだが、今の獣人族の中に上位種はいないからなぁ」
「まぁそんなホイホイ現れるものでもないんだけどね。シャーリーさんの以外だと、精霊族族長のセレスさんくらいかな」
「あとはシェンさんも黄金龍の龍人という上位種ではあるわ。それでも3人だけど」
「やっぱり族長くらいの実力がないとなれないのかなぁ」
「結果的にそうなっているだけであって、族長だから上位種に成れたというわけではないわよ。逆もまた然り。しかし、単純に考えると鮫と蜥蜴が何になるかという話よね?」
「獣人族はそのベースとなった動物がいるからね」
「猫が虎になる、みたいなのは?」
「同じ種の動物がより大型の強力な動物になるというのは考えられない事はないけど、猫の獣人も虎の獣人もそれぞれ存在するよ」
「何なら今両方いるぞ、しかも夫婦」
「うーん…………ここはやはり、上位種そのものがいないとしてもやはり獣人族に一度聞いてみるといいわね。行きましょうか」
「え、シャーリーさんも?」
「これも立派な調査よ。もしかしたらあたしの方の糸口も見つかるかもしれないしね」
席を立ちさっさと行くシャーリーにガロンとティーバも慌てて後を追う。
◆
「ん?おや、魔人族の姫さん」
「こんにちは」
獣人族の里に来たところで番人がシャーリーに声をかけた。
「今日カレンさんは?」
「農場の方に行ってるよ」
「ありがとうございます」
慣れた様子で里に入らずそのまま里に沿って歩いていくと、やがて大きな農場が見えてきた。
何人もの獣人が農作業に精を出している中、ガロンが指差した先に虎の獣人と猫の獣人がいた。
さっき話していた夫婦らしい。
そしてその輪の中心に鍬を片手にカレンが談笑していた。
「お?どうやら客人みたいだね。ちょっと抜けるよ」
シャーリーに気付いたカレンは一声かけ畑の間から駆け寄ってきた。
「やぁ姫さん。どうしたんだい?」
「獣人の上位種についてお聞きしたくて」
「上位種か……ちょっと込み入った話になりそうだね」
◆
畑の側に設けられている簡易的な休憩所で話を聞いたカレンは唸りながら足を組む。
「なるほど、2人に兆候が見られるか……」
「それで獣人族の上位種はどんな形になるかと思いまして」
「そうだねぇ……昔ばあちゃんに聞かされた話だと、神獣をモデルにした上位種に成るって聞いた事があるね」
「神獣ですか……」
神獣と言えば最近はシャーリーがタマゴを世話しているのが記憶に新しいが、その神獣もまた元になる動物がいる。
「鮫と蜥蜴の神獣ですか……」
「鮫の神獣、ねぇ。海洋生物の神獣は幾つか知っているけど鮫型のは知らないねぇ」
「蜥蜴は蜥蜴でドラゴン、つまり龍族になります。かつて、蜥蜴人族は龍人族の成りそこないとして隷属された歴史がありましたよね」
「今はそんなデカい顔させないけど、ティーバが上位種に成ろうとしていると聞いてまたちょっかいをかける連中がいないとも言い切れない」
「……あの連中とか?」
「あ~……そうだねぇ……」
面識があるのか、また不機嫌になるガロンにカレンが同意する。
「それかもしかして、全くの未知の存在に成るかもよ?」
「それはそれで興味深いとは思うけど……」
「ありえない話ではないわ。異世界にやってきて環境が変わった今、何が起こっても不思議ではない」
「環境が変わったといえば、農場はかなり調子よさそうだな」
「元の世界と比べると大気中の魔素がほぼないのが難点だけど、代わりに空気自体はがとても澄んでいるから作物がよく育つんだ。ただ最近、育つからこその問題もあるんだよね」
「? 育つからこそ?」
「農場を拡大したいとか?」
「それはゆくゆく着手する事になるから事前にセレスと話し合ってうまくやってる」
「族長~!」
「おっとお呼びだ。来るかい?」
「せっかく来たので、少しお邪魔します」
カレンと一緒にシャーリーも畑に入っていき、その後をやれやれとガロンとティーバも続くのだった。
◆
「ただいま戻りました」
その後、少し畑仕事を手伝った後、今度はエノを訪ねて機人族のライブラリに手掛かりがないか調べてもらった。
しかし鮫の魚人と蜥蜴人族の上位種についての有力なデータは機人族を以てしても存在しなかった。
ちなみに参考がてらエノの見解を聞くと、環境の変化による未知の存在説を推していた。
そうこうして帰り着いた時は夜になった頃だったのだが……。
「おかえりなさい。……あの、シャーリーさん」
ちょうどホールに何やら困り顔のクララとエレリルがいた。
「そろそろいい時間なのでアイリスさんをお呼びしたのですが、深く精神集中していて全然気付かなくて」
「恐らくシャーリー様の話を聞いて精神世界に行っているとは思うのですが……」
「ふーん……」
昨日からアイリスは精力的に調査に勤しんでいる。
そんなアイリスがわざわざ精神世界に行く理由と言えば……。
「……わかった、様子を見に行ってくるわ。先に用意して待っていて頂戴」
皆を先に食堂に行かせて、シャーリーは1人アイリスに部屋へ向かう。
「アイリス?入るわよ」
ノックしながら声をかけるも返事がないのを確認してシャーリーはアイリスの部屋に入る。
アイリスは椅子に深く腰掛け微動だにしていない。
(……もしかすると、今だけなら)
シャーリーは試しに魂廻鬼の能力を発動させた状態でアイリスに触れ、そのまま精神を集中させた。
◇
(明日シェン様は要望通り世界地図を手に入れてくだされば……)
今できる事を一通り終え部屋に戻る。
本当はガロンさんに聞きたい事があったのですが、シャーリーさんとティーバさんと獣人族の里に出かけたとの事だったのでまた後でいいでしょう。
「……ぁふ」
椅子に腰かけると思わず息が漏れる。
事実を確かにしたい想いでいつも以上に動き回りました。
こんなに動き回ったのは紅の世界以来かもしれません。
……いえ、あそこは加えて戦闘までしてたので彼方の方がもっと疲れますか。
(紅の世界と言えば……)
より深く精神集中すると精神世界に行けるとシャーリーさんは言っていた。
そして、私の魂が無事だったのは零夜さんの知識を引き継いでいるからと……。
(………………)
深く精神集中する。
魔力の鍛錬は昔、仲間の精霊族の方に教えていただいたので方法はわかる。
意識を研ぎ澄ませて、自分の内にあるものを感じ取る……。
すると一瞬身体が浮くような感触を感じて目を開ける。
(……来た)
夢で見た白く淡くなっている故郷の情景、そこに今立っている。
という事は……。
前と同じ様に故郷を進むと周りの光景がいつの間にか同じく白く淡い紅の世界の神社に変わる。
(……零夜さん)
零夜さんを呼ぶと、零夜さんの魂が何処からか姿を見せる。
「この前、天凶の攻撃で私を守ってくれたのは貴方なのですか?」
しかし掌で浮いている零夜さんの魂は答えてくれない。
代わりに頭に天凶に関しての情報が流れてきた。
その情報から零夜さんの魂が私の魂をうまく守ってくれた、シャーリーさんの仮説は当たっていたという事になる。
「アイリス」
そこへシャーリーさんが現れた。
「え、シャーリーさん?ここ、精神世界なのに」
「あたしの魂と貴女の魂はレイヤの魂を介して繋がっている。だから貴女に触れた状態で精神世界の潜ったら繋がるかなぁと思って試してみたのだけど、うまくいったわ。それで、何してたの?」
「零夜さんの魂と共に知識も受け継いでいるのなら、その知識を聞く事ができるかと思いまして」
「なるほど。で、何を聞いたの?」
「天凶で滅多刺しにされても無事だったのは零夜さんのおかげかどうかを。結果はシャーリーさんの推測通りでしたが、ただ知識込みとは言え魂だけの零夜さんでそこまでできるのかとは思います……」
「確かに知識はあっても『そうしよう』という心、精神はないから助けに動くかどうかはまた別問題。でも魂と言うのはその人の強い想いは焼き付いて残っているものだと言われてるわ」
「強い想い……」
「例え魂だけになっても、あなたを守りたいのよ、きっと」
言われて顔が赤くなるのを感じる。
でもすぐに後ろめたさが出てくる。
肉体も精神も魂も分かれて、それでも私を守ってくれる。
こんな不甲斐無い私に……。
「?」
俯いていると不意に頭に何か当たり見上げる。
私の頭の上を零夜さんが跳ねていた。
「私なんか、とか思ってない?レイヤ、そう思われるの嫌いよね」
それはそう思います。
でも、でも……!
俯き視界が滲むも、ふと手を温かく包まれる。
顔を上げると涙を優しくハンカチで拭われ、晴れた視界の先でシャーチーさんが少し困り顔で微笑んでいました。
「……ここが他の誰も来ない精神世界でよかったわね。ここ1年は頑張ってたけど、貴女って本当は涙脆いのに」
「すいません……」
「まぁそこまで深い信頼関係でもあるわけだし、あたしもひとの事はあまり言えないけど」
「うぅ……」
また顔が赤くなるのを感じる。
先程とは別の意味で。
「……え?」
再び掌の上に戻ってきた零夜さんが教えてくれた事に思わず聞き返してしまう。
「どうしたの?」
「わざわざ精神世界まで来なくても、知っている事は教えられる、そうです」
「つまり、何か聞きたい事があればその場で教えてくれるという事?」
「そのようですね」
「……さて、一区切りついたところでそもそもあたしがここに来た理由を話すのだけど」
そういえば、わざわざシャーリーさんがここに来たのは精神世界の共有ができるかどうか試しに来たわけではなかったのでしょうか?
「クララとエレリルが心配してたわよ」
「…………………………あ」
もうそんな時間ですか。
片手を振って姿を消すシャーリーさんを見送り、改めて掌の零夜さんに視線を戻す。
「では零夜さん、これで失礼します。本当にありがとうございます……そして、いつか返しに行くのでそれまでよろしくお願いします」
零夜さんも姿を消し、周りは白に塗り潰される様に消えていき、意識が身体ごと急激に浮上をするのを感じた。
◆
「お待たせ、アイリスは顔を洗ってから来るわ」
「よかったです」
食堂に来たシャーリーにクララはほっと胸を撫で下ろす。
「ん?顔を洗って?」
「……忘れがちだけど、アイリスはまだ16歳、辛い事もあると言う事よ」
「それを言うならシャーリー様も同じですが……」
◆
食後、後は寝るだけでありちょうどリビングに全員いるところでアイリスとシャーリーから先程の精神世界の事を話した。
「へぇ、魂と共に知識を引き継いでいるってのは前に聞いたが、その知識を思う様に引き出せるのか」
「アイリスの気持ちもわからない事はないけど、あの時と違って今回は別に何か悪い事があるわけでもないし」
「……そうですね、この先必要になる事もあるかもしれない事を考えると、一度どんな風に出てくるのか試してみても良いかもしれませんね」
シャーリーに同意してエレリルも言うと、アイリスは「うーん……」と天井を見上げる。
「そう言われても改めて何を聞けば……」
思ったのと斜め向こうの言葉に思わず全員ズッコケそうになる。
渋っているのかと思ったら、単に話題がないだけだった。
「ま、まぁ、一人ずつ聞いてみるといいじゃないかしら?まずは……クララ」
「えぇ!?え~と……では、最近鍋を変えたいと思ってまして、どんな鍋が良いでしょうか?」
「ああ、あの鍋取っ手が取れてますからね。…………」
シャーリーに無茶振りされたクララに相槌を打ちつつ、アイリスは一瞬視線を彷徨わせる。
「……鍋なら熱伝導率が良いアルミか胴が良いですね。手入れのしやすさならステンレスですが、ステンレスは自然界に存在しない合金なので存在するかどうか」
「すてんれす……聞かない名前だね。じゃあこの流れで次は僕から。鉄はダメなの?」
「……絶対ダメとは言いませんが、鉄はフライパンやグリルパンの様な焼く方が向いてるでしょうか。鉄製の鍋ならダッチオーブンは一考の余地ありですね」
「どうせ何も浮かんでないからこのまま続くぜ。グリルパンとダッチオーブンってのは?」
「……グリルパンはフライパンより厚みがあり、網や波模様といった凹凸になっているのが特徴です。きれいな焼き目が付いて、肉や魚は余分な脂も落ちるので美味しく仕上がります。ダッチオーブンは野外でも一通りの調理がこれ一つで可能になる万能機具です」
クララ、ティーバ、ガロンと答えていったが、零夜が知っていてアイリスが知らなさそうなちょうどいい質問かもしれない。
「立て続けに3つ聞いてもらったけどどう?」
「直接教えてくれるわけではなく、まるで頭に浮かぶ様な感じです。忘れていたのを急に思い出す感覚に近いですね」
「ちなみにさっきの調理器具に関する知識は?」
「流石にそこまでは知りません。説明しながらも感心してました」
「では、今度は私とシャーリー様でまた別の質問を」
「え」
「無茶ふりしておいて何も聞かないのは不公平なので」
しれっと言うエレリルにガロンとティーバが「そーだそーだ」と便乗している。
「と言ったものの、どうしましょうか……少し試してみましょうか。アイリス様とシャーリー様の事をどう思っていますか?仲間としてではなく、女性として」
エレリルが聞いた瞬間、アイリスが今まで見た事がないほど顔を赤くする。
「エ、エエ、エレリルさん!?」
「いきなり何言い出してるの貴女!?」
「お前、そんな人の色恋沙汰に興味あるのか?」
「このお三方に関しては全くないとは言いませんが、今回の意図は違います。で、どうですか?」
「……………………あれ?何も浮かばない」
何らかの意図を汲み取り恥ずかしながら聞いてみたアイリスだったが何もなかったらしい。
「答えたくない、いや答えられないものには答えてくれない様ですね」
「あ、そっか。さっきのは知識の範疇だけど、今エレリルが聞いたのは思い、つまり精神的な部分。流石にアイリスさんにいる魂では答えられないってわけだね」
「精神……ってぇと?」
一斉にシャーリーを見ると、アイリス程ではないが顔を赤くしているシャーリーが視線を彷徨わせ聞いている。
「…………ノーコメント、みたいね」
「まぁ、そんな踏み込んだ話をこんな状態で言いたくはないよね」
「試しとは言え、申し訳ありませんでした……」
「……改めて聞くが、確かシャーリーさんに魂の一部と精神と経験、アイリスさんには魂の一部と命と知識を渡したんだよな?」
「ええ」
「『力の極致』だっけ、それで使い方がわかっていたとしても、よくもそんな細かい事ができたな」
「そうですね。魂の分割なんて、やっている事がリッチと殆ど変わりませんからね。……悪く言っているわけではありませんよ?」
「わかっているわ」
慌てて訂正するエレリルに手を軽く振り、シャーリーはため息を吐きながらソファの背凭れに身体を預ける。
「あの時はアイリスがドレインスライムに生命力まで奪われて危ない状態だった上に、唯一戦えるレイヤも不死者化の進行が酷くて戦闘を始めるともう後戻りができない状態だったわ。だからレイヤは意を決して失われるだけの生命力、命を魂の一部に乗せてアイリスに渡した。アイリスなら異世界の知識も上手く使える、そう考えて知識も付けたのだと思う」
「天凶を使って?」
「ええ。そしてその後はあたしがレイヤの要望でレイヤの魂の一部に乗せて精神と経験を貰い受けた。この時初めて魂廻鬼の能力を使ったけど、魂を受け取る筈が殆どレイヤが渡してきた様なものだから、具体的にどう受け取ったのかよくわからないのよね」
「零夜さんが魂廻鬼の事を知っている、とは考え難いですし……」
「……あ、そうだわ。こういう時こそ聞いてみれば」
そう言ってまた一瞬視線を彷徨わせたシャーリーだったが、次の瞬間目を見開いた。
「……あの時、自分に天凶を刺した時、予め分けていたようね」
「分ける……?」
「最初はアイリス同様あたしにも天凶を使うつもりだったけど、あたしが魂を扱える能力を持っていたからそのまま分けていた魂を渡した……と言うのが事の真相ね」
「え、待ってください」
噛み締める様にゆっくり語るシャーリーにエレリルが待ったをかける。
「あの時の事は私もトレーサー越しに見ていました。確かレイヤ様は……」
『それなら、最後に自分に残されたものをお前にやる。(お前の本当の姿を見せてくれ)』
「……と言ってましたよね?今思えばあの発言もかなり意味深ではありましたが?」
「明らかに何かを隠しているのはわかっていた。せめてそれを最後に見せてほしかったけど、まさかあんな奥の手とは思わなかった。びっくりした」
最後の一言でシャーリーとアイリス以外一斉にズッコケた。
「びっくりしたじゃねーよ」
「魂廻鬼の能力をびっくりしたの一言で済ませるとは……」
「でもなんでだろう、今までトンデモ人間と言うイメージしかなかったのに一気に親近感が沸いてきたんだけど」
「あ、あはは……」
最後は苦笑するしかなかった。
実はびっくりしたと言うのは二重の意味があるんだが、わざわざ言うのは野暮と言うものである。
「……しかし、ふむ」
ここでエレリルがふと考え込む。
「それを聞くと、謎の少女が持っていたという天凶……これを本物と仮定した場合、早急に奪還もしくは破壊しなければなりません」
「それはそう思うけど、何故だい?」
「使いこなす事で魂を分断し別のものに移せる事をレイヤ様が証明しました」
「……リッチね」
「そういえばさっきエレリルが言っていたな。なんだそれ?」
「話の流れからしてロクなものではないというのは察しがつくけど」
「合成不死者よりも更に昔に編み出されたものだから知らないのも無理はないわ。死霊術並び合成不死者と同格の禁忌よ」
「もう嫌な予感しかしないぞ」
「永遠の命を求めて自身を不死者化する禁術よ」
「やっぱりロクなものではなかったよ」
「と言ってもあたしも触り程度にしか知らないのよね。詳しく知っていると思うエレリルにお願いするわ」
「はい。リッチは先程シャーリーさんが言っていた通り、自ら不死者に成る外法、加えてそれによって発生する不死者を指すものです。特徴として倒してもすぐに復活するのです」
「人間をベースにした不死者の様に化けて出るってこと?シャーリーさんやアイリスさんが散々戦ってきたの」
「いえ違います。個体差によりますが、何事もなかった様にそのままの姿で復活するのです。例え浄化魔法を使ってもです」
「じゃあどうやって……あ、さっき言っていた魂を別に移してるからか」
「その通りです。自身の情報とも言える魂を肉体以外の場所に保存する事で例え肉体が滅びても魂の情報から魔力を使って復活するというわけです」
「なるほど、しかしだからと言ってならその魂を移したものを破壊すればいいと単純な話ではないのね」
「はい、リッチ自体が当然邪魔してきますし、その術式を行使できる程の高い実力者なので倒すのは困難です」
「その複雑な術式をかなり簡略化して行使できるのが天凶、という事ですか……」
意図せず天凶の悪用方法が出てきてアイリスは複雑な表情を浮かべ、その天凶を渡したシャーリーも何とも言えない表情を浮かべる。
「勿論、レイヤ様がそのような意図があったとは思っていません。今だから言いますが、あの光景を見た者でリッチを彷彿とさせた者もおりました。しかしそれを問題視した者はおりません」
「大丈夫か、それ?」
「天凶であんな離れ業をと感心している者の方が多かったですし、何より天凶をここまで使いこなすのはそう簡単にできる事ではない。現状レイヤ様しか使えない、というのがその場にいた者達の総意です。…………表向きは」
恐らくその場にいなかったとしても、この話は少なくともメグやその母で先代族長であるシエルの耳にも入っているだろう。
しかし今までそんな事一言も言われていない。
それに最後の一言が不穏だ。
「……ただし、それはあくまで知っている奴等だけなんだろ?」
「はい、他はやはり危険因子として天凶を、最悪使いこなしているレイヤ様も排除しかねません。いえ、もしかしたらあの場にいた者の中にも内心ではどう考えているのかわかりません」
「それだけ天使族にとってリッチは怨敵というわけだね」
「とりあえず、また奴が現れたなら天凶を使いこなす前に奪還しなればならないな」
「そうね……。話を切り出しといてなんだけど、そろそろ切り上げましょうか?」
「そうですね。思いの他話し込んでしまいました」
「そうだな。じゃあおやすみ~」
各々欠伸をしたり伸びをしたりしながら部屋へ戻っていくのだった。
◆
深夜、屋根の上に上がり宵空を見上げていたエレリルだったが、ふと気配を感じて振り返るとアイリスがいた。
「アイリス様……」
「眠れませんか?」
「はい……アイリス様は精神世界に行った事で疲れているのでは?」
「それはそうですけど……」
実は先程解散する時にエレリルの思い悩んでいる横顔が気になったからだ。
それを口にはせず「隣失礼します」とアイリスはエレリルの隣に腰かける。
「……気になっているのですか、リッチの事」
「はい」
アイリスに隠し事が通用しないと思っているのか、それともしたくないのか、エレリルはあっさり認めた。
「やはり天使族とリッチの因縁は深いのですね」
「アイリス様は天使族とリッチの確執はご存じで?」
「そんなに詳しくは。ただ昔、仲間の精霊族の方から教えていただきました。理由は、シャーリーさんが合成不死者を見て頭を抱えているのと同じでしょうか」
「そこまで知っていて敢えて何も言わないでくれてありがとうございます。……別に調査班の皆さんを信用していないわけではないんです」
「それを口にしてしまうと、同族の誰を信じればいいのかわからなくなる。同族不信になりそうだから、ですか?」
「そこまでお見通しですか……」
「実はシャーリーさんから聞きました。加入の話にまとまったところでメグさんが少し天使族から距離を取った方が良いと思っていた、と」
「メグ様が……という事はシャーリー様も?」
「いえ、シャーリーさんは距離を取る理由までは聞かなかったようです。ただ黙認しているかと」
「そうですか……」
真面目であるが故にまだ気が晴れない様子のエレリルだったが、少しでも気を紛らわせればと、今自分が進めている調査の予想をエレリルに聞かせた。
「……まさか、そんな事が?いや、でも、現状を考えるともうおかしくはない……?」
「エレリルさんもそう思いますか。天凶によるリッチの問題を解決する為にも、協力をお願いできますか?」
「は、はい。あれこれ考えるよりずっといいです。是非」
頬を軽く叩いて気分を切り替えたエレリルは改めてアイリスと握手を交わした。




